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レゾナンス   作者: AQUINAS
第二章 ハンザ王国~冒険者~
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第六十八話 社会勉強

 大輝とココとシリアの3人はノルトの街の北門を抜け、『山崩し』で魔獣が下りて来た山道とは別の入口からエレベ山腹へと入っていた。


「やっぱり身体強化がすっごく調子いいの。」


「そうですね。2時間駆け足で来てもまだ全然疲れません。」


 ココとシリアが上機嫌で緩い登り坂を進む。久しぶりに街の外へ出たことで開放的になっているのだ。


「ちょっと2人ともストップ。ここは山の中なんだよ。いつ魔獣や野生動物に遭遇するかわからないんだから警戒を怠らない事!」


 気の緩んでいる2人に周囲の警戒を促し、体力と魔力の配分についての注意事項を伝えながら大輝が続く。


「目印の石碑発見なの!でもやっぱり誰もいないの。」

 

 ココが見つけたのは今回の依頼品の1つである解熱効果のある薬草『ケサシ草』の群生地が近いことを示した石碑である。普段はEランク冒険者が主に採取に来ているのだが、『山崩し』直後でありエレベ山腹の魔獣の縄張りに変化が起きている可能性を憂慮して採取に訪れる者は少なかったのだ。


「近くに水場があるはずだ。魔獣や動物がいる可能性が高いから先走るなよ。」


「了解なの。大輝は後ろの警戒をお願いなの。」


 事前に決めておいたフォーメーションは、ココとシリアが前、後方警戒が大輝の役目だ。獣人であるココとシリアも大輝の訓練によって多少の魔法は使えるようになっていたが、基本は接近戦である。だから大輝は不本意ながら後衛となっているのだ。


(今日のオレは保護者ってことだな。)


 偉そうな事を考えているが、大輝自身が採取依頼は初体験である。 


「ケサシ草発見なの。シリア、周辺警戒お願いなの。」


「了解致しました。」


 群生地に入ったココが採取作業に入り、郊外での作業の基本である見張り役をシリアが務める。きちんと基本を守っている2人の様子を見て大輝は満足しつつ自身も周囲へ微量の魔力を放射して生物の存在を見逃さないように警戒網を敷いている。


「ケサシ草50本の採取完了なの。」


 およそ30分でココが指定の数を採取し終えたことを報告する。


「お疲れ様。さて、次はどうする?」


 大輝がココとシリアに課題を出す。注意すべき点は口に出すが、基本的な行動指針はココとシリアに任せているのだ。


「お昼にはちょっと早い時間だけど、食べられるときに食べた方がいいと思うの。」


「賛成です。ただし場所は移動した方が良いと思います。水場の近くは魔獣や動物が集まりやすいですし、ここはあまり見通しがよくありませんので。」


 言い判断だと大輝は思った。魔獣と遭遇してしまえば戦闘になった上、素材の剥ぎ取りや残骸の処理に時間を取られ、血の匂いに他の魔獣が引き寄せられないうちにその場を離れる必要が出て来る。そうなると簡単に2,3時間取られてしまい食事を取るどころではなくなってしまう。そして体力や判断力が落ちてしまいリスクが上がる。だからそうならないために早めの食事を取るべきだというココの主張は正しい。


 シリアもしっかりと状況を理解している。山中での水場は特に貴重であり魔獣や野生動物が集まる第一候補だ。そこに長居することはもちろん、食事を取るなど低ランク冒険者が少人数でやることではない。これが大輝レベルの気配察知スキルや戦闘力を持つ者だったり、商隊のように大人数で行動していれば別だが、今のココとシリアは経験不足のGランク冒険者なのだから回避すべき状況である。


「じゃあ行きますの!」


 大輝が何も口にしないのを見てココが出発を宣言する。再びココとシリアが先頭となって山中を次の目的地へと進み始める。もう1つの依頼品である鎮静効果のある薬花『ハルギ花』の群生地方面へと歩きながら昼食に適した場所を探し始める。


