第八十二話 ゲオルク・ベルナー
大輝は数日間を『魔職の匠』の秘密工房へ至ると言われる廃坑の調査と準備に充てることにしていた。
数百年も閉ざされた場所へ向かうのにたった数日の調査で何がわかるのかと思われるかもしれない。だが、冒険者ギルドで入手した廃坑の地図によれば全長7キロ程だし、最奥にあるとされる秘密工房への道程にあるであろう『魔職の匠』のトラップについては全く解明されていない。だから廃坑に巣食う魔獣についての情報が中心の調査であり大輝もそれ以上は求めていなかった。
(噂話からの推測が当たってればトラップ回避に準備なんて不要なはずなんだけどな。)
大輝が脳裏に描いているのは魔除けの魔道具であった。ガイルやココの居る獣人の隠れ村で使われている例の魔道具である。とはいえ、魔除けの魔道具であれば獣人が探索すれば簡単に秘密工房に辿り着いていただろう。それが成功していないということはさらに制限の掛かった魔道具である可能性がある。
(たとえば異世界人限定とかのね。)
魔除けの魔道具は魔力保有量の多い生物を近づけさせない効果を持っている。人間でいえば、魔力量の多い順でエルフ、純人、ドワーフが弾かれ獣人だけが辛うじて近寄れる。動物でいえば、魔獣や大型動物は弾かれ、小動物だけがエリア内に入れるといった具合だが、その例外が異世界人だ。
(とはいえ、制限が異世界人じゃなくて個人になってる可能性もある・・・)
大輝の懸念しているのは魔力登録だった。この時代ではすでに失われた技術になっているが、大輝の持つ虚空がそれにあたる。師匠も詳細は教えてくれなかったが、大輝は所有権固定のこのシステムを他にも知っている。認証プレートだ。
(一旦登録した魔力だけに反応するこのシステム。認証プレートを開発したのが『魔職の匠』だからそれを応用した技術を自室のセキュリティーに組み込んでいる可能性があるんだよなぁ。)
現代でいえば指紋認証や生体認証に近いこのシステムで秘密工房の扉をロックしていた場合は正攻法で開けるのは至難の業だ。
(その時は1回だけ魔力のオーバーフローでの開錠を試みるとして・・・)
物騒な開錠方法を頭に浮かべながらもそれほど心配していない。なぜなら、これから攻略に向かう秘密工房は『魔職の匠』の初期の隠れ家だからだ。召喚されてから最初の数年を過ごしたとされるギーセンの街を出てからかなりの年数が経った後に王都アルトナでアース魔道具店を開き、認証プレートを始めとした様々な魔道具を世に送り出している。つまり、研究初期であればそれほどセキュリティーが固くないだろうと思っているのだ。
(いずれにしても自分の目で確認しないと始まらない。)
場合によっては数日間トラップやセキュリティーの解除作業に掛かる可能性があるため念入りに準備をする大輝。図書館、冒険者ギルド、酒場と様々な場所で情報を集めて不測の事態を避ける努力をしていた。ここ数日視線を向けられる回数が多いな、と思いつつ。
大輝が廃坑探索を明日にでも決行しようと決め、英気を養うためにちょっと値の張る喫茶店でケーキを食べている時にそれは起こった。実は甘いものが大好きなのだ。1人でも女性だらけの店に突撃出来る位には。
「お兄さん、相席させてもらうわよ。」
「よぉ。兄ちゃん悪いな。」
喫茶店にはテーブルが8つ、カウンター席も含めれば50席あり、半分は空席であった。つまり相席する理由は全くない。にもかかわらず男3人、女2人が大輝が1人で占領していた6人掛けのテーブル席に返事も待たずに腰を下ろした。
大輝はチラリと5人の冒険者と思しき男女を見て素性と背景を読み取る。
「どうぞ。カウンター席が空いたようなのでオレはそっちに移りますので。」
明らかに面倒事だと思った大輝は即時撤退を選択し、蜂蜜たっぷりのパンケーキと紅茶を手に席を立った。そして素早く周囲に視線を巡らす。少なくとも店の中に6人、外に6人、相席を求めた冒険者たちと同じ背景を持つ者たちがいることを確認する大輝。
(ご苦労なこった。オレ1人に17人も出て来たよ・・・)
