第七十五話 情報収集
(魔除けの魔道具みたいに純人も使える結界の魔道具とかあればいいのにな・・・)
大輝は不安気な視線を後方の雑木林に送る。目を凝らせば小さな手が木の陰から振られているのがわかるが、敢えてそれに応えないで全速力で走る。誰かに見られるわけにはいかないのだ。
一行は魔獣や追手に遭遇することなくピンネの街の東およそ3キロの地点まで順調に進み、そこで2手に別れたのだ。といってマーヤたちが雑木林に隠れ、その間に大輝が情報収集を兼ねて食糧や装備の調達をしにピンネの街へと入るのだが。
わずか半日離れるだけのことなのだが大輝は不安だった。いくら街が近くとも魔獣が跋扈するこの世界は危険なのだ。2日間で多少栄養のある食事を分けたとはいえマルセルたちの体調は万全ではなく武器も刃毀れだらけの剣なのだから。
(とりあえず情報収集は冒険者ギルドだけにして早めに戻ろう。)
マーヤの安全確保が最優先なのだ。
大輝はピンネの街を大回りしたにもかかわらず街の入口へわずか10分足らずで到着した。人口1万人に満たないこの街の入口は1カ所。街道に接する街から見て南西側だ。リューベック公爵領内では有名になりつつある大輝はノルトの街方面から来たように装うためにわざわざ北回りに街を迂回して街道から姿を現したのだ。そしてこの気配りは正解だった。なぜなら街の入口を守る警備隊が大輝の姿を街道に見た瞬間に敬礼していたからだ。
「Cランク冒険者の大輝殿でいらっしゃいますね?」
ピンネ街唯一の入口で人々の出入りをチェックしている10人余り警備隊のうち最年長と思われる人物が声を掛けて来る。大輝はその人物の顔を見てすぐに自らの記憶を辿っていく。直接会話を交わしたことはなかったが、『山崩し』で司令部のあった高台を守護する部隊の1つを率いていた人物だった。
「はい。確か『山崩し』に参戦されていましたよね?お話するのは初めてだと思いますが見覚えがあります。」
「なんと・・・あれだけの人数がいる中で私を記憶しているとは。」
「前線で見事に部隊を纏めていらっしゃるのを拝見しましたので。」
実際に目の前の男は有能な前線指揮官だと大輝は思っていた。ピンネの街の警備をしていることからノルトの街への救援に駆り出されたのだろう。そして複数の街から寄せ集めれらたリューベック公爵領の警備隊を臨時で率いていたのだろう。そしてその寄せ集めの部隊を見事にコントロールしていた。有能であることは間違いない。
「リューベック公爵領の危機を救われた御仁にそう言われると照れますな。」
左手で頭を掻きながら大輝に向かって右手を差し出す男。
「ピンネの街の警備隊隊長を務めているヘルマンといいます。」
「Cランク冒険者の大輝です。よろしくお願いします。」
ヘルマンと握手を交わしながら大輝も改めて名乗る。
「大輝殿は王都アルトナに向かわれる途中ですか?」
場所を門の外から警備隊の詰所の一室に移して会話が続く。ヘルマンの誘いに大輝が応じたのだ。ヘルマンにとって一時滞在とはいえ自らの仕えるリューベック公爵家が目を掛ける有力な冒険者である大輝は重要な賓客である。そして領内の安全に貢献した大輝をもてなしたいという気持ちもあったのだ。一方、大輝は友好的な対応をしてくれるヘルマンに好意を持ちながらも何某かの情報を得られるかもしれないとの思いもあって応じたのだ。
「そう思ってノルトの街を出たのですが、街を出てからも北方騎士団が強引な勧誘を掛けて来ているので針路を変えるつもりです。それもあってヘッセン侯爵領や南部を回ってから王都に向かおうと思っています。」
北方騎士団とヘッセン侯爵領の名前を出すことで何かしらの反応が得られればと思ったのだが、予想以上の成果が得られることになった。
「なるほど。北方騎士団というよりグーゼル団長個人が焦っておられるんでしょうね。」
妙に腑に落ちたような表情を浮かべるヘルマンは次に笑顔を大輝に向ける。
「実は、昨日北方騎士団の通常装備とは異なる格好をした騎士たちがこの街に来られましてね。大輝殿がこの街に来ていないか執拗に尋ねてまいりました。もちろん正当な理由がない限りは個人の情報はお伝え出来ないと突っぱねましたけどね。ちなみに彼らはこの街に滞在していません。街道を戻って行きましたので砦に戻ったのではないかと思います。」
「はぁぁ。そうですか。お手数をお掛けしたようで申し訳ありません。」
