第七十二話 腹ペコ幼女
再開します。
共に野営をすることになった大輝たちはフォレストディアーとの交戦地から30分程移動していた。
「ここなら良さそうですね。」
「うむ。某は異存ない。」
「うん、いいんじゃないか?」
大輝、マルセル、モリッツの3人が納得する地形が見つかった。密集する木々の中で窪地になっており、火を起こしても周囲に明かりが漏れにくい地形が見つかったのだ。しかし、何に納得したのかは互いに言わない。大輝から見ればマーヤたちは逃亡者であったが、彼らから見ても大輝は何某かの事情を抱えていると思っている。いくらCランク冒険者とはいえたった1人で街道から大きく離れた魔獣スポットでもない林の中に突如現れた特異な人物なのだ。だから互いに人目につきにくい地形を選んだことを突っ込まない。腹を割った話をするのはもう少し後だと互いにわかっていたのだ。
「今日はここで寝るの?」
大輝の肩から下りたマーヤがレオニーに尋ねる。
「そうですよ。でも、寝る前に食事にしましょうね。」
しゃがんでマーヤと視線を合わせるレオニーに対してマーヤが申し訳なさそうな顔をしながら言う。
「マーヤ、たまにはパン以外も食べたい・・・」
マーヤも幼いながらに事情を感じ取っていたのだ。自分が原因で街に入れず、追いかけて来る相手がいる事やレオニーたちが守ってくれていることを。いつもは作り笑いを浮かべて我慢していたのだが、大輝という久しぶりに甘えられる相手が出来たことで気が緩んだのだった。
レオニーたちは困惑顔を浮かべるしかできなかった。持ち出したお金にはまだ余裕があるのだが、認証プレートを提示しなくてはならない街には寄ることが出来ず、すでに最後に立ち寄った農村で分けてもらった食糧は保存食となる乾パンと干し肉くらいしかなく、ここ数日は道中採取した野草や木の実を入れたスープとパンだけなのだ。
「マーヤちゃん。ちょっと時間掛かるけど、お兄ちゃんの料理を食べてみない?」
幼女に食べ物で不自由させることを良しとしない男が立ち上がった。虚空に入っている熱々の料理をそのまま出すことは出来ないが、調味料や食材は背負い袋に手を突っ込んでコッソリと虚空から取り出せばいいと考え、バレた時はその時と腹を括ったのだ。
「お兄ちゃん、お料理できるの?」
「まっかせない!ところで、マーヤちゃんは食べられないものある?」
「ううん。マーヤはなんでも食べられるよ。好き嫌いしてたら大きくなれないもん。」
「えらいねぇ。じゃあ、ちょっと待っててくれるかな?」
「え~え。マーヤもお手伝いする!待ってるのつまらないもん。」
「あ、あの大輝様、よろしいのでしょうか?」
マーヤのキラキラした期待の瞳とは対照的にレオニーはそこまでさせて良いものか迷っている。
「気にしないでください。この背負い袋の大半は食材と調理道具なんですよ。皆さんのお口に合うかはわかりませんが全員分作りますからよかったら食べてください。」
「む。助けて頂いた上に食事までご馳走になってしまうわけにはまいらん・・・」
「さすがのオレも気兼ねしちまうが・・・」
マルセルとモリッツも言い淀むが大輝にとって幼女に我慢させることの方が問題であった。
「マーヤちゃんの為ですので大人のプライドは捨ててください。でも、その代わりに薪集めと夜の見張りを長めに押し付けさせてもらいますので。」
大輝は交渉事が得意だった。幼女のためであることを強調しつつプライドを捨てろと挑発し、最後は互いに利があることを説いて諭す。彼らにとっては、大切な幼女の希望に沿いつつ腹を満たせる。大輝にとってはやはり幼女を満足させつつ睡眠時間が多く取れる。WINWINの関係であることを示したのだ。
「それでいいですね?」
「「「 はい。 」」」
「じゃあ、全員行動開始!」
マルセルとモリッツは薪拾いに動き出し、レオニーはテントの設営を始める。マーヤは大輝の後をトコトコとついて行く。
「まずはお料理するための台所を作ります。」
「作ります!」
元気よく大輝の言葉を復唱する幼女に和ませられながらも手早く調理台を土魔法で作り上げる大輝。
「わーお!これ、マーヤ用?」
「そうだよ。お手伝いしてくれるんでしょ?」
「うん。するするぅ~」
マーヤ用と大輝用の2つの調理台を作ったことでマーヤのテンションが上がっていた。高さ85センチの大人用だとマーヤが退屈だと思ったのでマーヤ用に高さ50センチの小ぶりな調理台を作ったのだ。もちろん食材を切る刃物は持たせられないが、葉野菜を千切ったり肉団子を捏ねたりという作業をお手伝いさせようとしたのだ。
