第七十話 出立
「やっぱりこのまま大輝について行くの!」
「ココ様、それでは村の掟に背くことになります。あと半年我慢してください。」
「だったら大輝も一緒に村へ連れて帰るの!」
「いや、ココ・・・オレが一緒に村へ行くのは迷惑が掛かる可能性があるからダメだよ。」
「そうですよ、ココ様。大輝さんがペットのような言い方になってますよ。」
「うぅ~。じゃ、じゃあ『直感』なの!大輝と一緒に旅をするべきなの!」
「じゃあ、ってなんだよ、じゃあって。」
「『直感』をそのように使うなんてダメですよ。」
ココが『食道楽の郷』の部屋内で大の字になってバタバタと暴れていた。まるでオモチャを買ってもらえない5歳児のような駄々っ子になっていた。
理由はココとシリアが隠れ村に帰らなければならない期日が迫っていたからだ。新年を迎える祭りまでに帰ることになっており、明日の早朝にはノルトの街を出発する必要があるのだ。そして明日の朝、大輝と別れることになる。本当なら隠れ村まで送り届けてあげたいところなのだが、未だに街の注目を集めている大輝にはマサラの街以降撒いたはずの監視者たちがいないことに確信がもてず、ここでココたちとは別れる事にしたのだ。
(道中はシリアの他にも里帰りするシハスさんもいるし大丈夫だろう。それに・・・以前の監視者がいないとしてもリューベック公爵家と北方騎士団の手の者らしき人たちがいつも見てるしな・・・)
公爵家の方は露骨な勧誘はして来ず、たまにガーランドが『食道楽の郷』に遊びに来ていた。友好関係を結ぶ方向での接触であり、大輝としては特に悪感情はない。だが、北方騎士団の方は辟易していた。もうしばらくすれば王都へと戻ったグラート王子がグーゼル団長の解任を発議するはずだが、電話もメールもないこの世界では人事にも時間が掛かる。その時間を利用してグーゼル団長が巻き返しを図ろうと魔石爆弾の秘密を探っていたのだ。軍事的利用価値の高い魔石爆弾を手土産にして問責を逃れるつもりであったが、魔道具職人たちから集めた情報だけでは致死性のあるモノは作れず、考案者である大輝を執拗に口説いていたのだ。
「ココも気付いてるだろ?騎士団の目が有るから隠れ村には一緒に行けない。そしてココたちを見送ってから数日後にオレもこの街を出る。途中で撒くけどね。」
ココたちに騎士団が目を付ける可能性は低い。強制召集が布告された日からは宿以外は別行動にして魔石爆弾の製造には係らせていないし、大輝だけが使える奇術が製造の根幹であるとの噂も流してある。そして一旦隠れ村に入ってしまえば人質にも出来ない。
「うぅ・・・15歳になったら追いかけてやるの。」
成人していることと一定の社会性と身体能力があれば村を出ることが許される。大輝にしてみればココの社会性は微妙だがそれを決めるのは隠れ村の人々であるため口は出さない。
「大輝さんはアルトナに寄ったあとはどこに行く予定なのですか?」
ココの本気具合を見たシリアが大輝の予定を確かめる。
「特に決めてませんが、王都アルトナにあるアース魔道具店の本店に寄ったあと、そのまま東へ行くと思います。ミッチ砦を経由するかは情勢次第ですが、マデイラ王国へは行くつもりです。」
「マデイラ王国が目的ということはやはり武器ですか?」
マデイラ王国は鉱物資源が豊富な国であり、優秀な鍛冶職人が集まる国でもある。名の知れた冒険者の多くはこの国で武器や防具を揃えていることが多い。
「いや、特に武器にこだわりはないんです。シリアさんも知っている通り、オレは冒険者というより旅人に重きを置いてるんで。」
短期間でBランクへの昇格打診が来るような人間の言うセリフではなかったが、大輝にとってはそれが本心であった。
「そうですか、うちの村だと手紙すら届かないので、大きな街を出るときにはシハスさん宛てに手紙を出してもらえると助かります。ココ様はきっと追いかけると思いますので。」
「わかりました。ただ、名前は変えて出します。あとでシハスさんと連絡方法については相談しておきます。」
ココは大輝が現在地を教えてくれるということで満足することにした。半年経てば成人するし、その間に自らの力を伸ばすことにしたのだ。『直感』を自分で制御できるようにするつもりなのだ。これまではランダムでしか感じ取れなかった能力だが、大輝に魔力操作の訓練を付けてもらってから変化を感じていたのだ。ノルトの街に居る間は冒険者活動やアース魔道具店での修行で時間を割けなかったが、隠れ村に戻ったら本気で取り組もうとココは心に決めた。
「じゃあ、大輝。ココと離れて寂しいかもしれないけど半年ちょっとの辛抱なの。」
前日の駄々っ子が嘘のようなココの姿に大輝は苦笑いを浮かべる。
「あぁ。また会おうな。」
「大輝さんありがとうございました。この一月は大変勉強になりました。」
