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旭日の西漸 第3部 異界の十字軍篇  作者: 僕突全卯
第2章 聖戦の開幕
21/51

一九長会議

11月5日 リチアンドブルク赤十字病院


「っ・・・! 院長先生、遅いな・・・一体何を!」


 他のスタッフたちと共に、73式大型トラックの荷台に座っている消化器外科医の唐内は、腕時計を眺めながらつぶやく。焦りからか、彼の右脚は貧乏ゆすりを続けていた。


「あ・・・、あれ!」


 頓狂な声を上げる飯島。顔を真っ青にしながら彼が指差した先、そこにはぼんやりとした土煙が上がっていた。皆、彼が示した方向を注視する。


「・・・追っ手だ! 帝国軍だ!」


 麻酔科医の城島が叫ぶ。土煙の中にあったのは、壁の様になって自分たちの方へ押し寄せてくる人波の姿だった。

 

「まずいぞ・・・、早く逃げなければ!」


 自分たちを捕らえようと近づいて来る軍団の姿を目の当たりにした彼らの心の中には、この上無い恐怖が沸き上がっていた。前皇帝とその一家の暗殺の罪をなすりつけられている自分たちが囚われの身となれば、如何に身の潔白を証明しようとも、凄惨な拷問の末に処刑されてしまう未来しか、待ってはいないだろう。

 彼らの心に明確に差し迫った“死”が刻まれたその時・・・


「すまない! 遅れてしまった!」


 そう言いながら、病院の扉から出て来たのは院長の長岡だ。彼の両手には、先程まで神崎たちと連絡をとる為に使っていた通信機が抱えられていた。


「遅いですよ! 何をやっていたんですか!」


 73式大型トラックの荷台に飛び乗る長岡を、唐内が怪訝な表情で叱り付ける。


「すまない! 神崎先生たちと連絡が取れなかったんだ」


「・・・!?」


・・・


 アルフォンの命を受けた帝国皇帝領軍の一団が、土煙を上げながら大地を駆けていた。日本国大使館の制圧を終えた彼らの次なる目的地は、首都を取り囲む城壁の外にある赤十字病院だ。


「前皇帝陛下とその御一家を殺害した罪人どもを、1人残らず捕まえろ!」


 馬の手綱を取る指揮官のジョルデ=クロンカイトは、腰に差している剣を掲げながら、自身の後を付いてくる部下の兵士たちの士気を煽る。兵士たちもそれに呼応して、雄叫びの様な声を上げる。

 程なくして、首都郊外の農村部の景色からは明らかに浮いている異世界の建物が間近に見えてくる。その建物の正面には、確か「ジドウシャ」とか言った日本人が使うという自走する荷車が、形は違うが3つほど並んでいた。


「む・・・あれは!」


 ジョルデは異変に気付く。自動車の荷台を注視すると、その中には大勢の日本人たちが座っていたのだ。


「まさか・・・逃げる気か!」


 ジョルデは叫ぶ。皇帝を殺した罪人たちを逃がしてなるものか。彼は馬の腹を蹴りながら、そのスピードを上げていく。自らの足で走っていた歩兵たちも、指揮官や騎馬隊に置いて行かれまいと全力疾走で病院に近づいていた。

 その時、ブルルンと聞き慣れない音が彼らの耳に届いたかと思うと、視線の先にあった自動車の後ろから黒い煙が吹き出した。直後、何に牽引されている訳でも無い自動車が動き始める。


「くそ! 逃がすな追え!」


 ジョルデは首都から離れていく日本人医師たちを逃がすまいと、更に馬のスピードを上げる。それに伴い、騎馬隊もスピードを上げるが、さすがに歩兵たちは体力が尽きてきたのか、騎馬と歩兵との間の距離が開き始めた。

 ジョルデはそんなことには構わずに、どんどん馬のスピードを上げる。しかし、馬の足が自動車に追いつくはずもなく、彼らはどんどん引き離されて行った。


「・・・」


 程なくして、彼は馬を止めた。騎馬隊も彼に続いて馬の足を止める。


「ジョルデ様、奴らを追わないのですか!?」


 騎馬兵の1人がジョルデに問いかける。彼は騎馬兵の顔を一瞥すると、首を横に振りながら答えた。


「馬ではもう追いつけまい、ここは諦めるしか無いな。政府へは私から説明しよう。取り逃がしてしまったと」


 ジョルデの答えに、騎馬兵は少し不満げな表情を浮かべるが、すでに日本人たちを乗せたトラックは、地平線の近くまで遠ざかっていた。


「・・・」


 姿が小さくなっていく異世界の乗り物を、彼らは奥歯を噛みしめながら、悔しさの感情を以て眺めていた。


〜〜〜〜〜


4日後 11月9日 


 突如の対日宣戦から4日が経った。皇宮の庭園では「葬儀・即位式」の片付けが終わりつつあり、使用人たちが慌ただしく動いている。4日経ったことで首都は昨日に比べれば少し落ち着きを見せ、市民は普段通りの生活を始めている。しかし、彼らの顔からはどこか緊張が感じられた。自国と並んで列強国と位置づけられる“謎の国”との戦時下に入ってしまったことは、彼らの生活に否応無しに影響を与えていた。




