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大事な約束をしませんか?

 

 先制攻撃が効いた、と思った。山田の巨体がかしいでいるのがわかる、精神的に。

 しかし山田、倒れない。


「お前はそんな軽いやつじゃなかったはずだ、菱川ぁー!」

「山田。春を見つけた友人に対して言うことじゃないってわかってる? 普通祝福するべきところなんだけれど。あと騒がしい。お客様の前で大声を出して。一応勤務中じゃないの?」

「そ、そうだった……」


 アメフトマッチョは慌てて周囲を見回している。お客様に見られていないかチェックしているようだ。


「だ、大丈夫そうです、店長……」

「そうですか。話はまた後でゆっくりと」


 菱川さんはそっけなく言って、今度こそ山田の横をすりぬけた。

 そういえば。私は菱川さんを見た。


「お昼休みじゃないのに、私の相手をしていてもいいんですか」


 んー、と少し考えている菱川さんは私の知る優しい菱川さんだった。

 この人は決して怒らせまい。心に決めた。


「多少は時間の融通が利いていて、一応お偉いさんの許可はとってあるからいいんだよ」

「お父さんとかですか」

「正解」


 店長の上の役職もよくわからないから、一番偉い人の名前を言ったら正解しました。……そりゃ、社長からオーケーでたならいいよね。


 お父さん。またそのうち話せるかな。話してみると結構面白い人だと思うんだ。まずは机の上にあるビスクドールの由来から聞きたい。


 二階には店舗スペース他、従業員用の休憩室もある。白い長机の上に電気ポットや電子レンジ、冷蔵庫やテレビがあるようなシンプルな空間だ。今は無人になっている。


 アイスを少し冷凍しなおしておこうか、という菱川さんの言葉に頷く。代わりに冷蔵庫に入っていた麦茶を一杯淹れてくれた。

 パイプ椅子を隣同士に並べて、一緒にテレビを見た。


「梢さんはどんな番組が好き?」


 二時間サスペンスの再放送を見ながら菱川さんが尋ねてきた。うーん、と迷う。本音か、建て前か。結局、本音が一番だよねって、私の脳内会議が決議した。


「韓国ドラマと、アニメが好きです」


 韓国ドラマは「君はポラリス云々」と言っていた眼鏡俳優が好きだった母親の影響。アニメは遅すぎる帰宅後、偶然リアルタイムで見てしまったらはまってしまった。どちらも新クール開始時に番組表でみると、ホームページで内容をチェックする程度には好きなんだよね。


 建前だったら、日本の月9ドラマを答える予定だった。さしさわりなかろう。


「菱川さんは?」

「僕は情報番組かな。どんなものが流行っているのか見るのは面白いし。でも半分仕事も入っちゃってるかも。あとはたまに洋画とかも見るかな。映画館まではなかなか行かないんだけれどね」

「へえ」


 画面の中では葬儀社の女社長が婚約者の医者と事件解決に奔走していた。いい加減この二人を結婚させてあげればいいのにと思うのだが、それがお約束ってやつなのかな。視聴者からすれば可哀想に見えてくるのだけれど。


「ごめんね」


 ドラマの登場人物が言ったのかと思ったら、菱川さんだった。一体なんだろう?

 事件解決は置いて、菱川さんの方を見る。


「アイス。山田があんなのだから先に梢さんに選んでもらっていたのに、それが裏目に出ちゃったから。山田にはちゃんと言っておくよ」


 ものすごく残念そうに言われるものだから、私は慌てて首を振った。


「いいんです! 抹茶味も好きだから! 本当です」

「そっか」


 菱川さんは小さく微笑むと、私の頭にぽんと手を乗せた。いい子いい子ってされた。大して何もしていないのに、甘やかされてしまっているなぁ。こういう時、ふわふわっとした幸せな気分だ。この時間が一番好きかもしれない。ネコみたいにごろごろ言っちゃいそう。同じくらいどきどきもしてるけど。


「そろそろアイスも冷えたかな?」

「そうですね」


 それからは二人でアイスを食べた。私は抹茶味。菱川さんはバニラ味だ。

 高級アイスは高級なりに美味しくて、私はスプーンを片手ににこにこしてしまう。

 菱川さんも、美味しそうに食べるね、と言いながら微笑んでくれて。


 食べ終わったら解散。菱川さんもお仕事があるものね。店の前で見送ってくれて、次会う約束もする。

 付き合うことになった時、菱川さんと大きな約束をしたのだ。


――一歩ずつ、ゆっくりと。進めていこう。


 私には恋愛経験が少ない。一度彼氏がいたけれど、遠距離だったからほとんど会わずに終わったし、たぶん場の雰囲気に流されて交際をオーケーしてしまったから、相手を好きだと強く思ったことはない。そもそも男女交際とは何ぞや、というレベルで解釈してもらったほうがいいぐらいだ。


 まだ学生だもの。大人の深い付き合いってやつはまだよくわかっていないと思う。いきなり関係を進められても困ってしまう。こちらの用意ができていないから。

 だから私の気持ちを見通したような菱川さんの言葉に頷いたのだ。


――じゃ、最初は手を繋ぐことから始めようか。……早く慣れようね?


 マリア様。手繋ぎと耳元囁きのコンボは反則だと思います。顔を赤らめた私が菱川さんを恨めしげに見上げたのは言うまでもない。


 実は今日、あれから初めて菱川さんに会う日だったのだ。

 順調に菱川さんにさようならした後、まだまだ明るい家路をうきうきしながら帰る。

 ふと思いついた。



 そうだ! 今日は鍋にしよう!


 夏なのに、とか言わないで。だって好きなんだもの。

 菱川さんと付き合ってから初めての週末はそんなふうに終わった。







 後日。菱川さんがお詫びにとまたレモンアイスを買ってきてくれた。その横には悲しそうに財布の中身を覗いているアメフトマッチョの姿。社会人なのに数百円をケチるなと言いたい。




 




 

主人公は酸味の効いたトマト鍋を食べましたとさ

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