第八十六話 秘密工房
ギーセンの街の宿屋で一息ついた大輝はいつもの姿を取り戻していた。つまり頭の中で廃坑攻略の手段を考えていたのだ。
(まず、あの魔法陣を解読するっていうのは無理だよな。)
一番確実なのは魔法陣を読み解いて無効化するなり発動しない条件を探る事である。だが、大輝はこの案をすぐに却下した。理由は2つ。『魔職の匠』が作ったという魔法陣を素人に毛が生えた程度の自分が解読出来ないだろうということ。もう1つは時間の問題だ。仮に解読出来たとしても魔道具の神とも祖とも言われる人物の魔法陣が相手では相応の時間が掛かるはずである。だが、すでに3月になっており時間的猶予はないのだ。
(そうなると強行突破か・・・でもあの痛みに耐える自信なんてないしな・・・)
大輝は昼間の出来事を思い出す。大輝としても可能であれば記憶を封印したいような体験だったがそれでも手掛かりの1つでも欲しいことで我慢しているのだ。そしてふと違和感に気付いた。
(ん?そういえば、魔法陣に着地する前に痛みに襲われなかったか?)
強化された大輝の記憶力に間違いはないはずだ。それによれば確かに大輝は魔法陣に接する前に猛烈な痛みに襲われていた。極小の跳躍であったために滞空時間は僅かであったが、その僅かな宙を舞っている最中に痛みに襲われて悲鳴を上げた記憶があるのだ。そして辛うじて足からの着地を決めたものの、そのまま翻筋斗打ってのたうち回ったのだ。
この事実は大きい。魔法陣に触れていないにもかかわらずその効果が発揮された証拠なのだ。つまり大輝は看破出来なかったが、あの部屋の魔法陣は起動していることになる。
(そうなるとリルが装備してたような魔法士ご用達の魔力抵抗素材を噛ませるって案はダメだな。)
魔法陣は魔力に反応して起動するという常識を利用して起動自体を無効化しようと考えていた大輝だったが、魔法陣がすでに起動しているのであれば意味がない。もっとも、魔力抵抗効果のある素材といっても完全に魔力を遮断できるレベルでは到底ないため、大輝が全身防御のために全力全開で魔力展開していれば確実に魔法陣に魔力が流れてしまうのだが・・・。しかしこの考えは大輝に大きなヒントを与えることになった。
(魔力抵抗!?あれ・・・オレ、痛みに襲われている時に威圧感を感じてたっけ?)
猛烈な威圧感に抵抗するために体表に全力全開の魔力を張り付けていた大輝。それでも魔除けの魔道具以上の違和感を感じていたのだが、魔道具化された扉の位置を越えた瞬間にそのことを忘れていたのだ。
(あの痛みのせいでそっちに気が回らなかった?・・・いや、違うな。痛みのせいで気が遠くなって一瞬纏わせる魔力量が落ちたはずだ。それで慌てて再度出力を上げた・・・だけど防御に回す魔力量が減っても猛烈な威圧感は襲って来なかった・・・)
気は進まなかったが何度も痛みにのたうち回ったあの辛い記憶を掘り起こして確認する大輝。そして確信を得る。
(やっぱりそうだ!となると・・・)
それからしばらくの間微動だにせず考えに耽っていた大輝がわずかに口角を上げてニヤリと笑みを浮かべる。その眼は爛々と輝いており闘志に溢れていた。
翌日、大輝の姿は再び『秘密工房はここに!?』の看板の前にあった。昨日同様に管理小屋で記帳を済ませ、小さな背負い袋1つの軽装で早速廃坑に潜る大輝。その背後では管理人の男が昨日生気のない表情で出てきたにもかかわらず意気揚々と再挑戦に向かう者へ胡乱な眼差しを向けていた。
大輝はケイブバットに指揮された蝙蝠たちや同じく廃坑に巣食うケイブスパイダーを鎧袖一触とばかりに蹴散らし目的地へと猛進していた。攻略の糸口を掴んだことで気分が高揚しており、生理的に受け付けない蜘蛛の大軍を見ても躊躇なく切り込んで行く程であった。
大輝はこれでかなりの負けず嫌いなのだ。それに加え、やれれたらやり返さなければ舐められ蹂躙されるということを身を持って体験してきているだけに本来の目的とは別に攻略に燃えていたのだ。