リチアンドブルク 皇宮・祭の間 一九長会議室


 部屋の中央に置かれている円卓に19個の椅子がある。しかし、人が座っているのは最も上座に位置している一席だけである。その他18個の椅子の多くには等身大の男の人形が置かれているが、熊、兎などの獣、中にはロリータファッション風の衣装を着た少女の人形が置かれている椅子もある。

 その異様な空間の中、そこに居るものの中では唯一の(・・・)人間である第27代皇帝のアルフォン一世は、他の椅子に置かれている多種多様な人形を見渡す。


「・・・では、“緊急一九長(じゅうくおさ)会議”を始めようか」


 誰も居ないはずの大会議室に、アルフォンの言葉が響く。

 「十九長会議」とは、年に1回、この国の各地方を治める騎士団長7名と辺境伯11名を合わせた“18人の長たち”と、皇帝が一同に会して行われる会議であり、事実上この国における意思決定の最高機関である。

 “18人の長”は形式上、臣下として皇帝に対して忠義を尽くしており、皇帝または皇帝領政府(中央政府)の求めに応じる義務がある。その対価として、彼らが治める各地方の現地政府には、領内のみで有効な「領法」の立法権や、限定的な外交権、固有軍隊の所有権など多大な地方分権が認められている。一方で、彼らは皇位継承について干渉する権利を一切持たず、また国土全域に有効な「国法」については、皇帝領の「中央議会」のみが唯一の立法権を持っている。

 そして今回開かれている「緊急一九長会議」とは、国の緊急時において、通常の一九長会議の周期である“年に1回”を無視して開かれる、言わば“遠隔会議”である。椅子の上に置かれている人形たちは、帝都に集まることが出来ない長たちの音声をこの場へ伝える一種の“信念貝”であり、それぞれが“魔法の学府”であるサクトアで作られた特注品なのだ。


『・・・何故、我々ニ何ノ相談モ無ク、列強国トノ開戦ヲ、オ決メニナッタノデスカ?』


 羽の付いた帽子を被った騎士の様な風貌をした人形の口が動き出す。そこから聞こえて来た男性の声の主は、ゴーンディー騎士団長だった。尚、動いているのは口だけであり、その他の手足や頭部は人形らしく、だらんと垂れている。

 その様相は、何とも言えない不気味さを醸し出していたが、アルフォンは動じることはない。


『左様。理由ガ理由故、我々ハ反対スルコトハアリマセンガ、我々トテ準備トイフモノガアリマス。セメテ宣戦布告ハ、我々ニ伝エタ上デ1ヶ月程待ッテ頂キタクアリマシタナ・・・』


 今度はロビン・フットを彷彿とさせる狩人の様な恰好をした人形が語り出す。続けて熊のぬいぐるみが口を動かし始めた。


『他国トノ戦争ヲ決定スルノハ“皇帝”ノミ有スル権限。トハ言エ、コノ国ハ皇帝ダケノモノデハナイ。ソノ事ハ貴方様ガ十分ニ分カッテイルモノト、存知上ゲテイルツモリデシタガ・・・』


 熊のぬいぐるみは、皇帝であるアルフォンの行動を諫めるような発言を続ける。事実上、皇帝と変わらない“武力”を持つ彼らは、この国の中で唯一、皇帝と対等に会話出来る存在であった。


『シカシ・・・、ニホン国! 彼ラノ目的ガマサカ、前皇帝ト其ノ御一家ノ御命ダッタトハ・・・。驚キヲ隠セマセヌ』


 小さな老人を模した人形から、吐き捨てる様な声が聞こえた。それは前皇帝一家暗殺の容疑者たる日本人へ向けた、憤怒の色を示していた。


『左様。陛下ニ気ニ入ラレ、アラユル厚遇ヲ受ケタ恩ヲ忘レ、アマツサエ其ノ御命ヲ手ニ掛ケルトハ・・・、マサニ前陛下ニ対スル最大ノ裏切リ! 多少技術ガ進ンデイヨウガ、所詮ハ恥モ見聞モ知ラヌ、世界ノ果テノ蛮族トイフコトダッタノデショウ』


 老人人形に続き、中性的な美青年の顔立ちをした蝋人形が語り出す。その蝋人形の視線は、真っ直ぐアルフォンの方を向いていた。


『更ニハ、先ダッテノ会談ニテ教皇様ニ頭ヲ下ゲサセルトハ・・・、其レガ我々イルラ信徒ニトッテ、ドノ様ナ意味ヲ持ツモノカ想像出来ナイ訳デモアルマイニ・・・』


 目も耳もなく、服も着ていない球体関節人形が、蝋人形に続いて口を動かし始めた。斯くして会議は、日本への怒りと侮蔑が入り交じった発言が続く。

 

