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レゾナンス   作者: AQUINAS
第二章 ハンザ王国~冒険者~
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第五十九話 凱旋と思惑

 アメイジア新暦745年12月7日13時07分に発生した『山崩し』は同日16時42分のアッシュ・リューベック公爵による終結宣言によって終わりを告げられた。


 迎撃戦の舞台となった司令部のある高台にて発せられた終結宣言は即座にノルトの街へと伝えられ、街では安堵の声と共に防衛に尽力したアッシュ公や配下の警備隊、冒険者、騎士団への称賛と感謝の声が至る所で上がっていた。


 そして日の入りが近づいていたため2,000を超える討伐された魔獣の処理は明日以降に回され、続々と街へと帰還して来る警備隊と冒険者たちを出迎える街人たち。彼らの協力もあり、また、アッシュ公の援助もあって盛大な宴会が開かれた。正式な論功行賞は後日アッシュ・リューベック公爵の館で行わるのだが、開戦前の演説でアッシュ公が約束した酒が提供され街中の広場で戦勝祝いが行われたのだ。


「いや、生きて帰ってこれてよかったよ。正直言って魔獣2,000以上を相手にするなんて死にに行くようなものだと思ったよ。」


「俺もさ。でも北門を出てみれば陣地は構築されてるし、秘密兵器まであるって言う。しかもアッシュ公自らが司令部に出張ってきてたからなんとかなるとは思ったね。」


「実際なんとかなったしな。それにしてもシハスさんの指揮は凄かったな。迎撃隊にはほとんど死んだ奴がいないからな。」


「凄いと言えばあの魔石爆弾とか言う魔道具だろ?あんな爆発見たことないぞ。」


「あぁ、アレには驚いたよな。轟音のせいでしばらく耳が遠くなっちまったよ。」


「で、結局統率者はプレーリーレオだったらしいぞ?しかも3頭もいたらしい。」


「Bランク魔獣が3頭かよ・・・でも遊撃隊と騎兵で殲滅したんだろ?」


「実質遊撃隊の30人がフォレストベアー10頭とプレーリーレオ3頭を全部仕留めたらしいっすよ。騎兵はロックアイベックス殲滅に回ったらしいっす。ロックイーグルも居たらしいんですが、半数はエレベ山脈に逃げちまったようですね。」


「まじかよ。まあブラックウルフをあっさり仕留めるような連中だからなぁ。」


 あちこちで酒杯片手に今日の戦いについて語り合っている者たち。自らの武勇を自慢する者もいたが、大半の者たちがこれまでの『山崩し』では行われなかった陣地構築を推進したアッシュ公、的確な人員配置と作戦立案、指揮を行ったスレインとシハス、統率者や高ランク魔獣を討った遊撃隊の3者を称賛する話題だった。


 しかし、対策会議や司令部に詰めていた者たちが集まる一角では同じく今日の戦いを振り返っていながらも1人の男の話題で持ち切りだった。騎士団を最初から参戦させるためのヒントを出し、陣地構築と戦闘方法を提案し、兵器とも言える魔道具のアイディアを出し、統率者の群れを混乱に陥れた男の話題だ。大半はシハスによって対策会議に提起されたのだが、実際に『食道楽の郷』まで出向いて確認したスレインだけではなくアッシュ公やその側近たちも原案が大輝という一介の冒険者から出されていることを知っていた。


「藁にも縋る思いでいましたが、この成果は素晴らしいですな。」


 アッシュ公の側近の1人が周囲に同意を求め、数人が頷く。しかし肝心のアッシュ公が否定する。


「なにを言うか。有用な案だと会議で承認されたからこそ採用したのだ。あの魔石爆弾の試作だけが不確定だっただけだ。しかしその魔石爆弾が良い意味で最大の誤算だったがな。」


 アッシュ公は公平かつ度量の大きな人物として知られている。だからこそ一介の冒険者が発案だと聞いても有用であれば受け入れる。そしてその結果、12年前の倍に匹敵する今回の『山崩し』を予備隊を除けば死者8割減で撃退出来たのだ。


