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レゾナンス   作者: AQUINAS
第三章 ハンザ王国~政争~
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第九十三話 フォルカー湿原

「くっ、またか!」


「5人程手伝ってくれ!」


「おい、こっちもだ。」


「これじゃ背負い袋かつだ方がよかったんじゃないか?」


「グダグダ言ってないでやるぞ、3,2,1、引け~!」


 フォルカー湿原に巣食う巨大蛇の討伐にやってきたベルナー商会警備部門の長ゲオルクに率いられた一団は悪戦苦闘していた。苦戦の相手はCランク魔獣である巨大蛇ではなく湿原そのものだった。出来るだけ水気の少ない場所を選んで行軍していたのだが、数十分に1回は荷馬車の車輪が泥に嵌って動けなくなるのだ。そしてその度に冒険者たちが前から曳いたり後ろから押したりと救出に出張ることになる。


「今日だけで何回目だよ・・・」


 冒険者の1人の呟きが虚しく響く。食糧や野営道具などを荷馬車に積んでいるため、普段の冒険者活動より遥かに背負う荷物が少なく、比較的楽な行軍を予想していたのだ。それが実際は泥だらけになりながら荷馬車を救出すること10数回。彼らが不満を口にするのも仕方がなかった。


「もう少し行軍スピードを上げないと日暮れ前に野営ポイントまで着かないぞ。」


 ゲオルクは本隊とは切り離して先行偵察隊を編成しており、彼らからの情報で180名が固まって休憩や野営ができるポイントを選定していた。だが、予想以上に行軍速度が上がらず度々変更を余儀なくされていた。作戦期間は10日間と設定されているが、最悪ヘッセン侯爵とルード王子がギーセンの街に来るまでは延長出来るだけの食糧は用意してある。それでも索敵や戦闘以外でこうも予定が狂うとは思っていなかったのだ。


「ゲオルクさん、今日はここで休みましょう。明日の昼には湿原中央部に到達するはずですから一旦体力を回復させるべきです。」


 副官であるベルナー商会警備部門の男からの進言が出る。今日はすでにギーセンの街を経ってから5日。順調に行けば4日で到達できるはずのフォルカー湿原中央部へは明日の6日目にならないと到着しないことになる。ここまで一度も戦闘になっていないことを考えるといかに湿原が歩行に適さない状態になっているかがわかる。これでは仮に湿原解放に成功しても道を作るのは大仕事になるだろうし、巨大蛇と戦闘になった場合に足元を取られることは間違いない。ゲオルクは溜息が尽きなかった。それでも副官の進言を聞き入れて野営の準備を指示する。足元が悪いだけではなく体力や士気まで低下させるわけにはいかないのだ。


「それにしてもここまで1体も魔獣の姿を見ないとはどういうことだ?」


 150名の戦闘要員の中でも主導的立場の者たちが囲う焚き火では訝しむ声が上がっていた。街を発ってから5日目の夜、フォルカー湿原に入ってからも丸3日以上が経過しているのだ。一体の魔獣とすら遭遇しないとは予想していなかった。このフォルカー湿原全体で何体の巨大蛇が生息するかは誰にもわからなかったが、これまでの被害状況から考えて数十体以上はいるはずであり、いくら広大な湿原といえども捕食対象である人間が足を踏み入れて音沙汰がないことに違和感を感じていた。


「もしかしてここ数年人間が来ることが減って飢餓で全滅したなんてことはないよな・・・」


「確かにこの湿原は危険度の割に儲からないから冒険者もモノ好きしか来ないし、商隊は足場の悪さもあって近づかない。旅人だって迂回路の方へ回るだろうから有り得ない話じゃないさ。」


 肯定する発言も出るが、誰も本気にはしていない。なぜなら魔獣とはいえ元は蛇であり、ミミズやカエル、魚に鳥も食べるし時にはワニでさえ食べるのだ。そしてこの湿原はその名の通り水資源が豊富でありその手の動物はあちこちに存在している。飢餓の可能性はゼロに等しい。


