から揚げカレー丼はお好きですか?
本日の昼食は購買で買ったから揚げカレー丼だった。おおよそ四百円也。
研究室のレンジでチンする。
飲み物は緑茶。ティーバッグは研究室に常備してあるもの。お湯もその場で入れてしまう。夏場にはちょっと厳しいホットだけれど、お腹に優しいし、これだけで昼食分の飲み物代が浮く。……正直言ってね、購買のペットボトルが百二十円とか百三十円とか高いなーって思っちゃう。だって同じ五百ミリリットルでもスーパーだと百円きっちゃうとかザラなのよ? なかなか買おうって気になれない。こんなところだけちょっぴりけちんぼなんです。
もちろん研究室でご飯食べることのメリットはそれだけじゃない。そりゃ、レンジあり、冷蔵庫あり、電気ポットあり、さらには大体いつも誰かがお土産に置いていくお菓子も食べられるし、当たり前だけど自習もできる。でも一番いいなと思うのは、少なくともこの時間帯には誰かがいることだ。
だって、ボッチ飯さびしいから。
ちょっと色々交友関係が疎遠になっちゃった私でも、ここは自分の研究室だから入り浸れる。最初は入りずらかったけれど、同じ研究室の先輩とかと言葉を交わせる程度に仲良くできればへっちゃらだ。もしかしたら下手な同級生よりも熱心に交流している方かもしれない。
さらっとした付き合いだけれど、それが心地よく感じる時がある。自分でも不思議だけれど。
もはやほとんど定位置になっている窓際の席についてもさもさとご飯を食べていたら、知り合いの先輩が入ってきた。
「お疲れさまです、神坂さん」
「お疲れさまぁー」
よっこいせ、と神坂さんは重たそうなリュックサックを長机に置いた。手提げも持っているからますます重たそうに感じてしまう。眼鏡にかかりそうな前髪がぺったりと張り付き、嫌そうにヘアピンで止めている。後ろ髪は最近伸ばしているらしい。本人は早く切りたいとぼやいてた。現在は道具を使って首筋に髪がかからないようにまとめている。
「梢ちゃん、聞いてよ」
神坂さんは真面目な顔してこう切り出した。
「今日パソコンを家から持ってきたのだけど、もーれつに重くて死にそうだった。さらに帰り道に坂道を上ることを考えたら死ぬ」
「あはは、お疲れ様です」
ねー、ほんとにねー、と神坂さんは一つ空いた隣の席に座った。
神坂さんは毎日片道一時間半をかけて通学する自宅生だ。しかも自転車で駅に行くまでに三つの坂があり、「行きはよいよい、帰りは恐い」状態らしい。
年は一つ上の、大学四年。院を目指しているから、これからそろそろ準備が大詰めに入るはず。就活しないということで研究室にもよく顔を出しているから、私ともよく話す。
今一番仲良しなのは誰かと問われればこの神坂さんを上げるだろう。見た目は几帳面で真面目そうって感じだけど、意外と話しやすい人だ。バイトの件で、法学部の同級生を通じて相談窓口を紹介してくれたのもこの人だった。
「最近暑いから学校に来るのもしんどくてねー。めんどくさー、めんどくさーってうちの犬に向かって連呼してる。イヌに話しかけてもしょうがないんだけどねー」
こうやってどーでもいい話をしながら、神坂さんはお弁当を広げた。母親が作ってくれるらしい。
冷凍食品ばっかりだけどね、と以前笑いながら話してくれた。
神坂さんの自宅にはご両親がいて、祖父母もいて、妹さんもいる。時折名前が飛び出すことからも、家族と上手くやっているに違いない。
神坂さんは、私の家庭のことは何も知らなかった。きっとほとんど誰も知らないはずだ。高校までと違って、大学は家庭環境が詮索されないところだから。
私は神坂さんが羨ましい。いや、神坂さん含め、家族に囲まれている皆が羨ましい。
ふっ、とある人の顔が浮かんだ。考えるのは後回しにしてきた、私の聖母マリア様。
浮かれた気持ちで目が覚めて、その後すぐに怖くなった。菱川さんが昨日と同じように微笑んでくれるとは限らない。昨日の今日で、やっぱりやめたってなったら?
……自分でも不安定だなと思う。でも空元気でも出して色々やらなくちゃ、今日の約束に行けなくなりそうな気がしたから。うん、怖がってちゃだめだ。欲しいものは自分から手を伸ばさなくちゃ。
「いいことでもあった?」
「え、どうしてですか?」
神坂さんは化粧っ気のない顔を魅力的に微笑ませながら、
「前よりも顔色がよくなったでしょ。クマも消えて。……あとはそうだね、恋する乙女の顔してる?」
「な、ちょ……神坂さんっ!」
私が慌てたのをみて、神坂さんはしたり顔。
「いいのよー。命短し、恋せよ乙女ってね! ちょっと古いかな。大丈夫ー、ここ他にまだ誰もいないしー。悲壮感漂う顔してるよりは幸せそーよねー。私にも何か出会いがないかなぁ」
「……家と大学の往復だけの生活をしてる人にはちょっと」
厳しいのでは、とまでは言わなかった。神坂さんは気にした風でもなく、笑いながらひらひら~と手を振っている。本人としても冗談のつもりだったのだろう。実際のところ、そこまで出会いを求めているわけじゃないらしい。
「まぁ、そうかもねぇ。でもね、私が思うに、恋って意外と道端に落ちているんじゃないかなーって思うわけ。自分が気づかないだけでさ。それを拾うかするのは本人たち次第ってこと。ま、そんな顔をするぐらいなら、きっと梢ちゃんの出会いはきっと小説みたくとびっきりよかったんだろうなぁー。いや、どんな出会いだって成就したあと振り返れば劇的な、運命的なって形容詞がつくのかな。少なくとも、その人にとってはとびっきりの特別製なんだろうね」
想像でしかないけど、と年齢=彼氏いない歴を更新中の先輩が肩をすくめてみせた。