「大輝のお蔭で『山崩し』を撃退出来た。本当に感謝している。」
シリアとシハスとも挨拶を交わす大輝。
「2人とも道中気を付けて。大丈夫だと思いますが、北方騎士団の動向には注意を払ってください。少なくともグーゼル団長が更迭されるまではココとシリアは隠れ村から出ないようにね。」
「了解なの。ココもやりたいことがあるから当分は村に籠もるの。」
こうしてしばしの別れを告げた3人をノルトの街の南門の外まで見送った大輝は彼らを追跡する者の姿がないかを慎重に確かめる。
(騎士団も動かないようだな・・・監視もいない・・・とりあえず一安心だ。)
南門の外でカモフラージュの訓練をしながら気配察知スキルを全開にしていた大輝は安堵の笑みを浮かべる。そして次の自分の行動について具体的な予定を立て始めた。
(どうやって怪しまれないようにコメと味噌と醤油を買い集めようか・・・)
大輝が最も悩んだのは虚空の存在を秘匿しつつどうやって日本を感じられる食材を大量確保するかだった・・・。だが、これは大輝の寂しさが食欲に転化された結果だ。3か月近くを共に過ごしたココとシリアとの別れは本人は気付かなくとも大輝にとって心に負担が掛かっていたのだ。
新年を祝う宴をアルドたちと共に楽しみ、ルビーやリルのパーティーと共に『山崩し』の影響調査依頼を熟し、ガーランドからレオリングを受け取りつつ勧誘を躱し、グーゼル団長の面会要請を拒否しながら10日あまりを過ごした大輝はいよいよノルトの街を離れることにした。
「普通はCランクにもなれば商隊の護衛依頼を受けながら街を移動するもんだろ?」
南門まで見送りに来ていたアルドが言う。
「金なら『山崩し』の褒賞で潤ってるからね。それに、オレは普通じゃないから。」
商隊と一緒だと虚空から必要なモノを取り出せないなどの不便があるから単独での出発を選んだことは言えない。
「確かに奇術士を普通の冒険者とは言えないわな。」
ひとしきり言葉を交わした大輝とアルドたちは握手で別れを惜しむ。
「お前には世話になった。というか、いい刺激になったよ。またどっかの街で会おう。」
「感謝している。」
「「「 次は負けねぇぞ! 」」」
アルド、ユーゼン、ミラーたちがそれぞれの言葉で大輝を送り出す。
「儂も弟子たちも色々と良い刺激になった。必ず本店に寄るんだぞ。達者でな。」
アース魔道具店からはわざわざ店長のカイゼルまでもが来ていた。すでに本店への紹介状は大輝の虚空の中に仕舞われているが、カイゼル自身が『魔職の匠』の心に触れられた気がして大輝に感謝していた。
「「 いつかオレたちの魔道具がお前を超える! 」」
ナイルとザイルは親指を立てて大輝に挑戦状を叩きつける。兄弟子である彼らはまだ自身で売り物になる新製品を完成させたことがないため、大輝に先を越されているのだ。大輝の意向で魔石爆弾は非売品だが、売りに出せば各国が挙って大金を出すはずであり、それを超えるヒット商品を出すことを兄弟は目標にしたのだ。
「カイゼル店長、ナイルさん、ザイルさん。お世話になりました。」
シリアの紹介とはいえ、入門してすぐに魔石爆弾なんていう政治的にも大きな影響を及ぼす魔道具制作に協力してくれたカイゼルや初対面から真剣に講義を行ってくれた兄弟子たちに大輝は感謝しており深く頭を下げる。
「なあ、ホントに行くのか?このままリューベック公爵領に残れよ・・・」
すっかり言葉の砕けたガーランドが言う。最初は父アッシュ公に命令されて大輝の勧誘を行っていたガーランドだが、今では本気で側近に迎えたいと思っていた。確かに配下の報告で『山崩し』での大輝の活躍を聞いており、その能力は評価していた。だが、紙面で知るのと相対して知るのでは大きく異なる事を学んだのだ。パーティー会場での実際の戦闘力とガーランドの詭弁を切り返した上波風立てないで場を収める機転、陥れようとしたガーランドが『食道楽の郷』へ通っても嫌な顔ひとつせず受け入れる度量、そしてグーゼル団長の強引な取り込み工作を毅然とした態度で断る大輝を間近で見ていつしか父アッシュ公に言われて勧誘していることを忘れ、本気で配下に、いや対等に付き合いたい人物だと評価を改めていたのだ。
「悪いけど行くよ。オレにも旅を続ける理由があるからさ。」
大輝も公爵家嫡男に対する敬語は使わなくなっていた。ガーランド本人の要望もあったが、大輝がガーランドを認めた証でもあった。
「はぁ。それなら仕方ないが、リューベック公爵家以外の配下にはならないでくれよ。」
「どっかの配下になるつもりは今のところ全くないよ。仮になったとしても敵に回るつもりはないしね。」
「そうか。じゃあ、元気でな。また会おう。」
大輝とガーランドが固い握手を交わす。
そして最後に全員に向かって頭を下げる大輝。
「皆さんお世話になりました。お元気で。」
