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レゾナンス   作者: AQUINAS
第三章 ハンザ王国~政争~
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第七十三話 フュルト子爵家のご令嬢

「大輝様は『山崩し』の功労者の1人でしたのね。」


「むぅ。北方騎士団長が失点回復のために大輝殿を狙っているとすると・・・」


「ただの功労者を騎士に勧誘出来ただけでは大した挽回にはならないはず・・・ん? あぁぁ!!」


 頭が回りだしたレオニー、裏を読もうとするマルセル、そして大輝の全身を舐めるように見ていたモリッツ突然大声を上げる。


「ちょっとモリッツさん、マーヤ様がお休みになっているんですから。」


 慌ててレオニーがモリッツを窘めるがモリッツは気に留めなかった。


「『山崩し』の功労者でその双剣と魔法の腕・・・双剣の奇術士か!」 


「それならグーゼル団長が強引な手段で勧誘・要請しているのも合点がいく。件の奇術士は爆発の魔道具を考案したと聞いている。その技術を騎士団が独占できるとあらば挽回も可能であろうからな。」


 モリッツが大輝を恥ずかしい呼称で呼び、マルセルが納得していた。


「まぁ、そういうことです。オレは例の魔道具を誰かに伝授するつもりはないので振り切ってきたんですよ。以上がオレの方で今抱えている事情です。」


 この言葉にも嘘はない。ノルトの街を出てからは常に気配察知スキルで周囲を警戒していたため、騎士団が冒険者に偽装していたと思われる一団以外に大輝を追跡する者はいなかったのだ。つまり、各国の監視者たちはまだ大輝を再捕捉していないと思われるからだ。


「うむ。大輝殿のことはよくわかった。」


「次はこっちの番だな。レオニーちゃんもいいな?」


「はい。大輝様があちら側でないことはわかりましたので私に異存はありません。」


(あ、レオニーさんはマーヤちゃんにちゃん付けされるのはダメでもモリッツさんならスルーなんだ。)


 どうやら異世界人であるということは微塵も疑われていないと安堵した大輝は一瞬思考が逸れる。だが、すぐに真剣な面持ちでモリッツの話を聞く姿勢に戻る。


「大輝はこの国の貴族と領地経営について知っているか?」


「あまり知りません。知っているのは各貴族家の数くらいです。」


 2公爵家、4侯爵家、6伯爵家、8子爵家、10男爵家という30家が各国共通の正式な貴族家であったはずだ。名誉子爵、名誉男爵という爵位もあるが、こちらは一代限りであり家としては認められていない。


「そうか。この国で領地を持っているのは伯爵位までの12家だけだ。正確には王領があるから13家ということになる。そして子爵家と男爵家、それから名誉爵位を持っている者たちがそれぞれの領地に補佐として就くということになっている。」


 モリッツが忌々し気な表情で統治体制を説明していく。


「名誉爵位はな、伯爵位までの12家なら3席まで裁量権が認められているんだ。自領の統治に必要だと言う理由でな。軍部に例えれば、将軍に当たるのが王家、騎士団長に当たるのが伯爵位以上の家、副団長に当たるのが子爵家か男爵家、部隊長に当たるのが名誉爵位持ちだ。そしてマーヤ嬢ちゃんは副団長ご令嬢にあたる。それも1人娘で母親はすでに亡くなっている。そしてオレたちは追われている。ここまで言えば想像できるんじゃないか?」


「部隊長の任命権が騎士団長にあるということは副団長が浮いてしまうことになるんですね。」


 事情が見えてきた大輝はうんざりするとともにマーヤを不憫に思う。


「本来、子爵家と男爵家は領主の監査役という役目なんだよ。だが、王国の歴史も長くなれば領主と監査役の間に血縁関係が生まれるケースが増える。領主家同士の婚姻にも限界があるからな。そうなれば次に同じ貴族の地位にある子爵家や男爵家に目が行くのは当然だろう。」


 上流階級の他にも力のある商人や冒険者が複数の妻を持つことが当然のこの世界では5男6女とかも普通なのだ。そうなれば12家の中に嫁げる人数は限られる。


「だが、マーヤ嬢ちゃんの家は代々監査役のお勤めを大事にする家でな。常に領民の為に尽くして来た家なんだ。」


 悔しい出来事が思い出されたのだろう。モリッツが言葉に詰まる。それをマルセルとレイニーが引き継ぐ。


「某の家は代々マーヤ様の御家であるフュルト家に仕えておる。マーヤ様にとっての爺やのような役割を務めておる。」


「私もマルセルさんに近い立場です。フュルト家にご恩がありマーヤ様の姉役を務めております。」


 2人がマーヤとの関係性を話しているため急いで自分も明らかにするモリッツ。


「オレはフュルトの旦那に拾われた元冒険者だ。旦那の最期の頼みでマーヤ嬢ちゃんを屋敷から連れ出したのもオレだ。」 

 

