第六十一話 政治と交渉
「あたしたちは仲間内で楽しく飲んでるんだ。邪魔しないで欲しいね。」
男4人を後ろに従えて声を掛けて来た女に対して邪険に答えるルビー。それもそのはず、声を掛けて来たのが予備隊にいたアリス・バイエルだったからだ。ルビーたち遊撃隊に対して冒険者風情と侮蔑の言葉を投げかけたアリスに良いイメージを持っているはずがなかった。そしてそれは同席していた冒険者一同の共通認識でもあった。
「あなた。誰に向かって言ってるかわかってるのかしら?」
目尻がピクピクと動いていることからアリスが怒りを堪えていることはわかったが、それは冒険者側も同じだ。
「さあ? 知らないし知りたくもないね。」
グラート王子に近しい者であることは予想しているが名乗り合う仲でもないため知りようがない。そしてルビーは権力者であろうが納得のいかないことに屈する気はなかった。
「いいわ。教えてあげましょう。私はグラート王子の側近でありバイエル侯爵家の長女アリス・バイエル。あならたちにいい話を持ってきた者よ。」
ルビーが知りたくもないと言ったにもかかわらず堂々と名乗りを上げるアリスに周囲は呆気に取られる。そして席についている16人が互いに目を合わせて確認する。話の通じない相手だと。とはいえ、相手が王子の側近であり、侯爵家令嬢であると名乗った以上は完全に無視するわけにはいかなくなったのも確かだった。無礼者を即手打ちにするようなことは認められていないが、王家と侯爵家の名を出されては明確に対立することは危険を伴うのだ。
(めんどくさい・・・)
先ほど確認した限りではアリスとその後ろに控える4人以外に少なくとも4人予備隊に居た者が控えていることはわかっている。そしてその反対側にはリューベック公爵家の嫡男ガーランドとその配下と思われる者たちが様子を覗っていることも。彼らが何を目的にこの店にいるのかわからないが、面倒なことになりそうだということだけはわかった。だから大輝は黙っているつもりだった。しかし、数日前の反省はどこへやら、空気を読まない少女が居た。
「この人おかしいの。知りたくないって言ってるのに勝手に自己紹介してるの。」
「「「 っぷ! 」」」
ミラー、ビスト、ゾルが思わず噴き出す。
(ねえ、ココさん。わざと言ってない?絶対わざと煽ってるよね!?)
大輝は頭を抱える。アルドとリルは肩を震わせて必死に笑いを堪えているが、ルビーはゲハゲハと下品な声を上げてお腹を抱える始末だ。こうなればアリスが爆発する。
「き、貴様ら私を愚弄するかっ!」
「い、いや、だってさ。っぷぷ。」
ルビーの腹筋が笑いで止まらず中々言葉が続かない。それを引き継いだのが妹分のリルだった。
「この子の言う通りです。我々の歓談を邪魔して勝手に名乗ったのはそちらですから。」
「「「 うんうん。 」」」
頷くのはミラー以下3人衆だけではなかった。ほとんど全員だ。大輝が横目で見た限り、ガーランドの配下でさえ小さく頷いている。
アリスはこの状況が信じられなった。10歳になる前から王宮でグラート王子の側で生活し、成人後にそのまま側近として仕えて来た彼女に対してこのような仕打ちをする者などいなかったのだ。常に王子に帯同しており、王宮を出ても周囲は彼女の顔色を窺う者たちしかいなかった。そして王宮内での常識として身分や階級というものの絶対性を信じて疑っていなかった。だからこそ硬直してしまう。
「そういうことだからいいお話とやらも要らないよ。」
ようやく腹筋の振動が収まったルビーの言葉でようやく我に返るアリス。グラート王子派の受けるダメージを軽減するためにもこのまま引き下がるわけには行かないことを思い出したのだ。
「いいえ、聞いてもらいます。」
キッとルビーを睨みながら勝手に話を続けるアリス。
「Bランク冒険者ルビー率いる『紅玉の輝き』とBランク冒険者リル率いる『瑠璃の彼方』、そしてEランク冒険者の大輝、グラート王子が専属契約を結んで差し上げると仰せです。明日の10時にノルト砦まで来なさい。」
「このお姉さん、お話が通じないの。」
