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旭日の西漸 第3部 異界の十字軍篇  作者: 僕突全卯
第2章 聖戦の開幕
24/51

グレンキア半島沖海戦 弐

12月6日 夕方 エルムスタシア帝国 首都エリー=ダレン


 この日の夕方、この国を治める2人の皇帝が暮らす居城、その皇兄の執務室に1人の閣僚が入室していた。


「ご報告致します。クロスネルヤードの艦隊がルシニア沖に現れ、間も無く海戦が開始される模様とのことです」


 宰相セラレタ=オプティックは、ルシニアに駐在しているエルムスタシア軍から伝えられた報告を述べ上げた。

 今回のクロスネルヤード艦隊によるルシニア基地侵攻は、当然この国の政府も知る所となっている。彼の国の大使館を通じ、エルムスタシア政府に対してとある要求があったのだ。その内容をざっくり説明すると以下の通りである。


“我々の目的は、貴国にあるニホン軍基地の殲滅。だからエルムスタシア軍は邪魔をするな”


 一方的な要求である。要するに日本の味方をする様なことがあれば、ルシニアの街がどうなっても知らないぞ、という脅しをかけて来た訳である。

 さらにエルムスタシア帝国は、基地が設置される際に日本と相互防衛の協約を結んでいた為、この要求を了承すれば明確な協約違反になる。つまり日本と手を切るか、日本との同盟を遵守するかの二択を迫られたのだ。

 しかし、エルムスタシア帝国の返事は早かった。明確に拒否(NO)の意思を示した彼らには、確固たる自信があった。それは日本軍が負ける訳がない、という自信だった。それは日本軍によって倒されたリヴァイアサンの強さを正確に知っていたエルムスタシア帝国だからこそ、日本軍の強さに対して全面的な信頼を置いていた。


「基地のニホン海軍からの要請により、現地の軍には沿岸を固める様に指示を出しています。

まあ・・・そもそもニホン軍が負けるとは考えにくい上、たとえ万に1つ負けたとしても、ニホン軍との戦闘を終えたクロスネルヤード艦隊にルシニアを占領する余力が残るとは到底思えませんがね」


 宰相セラレタは、万が一の事態に備え、エルムスタシア軍にも戦闘準備をさせていることを伝える。


〜〜〜〜〜


同時刻 グレンキア半島 ルシニア市 沖合20km地点


 在エルムスタシア帝国・ルシニア軍用基地・・・通称ルシニア基地、またはシックススベースと呼ばれるその基地には、900人近い自衛隊員と500人近い民間の日本人が常在している。基地施設は沿岸の湾港施設だけではなく、市街地から離れた内陸部には旅客機の離着陸も考慮された滑走路、その両脇には基地の食い口を支える為の広大な農園が広がっている。

 不足する労働力を補う為、現地住民も雇用されており、雇用条件の良さも相まって人気の職場となっている。獣の耳や尾、その他異形の身体を持つエルムスタシアの住民と、同じ敷地内で働く自衛隊員の姿がここでは見られる。


 そしてこの基地を守る為、海の上に4隻の護衛艦が浮かんでいる。迫り来る敵を迎え討つ為、第13護衛隊に所属する「しまかぜ」「さわぎり」「じんつう」「かえで」の4隻は、前日から入念な点検を受けていた。

 そこそこの間隔で横一直線に並ぶ4隻の背後には、海底油田採掘の為の石油リグと、採取した石油から艦の燃料である軽油や、基地で使うガソリンを精製する為の石油精製施設がある。これらを破壊されれば、この基地の存在意義の1つである補給能力が失われてしまう。将来的な帝国本土上陸作戦の要衝となり得るこの基地は何としても守らなければならない。

 そしてその基地では、短距離空対空ミサイルを可能な限り搭載したF−2A戦闘機10機が、滑走路で離陸準備をしていた。彼らの任務は、護衛艦4隻による対艦射撃の傍らで竜騎を撃破することだ。

 更に護衛艦とF−2による防衛網を突破された場合に備えて、ルシニアの沿岸にはエルムスタシア海軍の艦、そして屈強なエルムスタシア陸軍が控えている。

 そして二重の防衛体制によって守られたルシニアの街の市民たちに対しては、街の郊外にある航空基地に避難する様に勧告が出されている。オライオン(P-3C)とF−2、シーホーク(SH-60K)の格納庫とその周辺には、この街に住む2万5千人の人々の姿があった。




