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旭日の西漸 第3部 異界の十字軍篇  作者: 僕突全卯
第2章 聖戦の開幕
23/51

グレンキア半島沖海戦 壱

12月5日


 敵の艦隊が各地から南方へ向けて出発したという報告が、各方面から伝えられて早18日が経過した。

 風使いと呼ばれる魔術師の力を借りることが出来るこの世界の帆船は、日本が元あった世界の同時期と思しき時代の帆船より移動速度が早く、遠洋航海の時間短縮が可能となっている。時には船を龍によって牽引させることもあり、その際の速度は蒸気船並みに上がるという。


 ルシニア基地では、いずれ来るはずの増援を待ちながら南方、すなわちこちらに向かっているという敵艦隊に備える為、海上の監視を続けていた。増援の方が早いか、敵艦隊の方が早いか、気が気でない基地の隊員たちの緊張とは裏腹に、ルシニアの街では今のところ、いつもと同じ日常が続いており、人々は変わらない生活を営んでいた。


・・・


夕方 基地から北へ500kmの海上


 夕日が西の水平線の向こう側へと沈もうとしている。その西日が1機のターボプロップ機を照らしていた。黄金色に染まった機体の横には所属を示す日の丸が描かれている。左右2つずつ4つのプロペラを回しながら、洋上監視レーダーを働かせつつ、海上自衛隊のオライオン(P-3C)は、ルシニア基地周辺の海上の様子を探っていた。


「左10時の方向に物体視認。船団らしい」


 機長の大河内実光三等海佐/少佐が、洋上にぽつぽつと現れた黒い物体の群れを確認する。コクピットから届けられたそのアナウンスに、乗組員たちは少し緊張を見せた。


「接近する。左旋回開始」

「了解」


 機体が左へ傾く。高度を保ちながら、オライオン(P-3C)はその正体を確かめる為に物体の群れに近づいていく。ある程度まで近づいたところで、それらが大型帆船の群れだということが確認された。


「船団に間違いなし。船籍を確認せよ」


 機長の指示を受け、航空士の1人が双眼鏡で船団が掲げている旗を確認する。船の形態は様々だが、そのいずれもが1つの同じ旗を掲げていた。


「国旗確認。船団の船籍はクロスネルヤード」

「!」


 艦隊の船籍が確認される。航空士の言葉に、機内に居た乗組員全員が驚く。敵国の旗を掲げた艦隊、ついに敵がルシニア近傍に現れたのだ。


「この世界の帆船の移動速度は元の世界のそれよりも速いと聞いていたが・・・。それにしても思ったよりも早かったな」


 機長の大河内三佐は、洋上に広がる大艦隊の群れを眺めながら、率直に思ったことをつぶやいた。


「ソノブイ投下!」


 機体の腹部よりソノブイが投下される。それは敵艦隊が以前のイロア海戦の時の様に海獣を引き連れていないかどうかを確認する為のものだった。


「ソナー探知、周辺海域に巨大潜水物なし」


 とりあえず、敵が海獣の様な潜水兵器を引き連れていないことが確認される。その報告に、乗組員たちは一先ず胸をなで下ろした。

 その時、クロスネルヤード軍は接近していた巨大飛行物に気付いていた。直ちに各艦の横側に設置されている艦内竜舎の飛び出し口が開けられて行き、そこから大小様々な龍が姿を現す。


「敵艦隊より飛翔物・・・龍が接近。どんどん増えてます」


 航空士の1人が、敵航空戦力の襲来を報告する。

 茶色いもの、紅いもの、青いもの、これら3種はそれぞれアルティーア戦役でも確認されていた品種だが、それらに混じって一際大きく、尚且つ銀色に輝いている龍の姿がある。


(あれが銀龍とか言う奴か・・・)


 副機長の路浪信秀三等海佐/少佐は、情報として知っていた未知なる航空戦力の、神々しさを感じる見た目に、思わず息を飲む。


「・・・退避する!」


 機長である大河内三佐の判断により、オライオン(P-3C)は再び旋回し、その場から離脱する。竜騎の群れはしばらくオライオン(P-3C)を追いかけていたが、その中で最高速を誇る銀龍でも最高時速は200km/h前後である為、巡航速度600km/hのオライオン(P-3C)に追いつけるはずも無く、程なくして竜騎士たちは哨戒機の追跡を諦めるのだった。


