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レゾナンス   作者: AQUINAS
第三章 ハンザ王国~政争~
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第七十六話 心当たり

 レオニーは怨敵であるベルナー家が屈強な冒険者に自分たちを追わせようとしていると考えて怯えているが、大輝たちは首を振る。


「レオニー殿、それはあり得ん。」


「だな。オレたちを追うのにそんな大ぴらな行動はしないさ。」


「オレも同じ考えです。」


 レオニーは最悪の想像を即座に否定されて安堵するが、疑問は消えない。それを口に出す前にモリッツが続ける。


「領内でフュルト子爵を処罰できるのはヘッセン侯爵だけだ。その侯爵が王都へ行っている間に名誉子爵が勝手に格上の子爵を討てば大問題になる。表立って冒険者を雇って抹殺するとは思えないんだよ。やるなら裏稼業の連中を動かすはずだ。」


「うむ。すでに裏には手を回していることを想定して街に入らないようにしているのだよ、レオニー殿。」


「そこで疑問なのが、なぜ名の知れた冒険者たちを集めているのかなのですが、お2人はどう思いますか?」


 大輝が知りたいのはそこだ。領主となるような大貴族たちはアッシュ公のように警備隊という名の私兵を持っているが、フュルト家のような補佐役についている貴族は大した戦力を保有していない。ベルナー家がフュルト家の反撃を警戒しているにしても大袈裟すぎるのだ。


「いくつか考えられるが、一番しっくりくるのは功績だろうな。」


「うむ。某もそうだと思う。」


「「 功績ですか? 」」 


 大輝とレオニーの声が重なる。上流階級について詳しくない2人にはベルナー家の考えがわからないのだ。


「仮に8子爵家の1つであるフュルト家が取り潰されたとして、空席になった子爵家はどうやって決められると思う?」


 モリッツが大輝とレオニーに尋ねる。すぐに答えたのはレオニーだった。


「ヘッセン侯爵領の統治補佐を務める子爵家が断絶されたとなれば領内の有力者から選出されるのではないでしょうか?口惜しいですが、ベルナー家のような名誉子爵でもあり領内随一の商家を持つ家が・・・。」


 レオニーは言いたくもない事を口にしたことで眉がへの字に曲がっている。だが、大輝は違う可能性に気付く。


「確か、名誉爵位については領主の裁量で任命できるということでしたが、正式な貴族家である8子爵家は国の認定が必要なのでは?それであればヘッセン侯爵領から抜擢しなければならないという理由は薄いと思います。」


 子爵家や男爵家が領主たる大貴族の補佐役であることから新たに抜擢される家が領内の事情に明るいことはプラス材料ではある。だが、それは名誉爵位持ちの領分だ。純然たる貴族である子爵家と男爵家は国家運営にも携わるのだから一地方の事情だけを優先して決定されるとは思えないのだ。


「そういうこった。貴族といえども国に仕える者たちだからな。そういう意味ではベルナー家は地方の有力者という域を出ない。」


 このままフュルト家が取り潰されたとしてもベルナー家が子爵の地位に就く可能性は高くはない。あくまでも候補の1つといったところなのだ。


「なるほど。それでベルナー家は何某かのアピールをしようとしているわけですね。」


 国に寄与するような功績を挙げ、でっち上げとはいえフュルト子爵家の不祥事を暴いた功績とヘッセン侯爵領の事情に明るいことを武器に純然たる貴族に成り上がろうとしているのだ。


「子爵家が1つ消えたタイミングでちょうどよく功績を挙げてそこに滑り込もうっていう腹なんだろうな。」 


「うむ。冒険者をベルナー商会の名前で集めている理由もわかった。ホーグ・ベルナー名誉子爵がベルナー家の当主だが、今の商会主は長男だ。そして次男は商会の警護を統括している。つまり次男が冒険者を使って功績を挙げる事で政治・経済・武力の3つを併せ持った家であることを示すつもりなのだろう。」


 当主であり父であるホーグはすでに名誉子爵としての政治実績がある。長男は代々続くベルナー商会を継いでおり経済力は領内随一。武闘派の次男は商会警護に回っているが、彼に実績を作らせることでベルナー家の威光を王都にアピールするつもりだと推測していた。


(うん。きっとそうなんだろうな。本当ならフュルト家の追い落とし工作と並行して王都へも子爵推薦工作をするつもりだったんだろうけど、フュルト家に気付かれて強硬策に出ざるを得なくなり、慌てて実績作りに走っているんだろう。オレたちもそうだけど、ベルナー家もヘッセン侯爵が領地に帰って来る4月までに結果を出さなくてはならないわけか。)