ルシニア郊外 滑走路


 滑走路に並ぶF−2戦闘機のエンジンに火が灯る。滑走路の上を進む機体は一気に加速し、その機首を上にあげると空高く飛んで行く。そうして最初に飛び上がった1機に続いて2機目、3機目と次々と滑走路から飛び上がって行った。


離陸(Take off)!」


 10機の機体が轟音を立てながら空を飛ぶ。短距離空対空ミサイル(04式空対空誘導弾)を満載している為、少し重めの機体を繰るパイロットたちは、機体を北へと傾け、敵が待ち受ける海へと向かう。


「ニホン軍の“空飛ぶ剣”が行ったぞ!」


 戦闘に先立ち、航空基地の敷地内に避難していた市民たちは、戦闘機が離陸する様を見て興奮していた。


〜〜〜〜〜


沖合20km地点 旗艦「しまかぜ」 戦闘指揮所(CIC)


 艦長の上野彦栄二等海佐/中佐、そして隊の司令である大浦慶子一等海佐/大佐の指揮の下、40年以上の就役期間を誇る年季の入ったミサイル護衛艦(DDG)である「しまかぜ」の戦闘指揮所(CIC)では、旧式のレーダーを駆使して敵の様子を探っていた。


「対水上レーダー目標探知。距離50km」

「対空レーダー目標探知。前方広範囲に約100機。すでに敵は竜騎を飛翔させているらしい」


 各方面から届けられる報告に司令の大浦一佐は耳を傾ける。その後、彼女は全艦に向けて指示を出した。


「各艦、対水上戦闘用意! 対艦ミサイル(ハープーン)発射!」


対艦ミサイル(ハープーン)発射!」


 復唱が戦闘指揮所(CIC)内をこだまする。司令の命令は直ちに射撃管制室へと届けられる。司令の指示を受け、各艦に2基ずつ搭載されている艦対艦ミサイル4連装発射筒から、すなわち各艦から8発ずつ、計32発のハープーンミサイルが敵艦隊へ向けて発射された。

 32発の凶弾は、水平線の向こう側へと飛んで行く。


〜〜〜〜〜


クロスネルヤード連合艦隊 旗艦「オルトー」


 甲板に立ち、水平線の向こうを眺める総指揮官に、後ろから近づく人影がある。オルトー艦長のトライツは指揮官のベレンガーに報告する。


「あと1刻半(3時間)ほどでルシニアに到着致します」


「・・・そうか」


 ベレンガーは部下の言葉に頷くと、1つの指示を出す。


「竜騎を各艦から切り離せ。艦隊に先行して敵艦を攻撃し、その後、彼の国の施設を破壊させるんだ」


「了解しました」


 総指揮官の命令を受けたトライツは、敬礼すると船室へ戻り、“信念貝”を用いて各艦にベレンガーの命令を伝えた。直後、竜騎と艦を繋いでいた鎖が次々と切り離され、軍艦を牽引していた竜騎が解き放たれる。




『旗艦より総指揮官の命令を伝える。直ちに前方の敵艦、及び敵の基地へ向かい、それらを攻撃せよ!』


 竜騎部隊のリーダーであるリンドウ=ガルブラッダーの持つ信念貝に、トライツからの音信が届いていた。その命令を聞いた彼は、自らが駆る銀龍の手綱を握り締めると、艦隊を離れて南の水平線へと向かう。

 他の竜騎士たちも、リーダーの後に続く。計109騎の竜の群れがルシニア基地へと飛翔して行った。

 その時・・・


「な、何だ・・・あれは!」


 南の水平線から正体不明の飛行物体の群れが飛んでくる。後方から火を吹き、白煙をなびかせながら空を飛ぶそれらは、竜騎部隊の近傍を高速で通り過ぎると、彼らの後方に並ぶクロスネルヤード艦隊に向かって行く。

