第七十一話 逃走者×逃走者
大輝は少し迷った後、気配を辿って魔獣から逃走中と思われる集団を確認することにした。助けに行こうとしたわけではない。自身も数時間前に北方騎士団から姿を晦ました直後だったし、街道から大きく離れた林の中を逃走中の正体不明集団と係わるつもりはなかったのだ。
(悪いけど騎士なら見捨てる。冒険者もだな。それなりの覚悟で街道を離れているんだろうし。何らかのトラブルで商隊から離れた商人だったらこっそり魔獣だけ倒してそのまま消えよう。)
移動中に行動指針を確認する大輝。数か月前までの『未来視』で視てしまった見ず知らずの人々を不幸から救うためだけに生きていた大輝とは別人のようだった。だが、結局大輝は自分の意志で逃走中の集団を救うことになった。
(なんでこんな場所に小さい子供がいるんだよ!?)
器用に樹上を移動していた大輝の目に入ったのは幼い子供を抱きかかえて必死に魔獣から逃げる若い女性とその女性を守るように前後で剣を振るう初老になろうかという男性2名だった。薄暗い中でも彼らが決して楽な旅を続けてきたわけではないことが一目でわかった。子供を抱える女性の羽織るローブは埃まみれの上、裾はあちこちがほつれているし、男性2名の方も革鎧の下のシャツやズボンは長期間着替えもしていない様子だった。
彼らの状況を見て大輝はすぐさま援護に入った。大輝はフェミニストという程ではないが女性には優しい方だし、敬老精神もある方だ。だが、なによりも子供好きである。いや、庇護対象といった方がいいかもしれない。だからこそ頭で考えるよりも早く身体が動いた。
ザシュッ
樹上から飛び降りた大輝が4人の逃走者を追走するフォレストディアーの1頭へと風魔法で魔法剣化させた小剣を振り下ろしその首を斬り落とす。鹿が魔獣化したフォレストディアーはEランクに指定されているが、オスの持つ角は複雑な形状をしており正面から突進を受ければ回避は難しく当たれば大怪我する。だが、大輝の身体強化と動体視力をもってすれば脅威度は低い。2頭目へと走り寄りながら逃走集団に声を掛ける。
「魔獣は引き受けます。その大木を背にして魔獣が近寄らないように剣で牽制しててください!」
走りながら全員を守るのは難しいと判断した大輝が4人に指示を出したのだ。一瞬訝しげな眼で大輝を見た一行だが、従った方が助かる可能性が高いと判断したのか素直に従った。一際大きい木に子供を抱えた女性が背を預け、その前に男性2人が陣取って剣を大きく振ってフォレストディアーを牽制する。
彼らが従ってくれたことを確認する頃には2頭目を仕留めており、彼らの陣取る大木に魔獣を近づけさせないように圧力を加えながら次々とフォレストディアーへと剣を繰り出す。出来れば火魔法で牽制しながら戦いたいところだが、周囲は木が生い茂っており延焼の可能性が高い。すでに夕闇に包まれている中では火は目立ちすぎ、周囲に展開しているかもしれない騎士たちに位置を知られることになりかねない。だから牽制は魔力を放射する威圧を選んだのだ。単発で火魔法を放つよりも魔力の消費効率は悪いが冷静な判断だった。
「「「 キャビィィィ~ 」」」
大輝の威圧にフォレストディアーたちが怯えた鳴き声を発する。
ッザシュッザッシュ!
怯えた瞬間を見逃さなかった大輝が続けて2頭を切り裂く。一刀両断とはいかなかったがフォレストディアーたちの戦意を挫くのには十分だった。それを感じ取った大輝が気合の言葉と共に再度多量の魔力を放射した瞬間に一目散に逃げていくフォレストディアーたち。大輝はそれを黙って見送り、フォレストディアーが完全に探知エリアから離脱したことを確認してからようやく4人の逃走集団を振り返る。
「もう大丈夫のようです。お怪我はありませんか?」
双剣を鞘に仕舞いながら声を掛けるが、男性2名は呆気に取られたような表情で固まっており、子供を抱えた女性はまだ震えている。そして親カンガルーの育児嚢からぴょこんと顔を出しているような姿になっている子供は円らな瞳で大輝を見ている。
(あれ?威圧は前方のフォレストディアーだけに浴びせたつもりだったけどこっちにも影響あったのかな?)
