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旭日の西漸 第3部 異界の十字軍篇  作者: 僕突全卯
第1章 戦火の予感
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神聖ロバンス教皇国 弐

2029年10月31日 ロバンス=デライト 教皇庁 応接間


 日本国から派遣された使節に対して、教皇であるイノケンティオ3世は歓迎の言葉を述べる。厳格な宗教家とは思えないような営業スマイルを見せる彼の姿に、3人の外務官僚は少し驚く。


「・・・日本国全権特使の東鈴稲次と申します」


 東鈴は自らの素性を述べると、握手の為の右手を差し出す。イノケンティオはその右手を一瞥すると、まるで取引先の役員と対面するビジネスマンの様に熱く握り返す。


「遠路遙々、お疲れでしょう。さあ、どうぞお掛けになってください」


 イノケンティオは3人の日本人に対して、再び椅子に座る様に促す。その後、それぞれの椅子に腰を下ろした両者は、大理石で出来たテーブルを間に挟んで向かい合う。


「しかし、あの様に巨大な軍艦を4隻も引き連れてとは、随分派手な来訪ですな」


 先に口を開いたのは教皇である。彼が語ったのは首都の沖合に並ぶ4隻の護衛艦のことだ。初めこそ首都に住まう者たちを騒然とさせ、恐怖させたが、特に何もしてこないことが分かると、人々は安堵し、海岸にはその姿を一目見ようとする人波でごったがえしていた。

 その中には「逓信社」の記者も居る。日本と神聖ロバンス教皇国の初接触など彼らにとっては良い時事ネタだ。


「申し訳ありません。以前ちょっとした失敗を犯しましてね・・・。それより今回、我々がここを訪れた要件ですが・・・」


 東鈴は早速、この国を訪れた本題について切り込む。その後、彼は3週間前に3人のイルラ教徒が、日本国の元首である”天皇”に対して、皇室全体のイルラ教への改宗と日本国民全体に向かっての改宗宣言を行うように脅迫するため、皇居に侵入してとある皇族の身を攫おうとしていた「皇居侵入未遂事件」について説明する。


「・・・成る程、その様なことが・・・!」


 東鈴の説明に、教皇はさも驚いた表情を浮かべながら驚嘆の声を上げる。


「では、ご存じなかったと・・・?」


 東鈴が尋ねる。3人の内、唯一の生存者であるデーロ=ピアメターから、すでに”教皇庁からの命令でやった”という証言が出ていることを知っている3人は、知らぬ存ぜぬの態度を見せる教皇に白々しさを感じていた。


「ええ、恥ずかしながら・・・」


 イノケンティオは眉間にしわを寄せながら答えた。相変わらず、自分は関係が無かったという態度を崩すことはない。


「侵入者の内、身柄を拘束している1人から”教皇庁の命令で今回の犯行に及んだ”という証言が取れていますが・・・」


 使節団の1人である大沢は、すかさず警視庁公安部が取得していた侵入者の証言と、教皇の態度に矛盾があることを指摘する。


「・・・教典の内容を曲解した一部の過激な信徒たちによる、無謀で無分別な行動によって、貴国には多大なご迷惑をかけてしまった様ですね。恐らく、教皇庁内にも、そのような信徒が居たのでしょう。汗顔の至りです」


 大沢の指摘にも、イノケンティオはあくまで”部下の独断”だという姿勢を崩さず、自身の関与を明らかにすることはなかった。


「成る程・・・」


 東鈴は納得の言葉をつぶやく。当然ながら彼は、心の中ではイノケンティオの説明に全く納得していなかったのだが、同時に彼の言葉が偽りであると断ずる証拠は何もない為、これ以上追求することは出来ない。少し腹立たしさを感じながら、彼は会談を”事実確認”の次の段階へと進める。


「・・・例え・・・一部の信徒による独断であり、教皇たる貴方は関知していなかったとしても、我々としてはこのままでは引き下がる訳には行きません」


 事実を確認しただけでは引き下がれない。そう述べる東鈴の瞳の中を覗いたイノケンティオは、彼が何を求めているのかを瞬時に理解する。東鈴は”事実確認”の次の段階として”責任者の謝罪”を要求しているのだ。


「・・・」


 イノケンティオは少し悩む。歴代の教皇たちならば、異教徒への謝罪など例え10:0でこちらに非があろうが、認めはしなかっただろう。

 故に幹部たちには先程の円卓で、一時的に場を収める手段として謝罪は避けられないかも知れないということを伝えているし、自分自身も今の地位に就くまで何人に頭を下げてきたか分かったものではないが、世界宗教のトップに立ち、あらゆる国々の元首を配下に置いている今の立場で、面と向かって謝罪を要求されると、心の中にざわつくものを感じる。


