第七十四話 英気回復
野営地の後始末を終えた一行は進路を南にとった。ノルトの街と王都アルトナを繋ぐ街道沿いにある宿場町を目指しているのだ。その宿場町ピンネはリューベック公爵領最南端の街であり、何か問題が起きたとしても『双剣の奇術士』の名前やアッシュ公から下賜されたリューベック公爵家の家紋入り短剣を使えばなんとかなると思って選んだのだ。
「うぅぅ。林の中って歩きにくいからキライっ!」
大輝の全速力なら数時間で到着出来る道程だが、4歳の幼女にとっては厳しい。木の根や下草に足を取られるだけではなく剥き出しの土は平坦ではないのだ。最初は張り切って自分の足で歩くと言い張っていた幼女は2時間で根を上げた。
「ふ~ふふ~ん、ふっふ~ん。」
大輝の肩の上へと避難したマーヤはご機嫌だった。少し前までは歩き疲れていたのが嘘のように鼻歌を歌っている。いつもなら疲れるとレオニーに抱っこされるのだが、それでは進行方向と逆を向かざるを得ず、先行して周囲を警戒するマルセルとモリッツの姿が視界から消える事で不安だったのだ。だが、今は最後尾の大輝の肩に乗り、すぐ前を歩くレオニーと先行するマルセルとモリッツを見ることが出来る。そして昨夜襲って来た魔獣をあっと言う間に蹴散らした大輝と接していることでより安心感を感じていたのだ。
(ま、この辺は魔獣スポットから離れてるし、高ランク魔獣の出没情報もないから大丈夫だろう。)
視界の悪い林の中を行軍中であるにもかかわらず咄嗟の動きを阻害する肩車を許容している言い訳だ。もちろん先行するマルセルとモリッツが警戒態勢を引いているし、大輝も気配察知スキルで周辺の生物の動きをチェックし続けている。それでも不用心には違いない。非戦闘員であるマーヤとレオニーを挟む形で隊形を組むのが定石だ。
(守るべき対象であるマーヤをオレに任せるということで信頼を示してくれてるのもあるだろうけど・・・。)
フュルト家側の3人が新参の大輝にマーヤの身を預けてる理由。彼らに直接問いかければきっと、この中で一番戦闘力のある人間に預けるのは当然だ、と答えるだろう。『山崩し』で戦功を挙げ、異名まで付けられている大輝は確かに強い。だが大輝は気付いていた。
(マルセルさんとモリッツさんも本来はかなりの戦闘力を持ってるんだろうけどな。)
先行する2人の足運びを見て力量を感じ取っていた。2か月に及ぶ逃亡生活で十分な栄養を摂取出来なかったせいで体力は衰え、緊張感のせいで精神的にも追い詰められている。しかも剣を始めとした装備はボロボロなのだ。しかし良く見れば体幹はしっかりしているし、身体の運び方が熟練の戦闘者を思わせる。
(そしてマーヤも同じ・・・いや、幼い分それ以上に負担が大きいはずだ。)
戦闘力を理由にマーヤを預ける事で信頼を示すと同時にマーヤの心の負担を解消させようというのが本当の理由だろうとアタリを付ける大輝。マーヤは幼いながらに自分の家のせいで3人が苦労していることを知っており、出来る限りいつも通りに接しようと明るく振る舞っているが3人には完全に甘える事が出来ないのだ。
(子供は敏感だからな。)
次第に痩せ衰え、気を張っている大人が身近にいればどうしても察してしまうのだろう。そんな状況に現れたのが大輝だ。防戦一方だった魔獣を瞬く間に蹴散らして守ってくれた相手。美味しいごはんを食べさせてくれた相手。見たことのない魔法で椅子やテーブル、調理台に竈まで作った不思議な力の持ち主。マーヤからすれば白馬の王子様に匹敵する。しかもその王子様は肩車をせがめば快く応じてくれるし、フライングボディープレスをしても怒ったりしないし、一緒に楽しく料理も作った仲だ。
(今はオレが頼れる相手だと感じることでマーヤは心のバランスを取っているんだろうな。そしてこの3人もそれをわかっているからオレに預けている。期待には応えないと・・・)
大輝は強くて頼れるお兄さん役を全力で努める事を決める。だが、大輝が思っているよりも少しだけマーヤの心境は複雑だった。大輝は魔獣から救った瞬間に懐かれていると思っていたが実は違う。マーヤが大輝の身体をよじ登って肩車になったのも、料理を手伝ったのも、ボディープレスをかましたのも幼いながらに大輝との距離感を探るための行動だった。
