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レゾナンス   作者: AQUINAS
第三章 ハンザ王国~政争~
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第八十四話 廃坑

 ゲオルクの慟哭から5日後、大輝はギーセンの街の北西20キロにあるという廃坑を目指して走っていた。目的はもちろん『魔職の匠』の秘密工房発見だ。


 当初の予定より出発が遅れた理由はやはり喫茶店でのゲオルク一派とのやりとりが原因であった。だがそれは大輝にとって不快な出来事ではなかった。


(オレがマーヤ側に立ってるってこともあるんだろうが・・・)


 大輝は街に入る前に得たマルセルたちからの情報だけに頼らず、実際に街に入ってから自らの足で集めた情報を元に客観的に判断したつもりであった。その結果、フュルト家に非はなくベルナー家が悪であるという結論に至っている。そしてベルナー家一掃が根本的な解決になるだろうと思っていたのだ。


(だけど・・・判断が甘かったんだろうな。)


 後悔しているのはゲオルクが言った「ベルナー商会が潰れれば領民の生活が苦しくなる」という言葉のせいではない。確かにヘッセン侯爵領内の流通の1割以上をベルナー商会が担っており、潰れれば生活水準が一時的に落ちるかもしれない。だが、肝心の食糧についてはナール商会が便宜を図ってくれるだろうし、ベルナー商会の抜けた穴を狙って次々と中小商会が動き出すだろう。つまり所詮一時的な混乱だ。では何をもって大輝が自らの判断を甘いと断じているかというとベルナー家全てが悪だと思い込んでいた点だった。


(ゲオルクは父であるホーグ・ベルナー名誉子爵の行いを間違っていると思って悩んでいたし、商会を継いだアウグスト・ベルナーも疑問を持っていた。)


 喫茶店での乱戦の後、大輝にベルナー家批判を聞かされたゲオルクは溜まっていた鬱憤を慟哭として吐き出し続けた。商会長の座を長男であるアウグストに譲り、警備部門を次男のゲオルクが統括していてもベルナー家の家長はホーグ・ベルナー名誉子爵であり、彼の決定が全てであった。一代限りの名誉爵位ではなく本当の貴族になるという野望に否応なしに巻き込まれた自分はどうすればいいのか。日に日に悪化する状況を打破するにはどうすればいいのか。ゲオルクの心は限界だったのだ。そしてそれはゲオルクの兄であるアウグストも同じだった。喫茶店での乱闘騒ぎの報告を受けた兄アウグストが駆けつけると大の大人が本音を吐露し泣き喚いている姿だった。そんな弟の姿に触発されたのか、アウグストが自身の本音を吐き出し始めるのに時間は掛からなかった。そして結局、大輝の申し出でそのまま喫茶店を貸し切っての愚痴大会になっていったのだ。


(父ホーグの暴走を止められなかった時点で完全な同情は出来ないけど・・・)


 2人の言葉が嘘でなければフュルト家追い落とし工作はホーグ・ベルナー名誉子爵とその側近だけが係わっていたらしい。そして強硬策に出た後で仔細を知らされベルナー家防衛に協力せざるを得なかったそうだ。


(主導的立場でもなく、どちらかといえば否定的に捉えている点を考えると心情的にはなんとかしてやりたい・・・)


 大輝はベルナー兄弟にはっきりとこの件についてはフュルト家を支持すると言っておいた。さすがにフュルト家の嫌疑を晴らすためにマーヤと共に領内に足を踏み入れたとまでは言わなかった。だが、図らずも兄弟の本音を聞いてしまったため、言えるところまで立場をはっきりさせるべきだと思ったのだ。そしてそんな大輝に兄弟は当然だとばかりに頷いていたのが印象的であり、よりなんとか軌道修正してあげたいと思ってしまったのだ。


(彼らにもチャンスが来るといいな。)


 少しばかり余計なアドバイスをしてしまったような気もするが、彼らとの時間は無駄ではなかったと思う大輝。少なくとも何も知らなければ大輝はホーグ・ベルナー名誉子爵と共に彼ら兄弟を叩き潰しに掛かっていただろうから。ホーグの身内でありベルナー商会の幹部であるという理由だけで。


「ここか。」


 ここ数日の彼らとのやり取りを思い出している内に目的の廃坑に到着したようだった。





 目の前に広がるのは廃坑といっても大輝の思い描く鉱山とは少し毛色の違う風景だった。


 禿山があるわけでもなく、廃坑特有のおどろおどろしい雰囲気もない。ピクニックに最適といわんばかりの風景が広がっていた。なだらかな丘が幾重にも連なり、春には少し早いがすでに一面が緑に覆われている。所々に立つ常緑樹が青々とした葉を生い茂らせておりここが廃坑であることを忘れさせていた。


