第六十七話 お断り
「アリス様!お待ちしておりました。」
大輝の追及に耐えられなくなっていたベテラン受付嬢がソファーから立ち上げって侯爵家令嬢でもありグラート王子の側近でもあるアリス・バイエルを迎える。その言葉から依頼者がアリス本人もしくはグラート王子であることは大輝でなくてもわかった。
「おい。お前たちはなぜアリス様のご入室を立って出迎えない!」
アリスの後から入って来た騎士が大輝たちを叱責するもそれをアリスが制する。
「彼はいいのよ。今の私たちは依頼者で彼は依頼を受けてくれる側なんだから。」
「失礼しました。」
サッとアリスに頭を下げる騎士。明らかに最初から打ち合わせをした動きだった。
(あれで威圧してるつもりなんだろうな・・・)
大輝は冷めた目で見ていた。普通の人間ならば貴族の登場に騎士の叱責のコンボで委縮するのかもしれないが、大輝はそんなことで動揺しない。ココやシリアに至ってはアリスが貴族であることを知らないし、騎士の威圧も大輝の実力を知っているだけに怖れることはなかった。
「それで、どこまでお話を聞いているのかしら?」
大輝の正面のソファーへ優雅に腰を下ろしたアリスが挨拶もなしに大輝に話し掛ける。
「なにも聞いてませんよ。なにせオレは指名依頼を受ける資格を持っていないので。」
一人称が私からオレに変わる大輝。アリスへの評価が低い証拠だった。
「確か冒険者ギルドの規約ではBランク以上でないと指名依頼を出せないということでしたわね。それは問題ないでしょう。今回の『山崩し』の功績であなたにはBランク昇格が打診されていたことは確認してありますから、実質Bランクとして扱ってもらえば済むことですわ。」
この場において最も身分の高い者として、そして侯爵家令嬢としての言葉遣いになっているアリス。
「では正式にギルドを通してからにしてください。」
アリスの言葉から正式な手続きに則った指名依頼ではないことに気付いた大輝がアリスとベテラン受付嬢へ向かって言い放つ。
(この指名依頼とやらは正式な依頼としてギルドに持ち込まれたものじゃなく、アリスが何人かの受付嬢を抱き込んだんだろうな。)
実際、常に周囲の目を集めている大輝に直接コンタクトを取ろうとすればリューベック公爵家へすぐに知られ、数日前に問題を起こしかけたことから無用な軋轢を起こす可能性があると考えたアリスが隔離された空間での接触を求めた結果であった。アリスの目的は、受付嬢に指名依頼の依頼内容説明という理由で大輝を別室へ呼び出し、直接交渉で配下に加えるつもりだった。
大輝をお抱え冒険者という名の配下に加えようとする理由はいくつかある。過去最大規模の『山崩し』撃退の功労者という名声が必要なのだ。先日のパーティーのお蔭でリューベック公爵領内では王子の失態を問題視しないだろうが、王都に戻れば話は別だからだった。王子自身は失態を犯したが、その配下の名声がそれを帳消しにしてくれるというわけだ。他にも魔獣キラーと呼ばれたムトス部隊長を手玉に取る奇術は魅力的だし、奇術なしでの戦闘力も『山崩し』での活躍を見れば貴重であることがわかる。それになによりも大輝はグラート王子に仕えなければならない理由があるとアリスは考えていた。だからこそルビーでもリルでもなく大輝に照準を絞ったのだ。
「まずはこちらの話を聞いてもらうわ。」
席を立とうとする大輝を横目に勝手に話を始めるアリス。大輝としては話を聞いてやる義理もないのだが、今後のココとシリアのノルトの街での活動を考えて座り直す。後腐れのないようにこの場で話をつけるつもりだった。
