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レゾナンス   作者: AQUINAS
第二章 ハンザ王国~冒険者~
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第六十二話 論功行賞

 ノルトの街とエレベ山脈山裾の間では『山崩し』終結宣言が出されて5日が経っても多くの人々が後処理を続けていた。優先的に解体作業が行われた統率者の居た戦場の処理は終わっているが、2,000近い数が押し寄せた司令部のあった高台付近では未だに作業が続けられている。


 低ランク冒険者と街の住人が共同して魔獣の皮を剥ぎ取り、食用に成り得る肉を街中に運び込む。血の匂いに誘い込まれてエレベ山脈から新たな魔獣が下りてきても撃退できるように高ランク冒険者たちが周囲を警戒し、時折風魔法で匂いを山から遠ざける者もいる。


 彼らは冒険者ギルドの依頼で魔獣の処理や作業員の護衛を請け負っており、当然報酬が約束されている。もちろんその原資は運び込まれた魔獣由来の素材売却益が充てられる。ロックアイベックスの角やロックボアの内臓など魔道具制作の材料となるものも多く、魔石と合わせればかなりの金額になると思われる。たとえ供給過多となっている食肉や皮の相場が下がっていたとしても。


「強制召集の報奨金が発表されたぞぉ!」


 ノルトの街の北門から大声が上がる。今夜開かれるリューベック公爵家主催の戦勝パーティーに先駆けて報奨金が発表されたたのだ。大きな功のあった者や指揮官クラスはパーティー内で直接褒賞が言い渡されるが、それ以外の者たちには夜を待たずに発表された。


「今回は大盤振る舞いらしいぞ!」


 この場にいるEランク以上の冒険者たちは全員が参戦しており、街から報告に来た者たちへと一斉に視線が集まる。


「1人当たりの金額は、Eランク冒険者が金貨6枚、Dランクが9枚、Cランクが12枚だ!」  


「す、すげぇ!」


「保証額の3倍じゃないか。」


「さすがアッシュ公とスレインさんだ!」


 周囲が想像以上の高額報酬に沸き立つ。ひと騒ぎするのを待ってから報告に来た男が口上を続ける。


「今回は特別らしい。アッシュ公とグラート王子が冒険者ギルドに対して感謝の印としてそれぞれ金貨1枚ずつを上乗せしてくれたんだ。」


「「「 おぉ! 」」」


「アッシュ公は話が分かる!」


「王子は自分の失態のお詫びってことか。それでもありがたいわな。」


 口々に意見を述べる冒険者たち。アッシュ公の人気は高まり、王子の失態は不問とされていく。そして冒険者たちの様子を見て解体作業に駆り出されていた街の住人たちにもその空気は伝播していく。為政者たちの思惑通りであった。






 ノルトの街の中央にあるリューベック公爵家の館は要塞に近い造りであった。街の城壁と遜色のない石造りの防壁には所々に弓や魔法を放つための銃口のような射出口が設けられており、籠城戦を想定して造られていることがわかる。


 しかし、内部に入るにつれて雰囲気が柔らかいものへと変わって行く。無骨な要塞の内部は公爵家に相応しい彫刻によって飾られており、防壁と同じ石を使っているにもかかわらず招いた者たちを歓迎する雰囲気を醸し出していた。


「随分と歩かされるな。」


 彫刻に魅入られている大輝に話し掛けるのはアルドだった。遊撃隊30名は全員パーティーに呼ばれており、現在は固まって移動中なのだ。


「この館は公爵の居城なのよ。当然でしょ。」


「ルビー姐さん、それじゃ説明になってません。いいですかアルドさん?ここは王族に次いで権力のある公爵家が住んでいる家です。その家の間取りを公開するのは警備上大きな問題になります。つまり、重要な場所に近づかないようにパーティー会場へと案内されているんですよ。」 


 リルの説明に納得するアルドだったが、大輝は疑問に思った。


(パーティー会場なら公爵家の私的エリアに近いところに造らないよな?)


 公爵家ともなれば他国の来賓が来ることもある。それであれば尚更館の奥に作るはずがないのだ。しかし、会場に着いてすぐに納得がいった。


(外向けのパーティー会場じゃなくて身内向けの会場ってわけか。理由はグラート王子が参加するからだな。)


 大輝の推察通り、リューベック公爵家は200人以上収容できるパーティールームを外からの出入りが容易な場所に持っているが、今回はその半分程の大きさの部屋で行われるのだ。アッシュ公がグラート王子を胸襟を開いて迎えるという意志表示であった。しかしそれは中立派がグラート王子派に加わるということではなく、あくまで国内融和を図るべきだというアッシュ公の思いである。


