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旭日の西漸 第3部 異界の十字軍篇  作者: 僕突全卯
第1章 戦火の予感
14/51

神聖ロバンス教皇国 壱

2029年10月31日 ジュペリア大陸 南方の海上


 海の上を行く4つの巨大艦「しまかぜ」「かえで」「さわぎり」「じんつう」。第13護衛隊に属する4隻が、大海原の上を進んでいた。

 元々、佐世保に配置されていた第13護衛隊は、日本政府のODAによってエルムスタシア帝国の港街・ルシニアの補強、及び基地建設が完成した1年前に、この地へ移動となっていた。尚、この港街への駐留権・基地建設権は、約2年半前に行われた「リヴァイアサン討伐作戦」の見返りとして、日本政府がエルムスタシア政府に認めさせていたものであり、その主要な目的は「シーレーンの治安維持」と「海底資源の開発」である。


 この様にしていくつかの「友好国」、及び日本国が転移後に手に入れた領土である「外地」の中には、日本船籍の艦船が利用する為の貿易港・基地が日本国により建設・整備されている所がある。その中でもルシニアの基地の様に、大規模且つ日本側に大きく使用権が存在するもの(もちろん日本領である『外地』に建設された貿易港・基地の使用権は全面的に日本にある)には、建設順に「0から6」まで番号が振ってあるのだ。


 さらにこれら7つの貿易港・基地が置かれている港街の中には、日本本国から移動された海上自衛隊の地域配備部隊が駐留している所がある。それは”外地”屋和半島・幕照、セーレン王国・シオン、トミノ王国・ペイズ、そしてエルムスタシア帝国・ルシニアの4都市である。もちろんこれら4都市以外の港街にも、海上自衛隊に属する艦が着港することはあるが、4都市とは違い、特定の部隊は置かれていないのである。


 そして今回、佐世保からルシニアへ母港を移した第13護衛隊が向かうのは、未だ国交無き七龍「神聖ロバンス教皇国」だ。七龍の中では最小版図であり、世界的にも領土は小さい方である。常備の戦力も少なく、万に届くか否かのレベルでしかない。

 そんなこの国が七龍の一角に数えられている理由は、「イルラ教」と呼ばれるジュペリア大陸の広範で信仰されている世界宗教の総本山だというこの国の特性にある。宗教の元にあらゆる国々の国家元首を配下に置き、その中には”最強の七龍”であるとの呼び声が高い「クロスネルヤード帝国」の皇帝も含まれる。故に、この神聖ロバンス教皇国は常備戦力こそ弱小だが、有事の際に招集できる軍事力は事実上、世界最大なのだ。


〜〜〜〜


「しまかぜ」 士官室


「・・・以上が現在向かっている神聖ロバンス教皇国の説明になります」


 外務官僚の1人である大沢仁悟は、目的地である神聖ロバンス教皇国の説明を終えると、座っている幹部自衛官や外務官僚たちに頭を下げる。彼らの目的は今回の”皇居侵入未遂事件”について、今までの不法入国も含めて正式に神聖ロバンス教皇国政府に「抗議」することである。

 今回の事件については、尖閣諸島沖軍事衝突以降、勢力を増し続けている右翼団体のデモ熱に再び火がつくことを懸念したこともあり、日本国民には未だ”外国籍の男3人が皇居外堀に侵入し、彼らを逮捕した”としか公表されておらず、その詳細は闇の中だ。

 しかし、明らかに越えてはならない一線を越えている今回の一件については、政府内で怒りの声が大きく、今回の事件の黒幕であると思われる彼の国へ抗議に向かうという決定は早々に下り、その為の使節団組織や日程調整もすぐに行われた。

 今回の会談で謝罪を得て、丸く治まればそれで良し。謝罪を得られず、宣戦布告でもしてくる様ならば・・・。


「相手は・・・素直に会談に応じるでしょうか?」


 此度の使節派遣に同行している外務官僚の1人である志賀奈緖隆は、今回の任務に不安を漏らした。相手が”ただの弱国”であれば、日本側も難儀はしない。それならば極端な話、この事件を「我が国への宣戦布告である」と世界的に宣伝して、一方的に攻撃しても良いのである。

 しかし、相手は”事実上”世界最大の軍事力を誇る”世界宗教の総本山”であり、下手に手を出せば、ジュペリア大陸の広範の国々を敵に回すことになる。そうなると大陸で活動している日本人にも被害が及び、ジュペリア大陸周辺の貿易路でも妨害を受けかねなくなる。