『我ラハ協力ヲ惜シミマセヌ。前陛下ヲ失ッタ痛ミヲ、教皇様ニ頭ヲ下ゲサセタ怒リヲ、彼ノ国ニ思イ知ラセテヤルベキデス!』


 兎のぬいぐるみから、怒りの籠もった低い声が聞こえてくる。

 彼らが抱える前皇帝を失った悲しみ、そして彼らが信仰する宗教の長が侮辱されたことに対する怒り。それらによって会議は、皇帝の独断によって宣言され、長たちにとっては事後報告となってしまった日本との戦争を容認していく方針に進みつつあった。

 そんな会議の中で、黙ったままの人形が5体だけあった。手足に紐がついた等身大のマリオネットが、沈黙を続ける5体の内、日本で言えばロリータファッションと呼ばれる衣装を着た少女の人形に語りかける。


『・・・先程カラ黙ッテイマスガ、ジットルト辺境伯殿ハ、イカガオ考エカ。貴方ハ確カ前皇帝陛下トハ非常ニ親シクシテイタデショウ?』


 ジットルト辺境伯と呼ばれた少女の人形に向けられた質問に、他の参加者たちは一斉に注目する。


『・・・私ハ、コノ戦争ニハ参加出来ナイ』


『!!』


 少女の人形の第一声に会議は大きくざわついた。


『何ヲ・・・!? 一体ドウ言ウ・・・!』


 裸の球体関節人形が、ジットルト辺境伯の真意を問いただそうと口を開くが、それを遮る様にしてさらに2体の人形が沈黙を破る。


『私モ、ジットルト辺境伯殿ト同ジ考エデス』


『私モ・・・、今回ノ戦イニ我々ノ軍ヲ出スコトハ出来マセン』


 貴族風の衣装に身を包んだ人形と、猫のぬいぐるみが、ジットルト辺境伯に続き、それぞれ戦争への参加不可を申告する。その2体の人形は、ベギンテリア辺境伯とフーリック辺境伯のものだった。

 これら3領の共通点は、日本医療団の手によって「ペスト」の流行から救われたことである。


『貴方タチマデ・・・!』

『気ガ触レタノデスカ!?』

『異教徒ヲ信ジヨウト言フノカ!』


 再び紛糾する会議場。口々に叫ぶ人形たちを余所に、ジットルト辺境伯は再び口を開いた。


『皆、少シ考エテ頂キタイ・・・。確カニ、前皇帝一家9名ガ、ニホン国ノ医療ヲ受ケタノハ事実デショウ・・・。ソシテ、ニホンノ医術ヲ拒絶シテイタ、アルフォン陛下ト其ノ御一家ハ御存命。コレガニホン国ノ医術士タチガ容疑者ダトイフ根拠デス・・・』


『・・・?』


 彼の発言に、長たちは疑問符を頭上に浮かべつつも、口を閉じた。その後、ジットルト辺境伯は続ける。


『シカシ、コレハ単ナル状況証拠ニ過ギマセン! ソレモ説得力ハ低イ。何ヨリ皆サン、肝心ナ事ヲ忘レテイマセンカ?』


 男声の少女の問いかけに、会議の参加者たちは皆、首を傾げた。


『動機デスヨ・・・。オーバック騎士団長殿ノ言ワレタ通リ、彼ラハ前皇帝陛下カラ気ニ入ラレテイマシタ。更ニ、前皇帝陛下ハニホン国ニ対シテ、カナリノ好印象ヲ抱イテオリマシタ。ソンナ状況デ前皇帝陛下ト其ノ一家ヲ暗殺スル理由ガ、ニホン国ニアリマスカ?

私ハドウモ其レガ腑ニ落チナイ。故ニ犯人ハ別ニ居ルト考エテオリマス。コレガ我々3人ノ結論デス』


『・・・!』


 会議場がどよめく。ジットルト辺境伯が投げかけた疑問は、他の長たちの心に明らかな動揺を産んだ。


「つまり、私が兄を殺したと言いたいのか?」


 静かな怒りを湛えた低い声が、アルフォンから発せられた。皇帝が一瞬見せた怒りの火に、長たちは思わず黙り込む。


『・・・イイエ、ソウハ申シテオリマセン。タダ、ニホン人ガ犯人ダト断定スルニハ尚早ダト申シ上ゲテイルノデス』


 わずかな沈黙の末、言葉を選んだジットルト辺境伯の返答に、アルフォンは一際怪訝な表情を浮かべる。彼は1つ大きなため息をつくと、円卓に寄せていた上半身を、椅子の背もたれへと預ける。


「・・・確かに物証は無い。しかし昨日、詳細な話を聞こう(・・・・・)と、使いの者たち(・・・・・・)を彼らの病院へ向かわせたところ、すでに彼らの住処はもぬけの殻だった。

潔白であればここに残り、堂々と無実を証明すれば良い。しかし彼らはそうせず、リチアンドブルクから一目散に逃げた。これが何よりの証拠ではないのか?」


 アルフォンが提示した状況証拠は、先日赤十字病院のスタッフたちが第四皇女を連れて帝都から逃亡した出来事についてである。長たちは彼の説明に“成る程”、“確かにその通り”と頷く。