調理台の後に竈も作成した大輝はマーヤと楽しい料理教室を始める。
「はい、まずは手を洗います。」
「洗いま~す。」
大輝が水魔法で流水を出して2人でごしごしと手を洗う。
「お鍋に水を入れて火に掛けます。」
「火に掛けま~す。」
「危ないから火に近づいちゃダメだからね。」
「ダメだからで~す。」
「つぎはお団子をコネコネします。」
「うひゃひゃ。これ楽しい!」
きゃっきゃとマーヤの笑い声が野営地に木霊すること45分。ついに料理が完成する。もちろん4歳の幼女が手伝って45分で出来る料理なので大したものではない。それでもマーヤが得意顔で料理を説明する姿をみるだけで大人たちにはご馳走に見える。
「えっと、こちらはマーヤ特製肉団子入り雑炊です。召し上がれぇ~。」
大輝がノルトの街で仕入れたコメと肉団子、葉野菜を醤油味で調えた雑炊が全員に配られる。他には大輝が確保していたフォレストディアーの串焼きが大皿に並べられている。
「お、コレは美味いな。マーヤ嬢ちゃんはいいお嫁さんになれるぞ!」
「うむ。某も大満足である。」
「美味しいです。マーヤ様。」
「うっしっし。やったね!モリッツくんもマルセルくんもレオニーちゃんもおかわりしてね!」
「マーヤ様・・・くん付けちゃん付けはおやめくださいと。」
「まあいいじゃないか。」
「某も若返った気分になれて嬉しいでの構いませんぞ。」
「構いませんぞぉ~!っていいってことだよね?ね?」
マーヤは食事中終始ご機嫌だった。甲斐甲斐しくおかわりをよそってあげたりケタケタと笑ったりと楽しい食事を過ごした反動が来たのか、鍋が空になる頃には大輝の膝の上で舟を漕いでいた。
「マーヤ様、そろそろテントの中へ参りましょう。」
「う~ん、マーヤお腹いっぱいでもう食べられないよ・・・」
レオニーに抱きかかえられたマーヤがテントへと退場していく。そしてしばらく静寂の時が流れる。大輝は無言で鍋を水魔法で洗い、新たに水を入れて火に掛ける。そして自分の分を含めて4つのカップにハルガダ帝国の宮殿でカンナ王女付女官のサラからもらったハーブティーを入れる。ここからは大人の話し合いが始まるのだ。ハーブティーの香りが野営地に広がり始めた頃、マーヤを寝かしつけたレオニーが戻って来た。
「マーヤ様はお休みになりました。大輝様、本日は誠にありがとうございました。」
真っ直ぐに大輝の前まで来たレオニーが深々と頭を下げる。フォレストディアーから助けられた時とは違って心の込められた礼だった。
「大輝殿、改めて感謝致す。正直、食糧事情が切迫しており申した。マーヤ様だけではなく我々にも賄って下さった恩は忘れぬ。」
「オレからも礼を言わせてくれ。マーヤの嬢ちゃんが久しぶりに本物の笑顔を見せてくれた。ありがとな。」
マルセルとモリッツも心からの言葉を大輝に伝える。
「いいんですよ。オレ、子供好きなんで。」
大輝も腹を割って話をするために敢えて一人称をオレにする。年長者相手には私と話すのが大輝の流儀だったが、この場では壁を作るだけだと判断したのだ。それを感じ取ったのか、年長者たちが若干距離を詰めて来る。
「それにしても驚き申した。」
「あぁ。フォレストディアー戦はCランク冒険者だってことで納得できたが、あの調理台もあの竈も、そしてオレたちが使ってるテーブルとイスも大輝が土魔法で作ったんだろ?どんな修行をすればそこまで辿り着けるのやら。」
「最初、大輝様は剣士だと思っていたのですが、これだけ繊細な魔法をお使いになってまだ余力がありそうですもんね。それにお料理もお上手でマーヤ様のお相手も・・・」
3人はそれとなく大輝のことを褒めながら素性を探ろうとする。
「オレは欲張りなんで剣も魔法も使えるようになりたかったんですよ。料理は修行の息抜きの趣味で、マーヤちゃんの相手は子供好きの性格だからですよ。」
どれも嘘ではない。意図的に言葉足らずにしているだけだ。剣と魔法の世界ならば両方極めたいと白き世界で頑張った結果だし、料理は日本で『未来視』を理想的に使う為の勉強の合間の息抜きで覚えたものだ。
お礼の後にワンクッション入れたことでここからが本題であることを4人とも理解している。ここからは大人の時間だ。
「単刀直入に聞かせて頂きたい。」
マルセルの言葉で空気が引き締まる。互いに不審な点があり、互いに秘密があるのだ。マーヤが近くに寝ているために互いに一戦交える気はないが、事と次第によっては即時決裂も有り得る。
「大輝殿は何者で何を目的に動いている?」
「だぁぁ!ちょっと待てマルセル。その尋問口調はやめろ。それにわかりにくいんだよ!」