「でも・・・ここなんだよな。」


 大輝の視線がいかにも適当に建てられたと思われる看板に向けられていた。


『秘密工房はここに!?』


 某スポーツ紙の見出しにありそうなフレーズが掲げられていた。探索を奨励している冒険者ギルドが設置したものと思われるが、これではガセネタなのではないかと逆に心配になる大輝。表情に疑いの色が濃く現れていたのだろう。管理小屋と思われる廃坑入口に立てられた東屋から出て来た男が声を掛けた。


「秘密工房が目当てならこの廃坑であってるよ。」


 男はやはり管理人だった。探索目的で廃坑に出入りした人数を把握するだけが仕事の閑職ではあったが、これも古くからの慣習であり、冒険者ギルドと魔道具ギルドから交互に派遣されている。そんな簡単な雑談とともに注意事項を聞き終え、大輝は男の言う通りに記帳を済ませて早速廃坑へと入って行った。


「さて、秘密工房までには最低2つの障害があるわけだが・・・」


 大輝がそう呟いた直後に気配察知スキルが最初の障害を検知した。魔獣である。この廃坑で確認されている魔獣は2種で蝙蝠と蜘蛛だ。そして最初に現れたのは前者であり、ケイブバットと呼ばれている。大輝は素早く真っ暗な廃坑探索に必須な灯の魔道具を地面に置いて戦闘態勢を取る。

 

「うっ。やはり視界が悪いな。」


 灯の魔道具の有効範囲はおよそ10メートル。その距離までであれば確実に相手を視ることが出来るが15メートルも離れれば完全な暗闇となる。夜目の利く者か気配察知スキルを持っている者がいなければ容易に不意打ちを許してしまう。


 キキッキキキキッ!


 ケイブバットは集団で移動しており、大輝の気配察知スキルでさえ正確な数は捕捉できていないが少なくとも10匹程は集まっているのが鳴き声でわかる。


(確か、魔獣化してる個体は少なくて、魔獣化個体が通常の蝙蝠を指揮してるんだよな・・・)


 廃坑探索のために情報収集していた大輝は必要な知識を記憶から吸い上げる。そして最適な殲滅方法を導き出す。


 大輝の選んだ手段。索敵のために薄く広範囲にばら撒いていた魔力を鳴き声のした方向へと一気に向かわせる。それによって魔獣と人間、野生動物の個体を識別するのだ。そして魔力を集中したことによって正確な敵の数を把握することにも成功する。


(まあ、ここが崩れやすい廃坑で禁止されてなければ火魔法で一掃するんだけど仕方ないよな。)


 Eランク魔獣で耐久力の低いケイブバットは大輝の火魔法ならあっという間に塵と化すことが出来るが廃坑を木枠で固定している箇所も多いため火魔法や大規模な魔法は厳禁なのだ。だから効率を重視する。


 ッシュ!


 大輝が腰に吊るした投擲用のナイフを一投する。


「ギャギャッ!」


 魔力をケイブバットの居そうな位置へ集中照射したことで正確に魔獣化個体を割り出した大輝が投擲で見事に射抜いた。12匹の通常の蝙蝠の中央に陣取っていたケイブバットが天井から落下していく。そしてケイブバットが地面に落ちる前に蝙蝠たちは逃げるように廃坑の奥へと戻っていった。


(情報通りだったな。)


 一応再度魔力を薄く拡散させて生物の有無を確認し、100メートル圏内に魔獣はおろか生物の存在がないことを確かめてから武器を鞘に納め、灯の魔道具を手に取る大輝。そして落ちたケイブバットから魔石を回収する。


 大輝は呆気なく撃退に成功したが、普通はもっと苦戦するものである。Eランクと侮ると痛い目を見るのだ。例え奇襲を許さなかったとしても火魔法の使用を禁じられた空間で、かつ、視界を遮られた状態で宙を舞う相手と戦うのは想像以上に大変なのだ。とくにケイブバットに指揮された蝙蝠たちは連携も使うし、視界の外からの一撃離脱を繰り返すために非常に厄介なのだ。冒険者ギルドでDランク冒険者たちが大輝に声を掛けた理由もそこにあったのである。ともあれ大輝は事前にしっかりと情報を集めてあり、複数の対抗手段も考えてあったために魔獣たちを退けつつ廃坑の奥へと進んでいった。


 地図によるとこの廃坑の総距離はおよそ7キロ。出入り口は一か所のみだが内部で所々に分かれ道があり行き止まりの坑道もあれば後に合流する坑道もある。そして地図には当然ながら未発見の『魔職の匠』の秘密工房の位置は記されていない。だが、大輝には確信めいたものがあり、持っている地図には複数のレ点とバツ印とそれぞれを中心に幾つもの円が描かれ、丸で囲んだ『秘密工房』の文字が描き込まれていた。


