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レゾナンス   作者: AQUINAS
第三章 ハンザ王国~政争~
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第八十九話 覚悟

「ありがとうございましたっ!」


「お疲れ様。マーヤちゃんは随分飲み込みが早いね。」


「えへへ。そうかなぁ~」


「お兄ちゃんが嘘を吐いたことがあるか?」


「うん。あるよね?だって約束した日に帰ってこなかったもんっ!」


「ぐはっ!」


 大輝とマーヤの漫才を見てマルセルたちが微笑みを浮かべていた。通信の魔道具のレクチャーと魔力操作の初歩的な訓練を行っていた大輝とマーヤをずっと眺めていたのだ。


 昨夜は会合の緊張感でぐったりしていた彼らではあったが、一晩眠ったことで体力的にも精神的にも完全回復してる。食事事情が改善されたことやある程度の安全が確保された隠れ家があること、そして何よりもフュルト家の冤罪を晴らすために動き出しているということが彼ら本来の姿を取り戻していた。


「さて、みんな揃ってるようですから昨日の会合についてまとめましょうか。」


 大輝が嘘つきお兄ちゃんのレッテルを有耶無耶にすべくフュルト家会議を促した。


 本来であれば大輝は外様である。代々仕えて来たマルセル、当主と長い付き合いがありお抱え冒険者に近い立場のモリッツ、マーヤの家庭教師として雇われているレオニー、彼らに比べれば大輝はフュルト家の全権を握るべき当主ミッテルとの面識はないし、あくまでマーヤが臨時で雇った護衛の立場だ。しかもこの世界では17歳ということになっており大人たちを主導するには若すぎる。だが、昨日の海千山千の者たちを相手にしても一切動じず仕切ってみせたのだ。すでにマルセルたちは全幅の信頼を寄せており、すぐに席について大輝の話を待っている。


「いくつか気になった事があります。」


 大輝はそう切り出した。昨日の会合では大輝の知らない情報も多かったのだ。例えば今からちょうど1か月後の4月10日がヘッセン侯爵とルード王子のギーセンの街到着予定となったことがその筆頭だ。それも大切な情報であるが、大輝が気にしているのは別の情報だった。


「王都守護騎士団がギーセンの街に派遣されたことだな。」


 モリッツが答える。


「ええ。オレはよくわかりませんが、守護騎士団というからには王都に常駐しているものではないのですか?」


「基本的にはそうだ。だが、大輝ももう知っているだろうが、貴族は軍部とは切り離されているため、王国内に魔獣被害があれば彼らが派遣されることは珍しくない。それに、王族が出向く際には同行もするし時には先遣隊として派遣されることもある。」


「うむ。しかし魔獣被害の噂はないし、先遣隊としては時期的に早すぎる。」


 大輝の問いにモリッツが答え、マルセルが否定的な見解を述べる。そこにレオニーが予想を披露した。


「魔獣被害という範囲からは少し外れますが、ベルナー商会のフォルカー湿原解放作戦への援軍という可能性はあるのではないでしょうか。」


 巨大蛇が巣食うフォルカー湿原は余程無謀な者でなければ近寄らない。だから被害件数自体は毎年数える程なのだ。湿原を大回りするルートが一般的であり、その道程にある森の中で魔獣や盗賊の被害に遭う者の数の方が圧倒的に多い。そのため、騎士団が出張るとすれば森方面であるのが自然だ。しかし、巨大蛇が魔獣被害のカテゴリーに入ることもまた否めない。


「ホーグ・ベルナー名誉子爵がヘッセン侯爵経由で泣きつき、騎士団に援軍要請をした可能性はあるか・・・」


 もしヘッセン侯爵がホーグ・ベルナー名誉子爵を全面支援していればその可能性は有り得る。だが、それが意味するのはヘッセン侯爵がベルナー家と一蓮托生の仲であることになる。果たしてそんなことを大貴族がするだろうかと全員が疑問符を浮かべていた。


「うむ。通常では考えられぬが・・・」


「ベルナー家が侯爵家断絶まで視野に入るような弱みを握っていない限りありえないな。」


 マルセルとモリッツが結論を出す。


「可能性は低そうですが、頭の片隅には入れて置きましょう。それともう1つ気になるのが魔道具ギルドの動きの変化です。」


 フュルト家とはそれなりに交友があったにもかかわらず、大輝が紹介状を手に訪問した魔道具ギルドの長ギルバートは無表情ながらも大輝を厄介者として早々と追い返した相手だ。大輝はすでにベルナー家側に与したのではないかと疑っていたが、実際はそれほど強い結びつきはなかったと聞いていた。しかしながらベルナー商会のフォルカー湿原解放作戦に積極的な支援を行うと表明したらしいのだ。


「湿原解放は責務であると公言したらしいな。」


「参加する者たちに無償で魔法剣を始めとした魔道具を貸与するらしいですわね。」


「うむ。問題はなぜこのタイミングでベルナー家の作戦に肩入れしているか・・・」


 大輝と同様に3人もギルバートの行動に疑問を持っていた。まず無償というのがギルバートらしくないのだ。魔道具ギルドとは魔道具の研究促進の他に職人と魔道具の地位向上を目指して作られたものであり、そのため技術交流と資金集めを行う組織である。つまり商人ギルドに近い性質を持っているのだ。そしてギルバート本人は隠しているつもりなのだろうが、野心家であり地位と名誉と金に執着するきらいがある。そんな男と彼が率いるギルドが無償で貴重な魔道具を貸与するのは明らかにおかしかったのだ。


