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旭日の西漸 第3部 異界の十字軍篇  作者: 僕突全卯
第2章 聖戦の開幕
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聖戦の開幕

11月4日 リチアンドブルク 議事堂 中央議会


 皇宮に隣接する「議事堂」は、首都に住まう有力貴族・皇族からなる世襲制の議員たち計541名が集い、主に皇帝領内に布告する“領法”、または国土全域に効力を持つ“国法”の審議と制定を協議する「中央議会」を行う場である。

 しかし今回、彼らが集っているのは立法を審議する為ではない。現在、証人台の上には、1人の近衛兵が立たされている。彼には10月31日から11月1日にかけての深夜、すなわち皇帝一家が全員亡くなった日に、何があったのか、誰かの侵入を許したのか、何か異変に気付かなかったのか、などの質問が浴びせられている。

 近衛兵の方はというと、何も気付かなかった、侵入者の姿形もなかった、と返答するだけであり、その近衛兵の答弁の時間が終わると、入れ替わるようにして別の近衛兵が証人台の上に立ち、また同じような質問を浴びせられ、同じような答えを述べる。この様にして、中央議会は近衛兵1人1人に対しての証人喚問を4日連続で行っていた。


「・・・」


 そんな議会の様子を、怪訝な目で眺めている男がいた。彼はため息をつくと、同じことの繰り返ししか行っていない議員たちを侮蔑の目で見つめる。


「・・・何と不毛な」


 彼、中央議会の議員の1人である“公爵”フィロース=ホーエルツェレールは、眉間に縦皺を寄せながらつぶやく。

 皇帝一家が亡くなった日、初めのうちこそ緊急招集された議員たちは混乱していたが、次第にある共通認識を持つようになっていた。もしかしたら、これは千載一遇のチャンスなのではないのかと。

 即位時より、神聖ロバンス教皇国との関係が拗れるような言動を繰り返してきた前皇帝は、議員の多くにとっては目の上のたんこぶだった。しかし4日前の深夜、こともあろうに皇宮で皇族が一斉に変死するという事件が起きた。

それによって、ファスタ皇帝とその思想を色濃く受け継ぐ皇子たちは皆この世を去り、教皇への忠義を尽くしている皇太弟の一家は生き延びている。

 このまま皇太弟が皇帝の座に就けば、敬虔なイルラ信徒たる皇帝の誕生を、教皇は歓迎するだろう。さすれば、前皇帝の言動が原因で拗れていた神聖ロバンス教皇国との関係も改善する。彼らはそう考えていた。

 しかし、541人いる議員たちの考えが皆同じというわけではない。神聖ロバンス教皇国との関係を断ち切るという前皇帝の構想に同調していた者たちも、少ないながら存在する。それがフィロースを初めとする“革新派”と呼ばれる一派だ。


「・・・このままでは、議会が核心に触れないまま即位式の日を迎えてしまうぞ」


 フィロースの隣に座る同じく革新派の議員であるロター=ズッぺンウィルグが、彼に耳打ちする。フィロースは変わらず苦い表情を浮かべていた。

 皇太弟アルフォンの即位は、多くの議員やその他貴族・皇族から見れば、望ましいことであるが、平民たちから見ればそうというわけではない。事件の日の夜、同じ屋敷内に居ながら何故か生き延びているアルフォンは、市井や18人の長たちから見れば疑惑の人物だ。

 故にこの議会は事件の真相究明を装ってはいるが、その目的は近衛兵の答弁の中から、皇太弟一家の生存に関して何か良い理由付けが出来るネタが無いかどうかを探しているに過ぎない。

 事の当人であり、政府の臨時代表であるアルフォンは、未だ議会には出て来ず、証人台に立たせることも出来ない。皇宮では前皇帝とその一家の検死を行っているというが、それに関するアナウンスも何もない。そうしている内についに即位式が明日に迫っていた。


「このまま、疑惑の皇帝をこの国の君主として、仰ぐことになってしまうのか・・・」


 再び新たな近衛兵が壇上に立つ。意味のない問答を続けている議会、そして国の行末にフィロースはこの上ない不安を抱いていた。


 その日の夕方、何時も通り議会は終わる。ついに明日、日本国を含めて世界各国が注目する世界最大版図の帝国の首都にて、“前皇帝の葬儀”と“新皇帝の即位式”が執り行われる。首都に居を置かない貴族たちも、式典に備えてちらほら首都入りしていた。距離の関係上、式典には参加出来ない“18の長たち”も明日の為、各地で騒々しく動いていた。