「・・・命令を下した役人には、教皇庁内部を厳正に調査した上で厳罰を与えましょう。“不埒な信徒たち”に代わって・・・謝罪申し上げます。申し訳ありませんでした」


「・・・!」


 教皇はあっさりと謝罪の言葉を述べる。その予想外の態度に大沢と志賀の2人は目を丸くする。しかし、代表の東鈴は違った印象を抱いていた。


(・・・そう来たか。あの時の北朝鮮と同じ言い訳だ)


 東鈴は教皇の言葉から、2002年に行われた日朝首脳会談について思い出していた。謝罪はするが、責任は一部の部下の妄動にあるとし、自分自身の関与は否定する。日本でも「秘書がやった」と「記憶に無い」で、ひたすら不祥事と自分の関与を否定する政治家が居る。そんな者たちに通ずる雰囲気を、彼は教皇から感じていた。


「・・・では、この会談を以て、日本政府へ公式に”謝罪”して頂いたと取って構いませんね? 後に、この会談の内容を日本国内で公表しますが、宜しいですか?」


 教皇に対して、東鈴は更なる揺さぶりをかける。やや挑発的な口調で問いかける彼は、心のどこかに、激昂され宣戦布告をされることを期待している自分が居ることに気付く。


「ええ、構いません」


 東鈴の揺さぶりを意に介すことも無く、イノケンティオは率直に答える。言い訳はどうあれ、目的である”謝罪”を得ることに成功した以上、すでに日本側としてはこの会談の場で求めるものはもう何も無くなってしまった。

 本来であれば喜ばしいことなのだが、あまりにもすんなり行き過ぎている今回の交渉に、東鈴は妙な胸のざわつきを感じていた。しかし目的を達した以上、ここに長居する理由もない。彼は隣に座っていた2人の部下に、”任務完了”という意を含んだ目配せを飛ばす。

 その時、教皇が申し訳なさそうな表情で再び口を開く。


「ただ・・・1つ頼みがあるのですが」


「頼み・・・?」


 教皇側から出された初めての要求に、東鈴はやや緊張しながらその内容を問う。


「日本国へ対する謝罪を公表するに当たり、我々としても各種調整が必要です。故に・・・会談内容の公表まで、2週間の猶予を頂きたいのですが・・・」


「2週間・・・ですか」


 東鈴がつぶやく。要は”こちらとしても準備が要るから、謝罪の公表は少し待ってくれ”と言われているのだ。確かに今回の会談は、こちら側が砲艦外交の末に要求した急なものであったし、謝罪を公表するに当たって関係各所を納得させる言い訳も考えなければならないだろうから、内容としては極めて真っ当な要求である。


「2週間で駄目でしたら、1週間でも構いません。とにかく少しだけ待って貰いたいのです・・・」


「分かりました。1週間ですね・・・」


 東鈴は教皇の申し出を了承した。


「御理解頂き、感謝します。今回の一件を糧とし、貴国とは良好な関係を築きたいものですね・・・」


 教皇の言葉に、東鈴は”ええ、そうですね”と作った笑顔で返した。教皇は最後まで友好的な態度を崩すことはない。その後、1週間後に控えた”謝罪の公表”における細部の確認を終えた3人の官僚は、教皇に一礼すると席を立つ。


「では、我々はこれで失礼致します」


 使節団代表の東鈴は、イノケンティオに別れの言葉を伝えると、対面したときと同様に右手を差し出す。


「本来ならば、遠き東の地からの来客に対しては、2,3日ほど歓迎の宴を催すのが礼儀というものですが、あの様な巨大な軍艦を首都の沖に並べられては、首都の民は夜もおちおち寝られません故・・・」


 右手を握り返しながら、イノケンティオは歓迎の宴を催すことが出来ない心苦しさを語る。


「いえ、お気遣いなく・・・」


 東鈴はつぶやく。その後、3人は応接間を退出し、部屋に1人残された教皇は彼らが出て行った扉をしばらく眺めていた。

 3人の官僚は部屋の外に待たせていた自衛官3人と合流すると、再び教皇庁が用意した馬車に乗り込み、小型船が待つ港へと向かう。会談開始時、東の空にあった日の光は、会談の間に南中からやや西に傾いていた。港に着いた6人は、集まっていた野次馬から数多の好奇の視線を浴びながら、小型船に乗り込み、沖で待つ「しまかぜ」へと帰還した。


・・・


ロバンス=デライト沖合 「しまかぜ」艦内 士官室


『成る程・・・、謝罪は得るも、教皇は関与を否定したか・・・』


 艦に持ち込まれていた衛星通信機から、東鈴は上司である外務大臣の峰岸に会談の結果を報告していた。峰岸は通信機の向こうから届けられる報告内容に頷く。少々胡散臭い結果ではあるが、最悪、戦争も覚悟していた最初の想定から比較すれば、上々の内容である。