「依頼の内容は王都へお戻りになるグラート王子の護衛よ。」
話を聞く前に席を立とうとした大輝をみて最初からお抱え冒険者にする話を避けたアリスはベテラン受付嬢が大輝をこの部屋に連れて来るのに使った指名依頼の話を利用することにしたのだ。お抱え冒険者の話は王都への道中に承諾させればいいし、仮に断ろうものなら道中に何らかの責を負わせて強制すればいいと考えたのだ。
「グラート王子は新年を祝う式典に参加するために王都アルトナにお帰りにならなければいけないのよ。でも、一緒にノルト砦に来た王都守護騎士団の大半はこのまま砦に残らないといけないし、『山崩し』のせいで騎士の数が減っちゃって王子の護衛として王都に戻す騎士の数が足りないの。」
騎士の数が減ってしまったのはアリスを始めとした予備隊上層部のせいなのだが、それを言うことはない。
「少数精鋭で王都まで戻るつもりなのだけど、あなたならその精鋭に入れるわ。だからこうして声を掛けているのよ。」
光栄に思いなさい、と言わんばかりのアリスだが大輝はあっさり断る。
「年内はこの街でやることがあるのでお断りさせていただきます。」
アリスたちがすぐにこの街から去らなければならないと聞いて大輝は安堵してさっさと断る。仮に話がこじれてもココやシリアに迷惑が掛かる可能性が減ったからだ。
「な、王族であるグラート王子からの指名依頼を断るというの?」
あまりにも早い断り文句に少し驚くアリス。まだ報酬額の提示すらしていないのだ。
「まず、この話は指名依頼じゃないですから。あり得ない事ですが、仮に冒険者ギルドが指名依頼だと認めたとしてもそれを受けるかどうかは冒険者側に委ねられているはずです。ですからお断りします。」
大輝の言うように指名依頼とは強制召集と違って拘束力はない。受けるか否かは冒険者が決める事だ。とはいえ、指名依頼を断る冒険者は少ない。指名依頼を出すのは冒険者ギルドや貴族、大商人が殆どであり一般の依頼に比べて報酬額が圧倒的に高いし、冒険者側にも有力者たちとのコネクション作りが出来ると言うメリットもあるからだ。
「ちょっと待ちなさい。あなたにはこの依頼を受ける義務があるわ。」
グラート王子の名前を出してもあっさりと断る大輝に焦りながらも立て直しを図るアリス。
「義務?」
何を言っているのかわからない大輝が尋ねる。
「ええ。義務よ。」
初めて戸惑いを見せた大輝に勝ち誇った顔で言うアリス。
「あなた、一昨日のパーティーで何をしたのかわかってるのかしら?」
余裕を取り戻したアリスは続ける。
「私たちが下手に出ているからって忘れたとは言わせないわ。あなたはグラート王子に恥を掻かせたのよ!」
アリスに言われても思い当たる節のない大輝は首をかしげる。戦場でもパーティー会場でもグラート王子とは一言も会話を交わしていないのだ。
「思ったより頭が回らないみたいね。いいわ。説明してあげましょう。大輝、あなたはアッシュ公主催のパーティーで王都守護騎士団のムトス部隊長と試合をしたわ。そして奇術を使って勝利してしまった。」
(んん!? まさか・・・)
「ムトス部隊長はグラート王子を慕っていたし、グラート王子も大変気に掛けていた騎士よ。あなたはそんな相手を大勢の者たちの前で気絶させたのよ。それがどういうことかわかるでしょう?」
(ガーランドが言ってた通りかよ!)
