第八十一話 噂話
隠れ家たる洞窟での面会が終わったその夜、大輝は中々寝付けずに洞窟の外で1人佇んでいた。
(みんな強いなぁ。)
大輝が考えていたのはマーヤを始めとしたフュルト家縁の者たちのことである。
ギーセンの街で大輝が集めた情報、そして今日までの3日間の面会で持ち寄られた情報によってマーヤの父でありフュルト家当主でもあるミッテル・フュルト子爵の状況がわかってきていた。ミッテル子爵はマーヤが屋敷を出奔してから3日後に警備隊によって連行されていた。公には「公金横領の嫌疑有」とだけ発表されており、ヘッセン侯爵が戻るまでは子爵としての執務停止処分となっている。もっとも、市井の人々には実直な家風で知られるフュルト家がそんな事をするはずはないと思われており、ベルナー家のクーデターなのではと噂されている。だからこそ身の危険を感じたボーグ・ベルナー名誉子爵は夜の外出を禁じる令を出しているのだ。
通常、嫌疑を掛けられた者は警備隊の詰所で一旦取調べを受けた後、警備隊本部の地下に留置される。大輝たちもミッテル子爵はそこに監禁されていると思っていたのだが、年末からは別の場所に移動させられていたことがわかったのだ。その場所はヘッセン侯爵の館の隣にある迎賓館の医療室だった。それほど身体の強くなかったミッテル子爵は心労と真冬に地下に留置されていたことで体調を崩し床に臥せっているらしいのだ。だが、その情報を聞いてもマーヤが一瞬辛そうな顔で「パパ」と一言呟いた以外は誰もその話題に触れなかったのだ。
(オレだったらどんな手を使ってもなりふり構わず救出しようとするだろうな。)
冷静になればそれは悪手であることはわかる。ホーグ・ベルナー名誉子爵にしてもミッテル子爵に今死なれるのは困るのだ。だからこそ医療室に場所を移して治療を受けさせているのだ。容体の悪いミッテル・フュルト子爵を連れて逃亡するのは悪手でしかない。
(段取りが整えばミッテルさんとマーヤを亡き者にする選択肢もあったんだろうけど、今の状態ではミッテルさんに死なれて疑われるのは避けたいはずだもんな。それでもベルナー家の手の中に置いておくのは気分悪いけど。)
自分がマーヤの立場だったら頭で理解しても感情が追いつかないだろうと思う大輝。だが、幼いマーヤですら我慢し、恩があると言っていたモリッツたちも感情を抑えていた。全員がフュルト家の嫌疑を晴らした上でミッテルを迎えに行くべきであると理解していたのだ。
(ココにはもっと思うが儘に振る舞えって言われたけど、ちょっと勘違いしてたかも・・・)
ココは『未来視』に囚われていた名残の見える大輝が不器用に見えたのだ。だからもっと自分自身がやりたいことを優先しろと言いたかったのだが、大輝は『未来視』で見てしまった不幸な人々を救うことに妄執し、それ以外の行動を全て理詰めで決めて来た。だから勘違いしてしまったのだ。ココは感情の赴くままに行動することを推奨したのではなく、マーヤたちのように感情と理屈に折り合いを付けろと言っていたのだとようやく気付いた。
(感情はあくまで行動の指針。それを実現させるために筋道を立てることが重要なんだな。)
完全な正解ではないが1歩進んだ大輝は改めて考える。
(謀略を練って無実の人を傷つけるベルナー家は・・・うん、間違いなくキライだ。それにマーヤたちを助けたいと思う心も本物だよな。次に、ベルナー家の野望を挫き、フュルト家を助けるだけの力がオレにあるか?・・・違うな。オレだけじゃなく、マルセルさんたちや協力者の力も合わせて考えるべきだ。自分だけでやろうとするな・・・。よし・・・改めて考えても勝機はある。それならやるべきだし、やりたいと思う。)
自分の心と向き合った大輝は胸がスッとするのを感じた。自分にしか視えない『未来視』に囚われていた大輝が大きく変わりつつあった。そしてその夜はこれまでで一番心地よい眠りについた。
スッキリとした顔となった大輝は翌日をマルセルたちの訓練に付き合った。マルセルとモリッツとは剣主体ながらも魔法を補助として戦う模擬戦を行い、レオニーとは魔法戦を行った。その上で10日間の進歩具合に応じて訓練メニューに修正を加えさらなる強化を目指す。彼らに1対1で付き合った後はマーヤとの時間をもった。彼女がもっとも辛い立場にあるのだ。少しでも力になってあげたい大輝は勉強と遊びを混ぜたしりとりゲームやパズルゲームで楽しい時間を過ごす。そして大輝自身も英気を養うとその翌日にギーセンの街へと戻っていった。第3案を実行に移すために。