 そんな、”単体の国”ではなく、”宗教・思想”を相手にするもどかしさを日本政府、そして彼ら使節団は抱えていたのだった。


「いざとなれば、さり気なく脅しをかければ良いさ。そのために4隻も護衛艦を引っ張って来たのだから・・・」


 今回の使節団の代表を務める、日本国全権特使である外務省事務次官の東鈴稲次は、口角を上げながら答える。


「黒船作戦ですか・・・」


 志賀はつぶやく。今回外務省は、4年前のアルティーア帝国に対する外交交渉の際に、相手を刺激しない事に注意したことが裏目に出て、彼の国を訪問していた使節団が襲撃され、外交官1名が殺害された事件を反省し、今回の特使派遣においては、護衛艦4隻にて相手国の首都へ直接乗り込み、相手に自分たちの強大さを見せつけるという「黒船作戦」を展開している。その為の第13護衛隊なのだ。


『艦橋より艦内全体に連絡! 目的地を視界に捉えました。間も無く到着します』


「!!」


 艦内にアナウンスが響き渡る。ついに4カ国目の列強国・神聖ロバンス教皇国に初の公式接触を図るその時が来たのである。


〜〜〜〜〜


 「神聖ロバンス教皇国」・・・世界的に見ても領土の広さ自体は中小国の域であるが、長い歴史を誇り、ジュペリア大陸各地のイルラ教国家から徴収して回る”寄進”や”布施”により、国の規模には見合わない有り余る財力を誇る。

 その首都であるロバンス=デライトは”総本山”と呼ばれ、周辺国から熱心な信徒たちがここへ礼拝の為に訪れる。街は財力を誇示するかのごとく芸術的な豪華絢爛さを持ち、その様相にここを初めて訪れる人々は思わず息を飲む。


 2029年10月31日。そんな都の沖合に、突如現れた巨大艦。首都ロバンス=デライトに住まう10万の民たちは大騒ぎになっていた。




神聖ロバンス教皇国 首都ロバンス=デライト 教皇庁


 この国の政府である「教皇庁」でも、対策の為に緊急の会議が招集されていた。円卓に座す国の首脳たち、ジュペリア大陸の大半を束ねるイルラ教の最高級幹部たちが、この場に集っていた。


「ニホンの使者たちは我が国との会談を求めております! 恐らくは、この前の一件に関することでしょう!」


 国の重役の1人である外交部長レオン=アズロフィリックは、今の並々ならぬ状況について参加者たちに伝える。


「世界の外れの不埒な異教徒どもが生意気な! 絶対神の御加護を受ける我々が、何を恐れることがありましょう! 堂々と聖戦の布告をしてやれば良いのです! さすれば・・・」


 列強をも超越する力を持つ国が、首都の沖に見たこともや無い様な巨大艦を4隻も引き連れて現れた。そんな状況下において、教皇庁長官のグレゴリオ=ブロンチャスは、かねてから抱いていた日本に対する敵意を明らかにすべきだと訴える。

 しかし、現状においてその選択は賢いとは言えない。彼の言葉を遮り、そう発言をする男が居た。


「しかし我らにとって”最大の盾”であった”クロスネルヤード”の現皇帝は、ニホンと深い関係を結んでしまっている・・・。あの男が我らの意志に沿うとは思えぬ・・・」


 内務部長のヴェネディク=メデュラは、神聖ロバンス教皇国が大陸で振るう権勢の最大の後ろ盾であった、クロスネルヤード帝国の現皇帝であるファスタ3世に掛けていた手綱が、外れかけている現状を嘆いていた。即位時より、ファスタ3世は総本山に反発する言動を度々繰り返していた。近年ではそれが益々顕著になってきていることが、彼らの頭を悩ませていたのだ。

 最悪、破門をちらつかせれば、再び配下に跪かせることが出来るかも知れない。クロスネルヤード国内の18地方を治める”18人の長たち”は、皇帝とは異なり、イルラ教の長たる”教皇”へ反抗心を持っている者は少ないからだ。今の状態で皇帝ファスタに破門を言い渡せば、彼は各地方の長たちと対立することになるだろう。


 だが”破門”とは、教皇自らその対象をイルラ教の枠組みの”外”へ放り出すということだ。即ち、現状で破門されては皇帝ファスタは大いに困るが、教皇も自らの手で”クロスネルヤード”と言う名の後ろ盾を”捨てる”ことになる為、それ以上に困るのである。故に両者の間では、今の所静かな睨み合いを続けざるを得ない状況が続いていた。