 大輝が割り出した方法は多分に推測が根拠となっている。その根拠とは魔除けの魔道具である。街で集めた噂話と冒険者ギルドの資料室や図書館で集めた過去の探索記録から探索者たちが違和感を感じた場所にレ点を、我慢できずに撤退した地点にバツ印をつけたのだ。そしてそこから魔道具が設置されている場所を割り出したのである。ココたちと共にエレベ山脈を越えた際に使用された携帯用魔除けの魔道具の有効範囲は半径500メートル程。ここが廃坑の中であることや『魔職の匠』の初期の工房であることから魔道具の効果範囲はさらに狭いと予測していたが地図に落とし込んでみると半径100メートル程が有効距離であると思われる。


「ま、その範囲内は到達者がいないから地図が役に立たないんだけどね・・・」


 地図を見ると秘密工房がありそうなエリアに繋がる坑道は2本ある。そのどちらかがアタリのはずなのだ。大輝は地図上では道幅2メートル程と記載されている狭い方の坑道を最初の探索路に選んでおりその坑道を目指している最中であった。


「うっうぅ。きたか・・・」


 地図上に複数のレ点が付いている場所まで来た大輝に違和感が襲って来る。とはいっても隠れ村を守護する魔除けの魔道具や携帯型魔除けの魔道具に比べればやや弱いと思われる程度であった。  


「とりあえずこの感覚が襲って来たということは魔除けの魔道具もしくはその類似品がある可能性が高いな。」

 

 大輝の声も若干かすれ気味であった。魔除けの魔道具は獣人と異世界人だけが掻い潜れる物である。これまでにも多くの獣人がこの廃坑を探索したであろうが、誰一人として最深部に到達した者がいないことから場合によっては全く異なるトラップである可能性もゼロではない。精神が崩壊しただの発狂しただのという物騒な噂もあるのだ。緊張しない方がおかしい。だが大輝は歩みを止めなかった。そして50メートル進んだところで先ほどとは比べ物にならない強烈な感覚が大輝を襲った。


「ぐぉっ!」


 思わず声を上げてしまうその感覚は圧倒的強者が魔力全開で威圧を掛けて来ているかのようだった。一般人に比べて魔力保有量の多い大輝が全力で威圧をしてもこのレベルには到底及ばないだろうという強烈なものであり、鍛錬を積んでいる者であっても気を抜けば失神しかねない規模であった。


「こ、こんにゃろぉぉ!」


 大輝が気合の声と共に体表に魔力を纏わせて相殺を試みる。この威圧感の正体が魔力照射であれば自身を魔力で覆うことで魔力同士が反発して相殺もしくは軽減できるはずなのだ。


「っく、これでもキツイ・・・なら全力だっ!」


 戦闘時に使っている身体強化と同量の魔力を全て体表に纏わせたことでいくらか軽減できたものの完全に遮断することは出来なかった。だが、軽減出来たということはこの威圧感の正体が魔力照射である証拠である。それならと大輝は長時間維持出来ないことを承知でありったけの魔力を体表に纏う。


「ふぅふぅふぅ・・・これなら行けるか。」


 大量の汗を掻き、息を荒げながら自身の状態を確認する大輝。全力を持ってしても完全なる遮断はできなかったが、隠れ村の魔除けの魔道具よりもちょっとキツイくらいの違和感に収まっていた。


「だけどこの状態だと1時間もすれば魔力が枯渇する・・・魔力なしでアレには耐えられないぞ。」


 ここにきて時間制限を付けられることになった大輝は少し焦る。確かに直線距離で50メートル程行けば目的地のはずだが、それはあくまでも魔除けの魔道具があると思われる位置である。もしこの先に断続的にこの仕掛けが続けられていたら・・・もし秘密工房の出入口の開錠に時間が掛かったら・・・最悪の場合身動きが取れずに発狂してしまう可能性に思い当たる。


「安全マージンだけは取ろう。行きに掛かった倍の時間を残して撤退。この方針で前に進む。」


 声に出すことで自分を鼓舞して前に進ませる大輝は一歩一歩ゆっくりと廃坑の奥へと向かって行った。


 時間が限られたというのに駆けださない理由は2つ。ここから先は前人未到のエリアであり、トラップが残っている可能性があること。もう1つは物理的に走る事が出来なかったことだ。全力で魔力を展開して威圧感に耐えている状態であり、それでも襲って来る感覚に身体がついて行かなかったのだ。そのため、わずか50メートルの距離に10分以上を費やすことになった。


 そしてついに廃坑の中に似つかわしくない大仰しい扉の前に立った。


「くそっ!どうみてもこの扉の模様は魔法陣じゃないかっ!」



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