大輝はギーセンの街での調査によって主なベルナー家側の人間は把握している。ホーグ・ベルナー名誉子爵を始め、その家族と商会の幹部たち、商会警備の人間や雇われている冒険者たち。他にもフュルト家の敵に回ったと思われる警備隊の人間や魔道具ギルドの長たちの顔と名前は記憶しているのだ。つまり彼らの背景とはベルナー家の戦闘部門ということだ。そしてその長であるホーグ・ベルナー名誉子爵の次男ゲオルク・ベルナーが客に紛れて紅茶を飲んでいるのを確認する。
(気配察知に反応がないから襲撃じゃないな。こんな真昼間に喫茶店で襲撃するほど馬鹿じゃないか。てことはフォルカー湿原解放作戦への勧誘か。それにしては人数が多すぎるけど・・・)
相手の雰囲気で大輝とフュルト家の関係は露見していないだろうと考える大輝。
「おいおい。つれない事言うなよ。」
「まるで私たちがテーブルを奪い取ったみたいじゃない。」
「人目があるんだからもう少し相手に配慮して欲しいわね。」
席を移ろうと立ち上がった大輝に冒険者たちが声を掛けるが、空いているテーブル席がある以上下手な言い訳でしかない。
「面白い人たちですね。空いているテーブルが目に見えないとでも?」
大輝は嘲笑を浮かべて空いているテーブルに視線を移して肩を竦める。そしてその後は振り返らずにカウンター席へと移動し、パンケーキと紅茶をカウンターに置く。そして何事もなかったように続きを食べ始める。
(人数をそろえてちょっと威圧しながら格安でオレを解放作戦に加えるつもりなんだろうな。)
つまらない手法だと思う大輝。絡んできた5人の冒険者の腕も大したことないし、ざっとみたところ他のメンバーにも飛びぬけた戦闘力を持つ者はいないようだ。つまりその程度の腕の人間を相手にしてビビるような冒険者では大した戦力にならないし勧誘するメリットが薄い。仮に大輝の胆力を試すためだったとしても心証を悪くしては意味がないと思うのだ。
(付き合うのも馬鹿らしいから大人しくしててくれよ~)
だが、大輝の願いも虚しく、大輝に相手にもされなかった冒険者たちはカウンター席まで詰め寄って来た。
「兄ちゃん、ちょっと態度悪くねえか?」
「騎士団の部隊長が華を持たせてくれたからって粋がってると痛い目みるぞ、コラ!」
「『暴虐の奇術士』とか呼ばれて鼻が伸びちゃったのかな大輝クン?」
聞きなれない渾名があった気がしたが大輝は気にしたら負けだと思って最後の女性の言葉だけはスルーする。
「ホントに面白いですね。それに、喧嘩を売ってるんですか?」
恫喝しているつもりの冒険者たちだったが、それに対して満面の笑みで答える大輝に一瞬声を失う。もちろん大輝が微量の魔力を照射して威圧している。
「ご自分たちの言動を振り返って下さい。あなた方は空いているテーブルがありながらオレのテーブルに断りもなく座った。そしてテーブルを快く譲ったオレに対してイチャモンを付けている。しかも、オレが誰だか最初から知っていると自白している。つまり喧嘩売ってるんですよね?いいでしょう、店内では周りに迷惑がかかりますから場所を移してお相手しますよ。」
大輝が好戦的な演技をしつつ照射する魔力量を一気に上げる。冒険者たちと距離が近いため、周囲の一般客に影響が及ばないようにピンポイントでの照射が可能だからこその威圧強化だった。
「「「 っひ! 」」」
やはり実力が足りないのだろう。威圧だけで軽く悲鳴を上げる冒険者たちは顔色が青白くなっていき、冷や汗が顎を伝って襟元を濡らしている。それを見てもう十分だろうと判断した大輝が威圧を停止したタイミングで本命が話しかけて来た。
「あまりウチの者たちを苛めないでもらえるか?」
肩まで伸ばした髪を掻き分けながら余裕たっぷりな声音で介入する者がいた。大輝が振り返ると190センチを超える身長、引き締まった身体、精悍な顔つきをしたゲオルク・ベルナーがゆっくりと近づいてくる。青白い顔色になってる冒険者たちの様子とこの場に配置されたベルナー家配下の者たちの数からゲオルクの指示で大輝に絡んだことは明白だ。それでも白を切るゲオルクに呆れた眼差しを向ける大輝。