 しかし一部の者たちは、拷問を“話を聞く”、武器を引っ提げた帝国軍の一団を“使いの者たち”と称した彼の欺瞞に気付いていた。ジットルト辺境伯のロクフェル=フォレイメンの代理たる少女人形は思わず口を開く。


『イヤ、其レハ・・・!』


 人形は口から出そうになった言葉を咄嗟に食い止めた。その後に彼が続けようとした言葉は、“彼らがどれだけ無実を証明しようが、彼らの主張は封殺されてしまうからでしょう”であったからだ。

 当然、この文における「誰によって(by)」はアルフォン1世だ。しかしそれは、彼を真犯人として疑っているということを意味する。他の長たちも耳を立てているこの場で、現皇帝が兄一家殺しの犯人だと疑っていますなどと迂闊に吐露は出来ない。彼は再び言葉を選びながら、発言を続ける。


『・・・シカシ、物証ハ無イノハ事実デショウ。チャントシタ根拠ノ無イ列強国トノ戦争等、無用ナ犠牲ヲ出スダケデス! 私ハ私ノ兵士タチヲ、大義ガアルノカドウカ分カラナイ様ナ戦場ニ出スコトハ出来ナイ。我々ジットルト辺境伯領ハ、対ニホン戦ヘノ参戦ヲ拒否シマス!』


 ジットルト辺境伯の強い言葉が、会議場に響き渡る。


『左様!』

『我々2人モ同意見デス!』


 ベギンテリア辺境伯のカネギス=ヴァスキュラーとフーリック辺境伯のフォード=ラングの2名も、参戦拒否の意向を示した。3人の長の言動に、会議は再び騒然とする。


『怖ジ気付イタカ!』

『国境ノ盾タル辺境伯ガ、皇帝陛下ガ決断サレタ戦争ヲ拒ムトハ! コレハ立派ナ反逆デスゾ!』


 辺境伯の上位に位置する、この国の最高位の特権階級たる騎士団長の怒号が飛び交う。


『ヨモヤ貴方方モ同ジ意見ト言フ訳デハ有リマスマイナ? ボン辺境伯殿、そしてミケート騎士団長殿』


 騎士団長の1人である大鷲の剥製が、その鋭い眼光を2体の人形に向けるようにして語りかける。その内の1体である商人の恰好をした男の人形が、少し間を開け、初めて口を動かし始めた。


『イエ・・・デスガ、判断材料ガ足リナイノハ事実。ココハ一先ズ“猶予”ト言フコトデ、軍ヲ出スカ否カノ返答ハ、後日ト言フコトデ勘弁願エマセヌカ? 勿論、我ガミケート・ティリス港ヲ皇帝領海軍ガ使用スルコトヲ妨ゲル訳デハアリマセン。少シ考エル時間ヲ頂キタイノデス』


 ミケート騎士団長であるハリマンス=インテグメントが、その胸中を述べる。続いて庭師の恰好をした人形の口からボン辺境伯であるデポン=ジェジューナムの声が聞こえてくる。


『私モデス。少々オ時間ヲ頂キタイ・・・』


「・・・っ!」


 どっちつかずな2人の発言に、アルフォンは思わず舌打ちを打つ。その後、彼は机に両肘を立てて両の指を組み、口元を寄せると、眉間にしわを寄せながら、再びため息をついた。


「ふん、怖じ気付いただけだろう。まあ良い・・・だが、決断をするまでの時間は長くは取れないぞ」


 アルフォンは猶予を求めたハリマンスとデポンに忠告を与える。その後、彼の視線は3体の人形へと移る。


「3人は離反か・・・、誤った判断をしたものだな」


『・・・』


 彼の視線の先にはジットルト辺境伯の代理たる少女の人形があった。皇帝の言葉に対して人形は何も答えない。


「この反逆の代償は高くつくぞ。ニホンの次はお前たちだ。せいぜい辺境で首を洗って待っておくんだな」


『覚エテオキマショウ・・・。イズレマタオ会イスル機会ガアレバノ話デスガネ・・・』

 

 いずれはお前たちの領土を直々に攻撃するぞ、という皇帝の脅しにも、離反を示した3人の辺境伯は動じることは無い。予言めいた発言を残したジットルト辺境伯の通信はそこで途切れ、それに続き、他の2人の“逓信人形”2体の通信も切られる。

 

「愚かな・・・」


 吐き捨てる様な皇帝のつぶやきが会議場内にかすかに響く。斯くして「緊急一九長会議」は3人の辺境伯の離反、そしてもう1人の辺境伯と1人の騎士団長の対日参戦を猶予するという、彼らにとっては予想外の事態を招きつつ終了した。


〜〜〜〜〜


11月5日 リチアンドブルクより東に350km とある村の近く


 少し時を戻す。


 日が西に傾く夕方、帝都から遠く離れた農村の近郊に、2台のトラックと1台のバンが停まっている。彼らは首都から間一髪逃げ出した赤十字病院のスタッフたちだ。

 それぞれのスタッフたちは車中泊や野宿の準備をしている。農村の人間たちはそんな奇妙な集団を遠巻きに眺めていた。まだこの村には、帝都での大事件は知れ渡ってはいない。

 そんな中で顕微鏡を眺めながら度数計を押している1人の男がいた。彼、病理医の堂本浩一は、テオファから採取し、染色した血液標本の中に存在する白血球を血球計算盤を用いて1つ1つ数えていた。そんな彼の様子を不思議がりながら、彼に近づく1人の人影があった。


