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レゾナンス   作者: AQUINAS
第三章 ハンザ王国~政争~
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第九十一話 ギルバートの野望

 魔道具ギルドギーセン出張所の長であるギルバートは魔道具店としては新興勢力であるカッセル魔道具店の流れを汲む人物であり、魔道具の元祖たるアース魔道具店を目の敵にしていた。もっとも、ギルバートのような考えを持つ魔道具職人は少なからず存在しており、新興勢力程その傾向は強い。彼らの主張によれば、アース魔道具店は『魔職の匠』の奥義を独占しており、自らの利のために魔道具の発展を阻害しているというものである。


 しかしそれは事実ではない。『魔職の匠』が公開してもよいとして残した秘伝書についてはとっくに魔道具ギルドに開示されており、ギルド員は一定ランク以上、つまり各魔道具店の店長クラスの者であれば誰でも閲覧出来るのだ。


 ではなぜアース魔道具店が奥義独占と言われるのか。理由は単純で、『魔職の匠』の流れを汲むアース魔道具店が最も多くの革新的技術を世に送り出しており、その利益が大きいからだ。これはひとえに職人たちの努力の賜物なのだが、一部の者たちの目には隠された奥義があるように見えるのだった。確かにアース魔道具店での徒弟制度と弟子への教育方針が『魔職の匠』によって形造られたものであり、ある意味では奥義なのかもしれないが、一番大きいのは『魔職の匠』への憧れや魔道具への情熱と志の高い者がアース魔道具店に集まりやすいことで結果的に大きな成果を挙げているのだ。


 そんなことには目を向けなかったギルバートは年末からの3カ月で集まった情報を元に大きく動き出した。この機会を活用すれば目の敵であるアース魔道具店を出し抜けるだけではなく、もっと大きな街のギルドマスター、いや、上手く行けば魔道具ギルドの中枢に君臨できるかもしれないとの期待を胸に秘めていた。危ない橋であることは承知でベルナー家に近づいたのだ。


「ホーグ様。そして皆さま。」


 ギルバートはホーグ・ベルナー名誉子爵が言い淀んでいる隙に切り込む。


「私は皆さまが結託してフュルト家を断絶させ、ベルナー家がそれに取って代わろうと画策していることを存じております。」


 ホーグを始め全員の顔が引き攣るのを見てギルバートはほくそ笑む。掴みは上々だと言わんばかりに。


「まずは勘違いなさらないように言っておきますが、私はそのことを口外するつもりはありません。むしろ皆さまを支援するつもりで魔道具の提供を申し出ております。」


 ギルバートの言葉に嘘はない。もし彼が敵対するのであれば脅すことはあっても魔道具の提供を申し出るはずがないからだ。だからこそホーグ・ベルナー名誉子爵を始めとする面々は続きを聞く気になる。もし魔道具の提供という行為がなければ問答無用で権力をもって投獄しただろうが。


「ギルバート殿はどこまでご存知なのかな?」


 いち早く態勢を立て直したホーグ・ベルナー名誉子爵が問う。


「ミッテル・フュルト子爵が横領したとされる金額がホーグ様の懐に入っていることは知っております。もちろん帳簿上はベルナー家にはその痕跡がなく、フュルト家には細工が施されていることも。なに、そんなに驚かないで下さい。私は魔道具ギルドの長なんですよ?高価な魔導具を購入してくださる貴族や大商人の皆さまの懐具合について詳しいからこそこの地位に就けた男ですからその位は帳簿を見なくともわかります。」


 ギルバートは平然と顔色を変えずに言い切った。それに対してホーグ・ベルナー名誉子爵側の顔色は悪い。


「つまり全部知っていて協力するというのだな。」


 さすがは親玉だけあってホーグ・ベルナー名誉子爵は凄みをきかせながらギルバートに確認を取る。だが、ギルバートの答えは予想と少しだけ違った。


「いえ。全てを知っているわけではありませんし、全面的に協力するつもりもありません。」


 真意を掴みかねる一同に畳みかけるギルバート。


「すでにお聞き及びとは思いますが、私はフォルカー湿原解放作戦が国益にかない、領民のためになると思っております。そして我が国は魔道具発祥の国であり、私は魔道具ギルドギーセン出張所の長です。魔道具とは人々の役に立ってこそだと思ったから協力を申し出ております。」


 ホーグ・ベルナー名誉子爵はここにきて綺麗事を並べるギルバートを忌々し気に睨む。ようやく彼が求めている立場を理解したからだ。ギルバートはベルナー家と一蓮托生になる気はサラサラないのだ。貴族や大商会の財政をある程度把握しているのは本当だろうし、ベルナー家が純然たる貴族家になるために色々画策していることにも感付いてはいるのだろう。だが、おそらく証拠となるモノは何も握ってはいない。せいぜいが状況証拠だろう。それでも取引しようと言っているのだ。ギルバートはベルナー家の不利となるような証言はしないし、フォルカー湿原解放作戦への魔道具の提供も行うから見返りを寄越せと言っているのだ。本来なら名誉職とはいえ貴族の端くれであるホーグ・ベルナー名誉子爵がそれに応じることなどないのだが、状況は切迫しており疑いを掛けられることは避けたいし魔道具の提供も取り消されては困るのだ。だから聞く。