そして僅かな時間で地図でいうところのレ点、つまり違和感の発生地点へと到達した。
「よし!ここからが勝負だ。」
まずは軽く体表に魔力を纏わせ、違和感に対する抵抗力を高める大輝。この地点ではまだ全力全開の魔力は使わない。仮に大輝の作戦通りに魔法陣の刻まれた部屋を攻略できてもその先に新たな障害が立ちふさがる可能性があるのだ。魔力は温存するにこしたことはない。そして今回はガーランドに贈られた上級魔法士1人分の魔力を蓄積できるレオリングも装備してきている。普段は衆目を集めないためにも虚空に収納していたが廃坑に入ってからはすでに左手の中指に装備済みだ。大輝の本気具合がそれでわかる。
「あそこからだな・・・」
昨日圧倒的強者の威圧感を感じることとなった地点の手前で一旦停止した大輝が呟く。そして身体を弛緩させてから全力全開の魔力を体表に纏わせる。そして一旦下がってから助走をつけて一気に走り幅跳びの要領で跳躍した。踏切ポイントは威圧感を感じる地点のわずか手前。少しでも攻略に掛ける時間を稼ぎたい大輝の苦肉の策だ。
「っぐ!」
踏み切ってすぐに強烈な威圧が大輝を襲う。だが一度体験している大輝には予想通りであり覚悟の上である。態勢を崩すことなくそのまま空中で姿勢を保ち、地球でなら走り幅跳びの世界記録を倍近く更新する距離を稼ぐ。さらに両足で着地すると慣性に従って前転を繰り返してさらなる距離を稼ぐ大輝。
「よっしゃ!」
推進力が失われ前転を終えて立ち上がった大輝は満足する。昨日50メートル進むのに10分以上掛かった道のりだが、僅か数秒で30メートル以上の距離を進んだのだ。結果、3分強で巨大な魔道具化された扉の前へと辿り着いた。
「ここまでは順調・・・さて、扉を開けましょうかね。」
他者に先を越されないために撤退の際に念のため閉じて置いた扉の把手に触れる大輝。大輝の魔力を感じ取った扉が開錠音のあとは音もなく開いていく。そして昨日撤退の憂き目にあった魔法陣が大輝の目の前に姿を現した。それを親の仇とばかりに睨みつける大輝。それも仕方のないことだった。護身術というにはかなり過剰な武術を身に付けなければならず、それでも3度の骨折と2度の刀剣による切創を経験し、それでも悲鳴を上げなかった大輝ですら竦んでしまう程の激痛を与えた憎き対象なのだから。
だが、大輝はそれに挑む。
「まぁ、真正面から激痛を受け止める気はないけどね。」
その通りだ。ヒントはこれまでに沢山あったのだ。
ここを拠点としたのが魔道具の神とも祖とも言われた『魔職の匠』であるということ。
ここがその『魔職の匠』の秘密工房と呼ばれているということは研究施設であろうこと。
魔道具とは魔法陣を刻んだものであり、その魔法陣とは魔力を源として起動するものであるということ。
そして第三のトラップとも言えるこの魔法陣の目的は何かということ。
そこに昨日体験したこととその際に感じた違和感を総合することで攻略への確信へと繋がった。
「タイミングさえ外さなければあの痛みを味わうことなくこの部屋は通過できるはず。仮に少しずれても一瞬我慢すればいい・・・」
本音を言えば一瞬たりともあの痛みを再びこの身に受け止めたくなどないのだが、そこはすぐさま対処出来るからと自らに言い聞かせる大輝。そして決心が鈍らないうちに行動を起こす。
「ふぅ。」
魔法陣の刻まれた部屋の50センチ手前で深呼吸し、開ききった扉から魔法陣へと一瞬視線を向ける大輝。そして僅かに両膝を曲げ、1メートル程前へと向かって軽くジャンプする。身体が宙に浮いた瞬間に地面と垂直になるように背筋を伸ばし、両手両足を地面に向かって真っすぐに伸ばす大輝。
大輝は身体が魔道具化された扉のあった位置、すなわち廃坑と部屋の境界線上を通過する瞬間に強烈な威圧感に抵抗するために体表に纏っていた魔力を解除した。
(どうだっ!?)
