小さな謎はどこにでもある?
最近、バイト先に行くといつも気になってしまう商品がある。
それはパステルカラーのふわふわ耳当て。どこかのファッション誌とコラボした商品らしいのだけれど、色のバリエーションが原宿風味……えーと、若い子のおしゃれ最先端を行っている感じ。その特徴は何といっても、ネコミミとクマミミがついているということ。カチューシャではない。あくまで耳当てなのである。
黒のネコミミ付き耳当てを手にした私は考えた。……これを一体どんなお客さんが買っていくのだろうと。人選ばないかな、これ。おそらく商品ターゲットは若い女性……私も含んでいるはず(たぶん)。
でも、これを付けて外は出歩けない。なぜなら恥ずかしいから。菱川さんに見たいと言われてようやく、そそくさと付け外ししてみせて、後で半笑いで誤魔化しにかかる自信がある。
まあ、おしゃれな子や可愛い子はこの高難度なファッショングッズを使いこなせそうだなぁ、なんて思っていたわけだ。実際、買っていくお客さんも概ね予想から外れない。
実は似たようなシリーズで動物の顔の形のポシェットなんてものもある。ウサギとかパンダとか。こちらは小さな女の子がレジに持ってくることが多い。買ってさっそくバーコードを外してもらって肩にかけつつ、こちらに自慢するように同時に買った飴の小袋を一つ一つ入れていく女の子もいたりして、とてつもなく和む。大丈夫だよ、取らないよって教えてあげたくなる可愛さだ。
あと、こういう小さなお客さんの近くには親御さんがいて、大抵「お姉さんに『ありがとう』は?」と常套句のように言うのはどこでも同じである。
……君たち、お姉さんにありがとうというよりも、買ってくれたご両親に感謝すべきだと思うんだ。それ、100円よりちょっと高いやつだから。
全国の百均チェーンが永遠に抱える矛盾である。耳当てにしろポシェットにしろ、100円どころか、108円でもない。162円と216円なのだ。いいものは高くなるというのは古今東西どこも同じ。
たまにレジで「あ、これ百円商品じゃないんですか」と驚かれるのだけれど、はい、百円ではありません。
お客様には丁寧に説明させていただきます。新人バイトの三木梢です。最近研修バッチが取れました。大体週三から週四の夜に入っています。業務も大体覚えました。ぶっちゃけ前のバイトよりは断然心も身体も余裕があります。レジで近所のおじさんやおばさんに話しかけられても普通に会話できるようになりました。
「いらっしゃいませ。商品お預かりしますね」
かごに入った商品のバーコードを通しつつ、ふいに視線を感じてあげてみると、店の蛍光灯を反射するまばゆい頭の持ち主が立っていた。後光かと勘違いした。
相手も相手で、はっとした顔になる。
以前見た時はいかにも社長然としたスーツ姿だったけれど、今夜は分厚いジャンパーを羽織って、スエットらしいズボンと、もこもこサンダルを履いているような随分とラフな格好をしていた。頭頂部のバーコードが無くなってすっきりした反面、ちょっとだけ怖い感じもする。中学の体育会系の先生と言えばいいのか、叱られた時を考えたくない感じ。
菱川さんのお父さんとは最初にご挨拶してから会っていなかったので、私もどう挨拶したものか迷った。が、軽く頭を下げて、「こんばんは」と言ってみる。
「ああ……こんばんは。三木さんはここでバイトしているのか。気づかなかったな」
相手もにこやかに返してくれた。それだけでほっとした。心象はいい方に越したことはない。
ここでちゃんとしたお嬢さんだと思っていただかないと!
「はい。最近始めたばかりで」
俄然やる気が出たことは間違いない。店員スマイルで愛想よく。作業はスピーディーに。あっ、手を滑らせてさんまの缶詰落とした。すぐに拾ったものの、端のほうが少しへこんでいるような……あー……。
「も、申し訳ございません」
「いいよいいよ。すぐに食べるし」
お父さんはフレンドリーに許してくれるが、私の浅ましい目論見は木っ端みじんに砕け散ったことは確かだった。ただのそそっかしい小娘にしか思われなかったに違いない。落ち込む。
かごから次の商品を取り出して、レジに通す。あれ、結構まとめてかっていかれるのだなぁ。
缶詰、缶詰、レトルトカレー、レトルトカレー、パックご飯、パックご飯、パックご飯カップ麺……。
ジャーキー、ポテトチップス、アーモンド、チョコレート、するめ……。
最初にレジに通したサボテン型のキャンドル以外、皆食品ばかりだった。
そして缶詰はすぐに開封して食べるのだという。
……菱川さんのご家庭ってお母さんもいらっしゃったよね? 「菱川産興」の専務は菱川さんのお母さんだと聞いていたのだけれど。家で料理されない人なのかな? でもそれにしてもレトルト食品や缶詰ばかり。
私の疑問をよそに、お父さんは会計を終えると、私に「仕事頑張って。また来たら頼むよ」と言い残して去っていかれた。
「また来たら」? あの、企業の社長をされている人がそんな食生活で大丈夫なんですか。こんなお気軽に百均チェーンを御用達にしているものなんですか。
私の心の呟きはもちろん外に漏れることはなく、私と菱川さんのお父さんはその後、ちょくちょくバイト先で顔を合わせることになる。そのたびに大量に買っていかれるレトルト食品。
私の疑問は日々募るばかりだ。
菱川さんには相変わらずバイト帰りに高い頻度で家まで送ってもらっているので、帰り道の話のついでに聞いてみると、「あー、うん……」と慎重に言葉を選んでいる様子だった。
「たぶん、今夫婦喧嘩中なんだろうね。うちの母さん、親父と喧嘩すると食事作らなくなるから。昔から喧嘩すると互いに意地を張ってしまってこじれることも多くてね。きっと実家では二人とも家庭内別居中じゃないかな」
「それは……大丈夫なんでしょうか」
「まあ……いつものことだよ」
菱川さんがなにやら遠い目をしている。
「僕が一人暮らしをする前だと、僕にとっても困る話だったから、適当なところで仲介に入ったんだけれどね。もういい加減二人ともいい大人だから、息子がいなくともどうにかしてほしいと思っているよ」
その言葉から菱川さんの苦労が透けて見えた。「子はかすがい」を自発的に実践していたらしい。
うちの両親の場合は、喧嘩をしたところを見たことがないから想像しづらいけれど、子どもの立場からしたら大変なんだろうなぁ。
と、ここで初耳のことが一つ。
「……菱川さんって、一人暮らしされていたんですね」
薄々、していそうだなぁ、とは思っていましたが、やっぱり。菱川さんは、けじめだよ、と小さく微笑む。言い方に大人っぽさが漂っていた。
「また親父が来るようなことがあったらよろしくね。たぶん梢さんのこと気に入っているから、そんなに心配はしていないけれど」
実際気に入られているかは自信ないけれど、菱川さんにお願いされることなんて早々ないからちょっと嬉しい。
「わかりました。……じゃあ」
頷くころにはすでにアパートの前。名残惜しいけれど手を放す。菱川さんのコートのポケット内で繋がれたままだった手も冷たい風であっという間に凍えていった。小さく手を振る。
「うん、また今度」
離れて行く菱川さんも手を振り返してくれた。
その姿が角に消えてから後悔した。
やっぱりもう少しだけ長く一緒にいたかったな。