 そして、それら32発の対艦ミサイルは、一発一発が正確に軍艦を捉え、クロスネルヤード艦隊490隻の内、32隻の軍艦を海の藻屑とした。

 爆音が海の上に響き渡る。


「旗艦!」


 総指揮官の安否を確かめようと、リンドウは自身が持っていた信念貝に向かって叫んだ。


『こちら『オルトー』。旗艦は無事だ、こちらに構うな! 任務を遂行しろ』


 貝の向こう側からの返答に、リンドウは安堵の表情を浮かべる。その後、彼らは一路、ルシニアの方角である南へと向かった。




『被弾した艦艇数は32隻です!』

『生存者に救出を! 急げ!』

『前方の見張りを! またあの攻撃が来るかも知れない!』


 突如襲って来た攻撃に対して、艦隊はパニックになっていた。回りを見れば、ミサイルを受けた軍艦の残骸が、硝煙の残り香を放ちながら漂っていた。四肢を欠損した兵士の遺体も浮かんでいる。その多くが、自分が死んだ理由も分からずにこの世を去ったことだろう。


「これが・・・ニホン軍の力か・・・!」


 ベレンガーの頬に冷や汗が流れる。

 まだ見えない場所からの正確無比な攻撃。無事だった兵士たちにも動揺が走っていた。そしてこのまま進めば、艦隊はニホン軍の軍艦の砲の射程距離に入るだろう。しかし、彼らには成すべきことがある。


「たとえ最後の1隻になろうとも・・・! 行かねばならない!」


 相手は前皇帝を暗殺した敵国。それ故、艦隊の士気は高い。残り458隻の艦隊は、動揺を断ち切る様に先へと進み続ける。そして数分後、彼らの視線の先には、ついに4隻の巨大艦が捉えられるのだった。


〜〜〜〜〜


旗艦「しまかぜ」 戦闘指揮所(CIC)


『艦橋より戦闘指揮所(CIC)へ。敵艦の爆発を確認、数は32。対艦ミサイル(ハープーン)全弾命中を確認』


「了解」


 艦橋から敵艦隊を観察していた航海科の見張り員たちから、ミサイル命中の報告が届く。対水上レーダーでも、映っていたいくつかの船影が消える様子が確認されていた。


「500分の32か・・・」


 大浦一佐がつぶやく。この初撃で葬った敵艦の数は、全体の7%にも満たない。これでは敵は撤退を考えることは無いだろう。

 「しまかぜ」の主砲である73式54口径5インチ単装速射砲の砲塔内では、間も無く開始されるであろう連続射撃に備えて砲塔1基につき16名、すなわち艦の前後に設置されている2基の砲塔に合わせて、計32名の操作要員たちが待機している。

 ちなみに「はたかぜ」の退役に伴い、その同型艦である「しまかぜ」は海上自衛隊で唯一、有人砲塔を有する護衛艦となっていた。


「敵艦隊が艦砲の射程距離内である15km地点に侵入した所で、艦砲による攻撃を開始する」


 訛りを抑えながら、大浦一佐は各艦に指示を伝える。その時、対空レーダーを観察していた電測員長の池内蔵之介海曹長/兵曹長が、敵軍の様子に変化が現れたことに気付く。


「対空レーダー探知・・・、敵航空戦力がこちらに急速で接近を開始!」


「何!?」


 敵の航空戦力が、自らの母艦である艦隊を離れ、こちらに向かって接近を開始したのだ。

 今回の作戦では、4隻の艦は対空戦闘を極力行わず、洋上の敵艦隊を滅することに集中し、敵の空飛ぶ竜騎に対しては10機のF−2戦闘機が迎え討ち、基地上空への侵入を防ぐ手立てになっていた。その上でF−2の追撃から逃れ、艦の方へ接近して来た竜騎については、この場にいる4隻の護衛艦の内、対空ミサイルを持つ3隻によって撃墜することになっている。

 すでにF−2は離陸しているという連絡が入っている。しかし、その隊長機からの連絡が未だ来ていない。戦闘指揮所(CIC)が一抹の不安に駆られたその時、戦闘指揮所(CIC)に1つの通信が入った。