「ギルバート殿はなにをお望みか?」


 苦虫を噛み潰したような顔で尋ねるホーグ・ベルナー名誉子爵に対してギルバートは作り笑いを浮かべたまま答える。


「ホーグ様のお力で触れを出して頂きたいのです。」


 またしても予想外の要求に胡乱な眼差しを向けるホーグ・ベルナー名誉子爵。てっきり高額な魔道具を買い取れとか魔道具作成に必要な材料の優先手配などを求めるものと思っていたのだ。


「ギルバート殿の望む触書の内容は?」


「そうですね。魔道具に関する情報提供の義務化です。もちろん情報の提供先は私が長を務めるギーセンの街の魔道具ギルドですが。」


「情報提供の義務化だと・・・」


 ホーグ・ベルナー名誉子爵は思案する。やって出来ない内容ではないが魔道具店からの反発が予想された。魔道具店はそれぞれが試行錯誤を重ねてより効果の高い、より魔力効率の良い、より便利な魔道具を作ろうと切磋琢磨しているのだ。そこへ強制的に情報開示を迫れば強烈な抗議が来ることは間違いない。だが、及び腰になった瞬間にギルバートが言葉を付けたした。


「魔道具店は免除です。あくまで情報提供は魔道具ギルド員以外の一般人を対象としてください。つまり貴族の皆さまや騎士団の方々も対象外です。」


 一気にハードルが低くなったことでホーグ・ベルナー名誉子爵の口も軽くなる。それがギルバートの最初は高く吹っかけてから相応の対価へと転じる交渉術だとは気付かずに。


「それなら構わないだろう。だが、ギルバート殿はいったいなにを狙っているのだ?」


 口が軽くなるとともに疑問に思ったこともすぐに出る。その問いに対してギルバートは一瞬悩む素振りをした後に答えを口にした。もし上手く行った場合には目の前の男は顧客になり得るし、主な納品先となる騎士団に顔つなぎを依頼することも出来ると判断したのだ。


「実は、今この街にある魔道具の製法を秘匿している冒険者がいるのです。」


「冒険者が魔道具の製法を秘匿?噂に聞くアース魔道具店の奥義のようなものを持っているのか?」


「いえ、私の得た情報では冒険者自身が考案した魔道具のようです。ですが、彼はその製法を誰にも明かさないそうです。」


 ギルバートはここで情報を絞った。彼の得た情報では、Cランク冒険者が『山崩し』対策に考案した爆発の魔道具で凄まじい威力を発揮したらしいが、その制作過程ではその冒険者の奇術が必須になるという。そしてその人物に自分は会っている。フュルト家からの紹介状を持っていたために即追い返したのだが、正体を知っていればそんなことしなかったのにと悔やんだ記憶が蘇る。だが、結果的にそれは幸運だったとも思っていた。なにしろ彼の者の正体を知ってからすぐに『魔職の匠』の秘密工房の管理人から連絡が来たのだ。最初はそんな閑職に飛ばされた者と面会するなど気が進まなかったが話を聞くにつれて自然と身体が前のめりになっていくのに気付かないほどだった。


 結論としてギルバートが導き出したのは、大輝という冒険者は魔道具の祖であり神である『魔職の匠』について何某かの情報を持っているということだ。食糧もないはずなのに廃坑に5日も籠もっていたことが秘密工房に辿り着いた可能性を示している。もしそうであればアース魔道具店へ仮入門してから僅かしか経っていないにもかかわらず爆発の魔道具を考案したのも頷ける。元から『魔職の匠』に関する知識を有しており、ノルトの街の危機に止むを得ず魔道具を使ってしまったのだろう。そこまで考えた時、もしその知識を自分のモノに出来ればと考えてしまったギルバートはもう止まらなかったのだ。だが、その結論をホーグ・ベルナー名誉子爵に話す訳にはいかないのだ。もし全てを知れば手柄を横取りされるのは目に見えているからだ。だから爆発の魔道具に興味があるという体は維持しなければならない。


「なるほど。ギルバート殿はその冒険者から新たな魔道具の製法を聞き出したいのだな。」


「はい。私は1人の魔道具職人としてどうしてもその知識を得たいのです。また、彼の者の考案した爆発の魔道具は騎士団や冒険者が喉から手が出る程欲する威力を秘めているようです。販売可能となったあかつきにはホーグ様に騎士団との仲介役になっていただければとも思っております。もちろんその際には相応の謝礼も・・・」