「オレたち以外にも冒険者が結構いるな。」


 立食形式の今回のパーティーにはすでに多くの招待客が集まっていた。騎士団からはマインツ副団長を始め、サロン部隊長、ムトス部隊長らが騎士の正装で参加しており、警備隊からは隊長のクロッカスを筆頭に5人程参加している。最も多いのが冒険者たちだ。ギルドマスターのスレインをはじめ、指揮官として采配を振るったシハス、右翼の指揮をとったラフターの他にも活躍が認められた者たちがいつもの冒険者装備のまま参加している。冒険者にとってはそれが正装なのだ。


「7,80人はいるわね。でも、この場での論功対象なのはあたしたち冒険者だけだからこういう人数の偏りになるのよ。」

 

「あぁ、そうか。騎士団はキール王から評価されないとまずいよな。ん?でも警備隊はなんで対象外なんだ?」


「警備隊はあくまでもアッシュ公の配下でしょ。でも冒険者ギルドは国とは別の独立組織なのよ。だからこそ領主であるアッシュ公が冒険者たちに協力への感謝を表明する必要があって、それがこのパーティーなのよ。」


「騎士団と貴族は国王をトップにした別系統の組織であるため貴族であるアッシュ公は騎士たちに感謝はしても恩賞を与えることは出来ない。警備隊は配下だから恩賞は与えられるが別の機会が設けられる。だから今はオレたち冒険者が主役ってことになるのか。」


「そういうことよ。堂々としてなさいな。ランクが上がればこういう機会もあるんだからね。」


(なるほどね。『山崩し』を協力して撃退した騎士団、警備隊、冒険者の3者を労うだけが目的じゃないのか。魔獣の跋扈するこの世界では冒険者ギルドの協力は不可欠だから敬意を払っている姿勢を打ち出さないといけないのか。)


 自身の特異な立場から国とは独立した組織である冒険者ギルドに属すことにした大輝だったが、考えていた以上にその選択が正しかったことを知った。


「まもなくグラート王子とアッシュ公がお見えになります。」


 大輝たちが入って来た扉とは違う扉の前に控えている者から声が上がる。どうやら主催者が王子同伴で入場してくる時間になったようだった。


 金糸と銀糸で意匠を凝らした衣服を纏ったアッシュ公とグラート王子が並んで扉から入場して来る。その後ろにはアッシュ公の嫡男ガーランドとバイエル兄妹が距離をあけて従っている姿が目に入って来た。このパーティーがアッシュ公とグラート王子によって主催されていることを示しているのだ。


「アッシュ・リューベックだ。今夜はよく集まってくれた。」


 前方に設けられた檀上からアッシュ公の威厳ある声が会場内に響き渡る。


「ここにいるのは皆『山崩し』によって襲来した魔獣と戦った戦友である。司令部にいた私と予備隊を率いて統率者と一戦交えたグラート王子も含めての戦友である。今宵は戦友同士心行くまで楽しもうではないか。」


 用意された盃が配られ、早速パーティーが開始される。音頭を取るのはグラート王子だった。


「グラート・ハンザ・ミュンスターである。皆も知っている通り、私は先の『山崩し』では失態を演じてしまった。」


 いきなり自らの非を認める王子に対して全員の注目が集まる。


「少しでも皆の役に立とうと思ったことについては今でも後悔していない。だが、軍を率いた経験もない私が予備隊を預かろうなどとしたことは恥じている。また、多くの者を失ったことについてこの場を借りて詫びたい。申し訳なかった。」


 頭を下げるグラート王子に対して固まる参加者たち。


「謝罪と共に感謝も述べたい。ここにいる皆が私の失態をものともせずに魔獣たちを撃退してくれたことに対してだ。諸君らの活躍によってノルトの街だけではなく近隣の安全も守られた。ありがとう。また、予備隊の窮地に駆けつけてくれた者たちには予備隊を代表して改めて感謝を述べさせてもらいたい。ありがとう。」


 2度、3度と頭を下げて礼を述べるグラート王子。会場内にいる殆ど全ての者たちが王子が真剣に民を守ろうとしたことに気付く。そして判断に誤りこそあったがそれを認めて謝罪し、さらに礼を述べるだけの度量を持っていることにも気付いた。だからこそ糾弾されるべきはずが肯定される。


「王子、頭を上げてください!」


「王子の民を思う気持ちはわかりましたから!」


「誰にだって失敗はあらぁ!」


「尻拭いはもう終わってるんだ。そんなに気にしなさんな。」


 王子に掛けるべき言葉遣いではないがこの場は戦友として見逃される。そして頭を下げたままのグラート王子の肩にアッシュ公が手を掛けつつ皆に語りかける。


「私も若い頃はよく失敗したものだ。ここにいる皆も経験があるだろう。大切な事はその経験を次にどう活かすかだと私は思っている。そして王子は今その経験をしっかりと反省している。だからこそ皆も温かい言葉を掛けたのだろう?」


