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レゾナンス   作者: AQUINAS
第二章 ハンザ王国~冒険者~
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第六十三話 余興

 冒険者たちへの恩賞授与が終わり、立食形式のパーティーは歓談の時間となっていた。


 Aランクへの推薦を得られることになったルビーとリルの周りは祝福に訪れた人々でごった返しており、Bランクへの昇格が決まったアルドにも多くの人が集まっている。人付き合いが得意でないアルドも今は精一杯交流を深めようと努力している。大輝はといえば、共に予備隊救出作戦を行ったサロン部隊長に誘われてマインツ副団長ら騎士団組と談笑していた。


 サロン部隊長は統率者率いる魔獣の群れを鮮やかな手腕で予備隊から引き離し、ロックアイベックスを魔石爆弾・手榴弾バージョンで打撃を加え、その後のフォレストベアー10頭とプレーリーレオ3頭を倒した手際と戦闘力を目の当たりにしており、その作戦の立役者が大輝であることを知っている。マインツ副団長にしても左翼の指揮官として高台付近の陣地構築や戦術の立案者が大輝であることを情報として仕入れているし、ブラックウルフを仕留めた瞬間も目撃している。2人とも前線指揮官として大輝に注目するのは当然だった。


「大輝殿、貴殿はどこで軍略を学ばれたのですか?」


「いったいどういう経験をすればあのような発想に至るのでしょうか?」


 20代後半のサロン部隊長とマインツ副団長が成人前後の年齢にしか見えない大輝に敬語を使っていること自体が異様なのだが、本人だけではなく周囲にいる騎士たちは誰も気にしていなかった。冒頭のアッシュ公による戦友発言と騎士団の一員である予備隊を救ったという実績が彼らの壁を取り払っていたからだ。もっとも、予備隊救出が大輝にとって結果論だということを知っていればここまでの気安さはなかっただろうが。いずれにせよ大輝は質問攻めに対して答えに窮していた。なにせ軍略なんて本で読んだだけだし、戦闘スタイルの1つとして認知されている奇術にしても科学知識を応用しているにすぎない。そしてそれらを説明することは異世界人であることを認めることになりかねないのだ。


「特に誰かに師事していたわけではありません。魔獣たちの特性と自分たちの戦力と見極めて、状況に合った戦術を選択したにすぎません。」


「魔法も同じです。自然現象を再現しようと試行錯誤した結果です。あの火炎旋風も昔火災現場を見た時に発生していたんですよ。」


 苦しい答えを繰り返す大輝に救いが訪れたのはしばらくしてからだった。本来なら厄介事と認識する出来事だが、騎士団組に期待の目を向けれれて心苦しかった大輝にとっては救いであったのだ。


「冒険者の小僧なんぞに教えを乞うなんて同じ騎士として恥ずかしいね。」


 鼻を膨らませながらやってきたのはムトス部隊長であった。


「ムトス部隊長。あなたは自らの率いる部隊を彼に救って貰ったことをお忘れですか?」


「アッシュ公のご配慮を無にする気か?」


 同格のサロンと部隊長の1つ上の階級に当たるマインツ副団長が前に出て諌めるがムトスは止まらない。


「確かに我が隊は魔獣の群れ相手に敗北を喫した。だが騎士としてのプライドを捨てるつもりはない。」


「騎士としてのプライドを語る前に礼を尽くすべきだと思いますが。」


「ムトス部隊長、謝りたまえ。これ以上騎士の恥を晒さないでもらいたい。」


 睨み合い、言い争う3人を見て大輝は思った。


(なんかしらんが助かった。)


 兵法書や魔法書、科学書のようなものが一般に流通していないこの世界において大輝の知識量は異常であり、騎士たちの質問に答え続けると不自然になってしまうことを危惧していた大輝はホッとしていた。


 しかし、慌てた者もいた。バイエル兄妹だ。『美食美酒』で大輝たちに専属契約を拒否されたアリスはガーランドを通してアッシュ公との交渉を纏めたのだが、交渉内容を履行しても期待する効果が得られなかった場合は事前の計画通りムトスには武力誇示をさせるつもりだったため詳しい話をしていなかったのだ。ムトスには、バイエル兄妹から指示が出るまでは動くな、とだけ伝えていた。


 纏まった交渉を簡単に表すと、アッシュ公がグラート王子派の受けるダメージを最小限とする手伝いをする代わりに、王子側がノルトの街の防衛力強化資金および資材の調達に便宜を図るという内容である。そして、冒険者たちの強制召集の褒賞に王子が資金提供したことも、アッシュ公がパーティーの冒頭で王子を擁護したことも、王子が非を認めて頭を下げたことも、公爵家と冒険者ギルドが予備隊の参戦に感謝を表明したことも全て綿密な打ち合わせの上で行われたことである。結果、王子と騎士団に対する悪評はほぼ払拭されている。


