第九話 鍛錬と内定
異世界45日目。大輝は与えられている自室で認証プレートを確認していた。
(うん、変化ないな。)
当初の予定では30日目から自身のスキルを確認し使いこなす訓練を行う予定であったのだが、2週間以上先延ばしにしていた。初日に謁見の間で解析スキルを発動させたり、魔力を乗せた威圧を使ってしまったからなのか、師匠の情報が間違っていて肉体へのスキル定着が遅れていたからなのか、その原因はわからなかったが、30日が経っても認証プレートに表示されるスキルの増加が止まらなかったのだ。新規のスキルが表示されることもあれば、既存スキルのレベルが上がることもあった。しかし、40日目にそれが止まり、一応5日間様子見してようやく今日から本格的に宮殿を出る為の準備を始めることとした。
スキル。言葉通り、技能だ。剣術、火魔法、解析、威圧・・・いったいいくつのスキルが存在するのかは師匠ですら知らなかったが、一般的に『特定の分野に優れた能力を習得』した場合に認証プレートに表記されると言う。習得の方法は、天性であったり、長い修練の末であったり、特定の条件をクリアした場合だったり、気付かぬうちにいつの間にかといったことまで様々だ。
認証プレートには、剣術4、火魔法3等と記載される。数字は各スキルのレベルだ。1から10までの10段階に分かれていると言われ次のように呼ばれている。
1・初心者
2・見習い
3.初級
4・中級
5・上級
6・一流
7・超一流
8・達人
9・超越者
10・神
剣術等の武器術系を例に挙げると、兵士でレベル3、騎士で4~5、騎士隊長で5以上、騎士団長で6以上が基準といわれる。レベル8になると大陸で数人、9,10は過去異世界人や英雄と言われた数人しか確認されていない。
また、ばらつきはあるものの、一般人はスキルを3つ前後、騎士や冒険者等の戦闘職は7~8個、名のある人物であれば10個以上スキルを保有していることが多い。
ただ、必ずしも高レベルのスキルを持っていれば強い、もしくは優秀とは言えなかった。
技能は使いこなせてこそのものなのだ。そのことを覚えて置かないと足元を掬われて命を落とす可能性がある。それがアメイジアの世界だった。
そして、それを身をもって体験している者が旧壁内の練兵場にいた。
「だぁっ!」
気合一閃、侑斗の刃引きされた両手剣が空を走る。その剣筋は鋭い。剣を初めて持ってから1か月とはとても信じられないくらいだった。だが、それでも相手に当たる事はなかった。
「いきなり大振りしても当たらんぞ!」
相対する騎士が袈裟懸けに振るわれた剣を軽く受け流し声を掛ける。あくまで受け徹し侑斗に攻めさせている。
斬り下し、斬り上げ、横薙ぎ、考えうる限りに剣を振るう侑斗だったが、その全てを受け止め、流され、躱される侑斗。10分以上打ち掛けていたが結局掠りもしなかった。
「よし!そこまで!」
「ありがとうございました!」
侑斗は悔しさをかみ殺して挨拶をすると仲間たちの元へ戻る。ちょうど拓海も戻ってきたようだ。
「今日も一本も取れなかったよ。」
「侑斗もか。オレも全然ダメだった。」
乱していた呼吸を整えながら互いに愚痴る。それも当然だった。侑斗は現在剣術5、体術4、拓海は盾術5、体術4を持つ。それに対して、侑斗の訓練相手を務めてくれた騎士は剣術4、体術3、拓海の相手は槍術3、体術3だった。持ってる能力では異世界人の方が有利だったのに、実際は完敗だった。
「侑斗、拓海、ちょっといいか?」
「「ネーブル団長!」」
この訓練を監督する第3騎士団長ネーブルから声が掛けられた。
「まあ、落ち込むな。二人とも兵士相手なら十二分に戦えるじゃないか。」
「でも、騎士のみなさんには歯が立ちません。」
「あはは。いくら異世界人相手とは言っても、武器を持って1月の相手に負けては騎士を名乗れんからな。」
「それはそうかもしれませんが、スキルでは僕らの方が有利なのに全然ダメで。」