 大輝は推測ばかりだがなんとなく事情が飲み込めてきた。そこにレオニーが問いかける。


「冒険者たちを集めて功績を挙げようとしている理由はわかりましたが、一体ベルナー家は何をもって功績とするつもりなのでしょうか?」


 大輝としてはベルナー家が功績を挙げようとする内容に興味はなかった。貴族家は大きな不祥事を起こすか跡継ぎが居ない等の理由がなければ潰れないのだ。であればマーヤが生きていてフュルト家に降りかかっている嫌疑を晴らせばベルナー家の功績の有無は関係ないのだから。


「うむ。某の思い当たるのは2つ。」


「オレも同じだな。」


 どうやらマルセルとモリッツには心当たりがあるようだった。上の空でその声を聞いていた大輝だったが、そのうちの1つに興味を惹かれることになる。


「うむ。1つはヘッセン侯爵領と王領の中間に当たるフォルカー湿原の解放である。」 


「フォルカー湿原は邪魔なんだよ。領都ギーセンと王領を行き来するには湿原を突っ切るのが最短距離なんだが、蛇型の魔獣が居座ってるんだ。大型のが結構な数な。」


「それなら私も知っています。人を丸呑みにする巨大蛇・・・ですわね。そのせいで旅人や商隊はフォルカー湿原を迂回せざるを得ず深い森の中に作られた細い道を通らねばならないとか。そしてそこには盗賊がよく現れると聞いています。」


 レオニーですら知っているということはそれなりに有名なのだろうと上の空の大輝は思った。


「フォルカー湿原を解放出来れば道中の安全確保だけじゃなく、物流の速度が増し量も格段に増える。」


「経済の発展によって王都の覚えも良くなるわけですね。」


 長年放置されてきた巨大蛇魔獣の退治は武力を示すには十分。王国経済に貢献することで王都の覚えが良くなり、ベルナー商会の販路も広がる。一石二鳥、三鳥を狙うにはうってつけのようだ。


「もう1つは魔道具発祥の国としての悲願だな。」


「うむ。成功した場合の成果は予測がつかないが。」


「まさか、『魔職の匠』の秘密工房のことですか!?」


 大輝の耳がピクッと反応する。そしてそれに合わせて肩に乗るマーヤが耳を引っ張る。大人の話を邪魔しないように大人しく担がれていたのだが、目の前で大輝の耳がピクリと反応したことで悪戯心に火が付いたのだ。


「きゃははっ。大輝の耳、獣人さんたちみたい~」


 ウサギやフェネックのような大きな耳を持つ獣人は時々耳がピクつくのだ。それを連想したマーヤが新しいオモチャを見つけたかのようにいじり始める。だが、大輝は関心のある話題に夢中でそれを放置する。


「『魔職の匠』は秘密工房を持ってたんですか?」


「秘密というほどではないさ。というか有名な話なんだが知らないのか?」


「うむ。ハンザ王国では有名な話であるな。」


「私も知っています。『魔職の匠』がまだその名で呼ばれる前に研究に通っていた洞窟のことです。」


 大輝はアース魔道具店を王都で開く前のことであると気づき、続きを促した。


「有名な話ではあるが大したことは知られちゃいないんだ。『魔職の匠』が魔道具店を開く前に住んでいたのが今の領都ギーセンの近くらしくてな。研究を人に見られないようにとっくに廃れた鉱山の廃坑の中に研究室を作ったらしいんだ。そしてそこには世に出ていない『魔職の匠』謹製の魔道具が眠っているだろうっていう話さ。」


 ごく簡単な説明をするモリッツだが、数百年前の研究室ならとっくに荒らされているはずだ。有名なエジプトのピラミッドしかり日本の古墳しかり、価値があると判断されれば盗掘に合うのは同じだろう。


「古い廃坑だから魔獣もいるしアリの巣のように伸びた廃坑のせいで探索に成功した者はいないらしいんだ。長い年月を掛けて地図も作成されているのに最奥部に到達した者はいないって話だな。だから『魔職の匠』が何らかの仕掛けをして封印しているって噂もあるくらいさ。」


 大輝はあり得ると思った。魔除けの魔道具を作り出した相手だ、封印と聞いても現実味があった。


「うむ。だからベルナー家は人海戦術で攻略しようと考えている可能性はある。」


 数百年に渡って盗掘者を跳ね除けてきた廃坑、しかもそれが『魔職の匠』の研究室となれば踏破することで名を馳せることが出来るだろう。未知の魔道具やその製法が得られればそれこそ大きな功績として称えられることは間違いない。


「でもその二択なら前者の方を選びますよね。」


 大輝の立場なら確実に後者を選ぶ。魔獣と戦うことに喜びを見出す性質ではないし、ハンザ王国に忠誠を誓う訳でも恩を感じている訳でもない。ましてや功績を欲している訳でもないのだから前者に興味はなかった。だが、ベルナー家なら絶対に前者だと思う。