「どう見ても絡んできたのはそっちでしょう?」
かかわるのもメンドクサイといった大輝の態度にゲオルクの後方に控える5人が気色ばむがそれを片手を上げただけでゲオルクが制する。
(へ~。この5人は冒険者じゃなくてベルナー家の警備の人間なんだろうけど統率はしっかり出来てるみたいだ。)
大輝は妙なところに感心していた。ゲオルクは商隊の護衛経験が豊富であり、その指揮官を務めているだけあって商会所属の者たちを完全に手懐けていたのだ。
「『双剣の奇術士』、大輝とはお前のことで間違いないな?」
大輝の言葉をまるっとスルーしてゲオルクが問いかける。どこの世界でも選民意識の高い連中は同じらしい。相手の言動に関係なく自らの用件だけを済ませようとするのだ。そしてそれは大輝のキライな人間の特徴でもある。
(フォルカー湿原解放作戦は結果だけは見学するつもりだけど直接はかかわらない方針だからね。)
ホーグ・ベルナー名誉子爵本人なら人となりを確認したいところだが、次男であるゲオルクにはそれほど関心のない大輝。しいて言えば戦闘力の確認が出来ればいいと思っていたのだが、店内ということで外套を脱いでいるゲオルクを見てある程度は把握していた。ふくらはぎの筋肉と体幹のブレである程度の身体能力は見抜けるし、手のひらと上腕、肩周りを見れば剣技のほども予想出来る。大輝の下した判断は『破砕の剣』のミラー以下ビスト以上、つまり冒険者ランクでいえばCランクに近いDランクといったところであり、大輝の敵ではなかった。
(というわけで会話に応じる必要なしだな。)
どの点を考慮しても談笑する利点がない。もとより敵対関係にある家の人間なのだから。
大輝はゲオルクの言葉を無視して最後の一切れとなっていた蜂蜜たっぷりのパンケーキと紅茶を胃に流し込みご馳走さまと呟いて代金をカウンターに置く。もっとも、大輝もこのまま何事もなく宿に帰れるとは思っていない。喫茶店を出てから外に待機している6人に足止めされるだろうとは思っている。その際は人通りの多い道の中央にて正論で論破して少しでもベルナー家の評判を落としてやろうと思っていたのだ。
(すでにベルナー家の評判は暴落中らしいけど、落とせるならもっと落としておくべきだよな。)
店の外でのやりとりを選んだのは衆目を集めた状態で遣り込めたかったことと、もし暴力沙汰になった場合にせっかくケーキの美味しかった喫茶店に迷惑を掛けたくなかったからだ。だから代金を置いて店を出ようとした大輝。
「ちょっと待て!ゲオルク様を無視するとは何様のつもりだ!?」
「名誉子爵家を愚弄してこの街で生きていけると思うなよっ!」
ゲオルクの後方から次々と罵倒の言葉が上がり大輝の前に回り込む。そして今度はゲオルクは止めなかった。前を塞がれた大輝が仕方なく彼らの間違いを指摘する。
「無視もなにも会話が成立しない相手に何もいうつもりはないよ?それに名誉子爵家ってなに?名誉爵位は個人に与えられるものであって家は関係ないはずだよね?あんたらはハンザ王国が決めた爵位制度に真っ向から喧嘩売ってるってわかって言ってる?」
大輝の言葉は事実ではあっても正しくはない。いくら相手が会話のキャッチボールが出来ない相手でも無視していることは間違いないし、領内において名誉爵位の影響力は大きく、その息子を無下に扱った場合に不利な立場に追いやられるだろうことは子供でも理解できる。だが、確信をもって国家に喧嘩売ってるのかと大輝に指摘されて一瞬戸惑うゲオルク配下の5人。その隙をついて大輝が喫茶店を出ようとしたのだが、外にいたはずの6人が店内に雪崩込んできた。
(っち!こいつらがオレの前に立ちはだかったのを見て入って来たのか・・・)
大輝が忌々し気に罵倒を浴びせて来た5人を見る。
「ゲオルクさん大丈夫ですかい?」
「決裂ですか?」
新たに乱入した6人はベルナー商会に雇われている冒険者のパーティーだった。そして口々にゲオルクに声を掛ける。だが、それに答えたのはゲオルクではなく、大輝の行く手を阻んで罵倒をした者の1人だった。
「このガキを懲らしめてやってくれっ!」