ココは『直感』のこともあって周囲とあまり会話を交わすことが少なかったせいか言動が幼い。しかし、明らかにこの場での発言はおかしかった。大輝がココへと視線を固定すると、それに気付いたココがスッと視線を逸らす。
(わ、わざとやってる・・・)
確信を得た大輝だが敢えてそれを止めなかった。
(なにかしらの『直感』が働いているんだろうな。)
そう思って流れに任せることにする。
アリスはココの発言を無視し、じっとルビーを見ている。仕方なくルビーがそれに応える。
「何度も言ってるがあなた方にとってのいいお話とやらに私たちは興味がない。」
「っく。専属契約と言っても王都アルトナに来て貰おうとは思っていません。これまで通りノルトの街で自由に活動してもらって構わないし、専属契約も3日前から1年だけのもの。3日後に開かれるパーティーの会場で王子の意向によって遊撃隊に参加したと発言するだけで全員に金貨10枚を支払うという好条件よ。それなら文句ないでしょ!」
彼女なりに怒りを抑えて話しているつもりだったがあまりにも周囲が見えていなかった。本来、明日砦で話す予定だった条件を口走ってしまったのだ。そしてそこまで聞いてリューベック公爵家が動く。
「そいつは聞き捨てなりませんね。アリス・バイエルさん。」
アッシュ公の嫡男ガーランドが配下を4人連れて話に加わる。
「5年ぶりでオレの顔を忘れてしまいましたか?アッシュ・リューベックが嫡男ガーランドですよ。お久しぶりですね。」
「なっ!」
「あなたより先にこの店にいましたがお気づきにならなかったようですね。まあ、それはいいとしても今のお話は聞き捨てなりません。3日前に遡っての専属契約にリューベック公爵家当主である父主催のパーティーでの虚言強要とはバイエル家の為さることとは思えませんね。それともグラート王子の意向ですか?」
アリスの顔がサッと青褪めていく。ルビーに相手にされず、ココに挑発されたことで頭に血が昇っていたがあっという間に冷めていくのがわかる。契約日の偽造も罪に当たるが、他家主催のパーティーで事実と異なる発言をさせる方がもっと不味いのだ。しかも中立派のトップであるリューベック公爵家当主の開くパーティーでの流言は政治的に大きな失点となる。アリス1人の問題では済まず、バイエル家やグラート王子へも悪影響が出る事は間違いない。しかしアリスがどう弁解しようかと思案している間にガーランドが矛を収める。
「まあ、貸し1つということにしましょう。彼ら遊撃隊もあなたの提案を拒否していましたしね。遊撃隊の皆さんもオレに免じて今回は水に流してやってもらえませんか?」
20歳そこそこに見えるガーランドがウインクしながらルビーたちに許可を求める。
(この人、オレたちにも貸し1つだと思ってるんだろうなぁ・・・)
ガーランドの芝居染みた物言いについ裏を読んでしまう大輝。Bランク冒険者として貴族や大商人ともそれなりに付き合いのあるルビーやリルも同じ結論に達したがここはガーランドに乗る。正面切ってグラート王子やバイエル家と事を構えるよりはマシと判断したのだ。
「いいでしょう。ここはリューベック公爵家の顔を立てさせて頂きます。」
代表してリルが言う。あくまでガーランド個人ではなく公爵家の意向に沿うと言うことで予防線を張る。それを聞いたガーランドがアリスの返事を待たずに話を打ち切る。
「ではこれで話は終わりにしましょう。我々もアリスさんたちもこれで引き揚げますので、遊撃隊の皆さんはこのままお楽しみください。オレの顔を潰さないでくれたお礼にアリスさんたちと遊撃隊の皆さんの料金はオレが持ちます。では3日後のパーティーでまたお会いしましょう。」
一方的な宣言を行ったガーランドが顔が蒼褪めたままのアリスとその配下を促して『美食美酒』を出ていく。気付いた時には店内には店の従業員と遊撃隊しか残っていなかった。どうやら最初からこうなる展開を予測していたらしく、最初からいた客もガーランドの息の掛かった者たちだったようだ。
「っち。リューベック公爵家は最初からグラート王子側の動きを予想してたみたいだね。」
「私たちは餌にされたということのようですね。」
ルビーとリルが苦い顔をしている。そこにイマイチ理解が出来ていないアルドが解説を求めた。