「何をやっているのですか?」


 堂本は声のした方を振り返る。そこには1人の青年の姿があった。顔立ちは日本人では無い。その青年はこの国の人間だ。


「殿下から採取した血液標本から、白血球数を調べているのさ。本来なら自動血球分析装置を使うんだが、ここでは使えないからね。古いやり方だが、殿下の病状の診断に関わることだし、こうやってでも調べるしかない」


 堂本は質問に答える。その説明を聞いた青年は、テオファが横になっているバンの方を向いた。抗AIDS療法を始めて早6日、テオファの白血球数は顕著な増加を示し、AIDSの病態は確実に快方に向かっていた。


「すまないね・・・君には迷惑を掛けてしまっている。まさかこんなことになろうとは思わなんだ・・・」


 堂本が青年に語りかける。その問いかけに彼は少し困った笑顔を浮かべた。彼の名はアンドレアス=ファンヴェサリー。リチアンドブルク赤十字病院がまだ健在だった頃に、病院側がこの世界の医術士に対して募集をかけた医学実習の参加者として、唯一名乗りを上げたイルラ教の医術士だ。

 “経典に反する医術”として、教会員や医術士たちからは邪険に見られていた現代医療の知識を学ぶため、彼は周囲の目も省みず、教会の忠告も聞かず、泊まり込みで病院研修を行っていたのだが、昨日の事件で病院のスタッフ共々、帝都から脱出していた。

 堂本は、彼が教会から自分たちの仲間だと見なされている故に、彼を自分たち共々“逃亡者”としてしまっていることに、得も言われぬ罪悪感を感じていたのだ。


「いいえ、これも私が選んだ道です。私はニホンの医学を学ぶことをこの上無い幸福だと感じているのです!」


「・・・!」


 非常に前向きな姿勢を言葉を放つアンドレアスに、堂本は驚く。その後、彼は続ける。


「・・・そして何よりこれは私にとって大きなチャンスなのです。亡命者としてですが、このままニホン本国に向かうことが出来れば、私はさらに進んだ医学を目にすることが出来るのでしょう!?」


 堂本は更に驚く。彼は逃亡による日本行きをチャンスと捉えているのだ。そんな青年の言葉は、堂本の胸に深く響いていた。


(・・・ああ、この子は単純に新たな医学を知りたいだけなんだな)


 恐らくは日本国内における多くの医学生を凌ぐ程の、医学への探求心を見せるアンドレアスの姿に、堂本は自身が医学生だった頃の記憶を重ねていた。


「そうだね・・・。きっと学べるよ」


 堂本の言葉に、アンドレアスは明るい表情を見せた。


 そんな病理医と青年医術士の会話の影で、2人、衛星通信機と向き合っている男がいた。院長の長岡と士郷武昭三等陸曹は、神崎ら「北方AIDS調査班」と連絡が未だ取れていないことに、この上無い焦燥感を抱いていた。


「くっ・・・、通信状況も悪いし、返答も無い・・・。一緒には帰れないが、せめて伝えることが出来れば、後からどうしようもあると言うに・・・!」


 長岡が左の拳を握り締めながら独白する。

 北方AIDS調査班の最初の目的地はシーンヌート市、それはシーンヌート辺境伯領の主都である。何も知らない彼らが、“日本人医師”という肩書きを抱えて辺境伯領の中心都市へ飛び込もうものなら、“皇帝暗殺の犯人一味”として、現地の軍に瞬く間に捕縛されてしまいかねない。

 連絡が付いた上で、彼らの現在地が比較的近ければ、帰って来るまで「こじま」の出港を遅らせるなり出来る。そうでなくとも、せめて“シーンヌート市には行くな”というメッセージさえ届けられれば、潜伏するなり何なりさせて、後から自衛隊によって拾わせることが出来るだろう。その為には何としても、彼らがシーンヌート市に行くことは避けなければならない。


「毎夜、我々に送るはずの“生存確認”が、今日は送られてきていない・・・。まさかね・・・」


 長岡がつぶやく。

 実際には向こう側の通信機が壊れていただけなのだが、そんなことを知る由もない長岡は最悪の予想を思い浮かべていた。


「悪い方向へ考えてはいけません。もう一度、我々がここへ戻ってきた時、必ず彼らを迎えに行きますから・・・!」


「・・・」


 勇気づける様な士郷の言葉も、今の長岡の心には響かない。

 今は早急にこの大陸を離れなければならない故に、現状は連絡の付かない神崎らをジュペリア大陸に取り残さざるを得ないが、例えそうなったとしても、彼らを見捨てることはしないという陸上自衛隊員の士郷三曹の発言は、明らかにこの大陸における陸上自衛隊とクロスネルヤード帝国軍の激突が起こるであろうことを、見越したものだった。