 モリッツは最期の頼みと言った。


「マーヤちゃんは両親ともいないんですか?」


「言い方が悪かった。済まない。旦那がどうなったかはオレたちもわからないんだ。ただ、旦那は最期になることを覚悟して嬢ちゃんを連れ出すようにオレに託したんだ。」


「旦那様はフュルト家当主としてどうしてもお屋敷に残ると仰せで・・・私とマルセルさんは別ルートで街を出て合流しました・・・」


 どうしてマーヤが屋敷を逃げださなければならなかったかが抜けているため大輝は確認する。


「そもそもどうしてマーヤが追われているんですか?フュルト家に何があったんですか?」


 聞いてしまえば係わらざるを得ないと思いながらも幼いマーヤのことを思うと止められなかった。


「肝心のところが抜けちまったな。どうも要点良く話すのは苦手なんだ。」


 マルセルでは口調的にニュアンスが伝わりにくいし、若いレオニーはこういった大人の話は荷が重い。そうなると苦手でも必然的にモリッツが話さざるを得ないのだ。


「簡単に言うと追い落としだ。30の貴族家は余程の不祥事を起こすか跡継ぎがいない等の事態にならない限り不変なのさ。だから名誉爵位持ちが成り上がるチャンスがない。」


「つまり、監査役に徹しているフュルト家に罪を着せた上で跡継ぎもいない状態に追い込もうとしている相手がいると?」


「あぁ。相手もわかっているが証拠集めが間に合わなかったんだ。こっちが動き出したことに気付いた連中が強硬策に出ると聞いて慌てて嬢ちゃんを連れて街を出たんだ。だが、旦那は潔白を主張すると言って屋敷に残った。」


 大輝は湧きあがる怒りを静かに押さえつけていた。自分自身が陥れられるよりも親しい人間や庇護すべき相手が傷つけられることに怒りを覚える性質なのだ。だが今は暴発しない。自らの目で確かめるまでは決して行動に移さないことを自らに課しているのだ。


「ふぅ・・・で、フュルト家の所属する領地と敵の名前は?」


 一呼吸置いて核心部分を尋ねる大輝に対して3人は一旦目を合わせる。重要な情報を全て大輝に話してしまってよいのかの最終確認だ。3人としてもこのまま逃亡生活を続けるにせよ、なんらかのアクションを起こすにせよ仲間は必要なのだ。領内には公平な統治を目指したフュルト家を支援してくれる者もいるが何の策もなしに戻ることは出来ない。敵対勢力に捕まれば全てが終わってしまうのだから。だから3人は軽く頷いて決める。


「王都アルトナの西部にあるヘッセン侯爵領だ。領都ギーセンは王都アルトナから西に150キロ程、ちょうどこの辺りからも南西に150キロってとこだと思う。そしてフュルト家を陥れ、その地位に就こうとしているのはホーグ・ベルナー名誉子爵。ベルナー家はヘッセン侯爵領最大の商家でもある。」  




 2時間余りに渡ってフュルト家に起きた出来事を聞いた大輝は自分用のテントに戻って身体を横たえながら考えに耽っていた。


(とりあえずマーヤの味方に付くと決めたのはいいけど・・・)


 すでに大輝は領都ギーセンで自ら情報収集することを条件に仲間となることを表明していた。それまではマーヤの護衛として雇われた冒険者という立場だ。ベルナー家からみればどちらも変わりないのだろうが。


(フュルト家が取り潰しとなればマーヤはベルナー家だけでなくハンザ王国からも追われる立場になる。認証プレートを提示する必要がある街には入れなくなるよな。今も警戒して入らないようにしているみたいだけど。)


 大輝は召喚された異世界人として、マーヤは冤罪で陥れられ親の後継者として、自身にはどうしようもない事情でこの世界からはみ出し者扱いされかねない存在だ。とても近しい立場にあるが、2人には決定的に違うことがある。マーヤは4歳の幼女で大輝は剣と魔法と経験という力があるのだ。なんとかしてあげたい。


(うん。心の整理はOKだ。次は状況整理だな。)


 フュルト家側からの一方的な情報提供だということを念頭に入れて再度状況整理をする大輝。『未来視』を有効活用するために多くの調査員を動員していた大輝は一方向からの情報だけでは真実が見えない事を経験から知っている。だが、常に状況は整理していく必要性もあるのだ。


(一番気を付けないといけないのはヘッセン侯爵家が絡んでいるのかいないのかだ。)


 マーヤたちが危険を察知してフュルト家を脱出したのが今から2カ月ほど前の11月中旬。しかし、ルード王子派の筆頭貴族であるヘッセン侯爵は10月初旬から王都の勤務についており、4月までは戻ってこない予定だ。いわゆる参勤交代に近い制度がとられているハンザ王国では常に半数の上級貴族たちが王都に詰めていることになるのだ。


