表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レゾナンス   作者: AQUINAS
第三章 ハンザ王国~政争~
82/145

第七十七話 隠れ家

 アメイジア新暦745年1月25日。ハンザ王国東部ヘッセン侯爵領の領都ギーセンから南へ10キロ程離れた山中にある洞窟内で1人の男が作業に没頭していた。その洞窟は直径2メートル程の入口からは想像できない程内部は広く、大貴族の屋敷に相当する容積を誇っている。しかし驚くべきはその広さではなく居住性だ。地面はまるで大理石のように滑らかに仕上げられており、壁も同様だ。入口から入って最初の部屋にあたる30畳程の空間はリビングともいえる設えが施されている。正面の壁には暖炉が備え付けられており排煙用の煙突が4メートルはあると思われる天井へと伸びている。また四方の壁には一部をくり抜いた場所に街の街灯にも使われている灯の魔道具が並べられており十分な光量を供給している。


「う~ん。3日間頑張ってみたけど、家具がないと家っぽくはならないか。」


 作業を中断した男の言う通り30畳の空間の中に家具といえる物は1つもなかった。いや、実際はある。イスもテーブルも食器棚もあるのだ。いわゆる造りつけ、不動産用語でいうと造作である。それの何が不満かというと、色であった。男が土魔法を駆使して作った造作はすべて灰色一色なのだ。これは洞窟内が灰色の岩石で出来ており、それを土魔法で操作して形状変更して作っている以上は仕方のないことであるのだが、男は納得出来なかったのだ。


「魔力が無限にあれば色も変えられるんだけどなぁ。」


 この世界ではこれだけ土魔法で作り出せるだけでも十分驚愕に値するのだが、男には時間と魔力さえあれば色すらも変える事が出来るはずなのだ。ちょっとした金属知識さえあれば可能なはず、とそれを知っているだけに納得出来なかった。ただ、試す時間も魔力も無かった。すでにこの洞窟を居住可能にするために3日を費やしており、そろそろ次の行動に移らねばならないのだ。


「ただいま~ちゃんと訓練見張ってたよ~。」


 洞窟の出入口からパタパタと駆けて来る足音と共に可愛らしい声が聞こえて来る。そして男に抱き着いた幼女はひとしきりじゃれたあとで辺りを見渡して感嘆の声を上げた。


「うわぁ!お兄ちゃん凄いねっ!どんどんおうちっぽくなるね。」


 今朝まではなかったイスやテーブル、食器棚を見て目を丸くする幼女。


「マーヤちゃん、この部屋と寝る場所とお風呂以外はまだ危ないから行っちゃダメだからね。」


 放って置くとあちこちを探検しそうな幼女に注意を促す大輝。そこに外から3人が戻って来た。


「大輝様、随分と作業が進んだようですわね。」

  

「うむ。もはや家と呼んでも差し支えない。」


「これなら隠れ家として申し分ないな。助かるぜ。」


 レオニー、マルセル、モリッツが洞窟内へと入って来る。3人とも真冬にもかかわらず薄着であり、しかも汗が額に浮かんでいる。3人はマーヤ監視の元で大輝考案の魔力操作訓練を行っていたのだ。獣人たち用に組んでいたメニューをそれぞれの特性に合わせて再構成した特別プログラムだ。今後大輝が単独でギーセンの街に入る為、マーヤ護衛の強化が必要だと感じてピンネの街を出てから少しづつ訓練を施していたのだ。そして3日前にこの洞窟を発見してからは3人は訓練、大輝は洞窟を隠れ家として居住できるように改装していたのだ。


「とりあえずこのリビングと寝室2部屋、それと浴室は使える状態になってます。順番に汗を流してきてください。」


 