 バイエル兄妹はパーティーの雰囲気を見て最終判断を下すつもりであり、現状を見る限りムトスが動くことはマイナスにしかならないと思っていた。だから指示を出さなかったのだが、ムトスが勝手に大輝に突っかかっていったのだ。


「ムトス部隊長。そこまでにして下さい。」


「今夜のパーティーは『山崩し』で戦功のあった冒険者の皆さんを労う事とともに戦友である我々と交流を深めるために開かれているのですよ。それを理解出来ないあなたではないでしょう。」


 駆けつけたバイエル兄妹がムトスに苦言を呈すが、ムトスにとっては逆効果だった。本来、軍属にあるムトス部隊長へ命令権があるのは忠誠を誓う国王と軍部トップの将軍、そして配属されている王都守護騎士団団長と副団長だけである。王都からノルト砦へ派遣された際も北方騎士団の指揮下に入る必要はないと言われているし、実質的にグラート王子の護衛が任務である。その王子にすらムトスへの命令権がないのにバイエル兄妹に従わなければならない理由はなかった。これまで彼らの意向に従って来たのはムトスの意見と合致していたからに過ぎない。魔獣キラーとして『山崩し』は絶好の戦闘機会だったのだ。だが、我が物顔で部隊に指示するバイエル兄妹に反感を持っていたことも確かだった。部隊の指揮官はムトスなのだから。それに、冒険者風情に媚を売る同僚騎士たちにも辟易していた。厳しい審査と訓練を耐え抜いた騎士が根無し草の冒険者に教えを乞う姿など見たくはなかったのだ。そしてムトスの部隊を救ったとして騎士たちに持て囃されている小僧も気に入らなかったのだ。その伸びた鼻をへし折ってやらねばならないと本気で思っていた。だから言う。


「おい、小僧。オレと勝負しろ!」

  

 バイエル兄妹の制止を振り切り、大声で勝負を持ち掛けるムトスは会場内全ての人々の注目を浴びていた。パーティーに似つかわしくないと顔を顰める者もいるが、戦闘職が集まるこのパーティーの参加者たちの多数は興味津々であり冒険者の中には囃し立てる者もいる。

  

「余興としては面白いかもしれん。大輝が受けるのであれば庭を貸そう。」


 アッシュ公が微笑みを携えて前に出て来る。グラート王子とバイエル兄妹はまさかのアッシュ公の後押しに顔が青くなるが、それをアッシュ公が抑える。アッシュ公自身が大輝の戦闘を間近で見たかったのだ。


「なに、あくまで余興じゃよ。ムトス部隊長も『山崩し』では消化不良だろうし、大輝も王都で名高い魔獣キラーと手合せ出来る良い機会だろう?」


 あくまで余興であり、グラート王子や騎士団に責任を負わすことはないと周囲に知らせる。


 普段の大輝であればこんな余興に乗ることはない。冷めた目と共に嫌味を言う程度で流してしまうだろうが、騎士たちが大輝の素性と経歴に迫って来るこの状況では渡りに船であり喜んで受ける。


「こちらの方があの魔獣キラーで有名なムトス部隊長でしたか。是非とも手合せをお願いします。」


 魔獣キラーという2つ名など今知ったばかりなのだが、まるで憧れのアイドルを見たかのような視線をムトスへ向ける大輝。


(これで騎士たちの追及からは一旦逃れられるとして、落としどころはどうしようかな。)


 少し冷静さを取り戻した大輝は考える。なぜか大輝に対して強い敵愾心を持つムトスと青い顔で制止に入ったバイエル兄妹、余興と言いながらも大輝を観察しているアッシュ公、成り行きを心配そうな表情で見守るグラート王子。それぞれの反応を確認した大輝はグラート王子派の陰謀ではないと結論付ける。裏がありそうなのはアッシュ公だが、本人が余興と言っている以上は勝っても負けても大輝に何某かの責任を問うことは出来ない。


(それならば余興の演じ手を務めますかね。) 




 

 パーティー会場に連なる庭に急遽余興会場が設営される。とはいっても戦闘エリアとして30メートル四方に縄が張られ、その角に照明代わりに松明が掲げられたことと、出席者たちの飲み物を並べたテーブルが3つ用意されただけであった。大輝とムトスはパーティー会場の入口に預けていたそれぞれの得物を手にして立会人を務めるマインツ副団長の注意を縄の内側で聞いている。


「いいか。これはあくまでも余興であることを忘れないでくれ。多少の怪我は仕方ないにせよ、決して致命傷を負わすような攻撃はするな。特にムトス、これはアッシュ公主催のパーティーであり、グラート王子が列席されていることを肝に銘じて置け。」