アリスはまだつらつらと遠回しに大輝の罪を述べ続けているがすでに大輝は聞いていなかった。ムトスとの余興試合の後でガーランドが大輝を配下にするために使った論理をそのまま実演しているのだから聞く必要がなかったのだ。
(あぁ。そういえばグラート王子の取り巻きが良くないって言ってたっけ。性質が悪いだけじゃなくて頭も悪いのか・・・)
さてどうしたものかと思案する大輝だったが、ここにはココがいた。
「・・・ですから本来謝罪をしなければならないところを王子が慈悲として指名依頼という形を取って差し上げているのです。感謝の気持ちを持って依頼を受けなさい。」
「相変わらずこの人ヘンなことばっかり言ってるの。」
ココがアリスに人差し指を向ける。それをシリアが諌める。
「ココ様、人を指さしてはいけません。」
(シリアさん・・・注意するのソコですか。)
大輝の嘆きは届かない。ココにもシリアにも。
「ココは知ってるの。こういうのを逆恨みっていうの!」
「なっ!あなた何を言ってるの!?」
「ココ様、こういう場合は言い掛かりと言う方が適切かと。」
「あっあなたも何を言うの!?」
「だって、ムトス部隊長っていう人が大輝に勝負を挑んであっさり負けたのが悔しいから嫌がらせしてるの。」
「き、貴様らいい加減にせんか!」
「ガキが言わせておけば!」
アリスが言葉を失っていると後に控えていた騎士たちが怒鳴り始める。仕方ないので大輝がアリスと騎士たちに軽く魔力を照射しながら低い声で威圧する。
「オレの話を聞いてください。」
大輝の圧力によって彼らの視線は一瞬にして大輝へと向けられる。
「あなた方が今やっている行為がどれだけグラート王子の品格を貶めているか理解していますか?いえ、王子だけではなくリューベック公爵家の配慮も無にしていることに気付いていますか?」
低い声ながらも良く通る大輝の声に答える者はいなかった。アリスは大輝の威圧から立ち直っておらず、騎士たちは大輝の言葉の意味がわからなかった。
「立会人の元で1対1で戦い、それにムトス部隊長が敗れたからといってオレに難癖を付けることがグラート王子の意向なのですか?もしそうなら王子はその人格を疑われるでしょう。まあ、実際はあなた方の暴走なのでしょうけど。それでも事実を知れば周りの人はどう思いますかね?」
大輝は低い声でゆっくりと話をする。感情が昂ぶっている相手にはこうでないと言葉が届かないのだ。
「第一、あの試合は余興です。アッシュ公がそう宣言されたのをお忘れですか?アッシュ公が余興と言い切った理由を考えたことはありますか?パーティーに似つかわしくないムトス部隊長の行動を問題視しないためと、勝っても負けても遺恨が残らないようにするためです。今のあなた方のお話はその配慮を無にしていることに気づいていますか?ついでにいうと、オレが奇術に見える魔法を使ってムトス部隊長を倒したのはアッシュ公の仰った余興という言葉に従ったからです。あれなら見学していた方々には余興としか記憶に残らないでしょうから。」
鳳凰や水龍といった手の込んだ火魔法、水魔法を使ったのは余興らしく見せるためだ。
「パーティーに相応しくないムトス部隊長の行動を回りが必死になって問題にならないようにしているにもかかわらず、ムトス部隊長の身内であるあなた方がそれを穿り返してどうするのです。しかも、指名依頼の偽装を行っている時点で冒険者ギルドにまで問題を広げているんですよ。」
自らの陣営の汚点を拡大させていることに気付くアリス。付き従う騎士たちはいまいち理解していないようだが、この中で頭になるアリスさえ気づけば大輝としては十分だった。と同時にアリスが底抜けの馬鹿でなくて良かったと安堵する。だがココがトドメを差す。
「そんなこともわからないなんてやっぱり変な人なの!」
大輝の話を理解しきれていない騎士たちがココの言葉に反応する。見た目10歳前後にしか見えないココに馬鹿にされたことだけはわかっているのだ。青い顔をしているアリスの制止がないこともあって騎士たちの感情が爆発する。
「もう我慢できん!」
1人の騎士が腰に下げられている片手剣に柄に手を伸ばす。さすがに剣を抜かれれば大輝も実力行使に移らざるを得ない。騎士が剣を抜いた瞬間にこの場を武力制圧することを決断する。
「そこまでにしてもらおう!」