 その後、この地で一泊した彼らは翌日、再びミケート・ティリスへ向かって出発する。長時間移動は患者の体調に影響を及ぼす可能性があるため、適度な休憩を挟みつつ、帝都とミケート・ティリスを結ぶ街道を、東へ東へ向かう。


〜〜〜〜〜


11月6日 深夜 ミケート・ティリス 「こじま」士官室


 ここでは、艦長の宇喜田大輝一等海佐/大佐を始め、幹部自衛官たちが集まって、帝都から逃れてくる邦人たちを待っていた。ミケート・ティリスに住む邦人たちはすでに収容済であり、艦内のウェルドックには彼らの所有物である荷物や車輌が置かれていた。

 ヨハン共和国の首都であるセーベにおいても、第13護衛隊の活躍によって邦人の脱出が完了しており、こちらも後は病院関係者を待つだけとなっていた。


「いまの所、ミケート軍に動きは?」


 通信機の向こう側にいる隊員たちに、宇喜田一佐が尋ねる。


『いえ、今の所市内に大きな動きはありません。数名の兵士たちが時々こちらを監視しているだけです。理由は分かりませんが、我々に対する攻撃命令は今の所出ていない様です』


 隊員は答える。彼らがいるのはミケート・ティリスの南の外れにある砂浜だ。彼らの脇には、トラックとバンを乗せる為のエア・クッション型(LCAC)揚陸艇が鎮座している。LCACから陸地までの砂浜の上には、ベニヤ板が敷かれており、ここへ来る車が砂浜に足をとられずにLCACに乗れる様に準備が整っていた。


「そのまま待機だ。何時戦闘になるか分からないから、気を抜くなよ」


『了解』


 指示と忠告を与えて、宇喜田は通信を切る。その時、都市の西側で張っていた別の班の隊員から通信が届く。宇喜田はすぐさま受話器を取り、その向こう側にいる隊員に話しかける。


「どうした? 何があった」


『73式大型トラック2台、及びバン1台を確認しました・・・』


「本当か!」


 待ちわびた者たちの到着に、宇喜田は思わず声を張り上げた。他の幹部たちも顔を見合わせている。


・・・


73式大型トラック 車内


「・・・街の灯です! ミケート・ティリスです!」


 夜の地平線に浮かぶかすかな光の集まりが、先頭を走る73式大型トラックの運転手である士郷武昭三等陸曹の視界に捉えられた。クロスネルヤード最大の港街が放つ街の灯だ。


「本当か!」


 ついに目的地へ到着にしたことに、荒川を始めとする医師やメディカルスタッフたちは喜びを露わにする。

 その時、先頭を走るトラックのヘッドライトが不思議な人影の群れを照らし出した。ハンドルを握る士郷三曹は、こちらへ手を振るその人影を注視し、警戒を露わにするが、すぐにそれが何者であるのか気付いた彼は、警戒心を解き、その人影の群れの前で車を停めた。後ろに続く2台も同じく停まる。


「・・・『こじま』の方々ですね。私は陸上自衛隊三等陸曹の士郷武昭と申します」


 士郷はサイドガラスを開け、青い迷彩服を着たその3人の男女に素性を説明する。彼らは都市の西側、帝都から続く街道上で待機していた「こじま」の隊員たちであった。

 その中の1人が前に出ると、彼女は士郷や窓から様子を伺っている病院のスタッフたちに対して、先程の士郷と同様に自らの素性と今の状況を説明する。


「海上自衛隊三等海曹の道目子音です。皆さんの事情の方は、我々も全て把握しております。皇女殿下もいらっしゃるのですよね・・・。街の中にはミケート軍兵士が多数居る故、『こじま』へは我々が誘導します」


 異国の地でようやく出会えた“他の日本人”の姿に、非戦闘員である医療スタッフたちは安堵し、その中には目尻に涙を湛える者もいた。




バン 車内


 そんな中で、彼らとは異なる感情を抱いていた者が居る。帝国の第四皇女の侍女であるラヴェンナ=リサッカライドはバンの座席に座りながら、車の外に居る異国の海兵の姿を眺めていた。


(・・・あれがニホン国の海軍兵?)


 青の斑模様という、この世界の常識的な兵士の服装からはかけ離れたその姿に、ラヴェンナは首を傾げる。


(このまま祖国を脱出し、ニホンへ・・・。導かれるままに逃げて来たけれど、私は一体どうすれば・・・!)