「どちらにせよ全てを討伐するなんて無理なんだ。雑魚が出て来ないなら願ったりだろ?このまま最大個体を狙えばいいのさ。」


 ゲオルクの言葉に全員が頷く。彼らが最も恐れていたのは軽口で雑魚と呼んでも全長10メートルクラスである巨大蛇数体に囲まれたり、断続的に襲撃されることだ。相手はCランク魔獣であるし、地の利は向こうにある。下手に遭遇するよりは目的の最大個体だけと矛を交えられればそれが一番良いのだ。


「この幸運が続くことを願って寝るとしますかね。」


 Bランク冒険者が少しおどけた調子で言って立ち上がる。休めるときに休んでおくことも必要だとわかっているのだ。そしてゲオルクも商隊護衛で何度も野営を経験しているだけにその流れに乗って自らのテントに下がっていく。ゲオルクら主導的立場の人間はこの作戦の危険性を十分承知しており、出発の際は浮かない顔をしていたが、フォルカー湿原に足を踏み入れてからは少し心境が変わっていた。戦闘を生業とする者らしく戦場が近づいたことで高揚していたのだ。そして明日には最大個体がいるとされる中央部の沼に到達することもあり、出発前の不安や憂鬱8割から今や半分以上がやってやるぞという気概で占められていた。彼らがそんな思いを噛み締めつつ寝床に入った夜更けに異変が起こった。


「何かいるぞっ!」


 見張りに立っていた冒険者から大声が上がる。巨大蛇は夜行性であることが知られており十分な数の見張りが配置されていたことと魔道具ギルドから貸与された街灯にも使われている灯の魔道具が大量に点けられている事が幸いした。奇襲を受ける前に巨大蛇の襲来を仲間に知らせることが出来たのだ。


「襲撃ぃ!全員武器を持って集まれ!」


「ありったけの灯の魔道具を点けろ!」


 巨大蛇は夜行性であるとともに目が退化している。つまり視覚以外の手段で人間の動きを把握しており、暗闇だろうと関係ないのだ。そのため、夜目の効かない人間側は松明や魔道具を使って明かりを確保しなければ不利なのは地の利だけではなくなってしまう。ここに大輝がいればこの巨大蛇が生物の体温を感じ取る赤外線感知器官、通称ピット器官を唇に当たる部分に有していることを指摘して対策を指示できたのかもしれないが、残念ながらこの世界の住人であるゲオルクたちは知らなかった。


 それでも奇襲という最悪の事態に陥らなかったため多少浮足立ったものの襲撃による混乱は起こらなかった。そして戦闘が始まった。


「前掛かりになるな!まずは水中から陸地へ誘き寄せるんだ!」  


 フォルカー湿原に入ってから初めての戦闘ということで血気にはやって突撃しようとする盾持ちの男たちを制してゲオルクが声を張り上げる。ゲオルクはフォルカー湿原解放作戦を行うことに決まってから冒険者の勧誘だけをしていたわけではない。指揮官として戦うために過去の巨大蛇との戦いの記録を読み漁り、その生態や攻撃パターン、得手不得手を研究していたのだ。残念ながら資料が少ない上に自分の目で確かめた訳ではないために明確な勝利のイメージは描けなかったがそれでも指揮官としての役目を果たす。


「巨大蛇はその巨体ゆえに陸上での動きはそれほど機敏ではない!まずは牽制して釣れ!」


「「「 おぅ! 」」」


 ゲオルクに威勢よく返事をした前衛職の者たちが遠目から剣や槍で挑発を開始する。それを確認したゲオルクは次に魔法士と弓術士たちへと指示を飛ばす。

 

「奴がこの位置まで上がってきたらタイミングを合わせて一斉攻撃だ。魔法士は放つ属性を間違えるなよ!最も有効なのが火魔法なのは当然だが、土か風を使うなら広範囲より一点突破を狙え。奴らの表皮は見た目以上に硬いらしいからな!」


