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クリスマスのご予定は?


 そろそろいい加減に決めておかなくちゃいけないと思っていた。

 十一月の半ば頃。菱川さんに「クリスマスどこに行きたい?」と尋ねられ、ぱっと思いつくものがなかった私は返事を保留にしてもらっていたのだ。


 今年のクリスマスは週末の休みにかかっている。客商売としてはあまり手が離せないらしかったけれど、二十四日だけは休みを確保できたのだという。その場で予定は決まらなかったものの、私も二十四日はバイトの休みをもらうことにしておいたのだ。


 申告した時のパートのおばさま方の生ぬるい視線がちょっと居たたまれなかった……。完全にクリスマスにデートするものだと思われている。……事実だけれども。


 どこにいくの~、なんて聞かれるけれどもそこは曖昧に濁している。実際、自分でもよくわかっていないからだ。


 今年のクリスマスは休日だから人出が多いだろうなぁ、なんて思っていたら、あっという間に十二月に入ってしまった。








 お父さんにおにぎりとお漬け物を渡した次の日。

 その日も夕方からバイトで、レジでお客さんをさばいたり、商品の品出しをしたりと忙しい。


 休憩時間にスマホを起動すれば、今日はバイト先まで菱川さんが迎えに来てくれるという。いつもはだいたい菱川さんの店前で合流することが多かったのに、珍しい。


 とは言いつつも、社会人で忙しい菱川さんと会える貴重な時間を逃す手はない。最初こそ遠慮の塊だった私も慣れてくるにつれ、図々しさが勝ってきた。菱川さんと並んで帰る時間を心待ちにしている自分がいる。いかん、人間謙虚が大事なのに。菱川さんが迎えに来てくれないとがっかり……なんて考えちゃいけない。


「お疲れ様です!」


 同じ時間であがったパートさんと店の裏手の従業員出入り口で別れ、店の方に回り込めば自販機の横で菱川さんが待っている。


 タタッ、と小走りで駆け寄り、「お待たせしました」と声をかけると、菱川さんはあの慈悲深きマリアさまの笑みを浮かべる。


「遅くまでお疲れ様」

「菱川さんもお疲れ様です」


 そのまま歩き出そうとしたら、菱川さんがちょっと待って、と私を引き止め、見覚えのある巾着袋を取り出した。


「はい、これ親父から預かってきたよ」


 先日お父さんに渡したおにぎりと漬け物が入っていた巾着袋は、かわいさも何もないシンプルな黄色の生地のもの。そろそろ洗濯しすぎて色味がはげてきているのが今となっては恨めしい。普段はもうちょいいいやつ使っているんですよ、と言い訳したくなるけれど、ぐっと我慢。コマカイコトハキニシチャイケナイ……。


「ありがとうございます。すみません、わざわざ」


 受け取ってみれば、小さなタッパーが入っている感触があったけれど、思ったよりも重さがあるような……。


「ああ、確か母さんがお礼だとか言って洗ったタッパーにチョコレートの小袋を詰めていたからそれだと思うよ。遠慮なくもらってあげて」

「なるほど……。それではお言葉に甘えて」


 いそいそと自分のカバンにしまい込む。


 じゃ、行こうか。菱川さんのその一言で歩き出す。


 格段に夜は冷える。私も菱川さんもマフラーと手袋を常備し、暖かいコートを着ている。

 今日は手をつないでいたわけではないけれど、前と比べればだいぶパーソナルスペースが縮まった気がする。……うん、いいかも。手を伸ばしたらすぐに届くし。


 なんだか恥ずかしくなってきたから、ごまかすように首元のマフラーをいじる。収まりが悪いというか。


「……そういえば、うちの両親はやっと仲直りしたんだよ」

「そうなんですね。よかったです」


 菱川さんの穏やかな声音につられるように、私も笑顔になる。


「結局、僕が仲裁に入る形になったけれどね。たまたま実家に寄ってみたら親父が嬉しそうに自慢してきたんだよ。梢さんに差し入れてもらったって……」


 語尾が不穏な感じで濁され、言葉が切れる。

 菱川さんはじいっと私の顔を見ていた。

 何か言いたげ。怒っている感じはない。近そうな感情だと、「悲哀」とか?


 やがてふっと口元が緩まって、私の頭を撫でた。


「だから僕としても放っておけなくて、つい出しゃばってしまったんだ。で、僕が親父の代わりに差し入れの容器とかを返しに来たわけ」


 仲直りしたからさすがに通う頻度は低くなるんじゃないかなぁ。


 菱川さんは私を責めない。が、ぼんやりと言いたいことがわかってきた私にはそこはかとなく罪悪感がひしひしと……。気持ちとしては浮気をした男みたいな? 


 私としては菱川さんのお父さんだし、その場の思いつきで差し入れなんてしてしまったけれど、あのドライトマト以来、自分の作ったものを菱川さんにあげていなければ、料理を振る舞ったわけでもない。第一、あれは自作の料理と言えるものでもないわけで。


「あれは自分の料理というものでもなかったですよ。漬け物つけたのもおばさんなので」

「うん」

「おにぎりも握っただけです。形も歪でしたし……」

「そっか」


 菱川さんは頷いてくれるけれども……なんだか本当に浮気男の言い訳みたいになってきた。


「つ、作りますよ! 今度!」


 勢いに任せて力強く宣言した。珍しく大きな声が出た。

 そうだ。前々から考えていたことがあったんだからこの際に言ってしまえ。


 こうなったら菱川さんの表情をうかがう余裕もなくなる。


 私は受け身から押しの一手に転じた。



「24日のクリスマスイブに、菱川さんの十二時間を私にください!」


 


 




 

微妙に時期がずれました。申し訳ないです。


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