・・・


同日・夕方 リチアンドブルク赤十字病院2F 203号病室


 とある病室に1人の医師が訪れていた。部屋にいた看護師の小波と患者の側に付いていたラヴェンナは、医師が入室してきたことに気付くと、彼に対して頭を下げる。


「今のところ、殿下のご様子は?」


 院長の長岡は、現在のところこの病院における唯一の入院患者である、テオファ=レー=アングレムの容態について尋ねる。


「治療の開始により、白血球数は上昇を見せていますが、現在のところニューモシスチス肺炎による免疫再構築症候群(IRIS)の徴候はありません」


 看護師の小波丞助が、彼女の容態について説明する。


「・・・そうか」


 小波の報告に長岡は頷く。彼は病床の上に横たわっている皇女に近づいた。


「お身体の具合はどうですか? なにかお腹の辺りに違和感などはありませんか?」


 長岡は皇女に対して副作用の有無を尋ねる。


「・・・いえ、問題ありませんよ。ありがとうございます」


 院長の問いかけに、テオファは微笑みを以て答えた。しかし、その心中には複雑な感情を抱えている。

 明日は皇室の仕来りによって行われる「葬儀及び即位式」の日だ。首都に住む皇族・貴族たちが集うだけでなく、各国の大使や18人の長の代理人も招待される。その中には当然ながら、日本国大使である時田雪路の名も含まれていた。

 世界最大の帝国にて行われる皇位の交代劇は、否が応でも世界を動かすと言われている。一つの時代の終わりと始まりを告げる式典を明日に控えた彼ら医師たちの心は、不思議なざわつきを感じていた。


〜〜〜〜〜


翌日 2029年11月5日 リチアンドブルク 皇宮


 正門が開放された皇宮。この国では“追悼”の意味を持つ白色の花”サレン”が、皇宮の庭園を貫く道の上に並べられている。開かれた門からは、黒を基調とした装いの皇族・貴族、また各国の大使たちが老若男女問わず、続々と献花を持って入って来ている。その中には日本国大使である時田雪路の姿もある。

 暗い顔が庭園に並ぶ。皇宮に入ることは出来ない平民たちも、城壁の外から内部の様子を伺っていた。献花台の上には数万もの本数の花が並べられ、その奥には今回の事件で亡くなられた9人の皇族たちの追悼の碑が建てられている。

 この国では前皇帝が崩御によって退位した場合、その葬儀・告別式と新皇帝の即位式は同日に行われるしきたりになっている。新皇帝の“継承者”としての印象を色濃く残す為に、何時の時代からかそういう決まりになったらしい。

 聖歌隊によって死者の霊魂を偲ぶ聖歌が斉唱される中、献花台には参列者が次々と持参した花束を置いていく。献花を終えた人々は、庭園に並べられた長椅子に座っていく。

 しばらくの後、碑の前の壇上に1人の男が立つ。彼の名は“大司教”アーティア=リカレント・ラリンジール、リチアンドブルク教会に勤めるイルラ教の大司教だ。壇上に立ち、経典を読み上げている彼もまた、参列者たちと同様に、両目の端より一筋の涙を流していた。

 葬儀は午前中に終わり、日が真上に到達する正午に休憩を挟む。人々は一旦、皇宮内で国賓や来客を接待する場である“芸苑館”に集まり、そこでしばしの間、茶話会をして過ごす。


 午後になり、式典は第2部である“即位式”に入る。再び人々は庭園に並べられた席に座り、即位式の主役を待つ。壇上には帝冠を持っている“大司教”アーティアの姿があった。

 そしてついに、主役が姿を現した。絹製の法衣を身に纏い、アーティアが待つ壇上に上がる男の名は、アルフォン=シク=アングレム。本来なら皇位継承権第4位であった彼は、3人の皇子の死去により、繰り上げで皇位へと即くことになったのだ。

 戴冠の為、壇上に上がったアルフォンはアーティアの前に片膝を付く。アーティアは自身の前に跪く男に、クロスネルヤード皇家に代々伝わる帝冠を授けた。


「・・・!」


 戴冠を受け、新たな皇帝となったアルフォンが立ち上がる。クロスネルヤード帝国第27代皇帝誕生の瞬間を、人々はその目に焼き付けた。

 即位式は戴冠を終えた“新皇帝の言葉”で締めくくられる。立ち上がり、大勢の参列者の方を向いたアルフォンは、自身に向けられる数多の視線を見渡すと、大きく息を吸い込み、ゆっくりとしかしはっきりとした声で、壇上に設置されていた「声響貝」を通して、民衆に向かって皇帝としての最初の演説を始める。


「・・・5日前、ファスタ=エド=アングレム3世皇帝陛下、並びにジェティス=メイ=アングレム皇太子殿下が原因不明の変死により、崩御(・・)なされた」


 “新皇帝”アルフォン一世の口から発せられた言葉、それは5日前に国中を驚かせた“皇族一斉変死事件”についてである。未だ真相が解明されないこの事件については、人々の疑問や不満が募っており、今回の葬儀と即位式はそんな数々の疑念を残した中での開催であった。


「民衆の中には、私が帝位簒奪のために彼らの命を奪ったのだと疑う声があるが、それは違う」


「・・・?」


 皇帝自ら、自身に嫌疑が掛けられていることを口にしたことに、民衆はざわつく。その後も身振り手振りを交えながら、アルフォン一世は演説を続ける。


「・・・思い出して欲しい。前皇帝陛下とその一家に取り入っていた“異国の集団”のことを。あの“血の穢れを好く罪人”たちのことを!」


「!!」


 “血の穢れを好く罪人”・・・この言葉に参列者たちはざわついた。この言葉は、“血の穢れ”を恐れる厳格なイルラ信徒たちが、採血や外科手術を行う日本人医師の姿を見て彼らに名付けた、言わば“蔑称”である。その名がここで出たことに参列者たち、特に日本人である時田は大きく動揺していた。