下手をすれば威圧と痛みの2重苦に陥り、例え大輝であっても気を失う危険性がある。そうなれば死の危険がある。当然ながらその可能性は限りなく低いと結論を出したからこその挑戦なのだが大輝の全身は冷や汗を掻いている。
ットン
大輝が足から地面に着地する乾いた音が室内に聞こえた。片膝をついてまるで臣下の礼を取っているかのような姿勢になったまま動かない大輝。5秒、10秒と身じろぎしないまま時間が過ぎる。
「よっしゃぁぁぁ!」
突然立ち上がって天に向かって拳を突き上げて絶叫する大輝。第三のトラップとも言える激痛をもたらす魔法陣を攻略した喜びに沸いた瞬間だった。ひとしきり喜びを噛み締めた大輝はようやく周囲を見渡し、自身の立っている魔法陣を見る。
「やっぱりそうだったか。」
大輝はこの部屋を手術室に入る前に必ず通る前室のようなものだと考えたのだ。一般の建築物でいえば埃や冷気、暖気を遮断する風除室のようなものだ。そしてこの秘密工房の場合に遮断するのは魔力だ。なぜかといえば魔道具の基本が魔法陣を使うことであり、その魔法陣は魔力に反応するからだ。『秘密工房』では当然魔法陣の研究や実験が行われていたはずであり、その暴走を防ぐためには魔力を供給しないことが最も効果的であるのは間違いない。もちろん実験の際には魔力を通さざるを得ないため実験室には別の仕掛けがあるのだろうが、この部屋は工房の主である『魔職の匠』が自らを戒める為、もしくは魔力を完全に遮断する魔力操作技術を鍛錬するために作られたのだろう。侵入者排除の目的もあったのかもしれないが・・・。
いずれにせよ大輝はこの部屋を制した。この先に似たようなトラップがないという保証はないが、前進したことには変わりなかった。そして大輝は正面の扉へと目を向ける。
「この扉は素材こそ認証プレートや手前の扉と同じだけど魔法陣はないな・・・」
簡単なチェックの後、大輝は慎重に扉を開ける。把手を握っても、扉を開けても何も起こらなかった。そして目の前には20畳ほどの空間が広がっていた。そこには大輝がマーヤたちのために用意した洞窟の隠れ家と同じような光景があった。土魔法で作り出したと思われるテーブルや椅子、そしておそらくはベットと思われる台に調理台や水瓶、机に書棚までが土を成形して固められていた。明らかに居住空間だった。
「ははっ。考える事は一緒か。」
大輝は腰に差していた灯の魔道具をテーブルの上へ乗せて内部を見て回る。まずやることはトラップの有無の確認だ。すでにかなり痛い目に遭っている大輝は大丈夫だろうと思いながらも入念に隠された魔法陣が無いかを調べていく。そして安全であることがわかると椅子に腰かけ、虚空から飲み物を取り出す。その際に魔力を使うことから僅かな緊張をしたが前室のような激痛が襲って来ることはなかった。安堵とともに乾いた喉を潤す大輝。第一のトラップに挑んでからたいした時間は経っていないが緊張のあまり喉がカラカラだったのだ。
「ふぅ。生き返る。」
ここにきてようやく数百年に渡って人間たちを寄せ付けなかった『魔職の匠』の秘密工房内部へと到達した実感が湧いてきた。おそらく今の世にこの工房へ到達できるのは大輝を除けば6人だけだろう。侑斗たちがあの強烈な威圧感に耐え、激痛をもたらす魔法陣の意味に気付けばの話だが。
「う~ん、あいつらだとちょっと厳しいか。」
大輝の彼らに対する評価は低い。一郎と二郎の粗暴さ、侑斗と拓海の能天気さ、志帆の虚勢、七海の流されやすさと縋るような目つき。一瞬それらを思い出し、大輝と別れた時点での彼らでは秘密工房の内部に入る事は出来ないだろうと思った。もっとも、この秘密工房に危険を冒してまで入る価値があるかどうかはこの時点では大輝にもわからなかったのだが。
「さて、そろそろ秘密工房に秘密があるのかを確かめないとな。」
大輝が立ち上がってこの秘密工房の全体像を把握するために全ての部屋を見て回った。その際に魔法陣を始めとしたトラップが存在しないか入念なチェックを行ったのは当然だ。だが、その懸念は杞憂に終わった。秘密工房はトイレや浴室等の小部屋を除けば前室、居住空間、書斎、実験室、倉庫の5区画で構成されており、そのどこにもトラップは無かった。
そして嬉しいことに残されている物が結構な数あったのだ。最悪もぬけの殻で得るものがないことも覚悟していた大輝には非常に有難かった。そしてこの秘密工房に物が多く残っている理由に思い当たった。簡単な理由だ。現代の引っ越しのようにトラックみたいな運搬手段がないのだ。人の手で持てる範囲、もしくは馬車に積める範囲でしか持ち出しは不可能だ。虚空のような大容量を収納できるアイテムを持っている大輝が例外なのだ。そして後に『魔職の匠』と『救国の魔女』の合作によって生まれたと言われる「アイテールシリーズ」と呼ばれる時間こそ止まらないが大容量を収納できる魔道具が世に知られているが、この秘密工房を立ち去る時には存在しなかったのだろう。そして「アイテールシリーズ」を作成出来る頃にはこの秘密工房にあるような物は不要であり、鉄壁ともいえる防御の中に封印したのだと思ったのだ。
『魔職の匠』には不要でも大輝にとっては違った。まだ魔道具についての理解の浅い大輝には宝の山だったのだ。書斎で見つけた書き残された書物に、倉庫に眠っている魔道具の数々。大輝は寝食を忘れてそれらに飛びついた。元々知識欲旺盛な大輝はそれから5日間をこの秘密工房で過ごすことになる。管理小屋で廃坑に入る際に記帳をしたことを忘れたままに・・・。