「すまないが、オレにもわかるように話してしてもらえると助かるんだが。」
「そうだね。巻き込まれちまった以上は皆も聞いておいてくれ。表立った争いにはなっていないが、今、ハンザ王国は大きく3つの勢力に分けられる。最大勢力がさっきのアリス・バイエルがいるグラート王子派だね。有力者ではグラート王子へ妻として娘を送り込んだロストック公爵家、バイエル侯爵家、ファーレン侯爵家、北方騎士団長グーゼル団長といった面子だね。」
大輝もシハスからおおよそのことを聞いていたがルビーの解説を静かに聞いていた。情報とは多角的に取り入れなければならないことを知っていたからだ。
「2番目はルード王子派だね。有力貴族はヘッセン侯爵家くらいだけど、王都にいる騎士や魔法士たちの多くが支持している。最後が中立派。リューベック公爵家やブランデン侯爵家がそれに当たる。聞いてて気づいたとは思うけど、50代半ばになっているキール王の次の代を睨んだ争いだ。」
ここで一区切りつけたルビーがアルドを始めとした政治に疎い者たちを見渡す。
「問題は、王位継承権上位の者たちが成人しているにもかかわらず王太子が決まっていない事だ。なぜキール王が王太子を決めていないのかはわからないけどね。そこで今回の件だが、グラート王子は功を焦って予備隊を勝手に動かした上、なんの戦果も挙げられないまま敗走した。このままでは汚点として王都に伝わってしまう。だから『山崩し』で戦功を挙げたあたしたちを自分の配下だったことにして功罪帳消しにするつもりだったんだよ。」
「なるほど。だから3日前からお抱えだったことにしろって言ってたんですね。」
「パーティーで王子配下だってことを吹聴させれば悪評が抑えられると思ったのか。」
事の次第を理解した者たちが増えていく。
「ま、そういうことだね。で、ガーランド様は、いや、リューベック公爵家はグラート王子派がそういう工作を仕掛けて来ることを察知してあたしたちが集まる場を事前に監視してたんだよ。アリス・バイエルが決定的な発言をしてから介入してきたろ?その上、貸し1つで外に連れ出した。今頃は無理の無い範囲で自分たちに有利になるような交渉を持ちかけてるはずさ。」
「どんな交渉をするんです?対立してる勢力ならこれを機会に攻めた方がいいのでは?」
「そんなことをアッシュ公は望んじゃいないさ。ここはハルガダ帝国との国境の街。つまり戦争が起きれば最前線になっちまう。だから国が割れるような騒動を起こそうなんて真似はしないさ。そうだね、あたしならパーティーでグラート王子の派兵に感謝することを条件にして金なり物資を要求するね。」
大輝もルビーの考えに賛成だった。グラート王子派の弱みに付け込みつつ恩を売り、自領の強化を図る方が将来性がある。グラート王子が王位についた際も恩を売っておけば友好的な付き合いが出来るだろう。
「なるほど。で、オレたちにどういう影響があるんですか?」
大体の背景はわかったが、なぜこんな話を全員に聞かせているのかわからなかったミラーが尋ねる。
「あたしたちはグラート王子派と中立派の争いというか、交渉の道具になっちまったんだよ。」
「つまり、余計なおしゃべりは命に係わるってことですから皆さん言動には注意しましょう。」
リルがルビーの言葉を引き継いで全員に警告する。
もし、アリスの甘言に乗ってグラート王子派につけばリューベック公爵家を敵に回すことになり、少なくともこの街には居られない。また、この店でのやり取りを吹聴すれば今頃どこかで行われている交渉をぶち壊すことになり、王子派、中立派両方から睨まれることになるのだ。そこまで理解したことでアリスが話しかけて来る前までの楽しかった宴席が暗くなる。
「「「 はぁ・・・ 」」」
大きく溜息を漏らす一同。政治的なことに無関心な者を中心に巻き込まれた感で一杯だった。
「まあ、黙っているだけでいいのさ。それに悪いことばかりじゃないはずだよ。おそらくパーティーで行われる論功行賞でそれなりの物が授与されるはずだ。口止め料代わりにね!」
手のひらを上に向けて親指と人差し指で円を描いて笑って見せるルビー。この世界でもお金を表すジェスチャーは共通だった。