幼い子供が平気な顔をしているので威圧が後方にまで及んだとは考えにくいのだが、大人たちが反応を示さないためつい何か失敗したのではないかと心配になってしまう大輝。
失敗と言えば失敗だった。17歳に巻き戻された大輝の容姿はアメイジア大陸においては成人に満たない子供にしか見えないのだ。その子供がEランクとはいえ魔獣を小剣で蹴散らすわ、魔力の放射で怯えさせるわ、そして最後には一喝して逃走させたのだから。
(あ・・・忘れてた。)
『山崩し』以降、大輝のことを子供扱いする人間がいなくなったことですっかり自分が幼く見られることを失念していたのだ。一瞬迷った後、こういう時は自己紹介すべきだと思って懐から認証プレートを取り出して魔力を籠める。そして名前と年齢、そして冒険者ランクを浮かび上がらせて男性2人に見えるように掲げる。
「大輝といいます。これでも成人してまして、Cランクの冒険者です。」
まるで刑事ドラマで警察手帳を開いて見せるような仕草だったが、この行為が男性2人の警戒心を解いた。認証プレートは『魔職の匠』によって世に出された偽造不可能な身分証明書である。それを提示したということは間違いなく目の前の人物は大輝という名前の17歳の青年でありCランク冒険者なのだ。そして身元のはっきりした人物であることがわかり、自分たちを窮地から救ってくれた人物に失礼な態度を取るような男たちではなかった。
「む、挨拶が遅れて申し訳ない。某はマルセルと申す。助太刀感謝致す。」
「オレはモリッツ。危ないところを助かった。」
やや古風な物言いのマルセルとフランクなモリッツは共に深く頭を下げた後、震えたまま座り込んでいる若い女性と幼い子供へと声を掛ける。
「レオニー殿、もう心配ありませんぞ。魔獣どもはこちらの大輝殿が全て追い払って下さった。」
「マーヤ嬢ちゃんももう大丈夫だぞ~」
マルセルとモリッツの言葉を聞いて先に動いたのはマーヤと呼ばれた幼子だった。抱きかかえられていたマーヤはもぞもぞと動いてレオニーの腕を脱出し、大輝の前へとパタパタと走り寄って挨拶する。
「マーヤ、4歳! お兄ちゃん助けてくれてありがとうございました!」
ペコっと頭を下げる幼女。ゆるやかなウェーブを持つ肩まで伸びた金髪とクリッとした瞳が印象的なこの幼女は礼儀正しかった。それを見た大輝は思わず微笑んで頭を撫でてしまう。
「どういたしまして。怪我はないかな?」
「うんっ!マーヤは元気です!」
頭を撫でられて嬉しいのかマーヤはニコニコと笑っている。その後ろではマルセルとモリッツが孫を見るかのような優しげな表情を浮かべている。2人とも年齢的には初老の域に差し掛かっているが筋骨隆々の大男であり、浮かべている表情とのミスマッチが激しかった。それでも大輝には微笑ましいものに見えた。
「あ、あの。失礼しました。レオニーと申します。この度は誠にありがとうございました。」
マーヤが腕から擦り抜けたことで我を取り戻したレオニーがようやく立ち上がって礼を述べに来る。しかし、その眼は大輝を警戒していることは一目瞭然だった。だが、大輝は気にした素振りは見せない。つい先ほどまで魔獣に襲われて命の危険に晒されていたのだ。若い女性が平常心を取り戻すまでに時間がかかるのは仕方ないだろうと思ったのだ。
「いえ。間に合ったようでよかったです。」
20歳前後と思われるこの女性のケアはマルセルとモリッツに任せようと思い短い言葉で返答する。初対面の男性である大輝よりも仲間である年長の男性たちの方が適任だと思ったのだ。
「んっ!? お、おぅ?」
近くに魔獣や人の気配がないことを確かめた大輝がここで別れるかしばらく護衛しようか選択に迷っていたとき、大輝の左足に突撃して来た者がいた。円らな瞳を持つ金髪ゆるふわ幼女だ。ガシガシと左足をよじ登ろうとするマーヤ。落ちて怪我でもされたら困るので少し膝を曲げて上りやすいように調整する大輝。大輝の着る革鎧に手を掛け、太ももを踏み台にして一気に肩までよじ登ったマーヤはついに肩車状態になる。
「うっしっし。征服ぅ~!」
どうやら大輝はマーヤに征服されたらしい。肩に足を掛け、大輝の頭を抱えて喜ぶ幼女に和む一同。
「大輝殿。宜しければ今夜は我々と一緒に野営していただけませんか?」
「だな。マーヤ嬢ちゃんに征服されちまったんだ。諦めて一緒に来てくれ。」