「「 その通りです! 」」

  

「グラート王子。今の気持ちをどうか大切になさってください。そして早く乾杯の音頭を。極上の酒を手にしたままでは皆がかわいそうです。」


 アッシュ公に促されて乾杯を宣言したことでようやく宴が進行する。冒険者だけでなく警備隊や騎士団の中にも浸透していたグラート王子に対する悪感情はほとんど払拭されていた。軍の指揮官としての能力は低いかもしれないが、人物としては好意的に迎えられたのだ。そしてわずかな歓談の時間を経てすぐに功を上げた冒険者への褒賞がアッシュ公とギルドマスターであるスレインによって言い渡される。


「冒険者ギルド戦闘統括者シハス。陣地構築および戦闘指揮は見事であった。そなたが指揮官であったからこそ撃退出来たと思う。よって戦術指揮官としての采配を評して金貨100枚を与える。」


「「「 おぉ!! 」」」


 アッシュ公の口上に続いて用意されていた金貨の入った袋がスレインによってシハスに手渡される。対外的には大輝のアドバイスによって陣地構築や戦術が決定されたことは公表されないし褒賞も与えられない事になっており、シハスが受け取ることになっているのだ。助言を受けたとはいえ、シハスが現場指揮を執ったことは事実であるし、大輝自身がまだ表に立つつもりがなくシハスやスレインを説得した結果だ。ただし、シハスの好意によってノルトの街に滞在している間『食道楽の郷』の料金はシハス持ちということになったが。 


「Bランク冒険者ラスター。右翼の冒険者指揮官を見事に努めてくれた。普段から集団戦闘に慣れていないものたちを率いた手腕を認め、金貨75枚を与えると共にノルトの街に限り税を免除とする。」


 指揮官であると同時に最前線で戦ったことが評価され、破格の報酬が授与される。そして次に遊撃隊が前へと呼ばれる。


「遊撃隊の諸君。諸君らの活躍は目覚ましい。右翼の混乱を収めたこと。ブラックウルフを仕留めたこと。予備隊の窮地から救った事。フォレストベアー10頭を仕留めたこと。そしてなによりも統率者を含めたプレーリーレオ3頭を仕留めたこと。」 


 Cランク魔獣であるフォレストベアー10頭だけでも魔石と素材を売却すれば金貨400枚にはなるだろうし、Bランクのプレーリーレオ3頭を加えれば金貨1000枚は優に超える。


「まず、遊撃隊30名には全員に金貨100枚を与え、ノルトの街に限らずリューベック領内での税の免除とする。」


「「「 おぉ!!! 」」」


「さらに隊長、副隊長として活躍したルビーとリルにはAランクへの推薦状を冒険者ギルドの本部へ送ることを約束する。また、統率者を仕留めたアルドにはBランク昇格の推薦をギルドマスターであるスレインに通達済みである。」


「「 Aランク!! 」」


 貴族に準じる扱いとなるAランクへの昇格は冒険者ギルドアスワン本部の専権事項であるためすぐに昇格とはならないが、公爵家当主であるアッシュ公の推薦とギルドマスターであるスレインの推薦があればかなりの確率で昇格となるはずである。


「遊撃隊の参謀として予備隊救出と統率者討伐の作戦を立案し、戦闘においても活躍のあった大輝もBランク昇格としてもよいのだが、本人が経験不足を危惧して辞退を申し出ていることからCランク昇格となったことをスレインに代わって申し伝える。代わりに公爵家ゆかりの短剣を譲ることとする。」  


 大輝は事前にシハスを通してBランク昇格を断っていた。そしてその代わりに公爵家の文様入りの短剣を手に入れることになったのだが、大輝にとって短剣は首輪にしか見えなかった。文様入りの短剣を持っている限りはリューベック公爵家の関係者として周囲に見られるからだ。当然アッシュ公もそれを狙って大輝に与えている。軍略や戦闘力を考えれば今後も活躍が予想できるし、なによりも魔石爆弾という対魔獣だけではなく対ハルガダ帝国にも使えそうな兵器の考案者である。魔道具の国としては優遇すべき人材であり、たとえすぐに旗下に加えられなくとも周囲にアッシュ公の関係者だと思わせておきたいと思っても不思議ではない。


 しかし、大輝は・・・


(この首輪は虚空(アーカーシャ)に入れて置けばいいよな。ハンザ王国内でトラブルに巻き込まれた時のお守りとして保存決定!)




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