 脱出の為の艦の乗組員の登場。間も無く自分たちは「こじま」という艦に乗せられ、そのまま日本へ向かうのだろう。それは日本人医師たちにとっては“帰国”だが、ラヴェンナとテオファ、そしてアンドレアスにとっては“亡命”だ。公式には死亡したはずの皇女、そしてその生存を知る2人は、日本人と同様に、今のこの国では追われる身であり、生き延びる為には逃げなくてはならない。

 しかし、逃げ延びた所で、何も分からない東の果ての異国でどうすれば良いのか。何を成すべきなのか。そんな一種の空虚感が彼女の心を襲っていた。

 その時・・・


「ん・・・」


 かすかな声が聞こえると同時に、袖を掴まれた様な感覚を覚える。ラヴェンナが視線をそちらに飛ばすと、彼女にもたれかかる様に眠っていたテオファの姿があった。皇女は夢を見ているのか、ラヴェンナの右腕の袖を掴んで離さない。


「テオファ殿下・・・」


 ラヴェンナは皇女の寝顔を眺める。そこには普段の異様に落ち着いた佇まいは感じられず、1人の無垢で純粋な少女の姿があるだけだった。

 専属の侍女とは言え、普段は寝床を共にする訳でもないため、自分が仕える主の寝姿をここまで間近に見るのは、ラヴェンナにとっても、ここ1泊2日の車中泊が始まった2日前の夜が初めてのことなのだ。


「お・・・、お・・父上・・様・・・。兄・・・上様・・・」


「!」


 父と兄を恋しく想う少女の寝言が聞こえる。その目尻からは涙が流れていた。皇族一斉変死事件が起こった10月31日以降、彼女は人の目に触れる日中、失った家族を思慕したり、涙を見せる様なことは決して無かった。

 しかし、愛する者を一斉に失った悲しみは、15歳の少女にとって1週間やそこらで到底拭えるものではない。ラヴェンナや、皇女の採血を担当するスタッフは、彼女の寝間着の袖が毎朝濡れている様を見て、皇女の心の中にある底知れない悲しみの感情を、感じ取らずにはいられなかった。


(・・・私が成すべき事、それはこのお方を護ること・・・! そして、この戦争の事実を後世に残すこと・・・!)


 まるで亡き父親と兄の幻影に縋るかのごとく、自分の腕を掴む皇女の姿を目の当たりにしたラヴェンナは1つの決意を抱いていた。


・・・


 その後、海上自衛隊員3名によって、ミケートの街の南側を回り込む様な誘導を受けた3台の車輌は、「こじま」への連絡船であるLCACが待つ南の砂浜へと案内され、そのまま砂浜の上に敷かれたベニヤの上を走り、LCACの中へ乗り込む。

 待ち人を迎え入れたLCACは、砂浜の上を反転し、母艦である「こじま」のウェルドッグ内へと帰還した。




「こじま」 ウェルドック内


 ウェルドックに収容されたトラックから、続々と人が降りて来る。その中の1人である柴田は、何かを探す様にウェルドック内を見渡した。


(大使館の車が無い・・・?)


 ミケート・ティリスへ向かう道中、彼らは日本国大使館が所有するワンボックスカーと鉢合わせることが無かった。故に柴田は大使館職員はすでに「こじま」にたどり着いているものだと思っていたが、その姿がどこにもない。

 不安を感じた彼は、偶然側に立っていた道目三曹に尋ねる。


「私たちより早く、日本国大使館の方々がリチアンドブルクを脱出したはずだが、彼らはここに居るのか?」


 柴田の質問に、道目は少し驚いた表情を浮かべながら答える。


「・・・ご存じないのですか? 大使館からはすでに、“脱出は不可能、我々に構わずこの国を去れ”というメッセージが我々に届いているのですよ」


「・・・!?」


 道目の言葉に柴田、そして他のスタッフたちは顔を青ざめる。ショックの余り、口を両手で覆う女性スタッフの姿も見られた。


「じゃあ・・・彼らは」


 長岡は、驚愕の為に閉じられなくなっていた口の奥から、絞り出す様な声を出す。“私たちは今すぐ逃げるからそちらも早く逃げろ”という、あの大使館職員の言葉は嘘だったのだ。

 あの場で“もう私たちの脱出は無理だ”と言われていれば、何とか自分たちで彼らを助ける方法は無いものかという思考が芽生え、帝都からの脱出に支障を来す可能性があったことは違いない。


『直ちに出航する。総員配置に付け』


 艦の出航を伝えるアナウンスが鳴り響く。直後「こじま」のスクリューが動きだし、その巨大な船体は海岸から離れて行く。斯くして35人の医療スタッフと2人の陸上自衛隊員、そして3人のクロスネルヤード人のジュペリア大陸脱出は成功に終わったのだった。


〜〜〜〜〜


11月7日 神聖ロバンス教皇国 首都ロバンス=デライト 教皇庁 会議室


 この日の朝、この国の幹部たちは円卓を囲んでいた。議題は当然、クロスネルヤード新皇帝による対日宣戦についてだ。


「何と喜ばしいことでしょう! 神は我らに救済をお与えになられたのでしょうか!?」


 教皇庁長官のグレゴリオは、喜々とした様子で会議の長である“教皇”イノケンティオ3世に語りかける。


「経典に背き、罪人と手を組んだ前皇帝は、自ら招き入れた罪人たちによって一家諸共命を失う羽目になった・・・。まさしく“報い”を受けたと言うことだ。そして新たな皇帝は、正常(・・)な御意志を持っている。これこそが本来、盾たるクロスネルヤードの有るべき姿なのだ」


 イノケンティオの言葉に、会議の参加者たちは“全くその通りだ”と、一様に首を縦に振って頷いた。その後、外交部長のレオンが立ち上がり、各イルラ教国家から送られている声明について伝える。