自分たちの窮地を救ってくれただけで全面的に信用するほどマーヤは他人を信用していない。フュルト家を陥れようとする人たちが近くに居たのだから当然だ。感受性の高い子供は悪意に敏感なのだから。だからこそ大輝のことを信じたい、そして自分たちを助けて欲しいと思っていても躊躇してしまい試すような行動を取ってしまうのだ。もっとも、子供好きの大輝はその試験に毎回満点の解答を出すため自然と鼻歌を口ずさんだり満面の笑みを浮かべることになっているのだが。
「よし、今夜はここで野営にしよう。」
モリッツが適した場所を示す。目の前には高さ10メートル程の崖があり、その手前に小川が流れている場所だった。水場が近くにあるのは野営に適している場所であるが、その分魔獣や野生動物が集まりやすい。そのため、念入りに地面を調査して足跡が残っていないかを確認する。
「うむ。どうやらこの辺りは大型の生物の痕跡はないようだな。」
安全を確かめたマルセルが野営に同意する。
「マーヤお腹すいたぁ。」
「ちょっと待っててね。今夜もお兄ちゃんがご飯作るから楽しみにしててね。」
早速大輝が土魔法で調理台と竈を作成する。手慣れたもので河原から大き目の石を拾い集めてすぐに完成させる。そして背負い袋から鉄板を取り出して焚き火の上に設置する。昨夜は出番のなかった鉄板にマーヤだけではなくマルセルたちも興味深げに見ている。
「あ、これの出番は最後なんですが、温めておく必要があるんですよ。」
そう言ってまずは竈に置かれた鍋でコメを炊く準備を始める。そしてマーヤを誘って調理台で野菜と肉を細かく刻んでいく。
「今夜も~マ~ヤは~お手伝い~うっひゃっひゃ~」
珍妙なリズムで歌う幼女と共に大輝が料理を担当し、レオニーはテントの設営、マルセルとモリッツは薪を集めた後は周囲に念の為の警報装置を仕掛けにいく。警報装置といっても鳴子なので、気配察知スキルのある大輝には気休めにしかならないが。
「え?鉄板で焼くの?」
材料が昨夜とほとんど同じだったため、てっきり昨夜と同じように雑炊にするものだと思っていたマーヤが疑問の声を上げる。
「そうだよ。昨日とは違うお料理をしま~す。」
ニヤリと笑う大輝だが、作る料理は大したものではない。1人暮らしの男性でも簡単に出来る料理だ。
「まずは、温めて置いた鉄板に油を敷きます。」
「油を敷きま~す。」
「最初にお肉を投入します。」
「投入って?あ、入れるってことか。」
「そうだよ。で、色が変わるまで焼いたら次はお野菜の出番です。」
「野菜さんいっきま~す!」
「すぐに炊けたゴハンも出陣です。」
「うぅ・・・ご飯も行くの?」
「うん、最後に醤油で味付けします。」
「うわぁ~。すっごいいい匂い!」
「でしょ?ちょっと焦げた位が美味しいからもうちょいかな?」
醤油の焼ける香ばしい匂いが野営地に漂い、それに釣られるようにマルセルとモリッツが帰って来る。
「おっ。屋台でよく見かける風景と匂いだな。獣人たちが良く集まってるのを見たことがある。」
コメや醤油はハンザ王国の人間なら誰でも見たことはあるが、主に食べるのは獣人だ。純人も目にする機会はそれなりにあるが進んで食べているわけではない。だからモリッツのような言い方になるのだ。
「炒飯っていうのかな?」
アメイジアでどう呼ばれているかわからないため疑問形になる大輝だったが、それで合っている。
「まあ、匂いでわかると思いますが、美味しいんで騙されたと思って食べてください。」
鉄板ごと火から遠ざけ、それぞれの器に炒飯を盛りつけ、平行して作った味噌汁をレオニーが配る。違和感のある取り合わせだが他のスープ類を作る調味料の持ち合わせがなかったのだ。
「召し上がれ~」
マーヤの声に従って各自がスプーンに手を伸ばす。屋台に行くことなどないレオニーは初めて見る料理を恐る恐る口に運んでいるが、食べてみれば表情が柔らかくなった。
「美味しいですわ。」
「美味である。」