『最低限の目的は達せたのならそれで良い。ご苦労だった。ただ約束の期間である1週間の間は、ベギンテリア湾内に停泊する様に伝えてくれ』


「停泊・・・ですか?」


 東鈴は峰岸の奇妙な指示に首を傾げる。


『念のためだ。相手が妙な行動を起こした場合に備えてな。まあ1週間では何も出来んだろうから、邪推に過ぎないだろうがね・・・』


「分かりました」


 その後、峰岸との通信を終えた東鈴は、彼から伝えられた指示をそのまま第13護衛隊司令である大浦慶子一等海佐/大佐に伝えた。程なくして4隻の護衛艦は船首を反転し、ロバンス=デライトから見える水平線の彼方に消えた。


〜〜〜〜〜


ほぼ同刻 クロスネルヤード帝国 リチアンドブルク 皇宮の一角


 時差の関係から、日がすでに沈みかけていたこの大都市の中心である”皇宮”の一角、そこに2人の男の姿があった。


「・・・何だと!?」


 驚愕の声を上げるのは、”皇太弟”アルフォン=シク=アングレムである。彼の執務室を訪れていた密偵らしき男は、机の前に座る皇帝の弟に1つの報告をしていた。 


「左様でございます。本日・・・ニホン国の使者が、ロバンス=デライトを訪れ、教皇様に頭を垂れる様に要求されたのです」


 密偵は“本国の雇い主”から伝えられた伝言を、そのままアルフォンに伝える。教皇が異教徒から頭を下げる様に要求された、それだけでも敬虔なイルラ信徒である彼からすれば許し難いことだが、密偵はさらなる事実を伝える。


「教皇様は非常に悲しまれております。信徒たる”クロスネルヤード皇帝”、“貴方の兄”の所作のせいで、口惜しくも(・・・・・)異教徒であるニホン人に頭を下げざるを得なかったことに・・・。そして失望しています、この国の“皇族たち”の裏切りに。そして貴方にも・・・!」


「な・・・! 私は・・・!」


 密偵が述べた最後の言葉に、アルフォンは狼狽する。今まで自分は幼少期から教えられてきた”経典”の教えを守り、イルラ教、そしてその長である教皇を心から尊重し、崇拝してきた。そんな自分が教皇から、兄と”同類”に見られている。彼にとっては耐え難い屈辱だ。


「”違う”・・・と仰られるのですか? 貴方はただ見ていただけではありませんか、教皇様を蔑ろにし続ける貴方の兄の姿を。黙認していたではありませんか、貴方の兄の言動を・・・!」


「ち、ちが・・・!」


 男は客観的な事実を突きつけてくる。アルフォンは彼の言葉を否定しようとするも、反論を許さないかのごとく、密偵は間髪入れずに彼を追い詰める。


「破門されても文句は言えますまい・・・」


「・・・!」


 ”破門”・・・それは教皇より直々に押される信徒失格の烙印であり、信徒にとって死よりも恐ろしい言葉である。その言葉を聞いた彼は瞬く間に冷静さを失う。


「それは・・・嫌だ・・・!」


 アルフォンは追い詰められていた。兄の言動のせいで、教皇は異教徒に頭を下げざるを得なくなった。更には教皇に反発し続ける兄と、同類と見なされた挙げ句に信徒としての資格を失ってしまうかもしれない。これらの事実を突きつけられ、息を荒くする彼の姿を前にして、密偵の男は心の中で笑う。


「では、行動で示す(・・・・・)他ありませぬ。貴方の教皇様への忠誠を! お分かり頂けましたか?」


 ”行動で示せ”・・・これまで、この密偵から何度も言われてきた言葉だが、アルフォンは決心が付くことなく、これまで返答をずっと先延ばしにしてきた。しかし、彼にはもう後が無い。


「分かった・・・明日やろう」


「・・・」


 アルフォンの返事に、男は怪訝な表情を浮かべる。


「この皇宮を護る近衛兵たちは、すでにその多くは我々の・・・いや、貴方様の配下! 皇帝はあの広い御所で”1人”なのですよ・・・。何を恐れて明日に引き延ばす必要がありましょう・・・?」


 男はアルフォンを見下すような、挑発的な表情を浮かべながら述べる。


「・・・・・・今夜だ」


 ついに意を決した皇太弟の言葉に、男の口角が一瞬だけ上がる。


「・・・教皇様も我らが神も、貴方の”聖戦”と忠誠にさぞやお喜びになることでしょう」


 男は頭を下げながら、アルフォンの決断を歓迎する。しかし、床を向く男の顔は邪な笑顔を湛えていた。

 この時、皇宮の敷地内には、数人の日本人医師の姿があった。しかし彼らは、水面下で恐るべき計画が発動したことなど知る由も無い。

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