『ザザッ・・・! こちらバイパー1。敵機に対して攻撃開始する』


 後方から近づいて来るF−2編隊の隊長機を操る倉場健剛二等空佐/中佐から、攻撃開始の報告が届けられたのだ。


「了解。敵機は本艦隊に向けて急速接近中である。直ちにこれらを攻撃せよ」


了解(Copy)!』


 通信が切れる。基地司令の命令を受けた10人のパイロットたちは、各々が操るF−2のスピードを上げ、4隻の護衛艦の上を通過していく。各艦の艦橋ではF−2が発する轟音が、窓ガラスを揺らしていた。




ルシニア沖25km地点 上空


目標視認(Tally-ho)!』


 倉場二佐の両目から約30km先に、竜騎の大部隊が見える。茶、紅、青、そして銀・・・4色4種の龍からなる竜騎部隊は、遠目からはカラフルな紙吹雪に見えた。


『あのでかい銀ピカの龍から狙え。あれが最もスペックが高いらしい』


『了解』


 隊長機の命を受け、各機のパイロットたちは短距離空対空ミサイル(04式空対空誘導弾)の発射装置へと指を掛ける。誘導弾のシーカーは30km先に居る銀龍を目標として捉えた。


目標補足(Target on)・・・バイパー1、発射(Fox2)!』


 倉場二佐が乗るF−2の右翼から、短距離空対空ミサイル(04式空対空誘導弾)が発射される。


『バイパー2、発射(Fox2)!』

『バイパー3、発射(Fox2)!』

『バイパー4、発射(Fox2)!』


 倉場二佐に続き、他のパイロットたちも次々と短距離空対空ミサイル(04式空対空誘導弾)を発射する。計10本の誘導弾の群れは、前方の竜騎部隊へと真っ直ぐ突っ込んで行った。


〜〜〜〜〜


「前方より高速飛行物体接近!」


「!!」


 リンドウ=ガルブラッダーを首班とする109騎の竜騎部隊は、前方から飛翔して来る10機の戦闘機に気付く。その刹那、その10機の戦闘機の翼から炎を吹き出す槍が発射された。


「・・・回避!」


 遠目には良く分からなかったが、それらの槍は煙を引きながら自分たちの方へ向かって来ていた。標的にされた竜騎部隊は向かって来る短距離空対空ミサイル(04式空対空誘導弾)を避ける為に、散り散りになってその場から離脱する。しかし・・・


「・・・こ、こいつ・・・ついて来るぞ!」

「逃げ切れ・・・ないっ!」

「・・・馬鹿な!」


 その場から逃げる竜騎に合わせて進路を変え、追随してくる短距離空対空ミサイル(04式空対空誘導弾)から、10人の竜騎士は必死に逃げるも、マッハ3で追いかけてくるそれらから逃げられるはずもなく、程なくして誘導弾の直撃を受けた10騎の銀龍は、肉塊と化して海へと墜ちて行った。


「っ・・・!」


 無残な姿と成り果てた部下の姿を見て、リンドウは悔しさと怒りの余り下唇を噛む。


〜〜〜〜〜


『敵機の爆発を確認、全弾命中』


 攻撃成功の一報が各機に届けられる。その報告にパイロットたちは思わず口角を上げてしまった。航空自衛隊にとってはこの世界で初めての本格戦闘だ。気合いも一入である。


『第2射撃、発射用意・・・バイパー1、発射(Fox2)!』


 間髪入れず、次の短距離空対空ミサイル(04式空対空誘導弾)が、倉場二佐が乗るF−2の左翼から発射される。続いて、他の9機のF−2からも短距離空対空ミサイル(04式空対空誘導弾)が発射された。

 それらは、急襲で混乱するクロスネルヤードの竜騎部隊へ向かい、再び簡単に10騎の銀龍を落として見せる。


「っしゃあ!」


 パイロットの1人である野村維経(のむら これのぶ)三等空尉/少尉が叫ぶ。彼にとって空中戦で敵機を落とすのは、これが初めての経験だった。そんな浮かれ気味の若いパイロットの耳に、隊長機からの通信が届く。


『間も無く、敵部隊の飛行空域と交錯する。機関砲発射の場合は同士撃ちに注意しろよ』


 倉場二佐からの通信を耳にした彼は、すぐに気を引き締め直す。直後、短距離空対空ミサイル(04式空対空誘導弾)の急襲を受け、散開する竜の群れの中に、10機のF−2が突入した。

