グレンキア半島沖海戦 参
今回は短めです。
旗艦「しまかぜ」 戦闘指揮所
「艦橋被弾!」
ついに艦の懐まで迫って来た敵による被弾を受けてしまった。艦橋が被弾したという報告に戦慄が走る。
「残り1機の撃墜を目視で確認・・・、これでレーダーにて確認されていた敵機全てを撃墜しました」
20mm機関砲CIWSにより、艦橋に火炎を浴びせた龍を撃墜したという報告が届けられる。これにより、クロスネルヤード連合艦隊が繰り出した竜騎は全てを撃墜したことになる。
「艦橋の被害状況は!?」
大浦一佐は、先程の火炎によって「しまかぜ」が受けたダメージの詳細について尋ねる。
「窓ガラスが一部破損、それにより火炎が艦橋内にまで到達。火炎を浴びた火傷による負傷者が2名で、その内1名は航海長の伊藤太助三等海佐です。2名は現在、医務室に運ばれて応急処置を受けています」
決して小さいとは言えない被害に、その内容を聞いた大浦は目を見開く。
(『しまかぜ』の艦砲を出し惜しみしたのが仇になったか・・・。あの距離で11騎ならば、十二分に撃墜出来るものだと思っていたが・・・。ッ・・・!)
自身の判断ミスが招いた被害、避けられた負傷者まで出してしまったことに、大浦は思わず下唇を噛んだ。数秒後、彼女は後悔の念が心に残る中で気を引き締め直し、航海長が不在となったこの状況を乗り切る為に1つの指示を出す。
「伊藤三佐に代わって、艦橋の指揮を上野艦長に任せます、良いかね?」
「・・・! はい」
司令の命令を2つ返事で返した「しまかぜ」艦長の上野二佐は、すぐに戦闘指揮所を後にして艦橋へと向かった。
艦橋
銀龍の火炎から逃げる為、一時的に艦橋の外に退避していた航海科の隊員たちが、航海長代理である上野二佐の指示を受けながら作業をしていた。
まさに“火事場の馬鹿力”で、隊員の1人が必要以上に固く閉じてしまい、若干立て付けが悪くなってしまった艦橋への出入り口の扉を、3人掛かりでこじあけていたのだ。
「いくぞ! ・・・せーのっ!」
バンッ・・・と大きな音と共に扉が開く。上野二佐の号令に合わせて一気に体重を扉へと乗せた3人の航海科員は、そのままの勢いでたまらず艦橋の中へ倒れた。その直後、むわっとした熱気と煙が彼らを襲う。
「ゲホッ・・・! 金属が焦げた臭いだ・・・」
煙に喉を襲われ、上野は思わず咳き込む。扉を開けたことにより、艦橋内を漂っていた煙が次第に晴れていく。彼らの目の前に現れたのは、計器や機械のあちらこちらに焦げ目がついた艦橋の姿だった。
「舵使えるか!?」
上野二佐の問いかけを受け、1人の隊員が舵の方へと駆け寄り、稼働しているかどうかを確認する。
「焦げ目は付いていますが・・・操作には問題ありません。舵は使用出来ます!」
「・・・!」
隊員の報告に、上野は一先ず胸をなで下ろした。その後、もう1人の隊員からも報告が入る。
「羅針盤は駄目ですね」
そう述べる隊員の側には、一部の構造が変形し、ガラス部分が融解して変わり果てた羅針盤の姿がある。その羅針盤の後ろには融けた窓ガラスがあった。
(まあ・・・舵さえ大丈夫なら、それはさしたる問題ではないが・・・)
安堵の表情を受かべながら、上野は状況を詳しく把握する為に周りを見渡した。火炎によって融けた窓ガラスは、ちょうど艦橋の真ん中に位置しており、さらにそこから扇状に広がる様にして、艦橋内部に焦げ目がついている。レーダーでも確認されていたが、リンドウが乗る銀龍は艦の真正面から接近し、艦橋に火炎を浴びせていた。
(艦橋の真正面・・・。『しまかぜ』には後部にしかないCIWSでは、艦橋構造物が邪魔で死角になるか・・・。確かにCIWSの起動が少々遅れたのは事実だが。・・・ラッキー野郎め!)