「アルフォン1世による此度の“聖戦宣言”を受け、リザーニア王国国王ボードアン=イェルシャロー3世、及びリーファント公国大公ボヘモンド=アンテオケ2世より、聖戦参加の打診が届けられております」


「・・・自らの決意に従う様にと伝えなさい」


「また、ヒルセア伯国国主ヨスラン=シャンルーハより、教皇が頭を下げたというアルフォン1世の発言は真実なのか否か、という質問が届けられていますが・・・」


 レオンのこの言葉に、イノケンティオは悲痛な表情を浮かべる。


「これ以上、私に恥をかかせる気なのかと・・・伝えなさい。あの時はああするしか無かった・・・、私が愛する信徒たちを護る為には・・・」


 右手の拳を握り、身体を震わせながら答える教皇の様子に、参加者たちはその心中を悟る。


「分かりました。ただちに!」


 レオンはそう言うと、教皇に一礼して会議室を後にする。その様子を確認したイノケンティオは、会議の参加者たち全員へ向けて“今後の予定”を説明する。


「この後、これが正式な“聖戦”であることを国外に向けて布告する。さすれば更に多くの国々が、クロスネルヤードに同調する様になるだろう」


 教皇の言葉に誰も異を唱える様子はなかった。

 その後会議は終了し、現地時間の7日正午には、アルフォン1世が宣言した“聖戦”が総本山が認めるものであり、そしてこの聖戦に参加すれば今までの罪が全て赦されるであろう、という内容の布告が、教皇庁より正式に発布された。

 これは教皇が、クロスネルヤード帝国の姿勢を支持した、ということを内外に示すものであり、これによって日本対イルラ教という対立構造が、明確に提示されることとなった。


〜〜〜〜〜


11月8日朝 日本国 東京 首相公邸


“教皇、クロスネルヤード帝国の聖戦を支持。日本とイルラ教勢力の対立構造明確に”


 上の見出しから始まる“世界魔法逓信社”の日刊紙(日本語版)を、首相の泉川は複雑な感情を以て眺めていた。見出しの以下には、次のような文言が続いている。


“ニホン政府は教皇への謝罪要求があったことは認めるも、土下座外交を求めたことは認めず、以前の会談は、ニホン国皇帝の居城へロバンス教皇庁関係者の侵入と皇族誘拐未遂があったことに対する、公正な謝罪要求であったと述べている。対して教皇庁側はこのことについては一切のコメントが無い。またニホン政府はクロスネルヤード帝国前皇帝とその一家の暗殺も否定している。これについては現状、どちらが真実なのか確かめる術は無いが・・・”


 両者の対立構造を、極めて中立的且つ客観的な立場から冷静に説明・考察している。その内容から、特定の国家勢力に与することは無いという創業者の理念を、脈々と受け継いでいることが分かる。


(どこかの誰かさん方にも見習って欲しいなあ・・・、この姿勢)


 泉川は、偏らない報道という方針を貫く逓信社の姿勢に感心する。

 すでに横須賀、佐世保をはじめとする海上自衛隊の各基地では、各護衛隊がジュペリア大陸に最も近い自衛隊の拠点である「ルシニア」に出航するための準備を進めている。そのルシニアでも、基地に勤務している隊員たちは、敵の急襲に備えて臨戦態勢を整えつつあった。


(・・・これほど巨大な勢力を単独で相手にするなど、日本の歴史上、最初でおそらく最後だろうな。まあ、負けはしないとは思うが・・・)


 今回の戦争、負けは無くとも相手の巨大さ故に泥沼にはまってしまう可能性は大いにあり得る。彼はその事を危惧していた。


(せめて・・・皇帝暗殺は濡れ衣だと内外に示せる決定的な物証があれば・・・!)


 泉川は思案を巡らしていた。

 一応、クロスネルヤード政府が日本によって暗殺されたと発表した第四皇女の身柄はこちらが掴んでいる。しかし、社交の場に出たことが無く、その顔が多くに知れ渡っていない末の皇女では、偽物というレッテルを貼られてしまう可能性がある等、いまいち証拠能力に欠ける上に、今回の戦争の当事者である自分たち日本政府が彼女の生存を発表し、日本政府の保護下にある彼女が“日本は無実だ”と表明したところで、あまり意味が無いように思える。


(せめて、誰か・・・皇子が生存してくれていたらなあ・・・。ふん、我ながら愚かなことを、そんな都合良くいくものか)


 無いものねだりを自覚し、自嘲する泉川。


 日本とイルラ教の軍事衝突の時は、刻一刻と近づきつつあった。

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― 新着の感想 ―
[一言] (せめて、誰か・・・皇子が生存してくれていたらなあ・・・。ふん、我ながら愚かなことを、そんな都合良くいくものか) 良かったですね総理、都合良くいって。
[一言] 通信機が壊れてる必要はあったのだろうか.ご都合悪い展開は大好きだし面白いけど,これは無駄な描写な気がしてしまう. しかしご老人にとっては”機械”それだけで信用ならない物なんだろうな.
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