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秋は変化の時かもしれない?

 気づけば彼岸花の季節が過ぎようとしていた。大学の構内でひっそりとしおれかけた彼岸花の一群を見ながら、ちょっぴりしんみり。色々不吉な花だとか根に毒があるとかと言われているけれど、紅葉よりもずっと早く目が覚めるような赤色を見せてくれるものだから、私自身は好きな花だったりする。


 そんなわけで、秋。クールビズの季節も終わり、長袖の服や上着をよく見かけるようになった。今年は残暑も厳しくいつまでも気温が下がらない感じもあったけれど、ようやく過ごしやすくなってきている。私は案外この時期の夜の空気が好きなので、たまに自室の窓を開け、ベランダでぼうっと過ごすことがあるぐらい。いい具合にお月さまが照っていると、なんとなしに見てしまう。ちょっと薄い雲がかかって、ぼんやりと光がかすんでいるぐらいが情緒あっていいんだよね。遅番のバイト終わりには、そんな月を見上げながら帰る。


 今のバイト先は菱川さんの店にも近く、帰りにその前を通る。大体私のバイトが九時半ぐらいに終わるので、店の前を通りかかるのはそれから少し後ぐらい。店のシャッターはまだ下りていないことが多い。明かりもついているから、きっと菱川さんも仕事をしているのだと思う。


 ……実は最近、あまり店にはいけていない。新しいバイトの研修中で、大学も始まってしまった。正直いって、そこそこ忙しい。昼間や夕方はいいとしても、夜に菱川さんに会いにいくのも迷惑かと思って我慢していた。


 店横の能面を見ないように意識しながら、少しだけ歩く足を緩めた。すると、ちょうどよく知る人影が出てきて、シャッターを下ろそうとして……私と目が合った。


「梢さん、今帰り?」


 菱川さんは薄闇の中でにこりと笑う。


「もしよかったら、ちょっと待ってて。送っていくよ」


 私が何かを言う前に、手早くシャッターを下ろして私の方にやってきて、手を繋いだ。しかも普通のつなぎ方じゃない。がっつり指が絡められた、いわゆる恋人繋ぎというやつだった。


「確か、家はこっちだったよね」


 菱川さんの声は優しげで。顔はいつものように聖母マリア様みたいで。……でもなんだろう。菱川さんがあまり私のほうを見ようとしない。口数も少なかった。手はしっかりと繋がれていたけれど、その視線がどうしても気になった。


「……あの、菱川さん。何かありました?」


 マンションの前まで来て、ようやく尋ねると、ううん、と間髪入れずに答えが返ってくる。マンション前のぼんやりとした照明の中、菱川さんは私へと向き直り、繋いでいない方の手を私の頬に伸ばした。


「梢さんも、そろそろ手を繋ぐのにも慣れてきていたよね」


 えっ、と思わず声を上げた私は悪くないと思う。慣れないでほしかったという意味なのか、それとも?

 私の頬をゆっくりと撫でる菱川さんの顔はわからない。頬を撫でられている時点で視界なんて狂ってる。心臓だってばくばくしているのに。


「怖がる必要なんてないよ。ゆっくり、一つずつ関係を進めるという約束は忘れてないよ。でも今日はもう少しだけ進もうか」

「それはどういう意味でしょうか……?」


 私の疑問とともに視界が暗くなって、温かいものに包まれた。私の肩辺りに菱川さんの頭がきて、菱川さんの両腕が私の身体に回る。夜風に混じって、ほんのりと菱川さんの匂いがする。

 ごめんね、と言われた。


「ずっとぎゅって抱きしめたかったんだよ。いつならいいだろうってタイミングを計っていたけれど、これ以上は無理だった。もうちょっと我慢できるかと思っていたけれどな。……しばらくちゃんと会っていないと、だめだね。一目見ただけで決意が揺らぎそうになるよ」


 苦笑しているような声が耳元のごく近くから滑り込んできて、身体がざわざわとした。

 菱川さんはややあって、身体を離した。私は思いもよらなかった展開にずっと目を白黒とさせていた。


 どうしよう。何と言えばいいのかわからない……。向き合いながら必死に考えたけれど、答えは出なかった。対する菱川さんは満足そうな顔を見せている。


「おやすみ、梢さん」


 遠ざかる背中をぼんやりと見つめていた私は思い知った。

 あの優しい菱川さんと言えども……狼であったのだ。不意を突いて襲われる。獲物の羊であるところの私は結局のところ狼が好きなので嫌がるわけではないけれど。ただ。


 次会った時どんな顔をしていたらいいのかわからなくなった。


 ほんと、薄暗くてよかったと思う。誰が見ているかわからないということもあるけれど……こんな尋常でないぐらいに熱を持った頬を菱川さんに見られずに済んだのだから。








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