 しかし近年、皇帝ファスタによる地道な説得によって、”18人の長たち”の中で皇帝の考えに同調する者が増えて来ている。すなわち、皇帝は”破門されても困らない土壌作り”に着手し始めたのである。その上、総本山にとって予想外だったのは、新興勢力の異教徒である「ニホン国」の登場だった。

 彼らが経典に反する(・・・・・・)医術によって、流行病を瞬く間に収めてしまった為に、現況のイルラ教に対して疑問を抱く皇帝派の思想に拍車をかけ、一気に2つの辺境伯領と1つの騎士団領が皇帝派に転じてしまったのだ。クロスネルヤード国内の教皇派は、徐々に追い詰められている。その焦りが彼ら総本山の幹部たちの心をかき乱していた。


「まさか・・・あの計画が失敗しようとは・・・! 役立たずどもめ!」


 国防部長のボニファス=ガングリオンは、かねてより画策し、長きに渡る準備期間を経て、万全の状態で発動したはずの「ニホン国教化計画」があっけなく失敗に終わったことを嘆いていた。

日本政府を動揺と怒りの渦に巻き込んだ「皇居侵入未遂事件」。それを画策したのは、この国の上層部の面々である。この事件における彼らの狙いは、ニホン国をイルラ教の配下に納めることであった。

 元々ニホン人とは、あらゆる宗教のあらゆる神に無分別にすがるという、乱れた宗教観を持つ者たちだと聞いていた。それならば彼らの皇帝(おう)の口を介して”イルラ教”、そして”絶対神ティアム”が如何に素晴らしい存在かを説けば、ニホン人たちはすぐにイルラ教へなびくことだろう。さすれば、経典に反する医術も止めさせることが出来る。

 その上、突如現れた第3極をこちら側に引き込めば、一気に状況は変わる。”新列強”ニホン国という新たな後ろ盾を得れば、例えクロスネルヤードが手元から離れても、大陸における権勢を維持できる。彼らはそう考えていたのだ。


「ここは計画に関しては、知らぬ存ぜぬを通すべきではないか・・・?」

「何を仰る! 異教徒相手に下手に出て、自らの意志を偽るというのか?」

「だが、我らが指示したという証拠も無し・・・。あの3人に全てなすり付ければ・・・」


 紛糾する会議、その様子を眺めながら、議長席に座る教皇イノケンティオ3世は思案を巡らせていた。


(・・・しかし、思ったよりも大分早く訪ねて来たな。私のシナリオの中では、この状況は”あの男”が行動を起こした後! 故に、ここで私の口からニホンに”宣戦布告”を放つつもりだったが・・・。色々耳にしてはいたが、奴らの移動速度を舐めていた。ここはこいつらを一先ず宥めて、ニホンの使者たちには穏便に帰って貰わなくては・・・)


 考えをまとめたイノケンティオは、突如立ち上がると自らが下した結論を述べる。


「・・・不本意だが、ここはヴェネディクの言う通り、偽りを述べて奴らには穏便に退いて貰うしかあるまい・・・!」


「「!」」


 教皇の言葉に、会議場は騒然とした。


「教皇様! 自らの立場をお忘れですか!? 東方の異教徒相手に・・・」


 教皇庁長官のグレゴリオはイノケンティオに詰め寄る。”穏便に帰って貰う”というからには、相手が謝罪を求めて来ればそれに応じる他は無い。しかしそれは、世界宗教の長として許されることではないのだ。ざわつく会議場、騒然とする国の要人たちに対し、教皇は口を紡いだまま、窓の外に見える沖合の護衛艦群を指し示した。


「・・・?」


 議長が突然取った謎の行動に、参加者たちが疑問符を浮かべる。直後、イノケンティオは力強い声で口を開いた。 


「見よ、あの軍艦の群れを! ニホンは自らの強大さを我々に見せつけ、そして首都10万の民を”人質”にとっているのだ!」


「!!」


 参加者たちの体に衝撃が走る。


「信徒も守れぬ教皇など、神に顔向けも出来ぬ! 確かに今回の顛末について何も知らぬ信徒からは、異教徒に頭を下げた教皇だと軽蔑されてしまうやも知れない・・・。だが私は・・・今は民の、信徒たちの命を守りたい!」