上野二佐は、飛来してきた銀龍に対してCIWS20mm機関砲の反応が遅れた理由について考察していた。
程なくして艦橋内に籠もっていた熱気が冷めていく。負傷を逃れた航海科の隊員たちは、職務遂行の為に再び配置へと戻る。1番の懸念材料だった操舵装置の無事を報告したところ、それを知った戦闘指揮所から早速命令が伝えられた。
「戦闘指揮所より。やや右舵、15度直進!」
「15度直進!」
隊員たちの復唱が傷だらけの艦橋に響く。操舵担当の航海科員は、指示された方向へと舵輪を回した。旗艦の行進に続いて他の3隻も敵艦隊へと近づいて行く。
〜〜〜〜〜
旗艦「オルトー」
「竜騎部隊全滅・・・。敵艦及び敵航空戦力に目立つ被害は確認されず・・・」
見張りの兵士の口から発せられる弱々しい声、その一報に旗艦「オルトー」に乗る総指揮官ベレンガーや艦長トライツを含む上官たちは、顔を青ざめる。生気を失いつつあった彼らの瞳は、先程まで多くの竜騎が飛んでいたはずの空を見つめていた。
現れた敵の航空戦力はわずか10・・・それに対してこちらの竜騎は100騎以上。これならば、如何に質で離れていようが数で押しつぶせると思っていた。しかし、その結果はどうだろうか。頼みの綱、主力であった銀龍はその多くが日の目を見ずに撃墜された。残った竜騎も、一矢報いようと日本の軍艦に一斉攻撃を仕掛けたが、“空飛ぶ槍”と“砲”により、瞬く間に撃ち落とされた。
言葉を失う彼らに、追い打ちを掛けるような報告が届けられる。
『洋上に停止していた敵艦4隻が動き始めました!』
「!!」
戦慄が走る。彼ら艦隊の侵攻を阻む壁の様に鎮座していた日本の軍艦4隻が、こちらに向けて前進を開始したのだ。それらは、巨大な体躯に似つかわしくない速度を上げて、クロスネルヤード艦隊に迫っていた。
「・・・どうされますか!?」
参謀の1人が、総指揮官であるベレンガーに指示を扇ぐ。数多の視線が、彼に集中していた。
数分後、彼は重い口を開けると、全艦に向けて1つの指示を出す。
「・・・撤退する。ミケートへ向かっているという各国の連合艦隊と合流し、体勢を整え直す」
「・・・!」
“撤退”。指揮官が下した決断に、艦内では動揺がその場を支配した。確かに竜騎は全て失ったが、艦はその9割以上が残っている。戦えないとはまだ言えない。参謀たちは口々に反論する。
「しかし・・・! 敵は皇帝の仇、ここで逃げ帰ればどんな沙汰が下るか」
「左様! 貴方の身が危ない!」
「敵は先程の戦闘でかなりの量の弾薬を使用したはずです! それに艦はたったの4隻・・・数で押し切れます!」
参謀たちの説得も、総指揮官の決断を変えさせるまでには至らない。直後、ベレンガーは甲板の向こう、今現在、艦隊が向かっている方向に見える4隻の巨大艦を指差しながら、諭すような口調で語り続ける。
「私だってここで引き下がりたくは無い、最後の1隻になるまで命を削り、闘いたいと思っている! しかし、あの敵艦の砲・・・まだ10数発しか発射していない。しかし、かの『イロア海戦』の記録によればアルティーア艦隊1700隻以上を、ニホンの軍艦は34隻で撃破したとされている。もしそれが事実なら、あそこにいる4隻で我が艦隊を、少なくとも半壊させることが出来るはずだ」
ベレンガーは今まで自衛隊が行ってきた戦闘の中で最大の闘いであった、セーレン島沖でのイロア海戦の戦績データから、護衛艦の性能について客観的に評価していた。
「そんなもの、いくら何でも誇張に過ぎないでしょう!」
「たとえ半壊しようが、まだ半分残っていれば戦えます。こちらの砲の射程まで近づき、砲撃戦か白兵戦に持ち込めばこちらにも分がある!」
総指揮官の英断を変えようと、参謀たちは絶え間なく詰め寄る。撤退を良しとしない彼らの心の内には、前皇帝一家を暗殺した仇だという日本との戦いにおける、異常なまでの士気の高さがあった。
各艦でも艦長や士官たちが、竜騎部隊全滅を目の当たりにしてやや意気消沈気味の兵士たちを鼓舞している。
(前方の艦は、ただ敵の砲を防ぐための盾となる覚悟はあるのか・・・? その為だけに、4万人近い兵士たちを犠牲に・・・? でも、それで敵を撃破出来るのか? いや、もしかしたら行けるか・・・!)