 的確かつ具体的な指示を飛ばすゲオルクに全員がキビキビと動く。だが、如何せん戦闘要員が150名もいる上に全員が展開するだけのスペースがなかった。足場のしっかりした場所の多くはテントが張られ、荷馬車が置かれているため全員が一斉に攻撃を行うことは出来なそうだ。そこでゲオルクは半数を周囲の警戒に回すことにした。すでに10名一組で組み分けを行っており、全15小隊に番号で指示を行う。


「9から15小隊は周囲の警戒に回れ!襲って来るのが1体だけだとは限らん!」


「「「 了解! 」」」

「しゃあねえ。今回の手柄は譲ってやらぁ」

「10、11小隊が右、12、13小隊が左、14,15小隊が後を担当しろ!」


 了解の声や武勇を披露出来ないやっかみに混じって副官が小隊ごとの警戒方向を指示している。彼もまた商隊護衛の指揮経験が豊富であり、特に盗賊が囮を使った後に奇襲を行うことがあるために全方位警戒には慣れていた。


「よし!釣れそうだぞ。」


 全長10メートル、直径1メートルを優に超える巨大蛇はその巨体の半身が泥水に浸かった状態で発見されたが、前衛職の者たちの挑発に乗ってゆっくりとその巨体を前進させていた。そこにゲオルクの注意が飛ぶ。


「上顎の2本の牙に注意しろ!弱毒とはいえ毒を持っているぞ!触れれば身体の動きが鈍るからな!」


 ゲオルクがギーセンの街で調べた巨大蛇の攻撃パターンや注意点はすでに警備部門、冒険者双方に共有されているが敢えて再度声に出して注意促す。


「あと10メートル引き寄せたら前衛は散開しろ!弓と魔法攻撃の準備はいいな!?」


「「「 おう!! 」」」


「一斉攻撃のあとは切り刻むぞ!だが注意しろ。奴らの身体の構造はオレたちとは根本的に違う。予備動作なしでも左右に身体を捻って体当たりをかまして来るらしいから気を付けるんだぞっ!」


 ゲオルクの言葉が断定的でないのは文献から得た知識しかないからだ。そして誰も具体的なフォローの言葉を発することが出来ない。150人の戦闘要員の誰もが初めて巨大蛇と戦闘するからだ。正確には冒険者の中には新人時代にお試し感覚でフォルカー湿原に侵入して巨大蛇を目撃した者が数名いる。だが、彼らは遠目に巨大蛇を見た瞬間にその巨体と威容に恐れをなして一戦交えることなく湿原から撤退したのだ。彼らは自らのプライドのためにその黒歴史を語る事はなかったし、今回はそのトラウマを払拭すべく参戦しているため有効なアドバイスをする余裕も経験もなかった。


「カウント行くぞ。3,2,1、散開! 弓、魔法攻撃開始!」  

 

「・・・猛り狂う炎、火槍炎撃!」


「・・・灰塵となれ、炎嵐!」


「・・・爆ぜよ、岩礫!」


「・・・不可視の刃よ切り裂け、風刃!」


 ゲオルクのカウントが短すぎたためかややタイミングがずれたものの、断続的な魔法と弓の攻撃が巨大蛇に殺到する。火の槍に嵐のごとく吹き荒れる炎の渦、火山から排出されたかのような無数の土礫、刃物が乱舞したかのような風の刃といった魔法と弓矢の殆どは的が大きいために巨大蛇に直撃する。


「「「 どうだっ! 」」」


 20人以上の一斉攻撃に勝利を確信した者たちから声が上がる。自分たちが作り出したとはいえ圧倒的な火力を目の当たりにして彼らの気分は高揚していた。だが、ゲオルクは確認に向かおうとする者たちを制止する。


「待て!視界が晴れるまで動くな。」


 無数の魔法着弾による衝撃で土埃が舞っているだけではなく、水気の多い地形のせいで炎によって霧が発生しており巨大蛇の姿が確認出来ないのだ。もし生きていれば不用意に近づくのは危険である。そしてそのゲオルクの判断は正しかった。次第に晴れていく視界の中に動く影を発見したのだ。