(領主不在の間にホーグ・ベルナー名誉子爵が強硬した可能性もあるけど、お堅いフュルト家を煙たがったヘッセン侯爵が指示してやらせた可能性もある。侯爵が自分の不在時であれば失敗した時のリスクを軽減できると考えた可能性もあるしな。)


 領主自身が係わっているとなると、いくらフュルト家無罪の証拠を提示しても意味がなくなってしまう。


(次に重要なのがマーヤのお父さん、フュルト家当主の安否だな。モリッツさんたちは完全に諦めていたけど・・・領主が不在なら格上の子爵を表立った処刑なんて出来ないはず。それにマーヤがこうして生きている以上は子爵家を取り潰すには罪を着せる必要がある。そして罪を認定すべき領主は不在・・・フュルト家当主が生きている可能性はある・・・)


 ホーグ・ベルナー名誉子爵が短絡的な相手であれば邪魔者は消せとばかりにフュルト家当主を亡き者にしているだろうが、仮にも名誉爵位持ちで領内最大の商家を率いる者である。その可能性は低いと考えていた。


(残された時間は3か月か・・・ヘッセン侯爵が領都ギーセンに戻って来る前に調査を終えて反撃の準備をしないといけないな。)


 大輝は朝になったらギーセン方面に向かうことを提案するつもりだった。大輝は自身の目で状況を把握する必要があったし、かといってマーヤの身の安全を確保するためにも別行動は取りたくない。ベルナー家だけではなく今日みたいに魔獣に襲われる危険があるからだ。だからギーセンの近くに隠れ家を定めてしばらくそこに閉じこもっていてもらおうと考えていた。


(ギーセン付近の地理がわからないからその辺はモリッツさんたちに相談しないとだけど・・・)


 最低限の情報整理と行動方針が決まったことで大輝の身体が弛緩していく。ノルトの街を出てから8時間近くも疾走し、モリッツたちと腹の探り合いをし、マーヤの抱える事情の解決策を考えるなど身体と脳をフル回転させてきたのだ。さすがの大輝も疲れを感じており、一区切りついたことで身体と脳が睡眠を欲していた。そしてゆっくりと眠りに落ちていった。





 っば! パタパタパタッ トンッ


「とうっ!」


 大輝の眠るテントの入口を開け放ち、助走をつけた金髪の幼女が掛け声と共に空を舞う。 


「ぐはっ!」


 滞空時間こそ1秒ほどだったが見事なフライングボディープレスが決まった。もちろん大輝はマーヤがテントに近づいた時からその存在に気付いていた。睡眠中であってもある程度の気配察知が出来るように訓練済みであったのだ。だが、僅かな戸惑いもなくプロレス技をかましてくるところまでは予想出来なかったのだ。


「お兄ちゃんっ、朝だよ~」


 大輝の呻き声など聞こえなかったかのような無邪気な声が掛かる。そして大輝の腹の上に跨ったマーヤが小さな手でペちぺちと頬を叩く。  


「う、うん。おはようマーヤちゃん。」


「やっと起きた!おはようございますっ。」


 馬乗りになりながらも朝の挨拶と共にぺコンと頭を下げる可愛い幼女に目じりを下げる大輝。マーヤに急かされて手早く身支度を整えた大輝がテントを出るとすでにレオニーが朝食の準備に取り掛かっていた。


「お兄ちゃんを起こしてきました~」


「おはようございます。レオニーさん。」 


「おはようございます。大輝様が提供してくださった調味料でスープを作らせて頂いております。」


 胸を張って報告するマーヤに笑顔を向けたレオニーは大輝へ挨拶と共に礼を述べる。すでに大した食糧を携行していなかった彼らに大輝が供出しているのだ。もっとも、大輝としてはすでにマーヤの護衛の1人であると思っているし、護衛とは戦闘だけに限定したものではないと思っている。


「護衛対象の健康を気遣うのは当然のことですから。もちろんマーヤちゃんだけではなく皆さんにもしっかり栄養を取って頑張って頂かないといけませんので気にしないで下さい。」


 程なくして朝食の準備が整い、5人揃って肉と野菜が大量に入ったスープとパンを口にする。


「うんうん。スープ美味しいね!」


 マーヤが上機嫌でおかわりする中、男性陣は今後の方針を確認していた。大輝の進言通りヘッセン侯爵領に向かうことにはなったのだが、情報収集と食糧補給のためにどの街や村に寄るべきか意見を出し合っていたのだ。大輝もノルトの街を出る際にはある程度のハンザ王国内の地理を把握してきている。マルセルとモリッツと協議した結果、真っ直ぐにヘッセン侯爵領に向かうのではなく、王都アルトナとヘッセン侯爵領の中間にある王領を経由することにした。ヘッセン侯爵領外でフュルト家の件がどういう扱いになっているかの情報収集のためだ。


「とはいえ、まずは食糧調達を大輝に頼まないとな。」


 モリッツの言う通りだった。 



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