「ここなら見通しがいいので昼食に適していると思います。」


 ケサシ草の群生地から30分程で周囲が開けている場所を見つけたシリアが進言する。おそらく山中で採取をする者たちが休憩場所に使っていると思われる場所があったのだ。その証拠に周囲の木が伐り倒された痕跡があり、火を起こした痕もある。


「いいと思うの。この岩の上からならもっと良く見えるから上って食べるの。」


 中央の高さ1メートル位の岩を指差すココ。そして身体強化を足に集中させてジャンプ1つで岩へと飛び上がる。


「やっぱり高いところの方が周りがよく見えるの。」


 ココに続いてシリアと大輝も岩に上って『食道楽の郷』で用意してきた弁当を広げる。冒険者の弁当といえばパンに肉を挟んだものがこの世界の主流だ。しかし今日の大輝たちの弁当は違う。


「う~ん。いい匂いなの!」


「こういうのを香ばしいって言うのでしょうね。」


 それぞれが手に持った葉っぱに包まれている3つの茶色の塊を見てココとシリアが目を輝かせる。ここにいるのは獣人2人と日本人1人である。であれば弁当はおにぎりであるべきだ、という大輝の意向で日の出前から『食道楽の郷』の厨房を借りて大輝が用意したものだ。


「これは焼きおにぎりっていうんだよ。で、おかずはこっちの味噌炒めね。濃い目に味付けしてあるから冷めててもそれなりに美味しいはずだよ。」


 団子屋に交渉して醤油を一瓶譲ってもらっていた大輝が白米を握った後に醤油を上塗りして焼き上げたのだ。そしてコメにはミソが必須と考える大輝が肉と野菜の味噌炒めを作ったのだが、苦労したのは料理ではなく弁当箱だった。日本にいたころとは違ってこの世界にはタッパーのような便利道具がないからだった。とはいえこの世界には魔法がある。大輝が悩んだ末選んだ解決方法は強引だった。炒め終わった料理をどんぶりに移し終えた後、ラップ代わりにおにぎりを包んだ葉っぱで蓋をし、土魔法で強引に封をしたのだ。そして今その土魔法を解除して岩場に並べている。


(本当は虚空(アーカーシャ)に入れちゃえば零れる心配もないし、熱々で食べられるんだけど・・・)


 ココとシリアになら虚空(アーカーシャ)の存在を明かしてもいいのだが、ガーランドやアリスが大輝を囲い込もうとしたばかりのこの状況でさらなる利用価値を示すことは避けたかったのだ。いつどこで見られるかわからないのだから危険を冒したくなかったのである。


「すごいの!おコメとおミソが外で食べられるの。」


「私も隠れ村とノルトの街を行き来する際にはパンを齧るだけでしたのでこれは嬉しいです。」


「喜んでもらえてなにより。さ、食べようか。」


 


 美味しく昼食を食べ終えたタイミングで大輝の気配察知に僅かな反応があった。


「ん、小動物かな?」


 大輝の気配察知は大きく分けて2種類ある。相手の殺意や悪意を感じ取る受動的なものと大輝が能動的に魔力を照射したことに対する反応を感知するものである。前者の場合は即時警戒態勢を取る必要があるが、今回は後者に引っ掛かった。しかも、反応から察するに魔獣ではなく小型の野生動物だ。


「これなら詳細に調べるまでもないか。」


 放射する魔力を高めることによって遭遇したことのある魔獣や動物であればおよその判別がつくまでにスキルを磨いていた大輝だが今回はその必要を感じない。


「なんで調べないの?」


 ココが不思議に思って尋ねる。


「たぶん野生の小動物だからだよ。脅威はないから無駄な魔力消費は避けた方がいいんだよ。」


 普段の気配察知に使っている魔力は極微量であり自然回復量とほぼ同じに抑えているが、相手を特定しようとしたり探索エリアを広範囲に広げようとすればするほど加速度的に魔力を消費する。