大輝は少し大袈裟に肩を落とす。
「いえいえ。大輝殿に責のあることではありませんのでお気になさらずに。それに、あと数日で彼らも諦めるはずです。ここだけの話ですが、今朝王都からノルト砦に向かう使者がこの街を通過しました。確証はありませんが、北方騎士団の人事についての使者でしょう。そうであればグーゼル団長が強引な手段で大輝殿を勧誘することはもうないと思います。」
「そうですか。貴重な情報ありがとうございます。正直、グーゼル団長の強引さに頭に来ていたところでして。」
「あの魔道具の威力を目の前で見ていた私には騎士団の気持ちもわからなくもないのですが、考案者である大輝殿の意向をないがしろにする態度には我々も賛同致しかねますので。」
大輝はヘルマンの言葉にハッとなる。予想以上に大輝が魔石爆弾の考案者であることが知れ渡っていることに驚いていた。
(独占を狙うには情報統制するはずだと思っていたけど・・・)
確かに大輝はアース魔道具店を始めとした魔道具職人たちに危害が及ばないように魔石爆弾が本来の威力を発揮するには大輝の奇術が不可欠だとの情報を流したが、軍部や貴族は緘口令を敷くと予想していた。ヘルマンが大輝の予想以上の地位もしくはアッシュ公の信頼を得ている可能性もあるが、今後はこれまで以上に自身の身の安全に注意しようと心に刻んだ。
「そう言って頂けるとありがたいです。その件はアッシュ公にもご理解頂いているのですが、グーゼル団長にはわかっていただけなかったようです。」
主であるアッシュ公の名を出して一応くぎを刺す大輝。しかしヘルマンもそれは承知だった。
「我々はアッシュ公の意向を察しておりますので心配は無用です。ですが、北方騎士団の次の団長の意向まではわかりませんので行き先を変更されるのは良いことだと思います。」
ヘルマンの言う通りである。次の北方騎士団長が魔石爆弾を狙わないとは限らないのだから。
「ご心配ありがとうございます。やはり王都に立ち寄るのは後回しにします。この街にも長居しないほうがよいでしょうから物資の補給をしたらすぐにお暇します。」
北方騎士団についての情報が得られたことで本来の食糧と武器の調達に思考を移す大輝だったが、ヘルマンからさらなる貴重な情報が発せられた。
「先程、ヘッセン侯爵領に向かわれるとのことでしたが注意してください。」
出されたお茶を飲み干して退出を願おうとしていた大輝が動きを止めて尋ねる。
「なにか問題が起きているのですか?」
ヘッセン侯爵領内で問題が起きているとすればフュルト家関連のはずだ。大輝としては聞き逃せない。
「いえ、問題というわけではありません。私は職務上街に出入りする者たちから色々と話を聞く機会が多いのですが、その中に少し気になる情報があるのです。」
大輝は黙って先を促す。
「ヘッセン侯爵領の領都ギーセンを中心に高ランク冒険者が高い報酬で集められているそうです。お蔭で商隊の護衛を雇うのに苦労していると商人たちが嘆いていました。大輝殿もCランク冒険者です。『山崩し』での活躍が広まれば当然声を掛けられることになるでしょう。」
「なぜ冒険者を集めているのかその理由はご存知ですか?」
「いえ。ヘッセン侯爵領内で高ランク魔獣が暴れているという情報も、『山崩し』のような魔獣の集団行動が発生したという情報も掴んでおりません。ですが、多くの高ランク冒険者を集めているということは危険な任務なのではないかと考えています。依頼内容には十分に注意をなさってください。」
ヘルマンの指摘はもっともだ。高ランク冒険者を大量に雇うには莫大な費用が掛かる。彼らを遊ばせておくはずはないだろうし、依頼には相応の危険があると考えるべきなのだ。ヘルマンに情報の礼を言った大輝は最後に尋ねる。
「高ランク冒険者を集めているという依頼主は誰なんでしょうか?」
ヘルマンとの会談を終えた大輝は大急ぎで買い物に走った。予想以上に長い時間を警備隊の一室で過ごしていたのだ。自身の昼食は屋台で手早く済ませてまずは武器屋へと寄る。マルセルとモリッツ用の片手剣を2本と予備の小剣を2本、そしてレオニーの護身用にナイフを購入する。そして店を出た大輝は一旦路地へと入り周囲に人がいないのを確かめると虚空へと収納する。自身の双剣と合わせて6本もの剣を携えて街中を歩いたりすれば目立ってしまうからだ。