マルセルとモリッツが大輝を誘う。魔獣に襲われたばかりであり、腕の立つ人間と一緒に夜を過ごした方がいいだろうと判断したのだ。そして出来れば一晩で大輝の人柄を見極め、叶うなら仲間に引き込みたいとも思っていた。小さな村ならともかく、城壁のある街へ入るには危険が伴う自分たちの代わりに食糧や替えの武具を調達してもらう人間が必要なのだから。そしていまだに大輝を警戒しているレオニーに目線だけで意図を汲み取ってくれと願う。
「大輝様。わたくしからもお願いいたします。マーヤ様も大輝様に懐かれているご様子ですし、すでに日も沈んでおります。どうか。」
レオニーもマルセルとモリッツと同様に今の状況を打破するには何某かの行動が必要だということは理解していた。追われる身としては選択の余地は多くないのだ。だが、レオニーが大輝と共に行動することを選んだ理由はマルセルとモリッツとは少し違った。2人は大輝が認証プレートを提示することで自ら身元を明かしたCランク冒険者であり窮地を救ってくれたから、という理由だが、レオニーは守らねばならないマーヤが大輝に懐いていることが重要だった。逃亡生活に疲れてここ数日は作り笑いを浮かべるだけだったマーヤが屈託のない笑顔を大輝に見せていることが警戒しながらも同行を願い出た理由であった。
(う~ん。オレも人のことはいえないけど、この人たちも色々ありそうだな・・・)
肩の上ではしゃぐ幼女が落ちないように気遣いながらも大輝は気付いていた。
遠目で見た時は気付かなかったが、埃にまみれボロボロなのは衣服だけではなかったのだ。マルセルとモリッツの持つ剣は切っ先が欠けていたり刃毀れが目立っている。魔獣の血糊の痕もある。長期間手入れをしていない証拠だ。
(冒険者が長期間魔獣スポットに籠もる事はある。でも幼女と女性の非戦闘員2人を連れて行くのはおかしい。それにこの辺には魔獣スポットはない・・・)
旅の途中なのかとも考えたがそれにも違和感を感じる。
(長距離移動するには手荷物が少なすぎる。魔獣に追われている間に手放したという可能性はあるが、誰も荷物の心配をしていないことから考えると今背負っているのが手持ち全てなんだろうな。第一、旅なら街道沿いの街を経由するだろうから剣の手入れは絶対にするよな・・・)
彼らの関係も気になっていた。
(マーヤ様と呼んでいたからレオニーさんはメイドとかマーヤの親の臣下だろうな。マルセルさんとモリッツさんはその護衛か・・・いや、レオニー殿って呼んでたよな・・・)
脳内で様々な要素を検討している大輝をマルセルとモリッツとレオニーが見つめている。数秒ほど判断に迷っていた大輝だが頭上できゃっきゃとはしゃいでいた金髪ゆるふわ頭の幼女の一言で陥落する。
「今夜はお兄ちゃんが一緒だからきっと怖くないのっ!」
本来慎重な性格の大輝は怪しさ満点の者たちと一緒に野営などしない。大輝の脳内で一番確率が高いと思われる彼らの素性は、マーヤはそれなりの身分の親を持つご令嬢だが、なんらかの事情で逃亡を余儀なくされているというものだ。親が罪を犯したか権力争いで負けたかというところだろうとアタリを付けている。そして3人の大人たちが彼女を守ろうとしていると。
(きっと野宿ばっかりで夜は怖いんだろうな。魔獣や野生動物の鳴き声が聞こえたり・・・)
短い会話だけだが、大輝はマルセルたち3人が犯罪者でありそれが原因で追われているとは思っていない。後ろ暗いことをしている人物の目ではないからだ。そしてこの無垢なる幼女を庇護している。それならば短期間一緒に行動する事を拒否する理由はなかった。
「おぅ。マーヤちゃんは安心していいぞ。マーヤちゃんを苛める相手はお兄ちゃんがやっつけてあげるからね。」
「やったね!うっしっし。」
喜ぶ幼女を肩に乗せたまま大輝が3人に挨拶する。
「というわけでご一緒させていただきます。ただ、この場はフォレストディアーの縄張りのようですから移動しましょう。」
評価を付けて下さった方ありがとうございます。
ブックマークも少しずつ増えて来て嬉しい限りです。
え~実はインフルエンザの可能性が高いそうです。現在の体温が39.3度。頭痛とともに全身の筋肉が痛くてしかたありません。毎日更新が基本なのですが、もしかしたらちょっとだけ更新が止まるかもしれません。その場合はごめんなさい。
年末年始に遊び過ぎたツケが早くも来たのかも・・・
皆さまも体調にはくれぐれもお気を付けください。




