第八十八話 隠れ家での会合
フュルト家の冤罪を晴らすため、そしてギーセンの街とヘッセン侯爵領に平穏をもたらす為に集まった14名の協力者たちが一堂に会することは非常に困難を伴う。なぜなら低いながらも城壁に囲まれる領都ギーセンを出入りするには必ず城門にて警備隊へ認証プレートを提示しなければならないからだ。冒険者であれば問題はないが、ユングのような大きな商会の長は注目を集めやすいし、裏稼業の者は手を回してある警備隊の人間が担当している時間にしか出入り出来ない。さらにベルナー家やそれに近い家に仕えている者はそもそも街を出る理由をでっち上げないとならないのだ。そして彼らが同時に街を出れば戒厳令に近い措置を取って警戒しているホーグ・ベルナー名誉子爵に気付かれる可能性がある。
(まぁ、ここにいるメンバーは皆上手くやったんだろうけど。)
ここに集まっている者たちを職業で表すと商人、冒険者、裏稼業、奉公人、官僚と様々だが、大輝は彼らがどんな風に街を出るつもりなのかは事前に把握していた。ユングは隣街へ行く商隊に同行する形を取っていたし、裏稼業の者は一昨日から街を出ているはずだ。そしてベルナー家に仕えている者は実家の母親の見舞いという形で休暇を取っている。全員が街を出る理由も日付も異なっており尾行が付けられていない限り露見することはないだろう。そしてその尾行も大輝の気配察知スキルを掻い潜れる程のプロの諜報員でない限りは不可能だった。
(そろそろ頃合いかな?)
全員が椅子に座った後は簡単な自己紹介を挟んですぐに食事と歓談の時間を取ったのだ。そして多くの者がすでに食事を終えていた。本格的な話を始めるには良い時間だった。
「皆さん、よろしいでしょうか?」
マーヤの隣に座っている大輝が全員に声を掛ける。言葉遣いに難のあるマルセル、要領良く話すことの苦手なモリッツ、不慣れなレオニー、そして幼女マーヤでは荷が重いため大輝が司会進行および方針決定の任を担うことになっていたのだ。
「食事の前に自己紹介を済ませたとはいえ、まだ互いに遠慮がある事と思います。ですので、この場に限り、唯一皆さん全員と面識があり、フュルト家令嬢であるマーヤ様に雇われている私が進行を務めさせていただきたいと思います。」
大輝がマーヤに様付けした瞬間にマーヤ本人が一瞬顔を顰めた以外に大輝の言葉に異を挟む者はいなかった。マーヤとしては様付けは2人の距離が遠くなったように感じて嫌だったのだが、ここは公式の場であることを思い出して我慢したのだ。他の者たちが異論を唱えなかったのは、この場がフュルト家の呼び掛けで成立しており、4歳であるマーヤはともかく、彼らに協力を要請したマルセルたちが承認しているならば口を挟むことではないからだ。だが、それは表向きの理由だ。集まっている者たち全員が大輝こそが当主不在のフュルト家の意向を伝えて来た者であることを知っており、少なくともマーヤやマルセルたちに信頼されていることは知っている。そして大輝との面会も行っており、人となりも理解しつつあった。さらにいえば多くの者が独自の情報網で大輝の素性調査も行っており、『双剣の奇術士』と呼ばれる切っ掛けとなったノルトの街を襲った『山崩し』やその後の公爵家主催のパーティーでの余興試合、直近で言えば喫茶店でのベルナー家配下を一蹴したことも知っており、その戦闘力とフュルト家側についていることを疑う者はいなかったのだ。
「異議がないようですので早速始めさせていただきます。」
一同の顔に一切の拒否反応がない事を確認した大輝がまずは自分が集めた情報を開示していく。その際に協力者たちのメンツを潰さないように彼らが集めただろう情報と被らないよう細心の注意を払う。つまり自分しか知らないであろう情報だけを開示していくのであり、この場合はベルナー家の長男次男についてだった。
「つまりベルナー商会の長であるアウグスト・ベルナーと警備部門の長であるゲオルク・ベルナーは積極的に加担しているわけではないということか?」
「はい。それは間違いありません。本人たちから直接聞きましたので。」
「だが、奴らが大輝殿を欺いている可能性もあるのでは?」