 敢えて利益をちらつかせるギルバート。余計な詮索をされる前に商人には利を提示するべきなのだ。半分は商人の血で出来ているギルバートは確信を持っている。フュルト家関連で深く詮索しないかわりに向こうも深くは突っ込んでこないだろうと。そして案の定ホーグ・ベルナー名誉子爵は何も問わなかった。


「いいだろう。ギルバート殿とはこれからも仲良くしていきたいからな。」


 双方が右手を差し出して握手を交わす。これで取引完了だった。2人は初めて心からの笑顔を浮かべている。


 ギルバートは権力と言う後ろ盾を持って大輝に迫れるという喜びを噛み締め、自らが出世の階段を駆け足で昇って行く姿を思い浮かべていた。すでに大輝が屈するのは確定事項なのだ。純然たる貴族と王族を除けば権力に屈しない者などいない。例えいたとしてもそれは愚か者のすることであり、魔道具を作成できる知能を持った者がそんなことをするわけがないと思っているのだ。


 一方、ホーグ・ベルナー名誉子爵も満足していた。フォルカー湿原解放作戦の難航が予想されていたところに大量の魔道具の提供があったことは嬉しく思っていたが、その善意を信じられるような性格ではなく、どんな裏があるのか疑っていたのだ。だが、蓋を開けてみれば魔道具職人の知識欲であり、しかも将来的に利益の得られそうな提案であったのだ。ベルナー家の野望を知られたことは不安ではあるが証拠を持っている様子はないし、ギルバートもこれ以上踏み込まないという姿勢を見せていることは安心材料だったのだ。


 そんな満足気な2人を天井の隙間から覗いていた大輝だけが凹んでいた。


(ギルバートの狙いはオレかよ・・・せっかく北方騎士団長が罷免されたらしいのに・・・)


 Cランク冒険者で爆発の魔道具といえば自分しかいないであろうことは疑いようがなかった。


(しかもそのせいでゲオルクがピンチになっちまったか。)


 大輝はゲオルクに程よいところで撤退すべきだと話をしてあるのだ。戦力的にみて明らかにフォルカー湿原解放作戦は無理があるからだ。そしてそのことにゲオルクも納得し、数匹仕留めたところで撤退するつもりであると言ってくれていた。だが、高価な魔道具を大量に提供されたことで簡単に引くことは出来なくなるだろう。おそらくは父であるホーグ・ベルナー名誉子爵が湿原の中央にある沼地にいるとされる巨大蛇のなかでも特別大きい個体を仕留めるように命じるからだ。全ての巨大蛇を討伐するにはかなりの時間が掛かる。だがらこそ最大級の個体を仕留めることで功績であると主張するつもりなのだ。


(確かに最大個体を倒せば注目を浴びるだろうし、その後の討伐へ人も集めやすくなるだろうな。)


 そうは思うものの、全長30メートルあると言われる最大個体の討伐はかなりの危険を伴う。一般個体ですら全長10メートル以上あり、Cランク指定なのだ。Bランク2名、Cランク12名、その他大勢では複数体を相手にするのは危険すぎる。自らに非はないとはいえ、自分が原因で引くに引けない状況に追い込まれることになるゲオルクに申し訳なくなる大輝。


 そんな葛藤に暮れている内にギルバートが退席し、ホーグ・ベルナー名誉子爵に近いメンバーだけが部屋に残っている。先ほどの会食には同席していた長男のアウグストと次男のゲオルクの姿もなかった。おそらくはここにいるメンバーがフュルト家追い落としの主要メンバーなのだろう。


「ギルバートが話しの出来る相手で助かったわい。」


「そうですね。税の横領の件がバレたのではないかと肝を冷やしました。」


「すでに帳簿の改竄を済ませているとはいえ心臓に悪いことには違いない。」


「フュルト家の奉公人の方はきちんと証言させられるんだろうな?」


「問題ありません。家族思いの者たちばかりだったので簡単でしたよ。」


 彼らは大輝が天井に潜んでいるのに気付かず、内輪の気安さで次々と悪事をばらしていた。ギルバートという本来仲間ではない人間が会食に加わり、一時は脅迫されるのではないかと怯えた反動が彼らの口を軽くしていたのだ。彼らは互いの悪事を披露することで仲間意識を高めている、もしくは裏切りがないか確認しているのだろう。しかし天井裏で聞いている被害者側に立つ大輝は怒りを抑えるのに必死だった。ちょっとしたはずみで魔力制御が外れてとんでもない量の魔力が威圧として照射される寸前だった。だがなんとか堪える大輝。


(以前フュルト家に仕えていた人たちは家族を人質に証言させられる予定なのか・・・そっちも助け出さないと・・・)

 

 聞きたい情報を全て得た大輝はそっと天井から離脱する。そして外出が禁止されている深夜の道を全速力で走り去った。

   

 



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