 小声で2人にしか聞こえないように注意を促してからマインツは見物する観客たちに聞こえるように余興の開始を宣言する。


「これより王都守護騎士団の部隊長であり魔獣キラーの異名を持つムトスと、先の『山崩し』で戦功を挙げた冒険者であり双剣の奇術士と呼ばれつつある大輝による余興を執り行います。余興の内容は見ての通り戦闘職らしく決闘形式の試合であります。ただし、戦闘エリアを示す縄の外に影響を与える攻撃および命を奪うような攻撃を禁じるものとします。また、立会人である私の指示には必ず従ってもらうものとします。」


 マインツ副団長による口上が終わるとともに観客たちから大きな声援が送られる。参加者に冒険者が多いこともあり、9割以上が大輝に対する声援だ。


「冒険者の代表としてしっかりな!」


「噂の奇術を見せてくれ~」


「プレーリーレオ3頭を攻撃したっていう火炎旋風を見せろぉ!」


「馬鹿を言うな!こんなところであんな大技出されたらオレたちが危ないっての。」


 戦闘エリアに立ってもどのように余興を演じようか迷っていた大輝だったが、声援の中から1つの答えを見出していた。彼らが求めており今後の大輝にとっても有用であろう手段を。そして大急ぎで使えそうな技を脳内に思い浮かべる。


(2番煎じもあるけどこれならいけるかな。)


 大輝が演目を組み立て終わると同時にマインツが開始の合図を出す。


「それでは試合はじめ!」


 大輝がいつもの長さの異なる小剣を両手に持って構える。対するムトスが手に持つ得物は剣身が徐々に狭まって行き剣先が尖っているエストックに近い形状をしている。所謂鎧通しと呼ばれる刺突に適した剣である。その他にも小剣が2本腰に下げられており、対峙する相手によって得物を変えていることをうかがわせていた。


「ムトス部隊長は獲物によって2つの武器を使い分けるんだ。低ランク魔獣相手には小剣を使った超接近戦を挑み、獣皮の硬い高ランク魔獣相手には特注で造られたあの刺突武器を使うんだ。」


 騎士の1人がなぜ動きを阻害しかねない小剣を腰に指しているかを怪訝な目で見る冒険者たちに解説している声が聞こえる。


(へ~。小僧って呼ぶ割には高ランク魔獣待遇で接してくれるんだ。)


 大輝の思いとは違い、ムトスは単に殺傷力の高い方の武器を選んだだけだったのだが。


「おい、小僧。こういう時は格下から掛かって来るものだぞ。」


 観察に徹していた大輝にムトスが不機嫌そうに話し掛ける。


「あれ?勝負を申し込んだのはそっちでしょ。挑戦者に先手を譲ってあげますよ。」


 大輝に切り返されたムトスが気色ばむ。


「騎士を愚弄しおって!」


 一気に大輝へと肉薄したムトスが連続した突きを繰り出す。


キンッキンッキン!


 フェイントもなく速度重視の突きを次々と繰り出すムトスに対して大輝は両手の小剣でエストックの剣先を軽く叩いて顔や胸を狙った突きをいなしていく。10、20と息つく間もない連続刺突を捌き続ける大輝に観客から歓声が送られる。


 盛り上がる観客の声を聞いて冷静さを取り戻したムトスは流石だった。経験の浅い者であれば余計に頭へと血が昇ったことだろう。しかしムトスは直線的すぎた攻撃では通じない事を悟り、フェイントを織り交ぜつつ足捌きに変化をつける事で大輝に予測をつけにくくさせる攻撃へと移行する。


「っふっふっふん!」


ッキンッキンッキキン!


 ムトスの荒い息遣いとエストックと小剣の甲高い激突音だけが庭に聞こえる。すでに観客たちは黙って両者の攻防を見守っていたのだ。ムトスの流れるような連続攻撃とそれを迎撃し続ける大輝はまるで踊ってるかのように戦闘エリア内を動き回っている。


ガキン!


 一際大きい音が鳴ると同時に大輝が大きく後方へと飛び去った。軽くいなすことに専念していた大輝がムトスのエストックを大きく弾いて一旦距離を取ったのだ。


「さて、余興の前座はこの位にして今度はこっちから行きますよ。」


 大輝がここまでの応酬を前座と評す。実際のところ、高速の連続刺突は反撃する機会はないもののいなすことは難しくなかったのだ。ムトスの刺突攻撃は放たれればほぼ直線で大輝の急所を狙ってきており、フェイントや体重移動で多少軌道にずれがあっても2本の小剣で弾くことは容易であった。そして余興として観客たちに十分剣技を楽しんでもらえたと感じた大輝は本来の演目へと移ることにする。


「まずは火の章から御覧に入れましょう。」


   





年末は忘年会やら同窓会やら家にいる時間が少なく、執筆時間が減ってガリガリとストックが削れています・・・。



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