「可能性がないとはいいません。ですが、私が場を制圧した状態で溜め込んだ心境を吐き出していました。そしてその際の彼らの発言に矛盾はありませんでした。」
大輝の報告に集まった協力者たちは懐疑的な発言や質問をぶつけた後で考え込む。彼らもベルナー家という一括りで考えており、息子たちが父であるホーグ・ベルナー名誉子爵のやり方に疑問を抱いているとは思っていなかったようだ。しばらくしてナール商会のユングが発言する。
「では彼らに被害が及ばないように配慮するつもりですかな?それとも我々側に引き込むつもりですかな?」
「確かに彼らが仲間となれば冤罪の証明も楽になるし、追加税の件も追及しやすくなる。」
「いやいや。ベルナー家の人間ですぞ!今は大輝殿の言う通りかもしれぬが状況次第で転ぶ可能性のある者たちなど信用できん。」
賛否両論が協力者たちから湧き出る。しばらくはその議論を聞いていた大輝だったが、平行線となりそうなところで介入する。
「マーヤちゃんやマルセルさんたちはどう思いますか?」
ついマーヤへの様付けが消える。やはり本人に話し掛けるのに様付けは違和感があったのだ。
「マーヤはね。悪い人はやっつけたいけど、可哀想な人は助けてあげたいかなぁ。」
大人たちの会話を全部は理解していないであろうマーヤだったが、大輝にとってはその答えは満点だった。そしてそれはマルセルたちも同じだったようで3人とも頷いて同意を示した。そして大輝が捕捉を加えながら同意を示す。
「マーヤ様の意見に私も賛成です。諸悪の根源はあくまでもホーグ・ベルナー名誉子爵です。そしてそれに積極的に協力している者たちは排除したいと思います。また、消極的とはいえ加担しているアウグストとゲオルクの兄弟を助ける義理はありません。ですが、どういう機会になるかはまだ未定ですが、償うチャンスだけは与えようと思います。」
「それは父ホーグを見限って我らの仲間に入るように水を向ける事でよいのではないか?」
兄弟を引き込むことに賛成していた男が発言するが大輝は首を振る。
「私から説得すれば彼らが参加してくれる可能性は高いと思っています。ですが、リスクが高すぎるのです。兄アウグストはフォルカー湿原解放作戦へ向けて大量の冒険者を雇う為の金策に忙しいですし、弟のゲオルクは11日後に迫った解放作戦の準備に奔走しており、その後はフォルカー湿原に遠征です。さらに2人とも周囲に大勢の取り巻きがいます。そんな彼らが証拠品となる帳簿や書面等を持ちだすことは出来ないでしょうし、万一ホーグ・ベルナー名誉子爵に感付かれれば計画自体が破たんしかねません。」
大輝はもっともらしい理由を付けるが本当の理由はここにいる協力者の意見が真っ二つに割れているからだ。まもなく大詰めを迎えるこの時期に内部がごたつくことは避けたいし、帳簿等の証拠品や証人については協力者たちの面子であれば自力で集められるとも思っている。彼らも自分たちの手でなんとかしたいとも思っているだろう。それに加えて大輝たちが全てをお膳立てするのではなく兄弟たちには自ら立ち上がって欲しいとも思っているのだ。
「そういうことなら仕方ない。」
「それに証人については目星がついているし、証拠となる物品についてもある程度場所は把握してある。」
男は引き下がり、裏稼業の者がさりげなく証拠の接収に自信があることをうかがわせる。
(これで兄弟たちについての布石は大丈夫かな・・・)
大輝は兄弟たちに悪意がないことをここにいるメンバーに知ってもらえればいいのだ。そうすれば無事に事を成した後に目の敵にされることはないだろうから。ひとまずの目的を果たした大輝は協力者たちへ次の話題を振る。ちょうど裏稼業の者から話が出たのは丁度よかったのだ。
「では話題にありました冤罪の証拠についての報告をお願いします。」
「はぁぁ。」
「ふぅ~」
「ほへぇ~」
大輝が会合が終わってそれぞれ散っていく協力者たちを密かに護衛しつつ間者が潜んでいないか確認の見回りを終えて隠れ家に戻ると、あちこちから力の抜ける声とも言いづらい音が聞こえていた。どうやらレオニーを筆頭に精神的に疲れが溜まっているようだった。