南門の守衛に認証プレートを提示してノルトの街を出る大輝。ココたちと別れた時と同じような寂寥感が湧いてくるがそれを抑えて街道を南に向けて歩きはじめる。ここからは安全を自分で確保しなければならないため身を引き締める必要がある。
「よしっ!」
気合を入れ直した大輝は軽く身体強化を掛けて走り出した。
「やっぱりついて来てるな・・・」
王都アルトナに向かう街道を南下し始めて3時間、大輝は気配察知を最大に保ったまま走り続けていた。そして後方およそ200メートルをつかず離れずついて来ている集団がいた。ハルガダ帝国の帝都ハルディアからマサラの街へ向かっている時は気配察知スキルの範囲外から追跡していた者たちがいたが、今度は堂々とついて来ているようだった。
「以前の監視者たちとは違うグループっぽいな。やっぱりグーゼル団長の配下の可能性が高いな。」
グーゼル団長に残された時間は殆どないはずだった。グラート王子が王都アルトナへと引き返してからすでに2週間以上が経っており、いつ解任命令が来てもおかしくないのだ。
「強引な手段を取る可能性もあるか・・・」
ここまで手出ししてこなかったことから、人目につかない場所を選んで接触して来るだろうと思った大輝は対処法を考える。後方には10人程の集団がいるが、彼らは騎士の象徴である銀の鎧を着ておらず、彼らなりに冒険者に偽装しているようだ。もっとも、一糸乱れぬ行軍の様子を見る限りは訓練された騎士もしくは兵士であることは一目瞭然であるが。
「騎士であることを隠しているとはいえ、交戦すればそれを理由に拘束しようとするだろうし、これまでの対応から話の通じる相手でないことは確かだもんな・・・それらな取る手段は1つ。」
10人の騎士と交戦して負けるとは考えていなかった。だが、上官の命令に従っているだけの相手を先制攻撃するつもりもなかったのだ。だから逃げることにする。一旦停止して深呼吸して脱力する大輝。そして身体強化を最大に上げる。
「ふぅぅ・・・ミスト!」
ただ走って逃げるだけではなく魔法のアシストを使う。マサラの街でミリアに目晦ましとして教えた霧を発生させるミストの魔法を使う。それも出来るだけ広範囲に渡って発動させたのだ。大輝を中心として周囲50メートル程が濃い霧に包まれる。そして気配を察知されにくいように身体の内部だけに魔力を循環させて発動した身体強化を使って一気にその場を離脱する。
ノルトの街から見て王都アルトナは方角的には南東になる。ノルトの街から伸びる街道は一旦南に向かってから曲線を描くようにして次第に東へと向きを変える。だから大輝は街道を離れて最短距離で王都へと向かう為に南東の林の中へ飛び込んだ。
「お、おぃ。急に霧が出てきたぞ。」
「パーティーでムトス部隊長がやられた霧の魔法だ!」
「とにかく追うぞ。」
「追うって言っても影すら見えないのにどうやって・・・」
後方で右往左往する集団を尻目に大輝は最大速度で林の中を進む。斥候職の人間がいれば簡単に逃走経路が割れてしまうだろうが足跡や枝を薙ぎ払った痕跡が残る事は気にしない。監視者たちを撒いた時とは状況が違うのだ。グーゼル団長に残された時間は少ないだろうからノルト砦から距離を取ることを優先したのだ。
(痕跡を見分けながらの追跡は時間が掛かるからな。)
(う~ん。呆気ないというか・・・)
夕方になり樹上で休憩している大輝。冒険者に偽装していた集団は逃走を図った大輝を捕捉出来なかったようだ。斥候職がいなかったからなのか、早くも時間切れだったのか、それとも任務に熱心でなかったのかはわからなかったが、大輝の探知エリアに追跡しているものの姿は見えなかった。とはいえ、今夜は火を起こさず、食事も匂いがあまりしないもので我慢することにしていた。
(逃亡生活は帝国脱出時以来だから3か月半ぶりかぁ。)
ちょっと懐かしいものを感じていた大輝だが、すぐに警戒態勢に移ることになった。
(!? なんで東から?)
大輝が逃げてきた位置とは逆方向で複数の気配が高速で移動しているのを感知したのだ。騎士の偽装だと思われる集団は大輝のいる位置からは北西にいるはずであった。だから気配察知は北西側に重点を置いていた。急いで気配を感じた東側に魔力を拡散させてその正体を探る。警戒網の薄いエリアのため魔獣なのか人間なのかの判断が付かなかったのだ。
(あの偽装集団の可能性は低いはず・・・)
大輝の全力疾走を迂回して先回りすることなどまず不可能なのだから。そうは思いながらも警戒を強める。大輝の予想を超えた北方騎士団による包囲網が構築されている可能性もあるのだ。だが、悲鳴が聞こえたことと、魔力拡散が追いついたことで感じ取った気配の相手が北方騎士団ではないことに気付く。
「うがっ」
「きゃぁぁっ」
(魔獣に追われている?)
人間らしき気配が4つ、魔獣らしき気配が6つ。東から大輝のいる方向へと向かってきていた。