 その時、13騎の竜騎がすれ違い様に機関砲で撃墜される。戦闘機を撃ち落とそうといくつかの竜騎は火炎を吹くが、亜音速で飛ぶF−2を捉えることが出来ず、それらは空を切る。

 F−2は竜の群れの中を瞬く間に突き抜けると、クロスネルヤード艦隊の最後列にまで達した後にインメルマンターンの要領で旋回し、再び機首を竜騎部隊へ向ける。


『第3射撃、発射用意・・・バイパー1、発射(Fox2)!』


 短距離空対空ミサイル(04式空対空誘導弾)の第3波攻撃が竜騎部隊目がけて飛んで行く。10本の誘導弾が三度、今度は後方から竜騎部隊を襲撃した。


〜〜〜〜〜


 見たことも無い様な速度で突入して来た敵の飛行物を避ける為、残り76騎の竜騎部隊は蜘蛛の子を散らす様にして逃げ惑っていた。すでに隊列の影も形もなく、統率が取れなくなってしまっている竜騎部隊に、10機のF−2は容赦なく短距離空対空ミサイル(04式空対空誘導弾)の第3波攻撃を食らわせる。

 頼みの綱であった銀龍もそれ故に優先的に撃墜され、すでに33騎中21騎が落とされてしまった。竜騎士たちの顔に絶望の色が浮かぶ。


「敵はわずか10匹・・・舐めやがって!」


 悠々と空中を往復し、部隊を蹂躙するF−2の姿を見て、リンドウは悔しさを滲ませるも、短距離空対空ミサイル(04式空対空誘導弾)の射程とF−2の速度の前には銀龍の火炎放射でも手も足も出ない。


「・・・どうすれば良い!? ・・・!」


 悩む指揮官。直後、彼は1つの決断を下す。彼は腰に掛けていた信念貝を取ると、そこから隊全体に向けて命令を出した。


「空飛ぶ敵に構うな! 敵艦へ一斉攻撃だ!」


 リーダーの命令が隊全体に伝わっていく。リンドウの命令を受け、残った竜騎の統率が戻り、それらは前方に展開している4隻の護衛艦に向かって飛行を開始したのだ。


〜〜〜〜〜


『奴らこっちには向かって来ませんね』


 後方から竜騎部隊の様子を見ていたF−2パイロットの野村三尉は、こちらに向かって来ること無く、こちらに尾を向けて前進を開始した竜騎部隊の行動に疑問を感じていた。


『恐らく奴らはF−2(我々)と対峙することを諦めたんだ。護衛艦に対して一斉攻撃を仕掛ける気だ!』


『・・・!!』


 隊長機を操る倉場二佐の予測を耳にしたパイロット達の脳裏に戦慄が走る。

 敵艦隊殲滅の為に使用する予定の艦砲は、砲弾温存の為に対空戦闘には極力使用出来ない。「じんつう」を除く3隻には艦対空ミサイルが搭載されているが、イージス艦などと比べれば対空戦闘の為の装備や性能には天と地ほどの差がある。

 今の所80近く残っている竜騎が、一斉に4隻の護衛艦に飛びかかればどうなるか。龍の攻撃手段は火炎放射である為に、木製ではない護衛艦の炎上や沈没は無くとも、被弾する可能性は高い。


『各機、第4波攻撃用意! 龍の数をとにかく減らせ!』


了解(Copy)!』


 隊長機の命令を受け、再び短距離空対空ミサイル(04式空対空誘導弾)が発射される。それらはF−2に対して背を向けた竜騎10騎を瞬く間に撃墜した。

 しかし、竜騎部隊は止まらない。それらは着々と護衛艦との距離を詰めていた。


『撃ち続けろ!』


 隊長機の命令を受け、パイロットたちは短距離空対空ミサイル(04式空対空誘導弾)を発射し続ける。


〜〜〜〜〜


旗艦「しまかぜ」 戦闘指揮所(CIC) 