大輝の第3案とはフォルカー湿原解放が成功したタイミングで別の話題を振りまくことだ。湿原解放に匹敵する話題を投下して相対的に功績の価値を落とすといういわば情報戦である。そしてその話題のネタには『魔職の匠』の秘密工房発見を充てるつもりだった。そしてもし期待する成果が挙げられなければ大輝自身を話のネタにするつもりだった。『魔職の匠』と同じ異世界人であることや現存する空間拡張魔道具を遥かに凌駕する虚空を披露すればインパクトは十分だろう。だが、大輝には秘密工房発見へ勝機を見出していた。
『魔職の匠』の秘密工房には大輝はいずれ訪れるつもりだったのだが、ギーセンの街での情報収集と協力者たちからもたらされた街の噂話を聞いてからは優先順位が大きく跳ね上がっていた。その理由は探索が成功しない原因と秘密工房にあるかもしれない魔道具に予想がついたからだ。そしてその魔道具はベルナー家の陰謀を暴くのに役立つはずだと思っているのだ。
『秘密工房があるとされる廃坑はせいぜい長さ数キロなんだ。しかも今でも地図が残ってる。』
『オレたちもそれなら余裕だと思って行ってみたんだけどよ。』
『でもな。ある一定のエリアに近づくと身体が震えてくるんだよ。』
『それでも無理して進もうとした奴は突然発狂したって噂だぜ。』
『アレはきっと匠が侵入阻害の魔法陣とかを張ってるのさ。オレたちには手出しできねぇ。』
『死者の伝言ってアレだろ?死んだはずの人間の声が聴けるっていう魔道具とかいう・・・』
『オレは音楽や歌声が聴けるってきいたぞ?』
『魔職の匠っていえばやっぱアレだろ?なんつったっけ、遠く離れた位置にいる相手と話が出来るって魔道具。』
『馬鹿やろう。それが死者の伝言のことだよ。』
大輝は様々な証言や噂話を思い出す。それらによって廃坑を突破する条件に見当がついていたし、死者の伝言なる魔道具の正体も心当たりがあった。
(きっと長い年月で解釈が曲がってるんだろうな。)
大輝はさらなる情報を求めてギーセンの街に戻ると真っ直ぐに図書館に向かった。そして自身の推測が正しいだろうと確信を深めてから冒険者ギルドに向かう。廃坑の地図を入手するためだ。
ギーセンの街は領都でありながら冒険者ギルドの建物は大きくない。その理由は近隣に目立った魔獣スポットがないために訪れる冒険者の数や依頼の数が少ないためだ。魔獣といえばフォルカー湿原の巨大蛇がこの辺りでは有名なのだが冒険者が集まらないのは金にならないからだ。アナコンダと呼ばれる巨大蛇は魔獣のランクでいえばCランクだが、その強さと生息地アドバンテージによってBランククラスの危険度となる。にもかかわらず、魔獣素材として換金できるのは皮だけであり、魔石と合わせても1匹あたり金貨20枚程度となり同ランクのフォレストベアーの3分の1しか稼げないのである。
(そういう失策のせいで蛇の数が増える一方なんだろうな。)
そんなことを考えながら大輝はギルドの扉を開け、廃坑の地図を売っている情報コーナーへと向かった。『魔職の匠』の秘密工房探索には懸賞金が懸けられており、探索を奨励しているからこその地図販売である。そしてそのコーナーには一攫千金を目指して探索に励む者も少数ながらいた。
「よお。兄ちゃんも廃坑に潜るんか?」
大輝が地図を購入するのを見ていたグループの中から1人の男が大輝に声を掛けた。
「まあ、折角この街に立ち寄ったので記念にってとこです。」
気のない返事を返す大輝。彼らが共同探索相手を探しているなら協力出来ないからだ。情報戦のネタに使うつもりでの探索であり、探索に成功してもその情報をどのタイミングで出すかは大輝がコントロールしなければ意味がない。それに、大輝の推測が正しければ大輝1人で探索することでしか秘密工房に辿り着けないはずなのだ。
「つれないこと言うなよ。オレたちはもう1月も前から廃坑を調査してるんだ。オレたちと組んだ方が効率がいいと思うぜ?」