参謀たちの言葉は、一度は撤退を決めたベレンガーの心を揺り動かす。彼は艦隊の進退について大いに悩んでいた。そうして旗艦が混乱している最中も、艦隊はゆっくりと前進を続けており、同じく前進していた護衛艦4隻に、着々と距離を詰められていた。
〜〜〜〜〜
旗艦「しまかぜ」 戦闘指揮所
「敵艦隊を艦砲の射程距離に捉えました」
「敵は5ノットほどの速度でこちらに接近を継続中。撤退の様子無し」
レーダーに映る敵艦隊の船影が徐々に近づいて来る。艦橋からもそれらが海上一面に展開する様子が見て取れた。
「砲弾の残弾は?」
司令の大浦一佐が、対水上戦闘の為に温存していた艦砲の砲弾数を確認する為、船務長の中曽根英次三等海佐/少佐に質問を飛ばす。
「弾薬庫内に格納されているものも含め、全艦合わせて1000発ほどです」
中曽根三佐は簡潔に答えた。1000発あれば、残り460隻ほどのクロスネルヤード艦隊を全て沈めて釣りが出る。
クロスネルヤードに同調する各国の港からも、いくつか艦隊が派遣されているという報告も入っている。それらは集まれば1000隻ほどになるが、各艦隊は今の所位置がばらばらで、ここルシニアへ向かっていると決まった訳ではなく、たとえこちらに方向転換しても、サイクロンを抜けた増援が到着するのが恐らくは先だと思われていたが、万が一を考え、なるべく砲弾は温存しておく必要があった。
「戦闘指揮所から射撃管制室へ。間も無く敵艦隊との距離が射撃予定距離に入る。艦砲用意! 各艦も同じく対水上戦闘に移行せよ!」
『了解』
戦闘指揮所とは別個に設置されている射撃管制室へ、そして各艦へ司令からの命令が届けられる。
その直後、長らく沈黙を保っていた「しまかぜ」の艦砲が動き出す。波と艦の動きで揺られながらも、その砲身は真っ直ぐ、目標として捉えたクロスネルヤード艦隊の前列にある1隻の軍艦を向いていた。
「各艦主砲、撃ち方始め!」
「撃ちぃ方、始めえ!!」
復唱が戦闘指揮所に響き渡る。その刹那、4隻の艦砲から各々のリズムで砲弾の発射が開始された。砲撃は1発1発、確実に敵の艦を沈めていく。
「相手が接近して来たら、適度に距離を取りつつ、撃ち方を続けよ!」
『了解』
司令からの指示に対して、射撃管制室に着いていた砲雷長の佐柳藤高三等海佐/少佐から、伝声管を伝って返答が届く。15km先の海では砲撃に晒された大型帆船団が、木片をまき散らしながら次々と沈められていた。
〜〜〜〜〜
旗艦「オルトー」
進退について士官たちの議論が飛び交う旗艦、そして進退に悩む総指揮官の耳元に、腹の底に響くような砲撃音が聞こえ始める。
「誰が発砲しろと言った!」
上官の1人は、その砲撃音が自分たちの側が発したものだと思い込み、兵士に向かって怒鳴り付ける。しかし彼はそれが勘違いであることにすぐに気付いた。
前方15kmにあり、異様な存在感を放つ4隻の巨大艦。その砲身の先が光を放つのに少し遅れて、砲撃音が海原に響き渡る。そしてその直後、艦隊の前方にいる軍艦の船体に風穴が空くと同時に木片をまき散らし、沈んで行った。
砲撃を受けていたのは1隻2隻ではない。目を疑う様なハイペースで前方の艦が次々とやられていた。
「敵艦、発砲を開始! 艦隊前方の艦に次々と被弾している模様!」
「・・・来たか!」
少し遅れて見張り兵の報告が届く。その一報にベレンガーは息を飲む。噂に名高い日本海軍による正確無比の連続射撃が、ついに開始されたのだ。
「馬鹿な・・・!」
「いくら何でも遠すぎるぞ!」
「なんと言う正確さだ・・・。これほどまでに砲の性能差とは開くものなのか・・・?」
日本軍についての知識に乏しい旗艦の兵士たちは、その様相を見て思わず呆然としていた。驚いていたのは兵士たちだけではない。それは士官や佐官などの上級軍人やベレンガーも同じだった。確かに「逓信社」の報道で日本軍についての前知識は持ってはいたが、あまりにも現実離れした内容に半信半疑の者も多かったからだ。
「距離は!?」
「約21リーグ(15km)! こちらの射程の10倍以上の距離です!」
「確かニホンの軍艦の砲は各艦に1門か2門だけだ・・・。それらの射撃頻度は!?」
「5〜6秒に1回ほどです!」
総指揮官からの質問に、見張りの兵士は見たままの情報をそのまま伝える。その間にも艦は次々と沈められていた。ベレンガーはこの場で得た情報を元に、自身が出すべき指示について考える。
(敵の砲弾数が200発程というのも希望的観測でしかない・・・。彼らの砲の弾数がもし500発以上あれば、このままでは4分の1刻(30分)・・・耐えきれるかどうかだ!)
