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お父さんはネコ耳好き?

 何度か話しているうちに少しずつ「お父さん」とは打ち解けていった。


 毎回、会計終わりに何かしら軽く言葉をかけてくれるのだ。


「頑張ってるね」

「最近どう?」

「勉強は順調?」


 大体がそんなたわいもない言葉。私はそれに少し答えるだけですぐに別のお客さんの接客に戻らなければならなかったりするけれど、ほっこりした気持ちは後まで残る。


 気に掛けてもらえていることが嬉しい。

 いつも気さくに話しかけてくれるものだから、私の返事も日に日に饒舌になる。

 ある時、たまたま休憩中に自分の買い物を済ませようとしていたら、お父さんに出会った。


「こんばんは。休憩中かね」

「はい、そうです。ついでに買い物をしようと思って」


 と言ってもカゴに放り込んだのは細々とした消耗品ぐらいのものだ。あっという間に終わってしまう。

 よし、と気合を入れて、自分から話題を振ってみることにした。


「お、父さんは今日も食料品を買いに来られたんですか」


 「お父さん」とやっと言えた。恐る恐る相手の反応を窺ってしまったのは、仮にも「もう嫁気取りとは、馴れ馴れしいやつめ」と思われたくないからである。

 

 お父さんは何も言わない。それがまるで自然なことであるように、「そうそう」と話を続ける。


「最近喉が乾燥するんだけれど、いい飴知っているかな」


 とりあえず「お父さん」呼びはオーケー……ということでいいのかな?

 うん、いいはずだ。何かあったら「お父さん」の方から何か言うはずだ。うん。


 私は気を取り直した。


「よく効くって他のお客さんから聞くのはしょうが入りのものですが、個人的には蜂蜜100%の飴がおすすめです。家に何袋か買いだめしてありますよ」

「ほう。だったら買ってみようか……。しかし、極端に甘いものは苦手だしなあ……」


 それなら、と私は休憩中食べようと思っていたその飴をカバンから一つ取り出した。


「私が買ったものですが、よかったら」

「おや、いいのかな」

「どうぞ」


 少し躊躇う様子を見せたお父さんだが、結局飴を受け取り、そのまま口に運ぶ。そのまま、いいね、と頷いて、売り場から一袋カゴに入れた。その様子を何気なく見ていた私は、すでに入っていたある商品に目が離せなくなる。


 パープルのふわふわ耳当て(ネコ耳付き)が。


 内心ものすごく動揺した。

 え、一体誰が使うの。まさかお父さん? 菱川さんには姉妹もいなかったし、それぐらいしか……?


 不謹慎にもお父さんがその耳当てを付けている光景を想像し……。


 まずは毛糸の帽子をかぶった方がいいんじゃ、と真面目にそう考えてしまった。

 ちなみに今晩のお父さんの頭頂部はいつものようにありがたい輝きを放っている。あ、店の外ではジャンパーのフードを被って防寒しているのかな。


「あー、これは」


 私の視線に気づいたお父さんは気恥ずかしげな顔になる。


「使わなくともついつい買いたくなってしまってね。嫁と公人にもよく怒られてしまうよ。三木さんはこういうやつ使ってるの?」

「いえ、外でネコ耳つけて歩ける自信がないので……」

「公人は喜びそうだがねえ」


 「菱川さんが喜ぶ」。それは魔法の言葉みたいに私の心をぐらつかせる。

 夏、浴衣の写真送ってと言われたのに、断っちゃったこともあるしなぁ……。いやでもネコ耳……。


「……公人さんはネコ耳好きなのでしょうか」


 いざとなればネコ耳付けて「にゃんにゃん」言う覚悟は……今のところないけど。もし私のネコ耳姿で喜んでくれるのなら、努力する所存。


「うちはネコを飼っていないからねえ」


 どこかずれた発言をしているお父さん。ただのネコ好きとネコ耳好きとはだいぶ違うのではないかと。


 私は想像してみた。私のネコ耳姿で喜ぶ菱川さんの図。


 ……うん。たぶんないかな。ちょっとない。


 菱川さんの性癖はネコ耳好きじゃない気がする。だからといって、これというのはまだ知らないけれども、追々知っていくのだろう。


 気づけばお父さんは件の耳当てを売り場に戻していた。買っても使わないのなら賢明な判断だと思います。お父さんはそのままごまかすような笑みを浮かべて、おなかがすいたよ、なんておなかあたりをさすっていた。


「お父さんは今ずっと自炊されているんですか?」

「いやぁ……公人から聞いているかもしれないが、嫁とはまだ喧嘩中で。今回は公人もたまには自分でどうにかしてくれと言ってくるし、参っているよ。てんで料理を普段しないものだから。手料理が懐かしいよ」


 手料理が懐かしいというのはわかる。いくら美味しくても外食やコンビニ弁当だけでは何か物足りないような気分になる。時に端っこが焦げた卵焼きが恋しくなることがある。作り手の「真心」みたいなものが伝わるからなのかもしれない。


 実家に帰った時に食べるおばさんの料理は、お母さんの作っていたものとは種類も味付けも違うけれどやっぱり自分で作った時よりも美味しく感じられる。それってつまり、おばさんが食べる相手のためにと考えて、丁寧に作っているからだと思う。


 ……あ。


 一個思いついたことがあって、もう一度カバンの中をあさる。取り出したるは巾着袋。

 それをお父さんに差し出してみる。


「余計なお世話かもしれませんが、これよかったら。そぼろ入りのおにぎりと、実家から送られてきた白菜の漬け物です」


 そぼろは市販品だけれど、米と白菜はおじさんが作ったもの、漬け物はおばさんが作ったもの。私はおにぎりの形を作ってラップで巻いて、漬け物を小さなタッパーに詰めただけ。


 私の貢献度は著しく低いけれど、直接人の手が入ったものだから美味しいはず。というか、おばさんの漬け物は冗談抜きで美味しい。売り物にしてもいいぐらいの出来だ。


 元々は休憩中に食べようと思って持ってきたものだったけれど、せっかくだから漬け物だけでもちゃんとしたものを食べてもらいたいと思ったのだ。私のおにぎりは何ならおまけぐらいの気持ちでお願いします。


 出したところで、お父さんは固まっていた。


 あ、まずかったかもしれない。勢いのまま出しちゃったけれど、馴れ馴れしすぎた。普通困るよね、最近親しくし始めただけの知人みたいな子から唐突に食事を手渡されるって。……重いよね、たぶん。


 ひそかに落ち込んだ。


 お父さんは戸惑ったように巾着袋を凝視していたけれど、「あ、ありがとう……」と受け取ってくれた。


「ありがとう……いやなんか嬉しいよ。最近は息子がちょっと厳しかったから……」


 じわりじわりとお父さんの顔がほころんでいった。あ、今の顔、菱川さんにすごく似ていた。

 とりあえずそこまでの迷惑ではなかったことでいいのかな。そう思うことにしよう。



 あと、一つ気になったのは菱川さんのお父さんへの態度。ちょっと厳しいって何だろう?


 


 

 


 


 

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