「対空レーダー目標探知、前方12時の方向から敵航空戦力が急速接近を開始! F−2は攻撃を継続中!」


 池内電測員長が叫ぶ。空を監視する対空レーダー(OPS-11C)に、敵機が接近している様子が映し出されていたのだ。それらは真っ直ぐこちらに近づいていた。


「こちらも敵機に対して攻撃を行う! 『しまかぜ』『かえで』『さわぎり』は対空戦闘用意!」


「対空戦闘用意!」


 大浦一佐の指示とその復唱が、戦闘指揮所(CIC)内に響く。F−2の追撃を逃れた龍については、護衛艦の艦対空ミサイルで対処することになっていた。


「Mk13用意!」


 「しまかぜ」の前方に設置されているスタンダードミサイル(Mk13 Mod4)単装発射機に、下部の弾薬庫から顔を覗かせたスタンダード(SM-1)ミサイルが装填される。「さわぎり」では、GMLS−3型Aシースパロー8連装発射機が、竜騎部隊が向かって来る空を向いていた。


スタンダードミサイル(SM-1)発射(バーズアウェイ)!」


 3隻の護衛艦から艦対空ミサイルが接近する竜騎部隊に向けて発射された。それらは発射母艦からの誘導を受け、目標に向かって飛んで行く。


『艦橋から戦闘指揮所(CIC)へ。全弾命中を確認!』


 艦橋にてミサイルの行方を監視していた航海科から、撃墜成功の報告が届く。双眼鏡越しの彼らの目には、ミサイルの攻撃に手も足も出ずに撃ち落とされる竜騎の姿が見えていた。


スタンダードミサイル(SM-1)初撃、命中(マークインターセプト)! 残存の敵機、依然接近中」


 対空レーダーから第1目標の影が消えたことが、池内電測員長によっても確認される。しかしながら、敵機の群れは怯むことなくこちらへの接近を続けていた。


「こちらも間髪入れるな! 射撃を継続せよ!」


「了解!」


 弾薬庫から顔を出した2基目のスタンダード(SM-1)ミサイルが、再び発射機にセットされる。


スタンダードミサイル(SM-1)発射(バーズアウェイ)!」


 後方から炎を吹き出したスタンダード(SM-1)ミサイルが、空に向かって飛んで行く。それは「さわぎり」からほぼ同時に発射されたシースパローと共に、再び竜騎を撃墜した。


命中(マークインターセプト)!!」


 2度目の撃墜。それを伝える池内電測員長の声にも、無意識の内に力が入っていた。


〜〜〜〜〜


第13護衛隊から15km離れた海上 


「うわあぁぁ!」


ドカアァ・・・ン! 


 竜騎士の断末魔が爆音に包まれる。それは人ならざる姿になって海に落ちて行く。しかし、残された者たちは墜ちて行く仲間を見ることなく、前に進み続ける。

 “空飛ぶ剣”、すなわちF−2戦闘機と“灰色の巨大艦”、すなわち護衛艦が繰り出した、“一度目標として定められたら逃れることが出来ない槍”、つまりミサイルによる攻撃によって、残った竜騎は着実に数を減らしていた。


「くそっ! 艦もあの“空飛ぶ槍”を発射出来るのか!」


 龍の手綱を握りながら、リンドウは驚愕の表情を浮かべていた。艦が空を行く龍をここまで正確に撃ち落とすなど、聞いたことが無かった。


「後ろでは“空飛ぶ剣”、前では“灰色の巨大艦”が待ち構え、“空飛ぶ巨大な槍”で我らを仕留める・・・。これが奴らの包囲網か!」


 彼は日本軍の目論見を悟る。敵は自分たち竜騎士全てを、この海の上で仕留めるつもりの様だ。しかし相手は前皇帝の仇、その怒りを思い知らせる為、ここでやられる訳にはいかない。

 最高時速290リーグ(約200km)を誇る銀龍、空気抵抗を軽減する為に上半身を前に屈めながらその背に跨がる騎士たちのゴーグルには、異形の艦隊が映っていた。


「・・・また来た!」


 1人の竜騎士が叫ぶ。再び艦対空ミサイルが彼らを襲ったのだ。それらは残った竜騎士たちを難なく撃ち落とす。


ギャアアァ!