それもそのはずで昼食を兼ねて3時間程だと考えていた会合は結局日が沈むまで続けられたのだ。
「お兄ちゃんおかえりなさいっ!」
大人3人が椅子にもたれてだらしなく腕を下ろしているか、テーブルに突っ伏しているにもかかわらずマーヤは元気一杯であり満面の笑みであった。そして大輝に自ら淹れたハーブティーを差し出す。
「ありがとね、マーヤちゃん。」
心優しい幼女の頭を撫でてカップを口にする大輝。
「どぅお?美味しい?」
隠れ家に来てから覚えた給仕だがまだ自信がないのか不安そうな瞳で尋ねる。大輝の答えは決まっている。
「もちろん美味しいよ。」
「えへへ。やったねっ!」
マーヤがご機嫌なのは大輝に褒められたからだけではない。それは大人3人がダウンしているにもかかわらず元気なことと密接な関係があった。凄く嬉しいことがあったからだ。会合が上手くいったこともその1つだが、それ以上のサプライズがあったのだ。それは大輝が会合の後半に明かした通信の魔道具の存在であり、その内の1セットを大輝とマーヤ専用にすると約束してくれたのだ。そのためには初歩的な魔力操作の訓練が必要になるのだが、近いうちにいつでも大輝と通信出来るようになるので嬉しくて仕方ないのだ。
「明日はマーヤにこれの使い方を教えてくれるんだよね?ね?」
マーヤが大輝の膝の上に登って向かい合わせに座って期待の眼差しを向ける。その手には直径20センチ程の巻貝のようなものが握られている。このアンモナイトのような巻貝が通信の魔道具なのだ。この通信の魔道具の性能は携帯電話程高くなく、トランシーバーというのが最も適切な表現だ。ただし、一般的なトランシーバーが送信と受信を同時に出来ず、スイッチを押すと送信、放すと受信に切り替わる単信式であるのに対して、この魔道具は電話並みにスムーズな会話が出来る点が異なる。
だが、この魔道具には致命的な欠点があった。盗聴の可能性だ。『魔職の匠』の実験記録によれば、組み込まれた魔法陣の中に音声を送受信する表意文字があるのだが、その文字を刻んだ通信の魔道具全てに音声が流れる仕組みなのだ。つまり、複製出来れば盗聴し放題、され放題となる。もっとも、現在では失われた技術であろうし、大輝以外にこの通信の魔道具を所持している者が他にいる可能性は低く、逆にこの機能を活かして全体に一斉送信することで指揮系統を強化出来るというメリットもあったが。
「そうだね、明日からはマーヤちゃんにこの魔道具の使い方を教えよう。あとは魔力操作の訓練もね。」
「うっしっし。早く明日が来ないかなぁ~」
マーヤはご機嫌で大輝に抱き着く。大輝としてもマーヤに通信の魔道具を渡すことで危急の時に駆けつけることが出来るようになるし、情報のやり取りも容易になるので望むところであった。当然マルセルたちにも使い方を教えるつもりだ。
ちなみに大輝は協力者たちにもこの魔道具を貸与という形で配っている。実験記録よると試作一号機に当たるもので、秘密工房の倉庫に大量に積まれていた。今後のメンバー内の情報共有や証拠奪取作戦に有益だと思ったための供出である。当然これだけの貴重な魔道具を目にしてその出処を聞かれたが、機密情報であることを理由に大輝は詳細を語らなかった。半数以上の者が『魔職の匠』の遺産であることに気付いていたようだったが、誰もが口外しないことを了承して通信の魔道具を受け取った。
(試作一号機は協力者とフュルト家側へ、試作二号機はマーヤ専用。改良一から三号機はしばらく出番なしでいいよな。)
通信の魔道具は『魔職の匠』も力を入れていたようで5種類が作られていた。それぞれが微妙に異なる魔法陣で作られておりその機能にも違いがある。だが、今回協力者用とマーヤ用で分けたのは機能の差というよりは安全対策であった。5種類の通信の魔道具はそれぞれ通信系統が異なるために互いの音声を拾うことが出来ないのだ。協力者たちが裏切るということは心配していないが、万一捕えられて通信の魔道具を奪われた場合にマーヤとのホットラインだけは生かしておこうというものだった。
保険は多いほどいいのだ。