「うむ。そこは経験の差だな。攻撃の組み立て方、フェイント、先読み、そういった技術がスキルを凌駕することはよくあることだ。こればかりは経験を積み重ねなければならない。そこでだ。近々帝都北東の森に魔獣駆除へ行く我ら第3騎士団に同行してみないか? 駆除対象はフォレストドックの群れだ。フォレストドックは1対1なら兵士でも対応可能な位の強さだが、2人にとっても良い経験になると思うのだが。」
初の実戦への誘いに一瞬返答に詰まる2人だったが、
「志帆と七海にも相談してからでいいですか?」
「もちろんだ。魔法隊からも応援が来ることになってるから、4人一緒の参加を期待している。返事は明日にでもしてくれ。」
そう言って訓練に戻っていった。
現在、侑斗と拓海は騎士団での訓練8、魔法隊での魔法訓練2の割合で、志帆と七海はその逆で体術主体の訓練2、魔法訓練8の割合で毎日のように鍛錬を積んでいた。前衛と後衛の違いだ。そしてそれぞれの訓練が終わり、4人が迎賓館の侑斗の部屋に集まっていた。
「参加すべきよ!」
魔獣駆除参加を主張したのは志帆だった。
「侑斗も拓海も経験が足りないって言われたんでしょ? それなら行くべきでしょ。」
「わ、私も行った方がいい気がします。座学だけじゃわからないことが多いですし、今回はほとんど危険がないってルーデンスさんも言ってましたし。」
侑斗と拓海だけではなく、志帆と七海にも筆頭魔法士ルーデンスから害獣駆除の話はいっていたようだった。
「志帆はともかく、七海が賛成してることにびっくりなんだけど・・・」
「ちょっと侑斗!私はともかくってどういう意味よ!」
「あ、いや、他意はないというか・・・とにかく、オレも行った方がいいと思う。拓海はどうだ?」
「オレも賛成だ。騎士団も魔法隊もアンナ様もみんな良くしてくれるし、期待には応えたいと思う。」
「じゃあ、決まりだな。明日参加の返事をしよう。」
こうして侑斗の失言を志帆が追及し、侑斗が躱して拓海に振り、拓海が空気を読んだことで魔獣討伐参加が決まった・・・。
大輝たちが召喚されてからちょうど2か月、皇帝の私室に皇帝バラクの他、第1皇女アンナ、宰相フィルが集まっていた。目的は、異世界人たちへのアプローチ進捗の確認だ。
「アンナから報告してくれ。」
「はい。侑斗と拓海は騎士訓練を、志帆と七海は魔法士訓練を順調に熟しています。スキルだけならばすでに上級騎士、上級魔法士に匹敵するものを持っています。残念ながらまだ使いこなすまでには至っておりませんが、3年後には帝国トップクラスになれる可能性は高いかと思われます。先日の魔獣駆除にも参加しており、ネーブル騎士団長、ルーデンス筆頭魔法士のフォローによって4人で10匹を超えるフォレストドックを仕留めました。」
「ほう。初めての実戦結果としては破格の戦果ですな。」
「フィル宰相。額面通りではありません。彼らが仕留められるようにネーブル騎士団長とルーデンス筆頭魔法士が上手く部隊を動かしたからこそですよ。それでも十分な結果だとは思いますが。」
「現状はわかった。で、4人とは話はどれくらい進んでいる?」
「はい。侑斗と拓海は騎士団、志帆と七海は魔法隊へ所属することへの了解は得ています。ただ、2つほど条件というか要望が出ています。」
「要望とは?」
「1つ目は、任務に出るときは出来る限り4人一緒に組めるように配慮して欲しいということ。
2つ目は、戦争への参加拒否権。」
「甘いですな。」
「同感です。ですが、当初はこの内容で了承してしまっても問題ないと思います。彼らはまだ現実を知りません。たった2か月、しかも旧壁内と魔獣駆除で森へ行った以外に何も知りませんので。ですので、徐々に考え方を変えていけばよいと思っています。」
「ふむ、アンナの言う通りだな。よかろう。その方針で進めよう。次はフィルの報告を。」