20代前半の男は仲間4人に目配せして大輝を囲む。とはいっても好戦的な態度ではなく純粋に戦力不足で協力者を探している様子だった。
「廃坑になってから長いこと経ってるせいで蝙蝠や蜘蛛が魔獣化しててちょっと手古摺ってるんだ。」
「君は小剣を持ってるし見たところ斥候職だろう?協力してくれると助かるんだが。」
「こう見えてもオレたちは全員Dランクなんだ。危ない目には合わせないようにするからさ。」
「信用してくれよ。なんなら認証プレートも見せるからさ。」
5人の冒険者たちは未成年にも見える大輝の容姿と風貌から冒険者ランク下位の斥候職と考えていた。そして廃坑のような暗く狭いエリアの探索には斥候職は目となり耳となり非常に重宝するため是非仲間にしたかったのだ。だから初対面にもかかわらず身分を証明する認証プレートを提示した。
大輝は善良そうな冒険者たちに少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。『破砕の剣』以来、まともな勧誘を受けて来なかった大輝は彼らを疑い邪険にしすぎていたのだ。胡乱な目つきと寄せ付け難い口調を改めて向き直る大輝。
「申し訳ありません。」
まずは頭を下げてから認証プレートを取り出して名前と冒険者ランクを提示する。
「オレは大輝と言います。冒険者ランクはC。それと斥候職ではありません。剣と魔法を操る戦闘職です。」
大輝の示した認証プレートを見て5人が驚く。年下であり格下であると思った相手がCランクの冒険者であり、噂に聞いた人物との共通点がありすぎたからだ。未成年と思しき容姿、黒髪短髪、双剣、魔法、Cランク、そして大輝という名前。驚いて一瞬声を失った彼らに大輝は断り文句を先に言う。
「一緒に廃坑探索は出来ません。オレは基本的にソロで動いていますし、今回は目的があって1人で動きたいのです。お誘いは嬉しいのですが別の機会にさせていただけませんか。」
大輝は出来るだけ丁寧に接する。だが、その必要はなかったようだ。彼らは元々格上を勧誘するつもりもなかったし、『双剣の奇術士』を従えられるとも思っていなかったのだ。だから慌てて勧誘を取り消す。
「いやいや。知らなかったとはいえオレたちなんかがCランクの異名持ちに声を掛けてしまって申し訳ない。」
「Dランクっていっても今年に入ってなったばかりなんだ。偉そうな態度ですまなかった。」
「守ってやるみたいな事を言ってごめんなさい。」
口々に謝罪をして去っていく5人。その態度に大輝が不安になる。いったい『双剣の奇術士』にどんな噂が流れているのか怖くなったのだ。そしてギルド内の全員から見られている気がして逃げるようにしてギルドから出ていく。
2つ名とか異名と呼ばれるモノを付けられるのはBランク以上の者だ。Cランクの大輝に付けられた『双剣の奇術士』というのは渾名と呼ぶのが正解である。だが、そういった別称を付けられる者は必ず何某かの特徴を持っており、大抵の場合は不可侵とされる。理由は恐ろしい存在だからだ。無鉄砲な者や自身の力に自信のある者を除けば喧嘩を売るような真似はしないし、機嫌を損ねるような言動も慎む傾向にあり、5人組もそれに従ったまでだ。だが大輝は自身の行動を振り返って思った。
(えっと、単独でCランクパーティーの『破砕の剣』を撃破して、『山崩し』ではブラックウルフを単独撃破、Bランク魔獣のプレーリーレオ3頭に奇術を撃って、おまけに魔石爆弾とかやらかしてるよな。それに加えて魔獣キラーと呼ばれているムトス部隊長を無傷で撃破した上、公爵家嫡男を論破して、侯爵家令嬢でありグラート王子の側近であるアリスに謝罪をさせてる男・・・うん・・・怖いわな・・・普通に。)
大輝は溜息を吐く。もちろん全ての事実が伝わっているわけではない。しかし、一方で尾ひれがつきまくってる部分もある。特に奇術については色々と物騒な尾ひれがついてるし、アリスの件は土下座強要という明らかに盛られた内容が伝播しつつあったことを大輝はまだ知らなかった。
そして礼儀として認証プレートを5人の冒険者に見せたことによって大輝の存在がギーセンの街で知られるようになり、盛られた噂話がギーセンの街のあちこちで飛び交うことになっていく。