突然ドアが慌ただしく開けられ、シハスを先頭にしてスレイン、リリス、ルビー、リルが部屋に雪崩込んで来る。
(間に合ったか・・・)
大輝は安堵する。ルビーとリルが一緒であることは予想外だったが、ギルドの幹部職員の誰かがいずれ飛び込んで来ることは予想していた。大輝は最初にココとシリアの言葉に激昂した騎士たちを制するために魔力を放射したタイミングで魔力操作を行ったのだ。その効果は『山崩し』の際にシハスが迎撃隊に声を届ける為に使った風魔法と同じである。つまり、この部屋の中の音声を冒険者ギルドの2階にあるシハスの執務室へ届けたのだ。そして異変を感じ取ったシハスがちょうどルビーとリルに対してAランク冒険者講習を行っていたスレインたちを引き連れて飛び込んできたのだった。
「なぜアリス様たちが冒険者ギルドの応接室にいらっしゃるのかご説明願います。」
スレインが一歩前に出る。ギルドマスターとしての険しい表情を浮かべている。
「この人が逆恨みの言い掛かりをしているの。」
「ココはちょっと黙ってて!」
大輝がココの口を塞ぐ。シリアはココが自分の忠言を聞いて指をさなかった事に満足していた。
「結局あのベテラン受付嬢は職務規定違反で首になったし、アリス・バイエルも非を認めて謝罪したんだからそれで勘弁してあげようよ。」
大輝がココのご機嫌取りをする。このままの精神状態では初依頼に支障が出ると判断したのだ。
「でも、あのへんな人は心から反省してなかったの。まだ逆恨み状態なの。」
「ココ様の言う通りだと思います。表面上は謝罪していましたが、私たちが悪者だと思ったままだと思います。」
それは大輝も気付いていた。大輝の言葉によって状況が不利だということは理解したが感情的な整理がついていないようであった。スレインたちによってその場は取り成されたものの、問題解決には至らなかったのだ。
「言葉や論理が通じない相手はどう対処すればいいんだろうな・・・」
大輝には答えが見つからなかった。
「どうしても理解し合えない相手はいるの。そういう相手は出来るだけ無視するに限るの。」
「そうですね。それでも絡んで来るなら排除するしかないと思います。」
「ココの言うこともわかるけど。シリアさん、排除ですか?」
「私たちの村、ガイルさんたちの村、他にもそういう村があることはご存知だと思います。長い年月を掛けても分かり合えない相手は存在します。場合によっては他者を滅ぼそうとすることさえあるのです。だから我々の祖先は魔除けの魔道具を使って同族以外を排除した村を作ったのです。」
隠れ村は純人からの迫害を逃れる為に獣人が集まって作られた村だ。
「もちろん獣人の多くが純人に交じって生活していますし、彼らの選択も尊重しています。隠れ村だってある程度の交易を行っています。互いに理解出来ない事は妥協する事で大抵は受け入れられますから。でも、どうしても共存出来ない相手がいることを忘れてはいけません。その相手はこちらを滅ぼそうとするかもしれませんから。ですから私たちは一定のラインを引いています。共に歩んで行ける者とそうでない者、そして排除しなければならない者の3つに。」
人はそれぞれ異なる人格を持つ。その中で付き合える者、付き合えないが無関係でいられる者、この2つのグループが共存可能な者たちだ。だが、明らかにこちらを傷つけようとする者たちとは共存出来ない排除対象だ。
話をしているうちに冒険者ギルドの前に到着する。しかし、どうしても大輝は考えてしまう。
(魔獣はこちらの命を狙って来るのだから共存出来ない排除対象として命を奪える。親しい人間であれば当然共存対象だ。じゃあ、街人のような付き合いのない相手は?アリスのようにこちらに危害を及ぼす可能性のある相手は?ガーランドのように知人ではあるがこちらを利用しようとする相手は?)
日本に居た時とは常識も命の値段も違う世界だということをもう一度きちんと考える必要があると感じた大輝は新たな基準を作ろうと心に決めた。
「大輝。早く冒険者デビューしたいの。」
ギルドの前で立ち止まった大輝をココが急かす。どうやらギルドの建物を前にしてこの2日間の悪感情は綺麗に消えて冒険者活動が待ち遠しいようだ。
「ごめんごめん。さあ、ココとシリアのデビュー戦に行きましょうかね。」