「獣人たちが群がる訳がわかったわ。食わず嫌いで随分損してたみたいだなこりゃ。」
どうやら3人の舌にも受け入れられたようで一安心の大輝。しかし、一人感想を言っていない幼女がいることを思い出して視線を向ける。
「はふはふっ、はむはむっ」
熱々の炒飯を必死に食べているハムスターの食事風景のような幼女がいた。
「火傷しないようにね。」
「うっしっし。マーヤは満腹なり~」
ポンポンと膨れたお腹を叩くマーヤを満足気に眺める大人たち。その中から姉役のレオニーがマーヤに声を掛ける。少し早いが寝かしつけるつもりだ。
「マーヤ様、身体を拭いてから寝ましょね。」
「えぇ。冷たいからやだなぁ。」
今は1月。比較的温暖なハンザ王国でも夜中の気温は10度を下回るのだ。いくら湯を沸かしてタオルを温めてもすぐに冷えてしまう。マーヤが嫌がるのも無理はなかった。とはいえ、聞き分けのよいマーヤは本気で嫌がっているわけではない。自分の我が儘で困らせるつもりはないのだ。だが、真に受けた大人が1人いた。
「よし!露天風呂にしよう。」
大輝だ。マーヤの言葉を受けて反射的に思いついたことだが、我ながら妙案だと思った。風呂は心身のリフレッシュに良いのだ。すでに半月以上野営を繰り返している4人は決して清潔な身なりではないし、全員が疲労状態にあることは明白だ。空気の澄んだ星空の下での露天風呂はさぞかし良い気分転換になると思ったのだ。
「とういうわけで、風呂作ってきます。」
「「「 はい!? 」」」「ほえ!?」
ちょっと散歩してきます、というノリで風呂作成に取り掛かろうとする大輝に大人3人と幼女1人が呆気に取られる。風呂は上流階級の屋敷なら個別に設置されていることも多いが、一般市民はそれなりの金額を払って公衆浴場に行くしかない。幼女ですら知っている上流文化の1つなのだ。
「大輝様は風呂の魔道具を携帯されているのですか?」
「非常識にもそんな高価な魔道具を携帯してるとしても魔力が尽きるだろ。」
「うむ、それに湯を張る浴槽などこのような場所にはありませんぞ。」
「だよねぇ。マーヤはお風呂があるなら入りたいけど。」
口々に不可能であると発言する4人だが、大輝は意に返さない。ココの村で毎日自作の風呂に入っていたのだから。
「問題ありません。10分くらいもらえれば用意しますので。そのかわり、食事の後片付けをお願いしますね。」
半信半疑の4人の返事も待たずに大輝は10メートルほど離れた小川へと移動して早速作業を開始する。
(安全が保証された場所じゃないから出来るだけ魔力を温存しないとな。だからできるだけここにあるものを利用しないと。)
素早くイメージを纏めた大輝はまず小川の近くの地面へと両手を付けて土魔法を発動させる。食事のたびに調理台やテーブル作成に使っている土の操作である。大輝の魔力に反応して土が移動を開始したかと思うとあっという間に2メートル四方が深さ40センチに削り取られ、取り除かれた土によって壁が形成される。そこに城壁の強化にも応用されている硬化の魔法が追加され、砂粒レベルで結合が強化されて防水能力を付与される。そしてすぐ隣で同じ作業を繰り返す大輝。
「えっと、土で浴槽を作られたのですか?」
食事の後片付けをせずに大輝を見ていた4人の中からレオニーが声を掛ける。4人の視線の先には掘りごたつのように地面をくり抜き、地上40センチ程の壁に囲まれた深さ80センチ程と思われる浴槽が2つあったが、尋ねずにはいられなかった。
「はい。心配はいらないですよ、水が浸み込まないようにちゃんと処置してありますから。こっちが湯船に浸かる用、こっちが身体を洗う用の浴槽です。」
レオニーの問に答えながらも次の作業を開始する大輝。2つの浴槽に水を張るのだ。とは言っても2つの浴槽を満たすだけの水を魔力だけで生み出すのは消費効率が悪いため、水は小川から拝借する。小川に右手を浸けた大輝が水魔法で水流を操作する。右手から流された魔力に反応してまるで噴水のように水面から吹き上がった水へと左手を掲げて魔力を発し、着水地点である浴槽へと誘導する。
バシャバシャバッシャァ!