 そしてそれから約1時間後、基地へ帰還したオライオン(P-3C)は、敵艦隊発見を基地司令部へと伝えた。それを聞いた基地の幹部たちは、ついに現れた敵に対処するための会議を召集した。


〜〜〜〜〜


ルシニア基地 会議室


「ん〜・・・、敵の方が早かったかねぇ」


 大河内三佐から伝えられた報告に対して、基地の司令である大浦一佐は残念そうにつぶやいた。


「敵艦艇の総数は500程。一団を組み、真っ直ぐこちらへ向かっています。このままだと、恐らく明日の夜頃にはここから見える範囲に現れる」


 大河内三佐は、敵の様子とその規模について詳しく伝える。


「500・・・か、ギリギリやね」


 大浦はつぶやく。敵の規模は、現在のルシニア基地にある弾薬でギリギリ対処しきれるか否かの規模であった。その理由を、幕僚の1人である上野二佐が説明する。


「現在我々の手元にあるものは、旧式の護衛艦4隻にオライオン(P-3C)3機、そしてF−2が10機、そしてシーホーク(SH-60K)が3機です。アルティーア戦役にて砲弾、ミサイル、爆弾等を大量に消費した上、原材料の供給体制が整うまで、それら武器弾薬の生産に欠かせない火薬や金属類は慢性的に不足していました。更に言えば、外国製のものを含めた武器弾薬の生産体制が、原材料供給も含めて確立されたのはここ最近のこと、故にそれらは本土の部隊に優先的に配備されています。

故に今のこの基地には、全艦の弾火薬庫を満載に出来るほど、砲弾は存在しませんし、ミサイル、誘導弾もそれほどの数はありません。元来この基地は海上の治安と補給、そして海底探査が目的故、これほど大規模な船団を相手にすることは想定されていないのです。だから、追加の弾薬が増援と共にここへ運ばれて来る訳ですが・・・」


 意味ありげな物言いを残しながら、上野二佐は別の幕僚であり、「かえで」の艦長でもある大村澄雄二等海佐の方を向いた。


「増援は・・・どげんなっちょると?」


 大浦一佐が大村に尋ねる。本来であれば2週間半から3週間ほどで到着するはずだった増援は、20日以上たった今になっても基地に着いていなかった。その理由を、増援との連絡を担当していた大村二佐が答える。


「サイクロンの発生により、トミノ王国で足止めを食らっています・・・」


 大村の答えに、その場にいた全員がため息をついた。3日前、アナン大陸(亜人大陸)の東側の海上に発生した熱帯低気圧は、その後、暴風雨へと成長を続けてゆっくりと北上していた。航路上に発生したサイクロンに対して、増援の為の第1護衛隊群と「あまぎ」は足止めを余儀なくされ、アルティーア帝国の元属国の1つであり、ウランの産地として重要視された為に、ルシニアと同じく基地が置かれていたトミノ王国に停泊、嵐が過ぎ去るのを待つことになった。 


「ここ南半球では、12月は季節としては夏場・・・。確かにサイクロンが発生する時季ではありますが」


 大村はつぶやく。サイクロンは一向に弱体化する兆しは無く、勢力を強めつつ、アナン大陸の東からウィレニア大陸のトミノ王国の方へ向かっている。


(あん雨男め・・・)


 大浦は恨み節を込めた物言いで、増援部隊を率いている男を心の中で揶揄した。


「今回の敵は撃破できるでしょうが、逆に言えばそれが今の我々の限界です。サイクロンがおさまるのは、本国の予測で約1週間後・・・その後、増援部隊がここへ到着する前に、新たな軍勢が来れば我々の負けです」


 大村二佐は、現在の自分たちが置かれている切迫した状況を説明する。今回発見したクロスネルヤード艦隊490隻の他に、すでに別の国々の港からも、東に向かう艦隊が出航している様子が、衛星写真から確認されたとの報告が日本本国より入っていた。このルシニアに向かっているのかどうかは分からないが、合計すれば1000隻の艦隊になろうかという規模だという。


「皆さんご存じかと思われますが、第13護衛隊に属する艦はほとんどが1990年前後に就役したものです。故に先の大戦や転移に伴う就役期間の延長の為、度重なる改修を受けておりますが、それでも装備の老朽化は否めません。今回、敵艦隊への攻撃の主軸となる艦砲の発射に関しては、注意を払わなければ不具合を起こしかねません」


 護衛艦兵装の老朽化という懸念材料を示しながら、大村は説明を続ける。それはシーレーンの治安維持という普段の業務においては特に問題のない事項であるが、第13護衛隊単独で500隻近い敵艦隊に挑むとなると、艦上に存在する兵装をフル稼働することになる。さすれば何らかの不具合が生じる可能性は大いにあった。


「・・・」


 次々に噴出する不安要素、沈黙が会議室を支配する。


バンッ!