 そんな民衆を余所に、アルフォンは何処からか薄い冊子を取り出す。


「ここに宮中医ヘアルート=フォリキュラーによる検死結果がある。これによると、変死を遂げた9名は約1ヶ月前に、ニホン人医師たちによって“検査”という名目の元、“採血”という治療を受けたとある。採血とは生きた人の体から血を抜くという恐ろしい術だ!」


「!」


 アルフォンの口調に力が入っていくに従って、民衆のざわめきが大きくなっていく。


「そんなことが・・・!」

「何とおぞましい!」

「私も聞いたことがあるぞ、ニホンの医術士たちは患者から血を採って、何かの儀式に使っているらしい!」


 あちらこちらから、ひそひそとした話声が聞こえて来る。各国大使の間にも困惑が走っていた。


「ちっ・・・!」


 事実無根の噂話が上流階級の間に広がっていることに、時田は思わず舌打ちをうつ。彼女は、この国の中枢に行く程、異教徒たる日本の医術に対する偏見の目が、未だ払拭出来ていない事実を思い知らされていた。


(しかし、この流れはもしや・・・!)


 ここで日本人医師の話題が出たことに対する嫌な予感が、時田の全身を支配する。直後、「声響貝」によって増幅された新皇帝の声が、再び皇宮内をこだました。人々はその内容に注意深く耳を傾ける。


「・・・即ち、ニホン国の医術士たちが治療と称し、何らかの怪しげな術を皇帝一家にかけて変死に追い遣った。その可能性が高いと、この検死結果は述べている! さらにはニホン国は先日、ロバンス教皇に対して頭を下げさせるという、屈辱的な外交を要求したという!」


「!」


 アルフォンの口から語られた“皇族一斉変死事件”と“日神会談”の真実(虚実)。その内容に人々は驚きと困惑を隠せない。


「何と・・・!」

「卑怯な! 前皇帝に気に入られていたことを利用して手にかけたのか!」

「教皇様に頭を下げさせた!? 以前報じられたニホン国と教皇国との会談は、それが目的だったのか!」


 再び大きなざわめき、そして憤りを呈する参列者たちに、アルフォンはさらに続ける。


「これは“仇討ち”だ! 頭を下げさせられた教皇の、そして何より、殺害された先代皇帝と以下8名の皇族たちの為に・・・! 私は“クロスネルヤード帝国第27代皇帝”の名の元に、今この場で、ニホン国への“宣戦”を布告する!

ニホンをこの大陸から排除し、いずれは彼の国の本土へと侵攻する。恐れるな、これは“聖戦”だ! 神のご加護を受ける我々が、神に背く異教徒に負けるはずが無い! 我々の怒りを思い知らせるのだ!」


 新皇帝の言葉・・・その最後の一文を、人々は一斉に立ち上がり、歓声と拍手で迎え入れる。


「・・・前皇帝の一家を皆殺しにした罪人たちに死を!」

「我らの悲しみと怒り、そして裁きを!」

「アルフォン一世陛下万歳!」


 ついに下された対日宣戦、民衆の熱気は高まりを見せ、日本国との開戦を決断した新皇帝を称える声が、辺り一面から巻き起こる。この時、葬儀・即位式の場は、新たな戦火の到来を告げる場へと変貌を遂げたのだった。




「・・・」


 そんな熱狂する人々を冷静に見る者たちがあった。各国の大使たちだ。その中の1人であるショーテーリア=サン帝国大使のディオクレアス=マリーオラスは、手にしていた「信念貝」で自らの大使館へと連絡を送る。


「ニホン国対イルラ教の戦争だ、恐らくな・・・。世界に報じろ」


 直後、彼は通信を切ると、熱狂する人混みを抜けてその場を後にする。彼に続いて各国の大使たちも、来賓席から次々と退席していった。

 そんな中で、席を立つことが出来ず、愕然とした表情を浮かべている女性の姿があった。両手で頭を抱え、項垂れている様子の彼女は、壇上に立つ新皇帝と彼に歓声を浴びせる皇族・貴族たちを指の隙間から眺めていた。


「何と言うこと・・・!」


 日本国大使の時田雪路は、自身の目の前で対日宣戦が成されたことに、この上無い衝撃を受けていた。

 熱狂する皇族・貴族たちの声は皇宮の外まで響き渡る。式典への参加資格を持たない平民たちは、城壁の向こう側で何か異様な事態が起こっていることを察知していた。



 2029年11月5日。この日、日本国にとって、「異世界テラルス」における2つ目の戦争の火蓋が切って落とされた。世界最大の帝国との戦いは、世界の広範囲を舞台とし、多くの国々を巻き込んだ大規模なものへと進展していく。その先に待ち受けるものに、熱狂する人々は未だ思いを馳せないでいる。

 程なくして、日本とクロスネルヤード帝国の開戦は世界に報じられた。世界の国々は、世界を揺るがすであろうこの大事件に驚き、その行方を注視していくこととなる。

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