 龍の断末魔。人間と龍が身体を引き裂かれ、海へと落ちて行く。04式空対空誘導弾とスタンダードミサイル、そしてシースパローによる攻撃を受け続ける竜騎部隊は、すでにその数を半分以下にまで減らしていた。


「・・・進めえっ!」


 リンドウの叫び声が残る部下たちを鼓舞する。

 次にあの槍が来れば、残った自分たちも撃墜されるかもしれない。しかし、そんな恐怖を前にして尚、リンドウ、そして他の騎士たちの頭に降伏の二文字は無い。全滅の前に何とか、敵に一撃を与えなければ。その思いだけが彼らにとって龍の手綱を握る原動力になっていた。

 彼らの目の前に、灰色の巨大艦が近づく。異形の艦の頂上に掲げられている旗、天に輝く紅い太陽とそれを起点にして放射状に伸びる光を現した敵国の国旗が、風を受けて悠々とはためいている様子が、彼らの脳裏に焼き付けられていた。


〜〜〜〜〜


旗艦「しまかぜ」 戦闘指揮所(CIC)


「敵航空戦力、数を減らしつつも依然接近中」

「『さわぎり』より連絡、シースパロー全弾射撃終了しました」

「同じく『かえで』、SeaRam残弾ありません」


 あらゆる報告が旗艦に届けられている。各隊員の口から、それら全てが司令の耳に伝えられていた。すでに2つの艦では艦対空ミサイルを撃ち尽くし、敵の竜騎部隊はその数がすでに残り10騎を切ろうとしている。それでも尚、敵は接近し続けていた。

 

『ザザッ・・・、こちらバイパー1。04式空対(AAM-5)誘導弾(Out)弾切れ( of ammo)! 指示求む』


 竜騎部隊の背後から、04式空対空(AAM-5)誘導弾による攻撃を続けていたF−2編隊の隊長機を操る倉場二佐から連絡が入る。10機のF−2はすでに、各機に6〜8発積まれていた04式空対空(AAM-5)誘導弾を撃ち尽くしてしまっていた。


「残りの敵機の数と距離は?」


 大浦一佐の問いかけに、電測員長の池内海曹長が答える。


「敵機、残り11機。12時の方角、距離は約3kmです!」


「・・・!」


 答えを聞いた大浦一佐は少し考える素振りを見せると、無線の向こう側に居る倉場二佐に1つの指示を出す。


「倉場二佐! 残りの敵機はこちらで対処する。基地に帰還せよ」


『・・・了解(Copy)!』


 無線が切れる。その後、司令からの帰還命令は各機のパイロットの元へ届けられ、10機のF−2戦闘機は竜騎75騎の撃墜という大戦果を残して戦場から離脱した。

 戦闘機の離脱を確認した大浦一佐から、4隻の護衛艦に新たな指示が与えられる。


「『かえで』『さわぎり』『じんつう』については艦砲の使用を許可する。なお『じんつう』も対空戦闘用意!」


「!」


 対水上戦闘まで温存する予定であった艦砲を、竜騎に対して使用する許可が下された。ここまで接近された以上、もう出し惜しみは出来ない。艦砲の使用許可を受けた3隻の砲塔が動きだし、その砲身が空を向く。81式射撃指揮(FCS-2)装置2型によって管制されるそれら3つの砲身から、ドンッと腹に響く様な轟音と共に、高速の砲弾が発射された。

 

スタンダードミサイル(SM-1)発射(バーズアウェイ)!」


 3隻から発せられた砲撃音に続いて、「しまかぜ」のスタンダードミサイル(Mk13 Mod4)単装発射機からも、艦対空ミサイルが発射される。それらは艦に迫って来る11騎の竜騎に向かって一直線に飛んで行く。


〜〜〜〜〜


ド ド ドン!


 海の上に轟く砲撃音が、リンドウをはじめとする竜騎士たちの鼓膜を刺激する。


「うわああ!」


「!?」


 今まで沈黙を保っていた砲が動きだし、そこから発射された砲弾は、ほぼ同時に飛んで来たスタンダード(SM-1)ミサイルと共に、4騎の竜騎を撃ち落として見せたのだ。


「・・・な!」


 敵の攻撃が変容したことに、リンドウは一瞬だけ驚きの表情を浮かべるが、すぐに顔色と視線を戻すと、1km先にまで近づいていた敵艦を睨み付ける。


ド ドン ドン ド ドン!