「でも、ウサギとか猪だったら仕留めて売れると思うの。」


 猪が小動物枠に入っていることに驚きつつも大輝はココとシリアに尋ねる。


「じゃあ、今オレが探知した動物がウサギや猪だったとしたら討ちに行くわけ?」 

 

 ココは当然とばかりに頷いているが、少し考えたシリアは首を横に振る。


「無視すべきだと思います。」


「シリア、なんでなの?私たちなら安全に仕留められるの。」


「ココ様そういうことではないのです。確かに私たちは猪程度なら安全かつ確実に仕留められると思いますが、今の私たちの状況では仕留めるべきではないのです。」


「あ、依頼中だからなの?」


「正確には少し違います。猪と遭遇したのが採取を終えて山を下りはじめた頃であれば仕留めても問題ありませんが、今はまだ『ハルギ花』の群生地へ向かっている最中です。この場で猪を仕留めても担いで持ち帰る事は困難です。荷物の多い状況で他の魔獣に遭遇すれば危険ですし、仕留めた猪の血の匂いで魔獣を引き寄せてしまう危険もあります。」


 シリアの説明に納得するココとその様子を見て微笑む大輝。


「シリアさんの言う通りだね。今は襲われない限りは無視すべきだ。最も相手が魔獣であれば倒すこともありかもしれないけどね。魔獣なら倒せばその分エレベ山腹の安全性が上がるし、魔石だけ持ち帰るって手もあるからね。いずれにしても状況判断が大事だってことを忘れないで欲しい。」


 大輝が持つ虚空(アーカーシャ)ならまだまだ収納量に余裕があるので気にしないでいいかもしれないが。


「うぅ、わかったの。ココは反省するの。」


「私も反省します。大輝さんに問われるまでは気付きませんでしたから。」


 素直な2人を微笑ましく思う大輝はこの後も気付いたことはどんどん指摘しようと決めた。







「今日は勉強になったの。」


 夕暮れ前に『食道楽の郷』に戻って来たココが言う。無事に『ケサシ草』と『ハルギ花』の採取依頼を完了したのだ。『山崩し』によって薬草が不足しているという事情もあって大銀貨4枚になった報酬は全てシリアが預かっている。大輝が受け取らなかったためだ。あくまで保護者面したかったのと、『山崩し』の褒賞でお金には困っておらず、この『食道楽の郷』の宿代はシハス持ちになっているからだ。


「ココもシリアも身体能力は高いし冒険者として街の外に出ても十分やっていけるとは思う。あとは常に冷静に状況判断が出来るようになれば問題ないと思うよ。」


「ありがとなの。でもまだまだ未熟だってわかったの。色々教えて欲しいの。」


 ココは14年間のほとんどを村の周囲を守る魔除けの魔道具の効果範囲内で過ごして来た。その行動範囲内には森や丘もありそこでトレーニングも積んでいるし狩猟も経験済だったがいかんせん実戦経験に乏しい。シリアも成人してからはノルトの街との連絡役の1人として村を出る機会はあったが社会経験が乏しいことは同じだった。2人がいかに獣人として身体能力に秀でているといってもそれだけで生きていけるほど外の世界は甘くないのだ。


 そしてそれは街の外だけのことではない。ノルトの街到着初日に冒険者ギルドで『破砕の剣』のメンバーに絡まれた時の対処や貴族であるガーランドやアリスのような人物を相手に渡り合う術を覚える必要があるのだ。


(そのための社会勉強だもんな。)


 残り2週間ちょっとの滞在期間は1日ごとに冒険者活動とアース魔道具店での修行の予定である。その全てを大輝とココは一緒に過ごす予定であった。シリアは冒険者活動のみの同行でそれ以外は情報収集と獣人同士の集まりに顔を出してコネクション作りに励む予定だ。


「うん、一緒に頑張ろうな。」





  


 



今日の分まで予約投稿済だと勘違いしており、あやうく更新が途絶えるところでした・・・



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