 交代で入浴を済ませた5人は大輝の作った石製の椅子とテーブルで夕食を取っていた。


「大輝様、どうやら私が一番土魔法への適性があるようです。」


 レオニーが大輝に申告し、マルセルとモリッツがそれに同意する。


「レオニー殿は土魔法と水魔法、モリッツは火魔法、某は風魔法と相性が良いように思われる。」


「同感だな。3人で同じ訓練をしていても結構差が出るもんなんだな。」


 彼らに課していた訓練は基本的な魔力操作技術を高めるものだ。エリスたちや獣人たちにも教えた魔力感知に始まり、丹田付近にある魔力を効率よく身体強化に使う方法、そして火、水、風、土の四大元素の操作だ。四大元素の操作訓練は大輝が日課にしている松明の火や桶に入った水を魔力で動かすことなのだが、これを行うことで各人の適性がわかる。大輝にとってもその適性というのが天賦の才なのか、育った環境等の後天的なものなのかは判断が付かなかったが、同じ訓練をしても各属性によって顕著な違いが出る。


(ココのような天賦の才もあれば、後天的な才もあるんだろうけどな。)


 大輝は魔法についてのいくつかの仮説を持っている。そしてマサラの街や2つの隠れ村で教官役を務めたことで実証されているものもある。魔力操作の有用性もその1つだ。そしてそれは後天的な才となり得る。だから3人に訓練を施しているのだ。今はその初期段階であり、今後の方向性を決める為の報告が続けられる。


「感覚的なものなのですが、土を操作するのに比べて風の操作は倍以上の魔力と精神力が削られるようです。それに、火魔法は少し松明の火を揺らす程度しか出来ません。」


「某は逆に土魔法はからっきしである。大輝殿のように洞窟を住居に変えてしまうようなことはもちろん、椅子すら作れん。マーヤ様に座って頂く椅子が作りたかったのであるが・・・」


「マルセルはその分水魔法で虹を作ってマーヤ嬢ちゃんを楽しませられたじゃないか。オレの火魔法は危なくて嬢ちゃんには見せられんからお前さんが羨ましいさ。」


 3人は方向性が見事に分かれているようだった。


「とはいえ、オレとマルセルの魔力は大したことないみたいだ。訓練の継続時間でいえばレオニーが断トツだからな。」


「うむ。某も同意見である。」


 レオニーは嬉しそうに微笑んでいる。フュルト家ではマーヤの姉役と自己紹介していたが、母を亡くしているマーヤの教育係というのが本来の役目である。だが、ギーセンの街を追われ、野宿生活が始まるとレオニーに出来る事は少なかった。街の外では魔獣や盗賊、追っ手を警戒し撃退するのはマルセルとモリッツだったし、野営での料理や立ち寄った村での物資補給は元冒険者であるモリッツや長年執事も兼務してきたマルセルの経験に敵わない。レオニーに出来るのは幼いマーヤの話し相手くらいだったのだ。孤児であったレオニーを拾い、教育を施してくれたフュルト家の恩に報いたい一心でマーヤと共に街から出たレオニーは忸怩たる思いを抱えていたのだ。だが、魔法の才があれば自分にも出来る事があるのではないかと純粋に喜んでいるのだ。


「そうですね。レオニーさんはこれから魔法の訓練を頑張ってもらいましょう。マルセルさんとモリッツさんは補助的に魔法を使う方法を学んでもらいます。」


 大輝は2,3日は彼らの訓練に付きっきりになることを決める。マルセルとモリッツには身体強化の効率化と魔法による補助戦闘を叩き込み、レオニーには土魔法と水魔法に特化した訓練を施すことになる。本当は大輝のように万遍なく魔法が使えるように訓練するのが良いのかもしれないが、それには膨大な時間が掛かる。限られた時間の中で最大限の力を引き出すには得意分野に集中する方が良いと判断したのだ。


(それに、オレがいない間のことを考えるとレオニーさんがこの洞窟を土魔法で塞げるようになってもらった方が安全だからな。) 


 大輝は直径2メートルの洞窟の入り口を塞ぎ、洞窟の存在を外部に知らせないようにするつもりだった。魔獣や盗賊や追っ手の目を欺くには普段は土魔法で出入口を封鎖し、必要な時だけ解放する。今は大輝にしか出来ないので開けっ放しだが、土魔法に適性があると申告するレオニーが出来るようになれば大輝の留守中の安全度はかなり上がるはずなのだ。