1つの浴槽への注水に掛かった時間はわずか20秒、2つ合わせても40秒で終わった。
(うん。土も水もあるものを利用したから大した魔力消費じゃないな。次はちゃんと計算してからやらないと加減が難しいけど・・・)
1人で納得している大輝だが、後方にいる4人、特に大人3人は口を開けて呆気に取られている。だが大輝は最大の難所を前にしておりそれに気づかなかった。
(えっと、温める水の量は2メートル×2メートル×80センチ・・・1リットルの水を1度上げるのに必要な熱量は1キロカロリー・・・水の温度が10度ちょっとだとして30度くらい上昇させるイメージっと。)
初めて自作のお風呂に入ろうとしたときはこの水を温めることに苦労した大輝。水に高温の火魔法をぶち込んで浴槽ごと破壊したこともある。そして試行錯誤した結果編み出した解決法が熱量計算だった。この世界の魔法は、具現化したい事象のイメージ化とそれに至る過程を脳内に描くこととそれに応じた魔力を籠めることが必要条件なのだが、科学的なアプローチを脳内に描くことでも発動するのだ。つまり、今回の場合は風呂のお湯のイメージと熱量計算式と魔力の3つで発動することになる。
「うっし!いい湯加減だ。」
見事に温度調節に成功した大輝は満面の笑みを浮かべる。だが、大輝はまだ事の重大さに気づいていなかった。レオニーの言う風呂の魔道具を考案したのは『魔職の匠』なのだが、その機能は水を42度に温める事。まさしく大輝が解決法として利用した科学的アプローチを魔法陣化したものなのだ。(正確には風呂の魔道具は化学だが・・・)そして魔道具の多くが同じ手法によって作られていることを大輝は知らなかった。そして魔道具技術が発展しない理由もそこにあった。魔法陣を刻む魔道具職人たちが科学を理解していなかったゆえに。つまりある程度の科学的知識を持つ大輝たち異世界人が最も魔道具の深遠に近い位置にいるのだ。だが、この場ではマーヤがすぐに風呂に入りたがったために気付くことはなかった。
「すっご~い!湯気がいっぱい出てる~」
マーヤがすぐにでも浴槽に飛び込みそうになるのを大輝が制止する。男女いるために衝立を作らねばならないのだ。大急ぎで土魔法で高さ1.5メートルの杭を数本出現させ、布で風呂場と野営地の間を仕切る。さすがに全てを土壁にするには魔力残量が不安になるために手を抜いたのだ。
「まずはこっちの身体を洗う浴槽から掛け湯して汚れを落とすんだよ。」
寒いからと身体を拭くのを嫌がっていたはずが、野営地でポンポンと服を脱ぎ散らかした幼女が裸で風呂場に突貫して来る。大輝はレオニーに世話を任せるつもりだったのだが、大輝の非常識魔法に口を開けたままのレオニーは動かず、マーヤにせがまれて一番風呂を共に味わうことになった。
その間、再起動したレオニー、マルセル、モリッツが大輝の異常さについて話し合っていた。
「なあ、オレの記憶が正しければ、あれだけの量の水の温度を風呂に適したものにするには魔道具を使ってさえ魔法士数人掛かりの作業だと思うんだが・・・」
「某の記憶でもその通りだ。しかも一発で適温にするなど・・・」
「それだけではありませんわ。土で作った浴槽に水が浸みないということは建設の極意も習得されているご様子・・・」
彼らは知らなかった。具現化させたいイメージとそれに見合った魔力があれば魔法は発動するが、その具現化したい事象についての知識があればあるほど消費魔力は減少するし、繊細なコントロールが可能になることを。
確かに異世界人である大輝は一般人よりも保有する魔力量は多い。だが、決定的な差は保有する知識量なのだ。大輝がそれに気付きどう行動するかで世界が大きく変わって行くのだが、それにはまだ時間が掛かるようだった。
熱は下がりましたが、嫌な咳が収まりません・・・
マスクはしているのですが、周囲の白い目がいたたまれません。
休んじゃえばよかったかな><