「はっ。一郎、二郎ですが、能力的には二人とも格闘術と短剣術に長けております。一流といってよいでしょう。また、戦闘への忌避感はなく粗野で欲深い性質です。そこで傭兵隊を任せる方向で進めたいと思っています。」
「戦闘向きな人材なのはわかったが、彼らが部隊を指揮できるのか?今の宰相の言葉では組織をまとめられるような人物に聞こえないのだが。」
「アンナ様のおっしゃる通りです。しかし、傭兵たちは力あるものに従います。勿論それだけではありませんが、2人には傭兵隊の旗印となってもらい足りない部分については補佐として他の者をつけます。」
「そういうことか。気になるのは上手くコントロールできるかだな。」
「おそらく問題ないでしょう。彼らの嗜好は大体把握しております。といっても、酒、金、女、そのすべてに弱く、思考も単調。調べる必要もないくらいでした。」
肩を竦めて呆れた表情を浮かべる宰相にアンナも苦い表情をする。それに対して皇帝は満足そうに、
「それならなおさら侑斗たちの要望も問題ないな。彼らが戦争参加拒否のままでも、東の中央盆地からの魔獣対策に侑斗たち4人を含めた1個大隊、南のハンザ対策に1個大隊と傭兵隊、北東のロゼッタ公国対策に2個大隊、1個大隊を帝都に残しても5個大隊で北伐が可能だな。」
ハルガダ帝国の軍の基本は騎士1名に兵士2人がつき、1000名の騎士と2000名の兵士で1個大隊を形成している。その1個大隊3,000人を騎士団と呼んでおり、第1騎士団から第10騎士団まである。その他に、対クレイ自治領、対サナン自治領、対ロゼッタ公国、対ハンザ王国、対中央盆地の5つの砦があり、合計5,000名の守備隊がそれぞれの砦に常駐している。ちなみに、国家の存在しない中央盆地に対して砦があるのは、常時高ランク魔獣が中央盆地から帝国内に降りてくるからだ。中央盆地からの魔獣襲来は帝国に限ったことではなく、中央盆地に接するロゼッタ公国、アスワン王国、マデイラ王国、ハンザ王国も同じだが。
「その日が待ち遠しいですな。自治領を早く元の帝国領に戻したいものです。」
「宰相の言う通りですが、あと数年の辛抱です。」
「うむ、懸念があるとすれば黒崎大輝か。」
大輝の放置を決めていた皇帝だったが、順調に6人の異世界人を取り込めそうな状況となり、 残る1人に興味を持った。
「確か、カンナ様が接触を計ることを許可されたと聞いておりましたが。」
「カンナから、1人だけ全く別の扱いをすると不審に思われること、万一取り込めれば帝国に益となると具申されてな。同席していたサイラス将軍も他の異世界人にまで不審に思われてもまずいと言っていたので許可した。ただし、深入りはしないように釘は指しておいたがな。」
「なるほど。状況をお聞かせいただいても?」
「カンナが体調を崩したようで最近は接触していないようだが、ネイサンの報告では、大輝は自由に生きたいと言っていたそうだ。国や雇い主に仕えるのは性に合わないとも。」
「それが本当ならロゼッタ公国に仕える可能性が低いということですね。」
「おそらく低いとは思う。しかし、万が一があってはならん。彼が1月後に迎賓館を出たあとは少数の監視を付けるつもりだ。たとえ6人の異世界人が帝国に仕えているとしても定期的に彼の情報は得ておきたい。」
「おっしゃる通りですな。彼らの潜在能力を侮るわけにはいきません。」
「その通りだ。できれば目端の利く彼にも帝国側についてもらいたいものだ。」
「少し探りを入れてみますか? 侑斗たちとは数日以内に先ほどの要望受諾の件を含めて最終的な条件を詰める予定です。その際に大輝の本音を聞き出してもらえないかと持ち掛けるというのはどうでしょう?大輝にしても我々が聞くよりは同郷の人間の方が話しやすいと思うのですが。」
「あまり無理はしなくてよい。彼が敵に回らなければそれで良いのだからな。」
アンナの提案を了承しながらも大輝に対して慎重な対応を求める皇帝バラクの言葉で異世界人に対する打ち合わせが終了した。