腹は決まった。ベレンガーは鋭い眼光を部下たちに向ける。
「やはり撤退だ・・・。全ての責任は私が取る!」
「!」
総指揮官の意思は変わることは無かった。上官たちは再び言い返そうとするも、全責任を自分1人で取るとまで言い切ったベレンガーの意思を変えることなど出来ないことを、彼らはすぐに悟った。
「総指揮官より、各艦に命令を出せ・・。撤退だ、直ちにミケート・ティリスへ帰還する」
各艦への音信を担当する参謀が、部下の音信兵に指示を出す。程なくして全ての艦に撤退命令が通達された。命令を受けた艦から次々に、その船首を反転させていく。襲来時、490隻あったクロスネルヤード連合艦隊は、この時すでにその内の150隻近くを失っていた。
(今は耐えろ。いずれニホン本土に攻め入る時まで・・・!)
圧倒的な格の違いを見せつけられ、撤退を余儀なくされる兵士たちの悔しさを滲ませる顔を見つめながら、ベレンガーは心の中でつぶやいた。
〜〜〜〜〜
旗艦「しまかぜ」 戦闘指揮所
『艦橋から戦闘指揮所へ。敵艦隊が次々と船体の反転を開始。撤退している模様』
艦橋の航海科から、敵艦隊が撤退を開始した様子が伝えられる。
『追撃しますか?』
航海長代理の上野二佐は、伝声管を通じて司令の大浦一佐に問いかける。彼女は少し視線を左右させると、すでに決まっていた答えを口にした。
「今は徒に弾薬を消費するべきではない。故に追撃は行わない」
司令の言葉に戦闘指揮所の全員が心の中で頷く。その後、彼女の口から正式に命令が下された。
「全艦停止。敵艦隊が対水上レーダー捜索域の外へ離脱した時を見計らって対水上戦闘を終了する」
「全艦停止!」
再三の復唱。停戦命令を受けた4隻の護衛艦は程なく停止する。
1時間後、クロスネルヤード連合艦隊の本隊は水平線の向こうへと消え、対水上戦闘が解除される。敵艦隊の中には、撤退命令を聞き入れなかった艦も数十隻程あり、それらは結集して護衛艦4隻に挑んで来たものの、艦砲射撃により難なく撃沈された。
斯くして、ドラス辺境伯領軍と皇帝領軍、その他クロスネルヤード属国群の軍勢から成る“クロスネルヤード連合艦隊”計490隻は、178隻の軍艦と固有航空戦力である竜騎109騎を全て失って敗走し、この戦いはF−2ルシニア派遣隊と第13護衛隊から成るルシニア基地の勝利に終わったのだった。
第3部もまだ途中ですが、第4部「ティルフィング・選挙篇」についての情報を少し・・・
第4部は公安が主人公になる予定なので、第2部以上に自衛隊の出番は無いです。以前にも紹介した様に、とある命令を受けた主人公が世界を廻る話が本編になります。
また外伝として、外地・屋和半島の日本人移民と現地住民から成る高校少年たちが、日本本土に来る話も構想しています。