「『魔職の匠』の秘密工房は魅力的ですが確実性が低すぎます。数百年に渡って挑戦者を拒んできた廃坑を寄せ集めの冒険者で攻略出来る可能性は低いでしょうし、それによって得られる功績も不確定です。もし過去に盗掘されていたら、未盗掘でも目ぼしい魔道具や製法の秘密が存在しなかったら。ヘッセン侯爵が領地に戻って来る4月までという期限付きのベルナー家がそのような手を打つとは思えません。」 


 大輝は商家の出であるホーグ・ベルナー名誉子爵が後者の案を承認するとは思えなかった。商人とは利に敏い生き物である。利の確定しない秘密工房探索よりもフォルカー湿原解放の方が確実性が高いことは間違いない。であれば選ぶ道は1つだ。


「確かにそうだな。」


「うむ。大輝殿に同意致す。」


「そうだと思います。」  


 3人とも同じ結論に至った。もっとも、大輝はこのことに思うことはない。フュルト家の件が片付いたら廃坑に行ってみようと思うだけだった。


「大人のお話終わったぁ?」


 大輝の耳を弄るのに飽きたマーヤが話の途切れた大輝たちに声を掛ける。すでに日は沈み林の中は視界が悪くなっていた。


「あぁ。マーヤ嬢ちゃん待たせて悪かったな。早いとこ野営場所を探そう。」


「うん!マーヤね。お兄ちゃんが街で買ってきてくれたご飯を早く食べたいなぁ。」

 

 マーヤは感動の再会の後にしっかりと見ていた。大輝が街から持ってきた荷物をマルセルとモリッツが仕分けているところを。そしてその中に久しく食べていなかった好物のリンゴやバナナが入っていたことを。





「うひゃひゃっ!かっわいい~!」


 マーヤの好物を知るレオニーたちによって食卓には最初からうさぎ型のりんごと星形にくり抜かれたバナナが並べられている。もちろん果物を可愛くアレンジしたのは大輝だ。子供好きは伊達ではない。


「マーヤ様、果物ばかりじゃなく主食も食べてくださいね。」


 マーヤは賢い娘だ。大人たちが真剣に話をしている時はちゃんと我慢が出来るし、大輝だけが街に行くときも自分も行きたいだろうにグッと抑えていた。野営ばかりでベットが恋しいだろうがそんな事は口に出さない。それでいて子供らしさも失っていない。うさぎ型のりんごに喜び、食事中に近寄って来たリスが可愛いとはしゃぐ。すっかり食事担当となっている大輝のお手伝いも楽しんでやっている。いい娘であった。


(レオニーさんたちが守ってあげたくなる気持ちがわかるなぁ。) 


 ピンネの街で仕入れた情報の整理をマルセルたちと終えた大輝に今出来る事はあまりない。だからのんびりと団らんを楽しんでいるのだ。領都ギーセンまでの道中はマーヤやマルセルたちの心と身体の回復を優先させるつもりだった。王領で再度情報収集しつつヘッセン侯爵領の領都ギーセンまでは7日を想定している。4歳の幼女連れの旅程のため大輝1人の全力疾走の数倍の時間が掛かるのは仕方ないことだし、それだけの時間を掛けなければ全快にならないと思っている。


(フュルト家に残された時間は3か月弱。状況は見えてきた。けど・・・)


 学生ながら企業家として動いて頃にはよくちょっかいを掛けられていたことを思い出す大輝。子供だと甘く見た大人たちが提携という名の乗っ取りを仕掛けてきたり、合意した契約内容とは違う書面にサインさせようとしてきたり、恫喝混じりの商談をされたこともある。そのほとんどを跳ね返し、時には制裁も加えてきた大輝だが、その際に最も活躍したのが電子機器である。


 常に録音機器を身に着け、自社で商談するときは隠しカメラ数台で撮影して記録に残す。外に出るときは自らが組織した専門部隊に集音マイクと隠しカメラで自分を追わせることもあった。


(ああいう記録媒体があれば嵌め技が簡単に決まるんだけどなぁ。) 


 大輝が悩んでいたのはフュルト家の無実を証明する手段であった。モリッツによればフュルト家が問われている複数の罪状の中で最も厄介なのが横領容疑である。領内で徴収された税の半分が国庫へと送られるのがハンザ王国の税体系なのだが、ホーグ・ベルナー名誉子爵の告発によってフュルト家が国庫へ納める額を過少報告し自らの懐に入れているとされつつあるのだ。


(他の罪状、特定の商家を優遇しているとか、名誉棄損だとかは領内の問題だから純然たる貴族である子爵家お取り潰しにはならない。だけど、国庫納入分に手を付けた件だけは話の規模が大きくなりすぎる。)

 

 最悪ハンザ王国への反逆に問われる可能性まである。そうなると当主だけではなく一族郎党が処罰対象となり確実に子爵家は消える。そうなれば唯一の家督相続者であるマーヤの命もなくなるだろう。


(ベルナー家が証拠を残しているはずはないし・・・)


 久々の新鮮な果物に笑顔満開の幼女を見ながら大輝は悩み続ける。




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