「まだ生きてるぞ!」


「前衛職は接近戦の準備!」


 あれだけの集中砲火を喰らいながら動く影を見て僅かな動揺が走るがすぐに戦闘態勢に戻る。


 土埃と霧が晴れた時に彼らの動揺は完全に収まった。その視界に移った巨大蛇は満身創痍と言う言葉がピッタリの状態だったからだ。矢の大半は硬い表皮に弾かれ、刺さった一部も今にも抜け落ちそうでダメージを与えているとはいえない状態だったが、魔法攻撃の効果はあったようで、表皮には多数の火傷の痕があり、ゲオルクの指示通りに一点突破を狙った土と風魔法は表皮を貫いてかなりの出血を伴う傷を与えていた。


「よし。行くぞっ!」


 ゲオルクが先頭に立って突撃する。そしてそれに遅れまいと次々と剣や槍を持った男たちが巨大蛇に殺到する。全力の魔法を放った魔法士たちと主に盾役を任される前衛職の者たちは一旦距離を取ってその戦闘を見守っている。今は攻撃力が売りの剣士たちの出番なのだ。


「っしゃぁ!」


「左右からも斬り込め!」


「もう10人以上回ってるよ。」


「っち、硬い。」


「傷口を狙え!特に出血している箇所なら刃が通るぞ!」


「「「 了解っ! 」」」


 30人近い男たちが巨大蛇に纏わりつく様に剣や槍を振り回している。中でも魔道具ギルドから貸与された魔法剣を使いこないつつある者の剣戟はかなりのダメージを与えている。だが、5分経っても巨大蛇は倒れなかった。巨大蛇がCランク魔獣に指定されている理由がそこにあった。今は多勢に無勢だから一方的に攻撃されているが、本来の牙による噛みつき攻撃と巨体を活かした締め付けは一度喰らえば並の冒険者にとっては致命傷となる程だが、もっとも注意しなければならないのはその生命力だ。


「っく、こいつには弱点はないのかよ!」


 悪態を吐く冒険者。彼がそう言うのも無理はない。鱗に覆われた表皮は恐ろしく硬いし、目に見える弱点がないのだ。巨体と個体差が大きい種類のために心臓や内臓等の位置が把握しづらく、一撃必殺を狙った刺突攻撃の狙いが定まらないのだ。そして目はすでに退化しているため目つぶしも意味がない。しいていえば口内が表皮に守られていないために弱点のように見えるのだが、上顎にある毒牙が脅威になってそうそうと狙えるわけではない。つまり倒すまでに時間が掛かるのだ。そして戦闘時間が長くなる程に攻撃を喰らう機会も増えてしまう。


「「 ぐわぁぁ! 」」


 右から攻撃していた者たちが予備動作が一切ない体当たりを喰らって数メートル吹き飛ばされる。


 蛇行という言葉は蛇がクネクネと曲がって這う姿から採られた言葉だ。つまり蛇はクネクネと身体を自在に曲げる事が出来る。それを利用して近づいてきた冒険者や警備部門の人間を弾き飛ばしたのだ。


「動きを予測できないってのは厄介だな・・・」


 事前に過去の記録からわかっていたことではあったが、実際に対峙すると印象も違うし対処のしようがないのだ。人は常に予測をする生き物だ。戦闘時には必ず相手の動きを視る。視線であったり、体重移動であったり、筋肉の動きであったりと見るべきポイントは沢山ある。相手が人間であっても魔獣であってもそれほど差がないと思っていたが、目の前の巨大蛇には過去の経験が通用しないのだ。目は退化していて視線を追えないし、身体の構造自体が異なる為に体重移動も筋肉の動きも読めないのだ。


「仕方ない・・・消耗戦は望むところじゃないんだが。」


 ゲオルクは有効な手段が思いつかないため人数差を利用して巨大蛇を少しづつ削ることにした。その判断に間違いはない。ただし相手が1体だけであれば。


「右から新手!」


「左も目視はできませんがなにかが近づいています!」


 

  





 

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