「何か裏がありそうではありますね。」


 大輝はゲオルクが冒険者が集まらないと嘆いていたことを知っている。どう考えてもフォルカー湿原解放作戦の成功率は低い。いくら魔法剣を始めとした魔道具が貸与されたとしてもそれだけで天秤を引き戻すまでは至らないだろう。であればギルバートには他に目的があると思うのは当然だ。高価な魔道具の多くが失われるかもしれないという危険を冒そうとしているのだから。


「うむ。念のためギルバートへの監視を強化するように要請しておこう。」


 会合ではフォルカー湿原解放作戦はノータッチとなっており、フュルト家への嫌疑や追加税等の圧政には無関係と思われるギルバート率いる魔道具ギルドギーセン出張所は緩やかな監視対象でしかなかったのだ。いくら裏稼業組織に渡りを付けているとはいえ動員出来る人数に限りがあることも理由の1つだが。しかしここにきて急激にベルナー家へと接近していることは見逃すわけにはいかず、会合から1日しか経っていないが急遽貴重な人員を一部割くことを決めたマルセルはすぐに通信の魔道具試作一号機で連絡を取り始めた。


 このマルセルの行動は大輝に違和感を生じさせた。そして良く見ればモリッツもレオニーも、そしてマーヤまでもが席につきながら妙にソワソワしている。早くこの場から去りたい、もしくは話を終えたいというような意図が見え隠れしているのだ。まるで大輝の『気になる事』がこれで終わることを願っているような・・・。


(まさかとは思うけど・・・)


 大輝が疑惑の目で4人を見渡す。マルセルは大輝の視線を感じて完全に背を向けて通信の魔道具に集中しているフリを通し、モリッツとレオニーは本人的にはごく自然に視線を逸らし、大輝的には明らかに視線が泳いでいた。そしてマーヤは・・・


「お兄ちゃん、そんなにマーヤのこと見つめちゃ恥ずかしいよぉ。」


 幼女なりの演技をしていた。いったいどこでそんな演技を覚えたのか小一時間問い詰めたい。


(間違いないな・・・)


 マーヤまで明らかに演技をしている以上隠し事があるのだろう。そしてその隠し事に心当たりもあったのだ。だからこそ大輝は内心溜息を吐きながらも思う。


(気持ちはわかるんだよなぁ。)


 マーヤたちフュルト家側の人間が昨日の会合において自ら進んで意見を述べたのは1回だけだった。そしてその意見は大多数の協力者たちの反対を受けたのだ。それでも意見を変えなかったマーヤたちと協力者たちはその問題を棚上げしている。先送りした理由は情勢を見極める必要がある、というものである。しかし彼女たちはどんなことがあっても強硬するつもりなのだ。


(オレでもそうするけどね。)


 大輝は心情的にはマーヤたちに理解を示している。自分なら確実にその意見を押し通すだろうことが確実だからだ。だが、大輝とマーヤたちでは決定的に違いがある。自らの身を守るだけの力があるかないかの違いだ。大輝は自惚れる訳ではないが、例え100人の警備隊のど真ん中に放り込まれても相手の生死を問わなければ生きて脱出するだけの知恵と能力があると思っている。それに対して4歳のマーヤを守りながらマルセルたちが全員無事に脱出するのは奇跡でも起こらない限り不可能だ。


(さて、どうするべきか・・・)


 マーヤたちが望んでいるのはホーグ・ベルナー名誉子爵糾弾の場に立ち会いたいというものだ。現在のところその場がどこになるのか不確定であるが、ギーセンの街中になることはほぼ確実であった。ということはマーヤたちも危険を冒して街に潜入する必要があるのだ。当然ながら協力者たちは大反対であり、全てが終わってからマーヤを迎えるべきだと主張していた。フュルト家の現当主であるミッテルの容体はようとして知れず、子爵として復帰可能か否かすら不明な現状で唯一の跡継ぎを危険に晒すことなど言語道断だという訳だ。


(協力者のみんなの意見も当然だよなぁ。大将たるマーヤを最前線に出すなんて避けた方がいいに決まってる。)


 大輝とてマーヤを危険に晒すのは反対である。一方でマーヤたちの心情もわかってしまうのだ。彼女たちは自分たちの目で終わりを見届けたいのだ。自分たちが陥れられた事から始まった問題でもあるし、全てを大輝以下協力者たちに任せっきりにすることを良しとしないのだ。そして今後のことを考えるとフュルト家の者が断罪の場に立ち会うことの意味も理解しているのだろう。命の危険がある事をわかっていながらも行くと決めているのだろう。


(ふぅぅ。やっぱりオレが覚悟を決めて同行するしかないな・・・)


 食生活の改善によってマルセルたちの身体は全快し、魔力操作の訓練によって以前にも増して戦闘力は上がっている。それでも彼らだけではマーヤを守り切れない可能性は高い。だが、そこに大輝が加われれば最悪の事態を招く可能性を大幅に下げられる。さらに、大輝が相手を斬る覚悟を決めればさらに低下させられるのだ。つまり相手を殺す覚悟が必要な護衛任務になる。おそらくそれだけの人数が敵に回るだろうから。


 大輝がマーヤの演技がかった声を黙殺してから数分、通信を終えたマルセルはすでに戻ってきており、不穏な空気に全員が沈黙していた。そこに大輝が沈黙を破って宣言した。


「ホーグ・ベルナー名誉子爵との対決にはオレが同行します。」


 





  

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