次に寄ったのは衣料品店だ。大輝は商隊の護衛のふりをして商隊メンバーの衣服を買いに行かされた演技をする。それでも年頃の女性の下着まで含めた衣服を購入するのは精神的苦痛を感じたが。
最後に食料品店をはしごして10日分の食糧を調達する。ドライフルーツや乾パン、干し肉など保存に適したものだけではなく、生野菜も多めに仕入れる。保存は虚空に入れて置けば問題ないし、マルセルたちには大輝の奇術で冷凍していたとでも誤魔化せばいいと腹を括っていたのだ。摩訶不思議な術を使うという評判が立てば大抵の事は得意の話術と合わせて誤魔化しきれるという計算だった。大輝が『奇術士』という名前を受け入れている理由の1つだ。
こうしてピンネの街での用事を済ませた大輝は夕暮れ前に街を出た。そして全速力で行きとは違って街を南回りに迂回してマーヤたちの待つ雑木林へと帰って行った。
「お兄ちゃんおかえり~」
大輝の姿を確認したマーヤが一目散に駆けて抱き着く。それを常人以上の動体視力と身体能力を駆使して柔らかく受け止める大輝。大輝としては幼女の身体を思いやって披露した体術なのだが、マーヤは頬を膨らませて抗議する。
「お兄ちゃん!こういう感動の再会はガシっと痛いくらいに抱きしめるものなんだよっ!」
「え!? そうなの?」
「そうなのっ!もうっ、そういうオンナ心をわかってないなぁ~」
4歳の幼女にオンナ心を語られる身体は17歳、精神は30代の大輝。そしてマーヤに促されるままに感動の再会のやり直しが行われる。
「お兄ちゃんおかえり~」
「愛しのマーヤちゃん!会いたかったよ!」
もちろんセリフの指導はマーヤ4歳によるものだ。そして片膝をついた大輝が両手を広げてマーヤが飛び込んで来るのを受け止める。ガシっと音がするような抱擁を交わす2人。それを見てにこやかな微笑みを見せるレオニーとマルセル。モリッツは右手で大輝を指差し、左手で腹を押さえ、目尻に涙を浮かべて笑いを堪えている。それを見た大輝が一瞬睨むがすぐに主演女優兼演出家のマーヤの指導が入る。
「怖い顔はダメっ!次はほっぺにチューでしょ。」
言われるままに頬に口づけを捧げたところで再会シーンが終わる。大輝の脳内に『カット!はいOK』というセリフが流れる。
「で、どうだった?」
涙をわざとらしく拭きながらモリッツが話しかける。
「必要なものは全て入手しました。」
マーヤを抱き留める為に地面に下していた大量の荷物を指差す大輝。出来る限り虚空については隠すつもりだったので、雑木林が視界に入る前に荷物を取り出して背負って来たのだ。食糧の半分程は収納したままだったが。
「大量で悪かったな。」
「かたじけない。」
マルセルとモリッツが早速物資の確認と分配作業を行いすぐに出発する。
レオニーの背負う麻袋には乾パンや衣類等の軽いものが詰め込まれ、マルセルとモリッツが優先的に重くてかさ張るものを持つ。大輝は2人に比べれば身軽にされた。戦闘要員としてメンバー随一の戦闘力を持っていることを考慮された訳ではない。大輝の荷物は背負い袋以外にあるのだ。肩の上に。
「ふっふふ~ふっふ~ん。」
半日の間雑木林に潜んでおり、疲れた様子などないのだがマーヤは大輝の肩に乗っていた。だが誰一人それを咎めない。大輝は夕暮れが迫っており、少しでもピンネの街から離れて野営場所を探すべきだと思っている。だから幼女に自力で歩かせるより肩車の方が移動速度が速いことから何も言わないのだ。一方、マルセルたちはマーヤが大輝と離れて不安気にしていたことを知っているから何も言わない。もちろん自分たちが一緒にいてもマーヤが不安がることに不甲斐無さも感じていたが、今はそれを表に出す時ではないことを理解していたのだ。
「歩きながらでいいので意見を聞かせてください。」
鼻歌を歌うマーヤを放ってヘルマンから聞いた情報を3人に聞かせて意見を聞きたいのだ。
「ベルナー商会が冒険者を集めている?」
北方騎士団の件を含めて全ての情報を伝えた大輝だが、やはり一番気になるのはヘッセン侯爵領内の事だ。しかも高ランク冒険者を集めているのはフュルト子爵家を陥れている相手なのだ。
レオニーが青い顔で尋ねる。
「あの、ベルナー家は武力行使を考えているのでしょうか?」
マーヤちゃんのモデルは身内です。
4歳でも女の子は女の子。下手に扱うと女の涙にこっちが泣かされます。