「大輝様、どうぞよろしくお願いします。」


 丁寧に頭を下げるレオニー。不甲斐無い自分を鍛えてくれる大輝に敬意を表する。


「うむ。某もこの年になってさらに上を目指せるとは思わなんだ。大輝殿、よろしくお願い致す。」


「オレも頼むわ。嬢ちゃんをしっかりと守ってやりたいからな。」


 マルセルとモリッツもやる気が漲っていた。孫のような幼女を自分たちの手で守ろうとする気概が感じられる。


「マーヤは何を頑張ろうかな?」


 大人3人が滾っているのを見て幼女が自分に出来る事を探し始める。だが大輝はマーヤに対して自分の不在中に何をやらせるかまでは考えていなかった。あくまでも守られる存在として見ていたから。しかし、この健気な幼女は自分だけが何もしないことを良しとはしない。魔獣に追われ、絶体絶命の危機を脱した直後に初対面の大輝の料理を手伝うと言う程に使命感のある4歳児である。この時と場所と場合に応じた行動のとれる幼女に対しては姉役のレオニーが課題を与える適任者だった。


「マーヤ様はお勉強を頑張ってみたらいかがですか?」


「えぇ~。マーヤはあんまりお勉強は好きじゃないんだけどなぁ。」


「でも、このままだと折角覚えた文字も忘れちゃいますよ?街に戻った時にお店のメニューが読めなくなっちゃうのは嫌ではありませんか?」


「うぅ。もうチーズケーキを見落とすのはやだ・・・」


 どうやら街を出る前に喫茶店のような店で自力でメニューを見て選んだものの、その日限りの特製チーズケーキの文字を読み落とし食べられなかった過去を思い出したようだ。動揺したマーヤにレオニーが追撃を仕掛ける。


「それに、私たちも大輝様も文字が読めます。それに計算も出来ます。マーヤ様だけが出来ないのは困っちゃいますよね?」


 アメイジア大陸の識字率を考えれば文字を読めなくとも生活にはそれほど困らない。子爵家令嬢としては致命的かもしれないが、それでも4歳で読み書きが出来れば神童と呼ばれる可能性がある。


「・・・お兄ちゃんは大きな計算も出来るの?」


 マーヤは上目遣いで大輝に尋ねる。文字は読めなくとも簡単な加減計算程度は一般市民でも出来るが、マーヤの言う大きな計算とは商人や貴族の他騎士でも上級階級の者が使う加減乗除全てのことだ。レオニーは大輝が加減乗除だけではなくもっと高度な数学を納めていることなど知らない。だからここは話を合わせてくれと懇願の視線を大輝に送っていた。


(いや・・・そんな目で見なくとも出来るんだけど・・・)


 大輝は苦笑いを浮かべそうになるが、マーヤに誤解を抱かせないように平然と答える。


「出来るよ。マーヤちゃんくらいの年の頃からいっぱい勉強したからね。」


「うぅぅ。」   


 大輝が乗ってくれたことに安堵したレオニーが心が揺れているマーヤへとトドメを差しに掛かる。


「ギーセンのお屋敷に帰れたら、みんなでケーキ屋さんに行きましょうね。マーヤ様がみんなの分を注文してくれたら嬉しいですわ。」


 トドメというか飴を差し出した。マーヤにとっては2重の意味で美味しい話だ。甘いもの大好きなマーヤはケーキが食べられる。しかも自分を守ってくれているみんなが喜んでくれる。それに父が家の書斎で文字や数字と睨めっこしている姿を知っており、文字や計算が必要なことも理解している。そこに大輝の声が重なった。