 不規則なリズムを奏でる艦砲に混じって、スタンダード(SM-1)ミサイルが発射される。それらはリンドウの周りを飛ぶ彼の部下たちを次々と落として行き、終いには残ったのは彼1人だけになってしまったのだ。

 しかし、敵艦に向けて一直線に飛び続けた彼は、ついに銀龍の火炎の有効射程距離まで、護衛艦「しまかぜ」に接近することに成功した。ここまで接近した目標に対して砲撃を行うと、砲弾が「しまかぜ」に被害を及ぼす可能性があった為、「かえで」「さわぎり」「じんつう」の3隻は一時的に砲撃を止め去るを得なかった。


「・・・火炎放射・・・用意!」


 銀龍の口が開く。そこには紅い光球が出現していた。


「・・・発射!」


 リンドウの叫び声と共に、マッハ0.2に迫る射出速度を誇る火炎放射が、「しまかぜ」の艦橋に向けて発射された。この時、最後の1騎となった竜騎部隊は、多大な犠牲を払いながらも、ついに日本の護衛艦に対して攻撃することに成功したのだった。


〜〜〜〜〜


旗艦「しまかぜ」 艦橋


 スタンダードミサイル(SM-1)による攻撃をくぐり抜け、ついに「しまかぜ」の懐まで侵入した龍から、艦橋に向けて火炎が発射された。


「退避!」

 

 その様相を見て、航海長の伊藤太助三等海佐/少佐は艦橋内の航海科員たちに艦橋からの退避命令を出す。隊員たちが避難行動を開始した直後、銀龍の火炎が艦橋に襲いかかった。高温の炎に絶えきれず、窓ガラスが徐々に融解し始める。

 

「早く逃げろ!」


 窓ガラスが解け切って穴が空こうものなら、押し当てられている火炎が艦橋の内部まで入って来る。火炎放射器を浴びせられる様なものだ。溜まったものではない。隊員たちが迅速に艦橋から避難していたその時・・・


「うわっ!」


 ついに窓ガラスに穴が空いてしまった。中に入って来た炎は、艦橋内にまだ残っていた伊藤三佐と航海員の坂本直太二等海曹/二等兵曹を瞬時に襲った。


「ああちっ!!」


 炎から身を守る為、伊藤三佐と坂本二曹は咄嗟に両腕で顔を覆いながら、艦橋の出入り口へと飛び込んだ。2人の脱出と同時に、先に避難していた隊員たちによってその扉が閉められる。


「早く、早く火を消して!」

「分かってます!」


 航海科の隊員たちは、飛び込んできた2人の衣類に着火していた炎を、ジャケットやコートで扇ぎながら必死に消火する。

 その後、重度の火傷を負うことになった2人は直ちに医務室へと運ばれた。


〜〜〜〜〜


 艦橋への攻撃を成功させたリンドウは、艦橋にぶつかる寸前に針路を変え、「しまかぜ」の右舷方向へと逃れる。攻撃成功の余韻も覚めやらぬまま、リンドウは第2射の体勢に入る。


「もう一発・・・!」


 更なる攻撃を与える為、銀龍の口が開く。今にも火炎が発射されそうになっていたその時、急にリンドウの意識が遠のいた。


(な、何が・・・起こった・・・?)


 彼は自分に何が起こったのかが分からなかった。訳も分からず海へと落ちて行く身体。ふと目の前を見れば、自らの右腕と思しき物体が飛んでいた。彼が乗っていた銀龍も、何かに食い破られたかの様な姿となって一緒に落ちていた。


(・・・こ、攻撃を受けたのか・・・不覚!)


 事ここに至って、彼は自身が攻撃を受けたことを悟る。程なくして彼は意識を失った。

 「しまかぜ」の後部両舷に位置する艦艇用近接防御(CIWS)火器システムである20mm機関砲のファランクスは、射程内に侵入してきた敵を捉え、毎分3,000発の連続射撃を浴びせたのだ。20mm弾によって身体を食い破られた1匹の龍と1人の竜騎士は、四肢を失って海へと落ちて行った。

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