マルセルが一際低い声で大輝に対して質問を投げかけたがモリッツが慌てて打ち消す。
「む。某は単刀直入に、」
「直入過ぎるんだよ!いいから黙っててくれ。すまない、大輝。オレは勿論だがマルセルもお前と対決姿勢を取ってるわけじゃないんだ。だた、こいつの口調だとどうしてもこうなっちまうだけで・・・」
モリッツは釈明を続ける。だが、大輝は特に気にしていなかった。
「あ、モリッツさん大丈夫ですよ。気になるのは当然だと思ってますから。」
「そ、そうか。それならいいんだが。」
「ええ。オレがマルセルさんたちだったと仮定すれば色々気になる点があると思うんですよ。例えば、なぜこいつは1人で街道を外れた林の中にいたんだろうとか、さっきの土魔法のような特異な使い方をするなんて何者だろうかとか、追っ手の1人じゃないだろうかとか。」
「な、なっ、なっ・・・」
最後の一言に激しく反応したのはレオニーただ1人だった。マルセルとモリッツはやっぱりという顔をしながらも慌ててはいない。そして口をパクパクとしながらも声を出せないレオニーを宥める。
「レオニー殿、心配ござらん。目端の利く者であれば我らが追われていることはすぐに気付くこと。」
「そういうこった。大輝はわざと先に気付いてるってことをオレたちに示してくれたんだよ。最初に認証プレートを提示してくれたことと同じ理由でな。つまり敵対の意志はないってことだ。そういうことでいいんだよな?」
「その通りです。」
大輝も平然として答える。マルセルとモリッツなら気付いてくれるだろうと思ってカマをかけたのだ。もちろん敵対の意志はない。
「もう1つは腹を割って話そうっていう意図もあるんだろ?もちろん話せる範囲でってことだろうが。」
「それもモリッツさんの言う通りです。先端を切ったのがオレなのでオレから話をしようと思いますがそれでいいですか?」
「あぁ。そうしてくれると助かる。レオニーちゃんが復活するまで少し時間が掛かりそうだしな。」
レオニーはこういうやりとりに慣れていないのだろう。まだ完全に状況が飲み込めていない様子だった。
「じゃあ、少しばかりオレが置かれている状況を説明させてもらいます。まず、皆さんに遭遇したのは偶然です。マルセルさんとモリッツさんは気付いてるみたいですけど、オレは追っ手を撒くために街道を外れて林の中を移動してました。追いかけてきている者たちは冒険者に偽装してましたが、十中八九北方騎士団長グーゼル配下の者たちだと思います。これだけは言っておきますが、オレは犯罪を犯したわけではありません。もう少し具体的に話すと今朝6時にノルトの街を出発したのですが、不審な者たちが後をつけていることに気付いて9時ごろに街道を離れて林の中へ飛び込んで走り続けていました。」
「ちょ、ちょっと待った!今朝ノルトの街を出たって?マルセル、ここってそんなにノルトの街に近かったっけ?」
モリッツは大輝を追いかけている相手が騎士団であることよりも気になるようだった。
「むぅ。某の記憶では100キロ近く離れているはずだが・・・」
「だ、だよな?」
「その位だと思いますよ。」
大輝も平然と答える。その答えを聞いてモリッツは溜息を吐く。
「Cランクの実力は伊達じゃないってことか。」
「身体強化だけならそれ以上の自信はあるので。まあ、それは置いておいて、騎士団がオレを狙っていると思う理由ですが、簡単に言うと騎士団の勧誘というか要請を断ったんですよね、オレ。」
「ん?なんだその勧誘と要請の微妙な差は?」
「えっと・・・ノルトの街で『山崩し』が発生したことは知ってますか?」
「ああ。最後に寄った村で1月程前に過去最大規模の『山崩し』が発生したことは聞いている。確か、Bランク魔獣3体を含めて2,000以上の魔獣がエレベ山を下りて来たらしいな。で、援軍に来たはずの騎士団はだらしなかったらしいが、戦術と新魔道具のお蔭で迎撃戦は大成功だったという話だったな。」
逃亡者であるため知らない可能性があると思って聞いたのだが、どうやら近隣の街や村にも情報は伝わっているようだ。
「知ってるようですね、それなら話は早いです。騎士団の戦犯の1人がグーゼル団長で、『山崩し』の功労者の1人がオレなんです。」
3日間連載を止めてしまいましたが、本日より復帰致します。
とはいえまだ完治はしておりません・・・。
筋肉の痛みは2日程で消えたのですが、熱がまだ下がりきらないのです。
インフルエンザには10年ぶり以上ご無沙汰だったのですが非常に性質が悪いですね。
皆さまもご自愛くださいませ。