 悲痛な顔を浮かべ、参加者たちの情に訴えかけるイノケンティオ。直後、目を見開くと、目尻に涙を湛えて彼は続ける。


「私に任せて欲しい。皆には一時の恥を感じさせてしまうかも知れないが、いずれその時(・・・)は来る! それまで時を待つのだ。皆忘れるな、神は我々と共にある!」


 いずれ来る勝利の為に、今は耐えよう。総本山に住まう信徒を思う教皇の言葉に、幹部たちは心を揺さぶられる。

その後、会議は終わりを迎える。日本国特使との会談は教皇自らが1人で当たることとなった。




教皇庁 廊下


 会議の準備をするために一度自室へ戻ろうと足を進めていた教皇の元へ、密偵の様な出で立ちの男がどこからか現れ、不気味な笑みを浮かべながらイノケンティオに囁いた。


「良い芝居(・・)でしたねえ・・・」


「要らぬことを口にするな。それより”あの男”は・・・?」


 イノケンティオは、自室へ向かっている自分に並んで歩く様に付いてくるその男の発言内容に対して軽く叱責すると、自らが進めていた”計画”の進捗状況を尋ねる。


「はい。今しばらくかかるとのこと・・・」


 密偵らしき男は、”現地”からの報告内容をそのまま伝える。


(もう1つの誤算は・・・あいつの優柔不断さだな・・・)


 教皇は呆れの表情を浮かべると、1つ大きなため息をつく。


(ん? ・・・そうだ!)


 教皇は何かを思いついたかの様な表情を浮かべる。彼は再び密偵らしき男へ話しかける。


「リチアンドブルクの者たちに、”あの男”へこう伝える様に連絡してくれ・・・」


「・・・!」


 イノケンティオは1つの伝言を密偵の男に与える。密偵は彼の口元に右耳を近づける。


「分かりましたでございます・・・」


 伝言を受け取った密偵は教皇の口元から耳を離すと、一礼し、どこへともなく去って行く。


〜〜〜〜〜


 使者を送って2時間後、首都の沖合に展開していた彼ら日本国特使団の元へ届けられた返答は、”上陸する者の武装解除を条件に会談に応じる”だった。外務省から派遣された官僚3名と、護衛として派遣されていた陸上自衛隊員3名からなる使節団、計6名は小型船に乗り換えると、一路”総本山”ロバンス=デライトへと向かう。  

 4年程前、陸上自衛隊と外務省は、”宣戦布告の代わり”としてアルティーア帝国軍に外交使節団を襲撃され、さらに1名が殺害されるという失態を犯していた。故に今回の任務に当たる6人の表情からは緊張と警戒が強く感じられる。相手が武装解除を条件に掲げているから尚更だ。


(例え我々の命が奪われても、日本国の意思だけは伝えなくてはならないな・・・!)


 首都上陸後、使節団団長にして全権特使を勤める東鈴は、自らに課せられた使命の重さを感じていた。

 その後、教皇庁から出された迎えの二頭立て馬車に乗り、好奇の目に晒されながら市中を抜けた彼ら6人の前に現れたのは、彫像と華美な装飾に彩られた広大な建築物だった。莫大な資金と膨大な人力によって建てられた「教皇庁」は、彼らがこの世界で今まで訪れてきたあらゆる国々の王城・皇城を大きく凌ぐ絢爛さを誇っていた。


「・・・すごい!」


 使節団の1人である志賀は、その荘厳な様子に思わず言葉を漏らした。




教皇庁 応接間


 使節団は応接間に案内された。護衛を部屋の外に残し、3人の外務官僚はこの国の長の入室を待っていた。


「・・・」


 来る人々を楽しませる為に、室内に設置されている古今東西の絵画や美術品に囲まれながら、彼らは緊張の汗を流す。その時・・・


ガチャ!


「・・・!」


 扉が開く音がする。3人は立ち上がって入室者を迎える。そこに立っていたのは、紫色の王冠をかぶり、床に付くほど長く、尚且つ絢爛なローブに身を包んだ1人の男の姿だった。

 彼は部屋に入ると、両手を広げて笑みを浮かべながらゆっくりと口を開く。


「ようこそ・・・。世界最高の芸術の都・・・”総本山”ロバンス=デライトへ! 私はこの国の元首にしてイルラ教皇、イノケンティオと申します!」


「・・・!」


 教皇から発せられた歓迎の言葉、意外な教皇の第一声に3人は驚くのだった。

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