 机を叩く音が響いた。いきなりの出来事に幹部たちは身体をビクッと動かすと、音のした方へ一斉に視線を向ける。そこにあったのは、机の上に両の掌を置いていた司令の姿だった。


「今、あれこれ心配しても仕方が無か・・・! とにかく目の前の敵を倒すことに集中せんといけん」


 不安要素しか出ず、陰鬱な雰囲気にはまっていた会議に業を煮やしたのか、大浦一佐は強い口調で幹部たちに訴えた。


「・・・確かに」

「どちらにしろ、今ここへ来ている敵を破らなければ、この基地は終わりだ」

「後のことは後で考えるべきか・・・」


 幹部たちの顔に色が戻っていく。後ろ向きの感情が支配した会議に、前を向くという思いが上書きされて行く。


「敵の目的は我々の基地でしょうが、ルシニア市街にまで敵が進軍してくる可能性もあります。エルムスタシア政府にも早急に伝えましょう」


 大村二佐の進言に、大浦一佐がうなずく。


「うん、エルムスタシア政府への連絡は大村二佐に任せる。その他各員の細かい業務については・・・」


 大浦一佐の言葉に、幹部たちは注意深く耳を傾ける。その後、会議は終了し、司令から個別の指示を受けた幹部たちは、各自の掌握する業務へと戻り、明日の戦闘に備えて、念入りな準備に取りかかるのだった。


〜〜〜〜〜


翌朝 基地から北へ300kmの海上


 東から日が昇る。その淡い光が海の上を行く490隻の艦隊を照らしていた。各艦の船首には鎖が掛けられており、それらは空を飛ぶ竜騎の身体に続いている。その様子はさながら、竜騎を凧、艦をサーフボードに見立てたカイトサーフィンの様であった。

 竜に引かれて海の上を進む艦隊は、一般的に帆船の平均速度と言われている5〜6ノットの2倍の速さを出していた。軍艦の曳航など体躯の小さい翼龍では、出来る芸当ではない。体躯の大きい紅龍や青龍、何より銀龍を揃えることが出来る“列強”クロスネルヤード帝国だからこそ出来る技なのだ。


「このまま進めば、本日の夜にはルシニアへ到達するかと・・・」


 旗艦「オルトー」の艦長であるトライツ=ヘモレッジは、艦隊の総指揮官であるベレンガー=フルーウリーに伝える。


「そうか・・・」


 甲板に立ち、海風を顔に受けるベレンガーは素っ気なく答える。“列強”アルティーアを打ち破り、“伝説の怪物”リヴァイアサンを倒したという日本国・・・未だ多くの謎に包まれている彼の国の軍勢を相手にしなければならない。そのことは彼の心に緊張を生み出していた。


「・・・ニホンの軍艦の砲は1門か2門だけだが、とてつもない正確性を持つと聞いた。とにかく、艦ごと竜騎を沈められるという事態は避ける為、敵艦を見つけ次第、直ちに全ての竜騎を上げる様に全艦に伝えろ」


「はっ!」


 総指揮官の命令を受けた艦長のトライツは、船室へと戻って行く。その後ろ姿を見送ったベレンガーは、再び前を向く。


(結局、他国の艦隊もあてに出来ん・・・。しかし、我々は最後の1隻まで戦わねばならない。今は亡き・・・先帝陛下とその御一家の無念を晴らす為にも・・・!)


 友好国を装いながら皇族9名を亡き者にした裏切り者、それがベレンガーを含めて、クロスネルヤードの兵士たちが抱いていた日本に対する憎悪だった。艦隊がルシニア基地に近づくにつれて、ベレンガーの心の中では、その憎悪が緊張を凌駕しつつあった。

 日本国とクロスネルヤード帝国が戦時下に入り、初の両国の軍事衝突。その瞬間は刻一刻と近づいている。


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