「あ、オレもケーキ食べたいなぁ。マーヤちゃんがオレの分を選んでね。」


「うんっ!わかった。マーヤがお兄ちゃんに美味しいケーキを選んであげるねっ!」


 幼女はあっさり陥落した。






 夕食を終え、マーヤを寝かしつけたレオニーがリビング兼ダイニングのある部屋に戻って来る。大輝とマルセル、モリッツはハーブティーで食後の団らんを楽しんでいたが、レオニーが戻ってきたことで今後の予定について確認し合うことになった。


「とりあえず数日間は魔力操作の訓練に集中しましょう。安全が第一ですから。」


 早くギーセンの街の情報が欲しくて気がはやる3人に向けて先制を加える大輝。


「それは私の土魔法の習熟度次第ということですわね?」


 すでに洞窟の隠れ家の隠ぺい方法を伝えてあるためレオニーが確認する。


「はい。その他に万が一ベルナー家の追っ手に囲まれた時の為の脱出経路の作成と偽装工作も施しておきたいですね。」


 大輝は時間が許されるのであれば常に3つ以上の保険を掛けて置くタイプだ。特に今回はマーヤの命が危険に晒される可能性があるため時間を費やしてでも出来る対策は全て打つつもりであった。


「うむ。その方面は大輝殿に一任致す。」


「だな。大輝に任せよう。だが、ヘッセン侯爵の帰還まで3か月を切ってる。ベルナー家が冒険者を集め始めて結構時間が経つし早めに協力者とコンタクトを取って行動に出たいのも確かだ。」


 マルセルとモリッツの同意を得られたので大輝も次の話に移る。


「ピンネの街と王領での情報収集、そしてこの洞窟に来る前に見たフォルカー湿原周囲の状況から見てベルナー家が冒険者を集めているのは湿原の解放で間違いないでしょう。ですがそれについては無視してもいいと思います。」


 大輝は自分の考えを説明する。優先すべきはフュルト家に掛けられている嫌疑を晴らすべきだと。そうすればフュルト家が子爵という貴族位から追い落とされることなく、謀略を計ったベルナー家は処罰されるはずなのだから。しかし、マルセルから待ったが掛かる。


「某も大輝殿の言う通りだとは思う。だが、ヘッセン侯爵がベルナー家の肩を持つ場合は都合が悪い。謀略の罪とフォルカー湿原解放の功績を天秤に掛けられ、御咎めなしとされる恐れがある。」


 マルセルの懸念はもっともだった。フュルト家の子爵位からの追い落としがヘッセン侯爵の計画、もしくは同意の元に行われていた場合は謀略の罪を暴いて追い落としを回避出来てもベルナー家に重い処罰が下される可能性は低い。そこにフォルカー湿原解放の功績があればベルナー家の権勢が高まることすらあり得るのだ。そうなれば今後もフュルト家は脅かされるだろう。マルセルたちにとっては禍根の残らないように徹底的にベルナー家の力を削ぎ落したいのだ。


「オレもそう思う。しかもルード王子が視察名目でヘッセン侯爵と一緒にギーセンの街に来るというのが余計にまずい。」


 モリッツはルード王子を警戒しているようだが、大輝にはその理由がわからない。


「ルード王子は評判がいいと聞いています。このような不正があればいくら派閥の有力者であるヘッセン侯爵配下の者だっても公平に裁いてくれるのでは?」


 大輝にとって評判の良い権力者というのは公正明大な人物という意味であった。だからこそこのような発言になっているのだが、どうやらモリッツには懸念すべき理由があるようだった。


「確かにルード王子の評判はいい。だが、その理由は正義を愛し悪を憎むなんていう精神に則っているからじゃない。」


 大輝が事前に得ているルード王子の情報は、剣、魔法ともに優れた腕前を持ち、頭脳も明晰であるというものである。王都の騎士や魔法士に支持者が多く、王子が視察に出向いた貴族領では王子のアドバイスで治安が良くなったり、経済が上向いたりと為政者だけでなく領民の多くが感謝しているらしい。それを思い出して大輝はモリッツに困惑顔を向ける。モリッツにも大輝が戸惑っている理由がわかるのか危惧している事を話す。


「ルード王子は良くも悪くも合理主義なんだ。」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