「それにしてもあの者はどのような素性なのでしょうか。」


 側近が話題を大輝に戻す。実際、これまでに大輝というEランク冒険者の名前を聞いたことのある者など誰もいなかったのだ。少なくともこの街に元から居た者ではないことだけがわかっていた。


「私もそれは気になっている。司令部で少し話をしただけだが、あれだけの知略と戦闘力があればそれなりに名が知られているはずだと思うのだが。シハス、教えてくれ。」


 アッシュ公も大輝を今回の最大の功労者と考えている。これまでは有用な発案をしてくれる者という評価はしていてもやらなければならないことが山積みで詳しい経歴を聞いている余裕がなかったが、『山崩し』を撃退出来た今は興味を持っていた。


「私も付き合いが長い訳ではないので詳しいことは。私の知人から数日前に紹介を受けたというだけでして・・・。」


 シハスは大輝がハルガダ帝国に召喚された異世界人であることを知っているが、例え領主であり大貴族であるアッシュ公であってもそれを言わない。自身が世話になった村の総意によって村と大輝が互いに秘密を守り合うことを誓っているだけではなく、獣人として一度交わした約束は守らねばならないとも思っているからだ。


「冒険者として登録してまだ3か月ほどだと聞いていますので、名が知られていないのも当然だと思います。」


 シハスは出来るだけ自分は知らない事にする。アッシュ公と同様に、有用な意見を言う男だと思ったから情報を与えて意見を引き出したと強調してこの場を押し通すのだった。


「まあよい。正式な論功行賞を行う5日後に本人に尋ねてみよう。」


 アッシュ公は大輝を配下に加えたいと思っていた。帝国との国境に位置し、『山崩し』を始めとした魔獣被害の多いノルトの街を本拠地とするリューベック公爵家としては大輝のような人物は是非とも欲しい。軍略に長け、自身の戦闘力も高い、そして既存の技術を応用して新たな魔道具の開発が出来る発想力も素晴らしい。少し話をした限りでは人格的に問題のある人物とは思えない。王都アルトナが後継者問題で荒れる可能性があることからも自領の安定の為に人材発掘をしなければと思っていた矢先の出会いであったのだ。長男のガーランドとも年齢が近いため、始めはアッシュ公が育てるにしても将来的にはガーランドの腹心となるかもしれないとまで思っていた。






 ノルトの街が『山崩し』撃退に湧いていた頃、ノルト砦では沈痛な面持ちで集まる者たちが居た。


「予備隊1,000の内、死者313、重傷者122、軽傷者275です。また、10人の隊長の半数を失っています。ムトス部隊長が重傷を負いながらも帰還されたことだけが救いです。」


 アリスが回復魔法によってある程度動けるようになったムトスに嫌味をぶつける。そして同席しているグラート王子とアーガスは黙って見逃し、ムトスは俯いたまま反応しなかった。


「アッシュ公からの報告によりますと、ムトス部隊長の作戦が失敗した直後に現れたサロン部隊長率いる騎兵500騎がロックアイベックスを抑え、冒険者100名がロックイーグルを牽制している間に遊撃隊30名がプレーリーレオ3頭を討ち取ったそうです。」


 予備隊1,000名が呆気なく敗れ去った魔獣の群れを630名で撃破されたことは屈辱であった。


「また、ノルトの街へと向かった魔獣およそ2,000も完全に殲滅したそうです。エレベ山脈へ逃げ去った少数のロックイーグル以外は全て討ち取り、終結宣言が出されております。ノルトの街では12年前の倍に匹敵する『山崩し』を我々予備隊を除けば死傷者8割減で撃退したことに湧いているようです。」


 アリスの淡々とした報告を聞いてうな垂れる一同にグラート王子が呟く。


「つまり、指揮系統を無視した上、多大な被害を被った我々は嘲笑の的という訳だな・・・」


 王子の言葉が全てを表していた。しかし、それでは面子が立たないばかりか王位継承に際して大きな汚点となる。


「わ、我々が統率者の群れへの先陣を務めたからこそ遊撃隊が統率者を討ち取れたと言い張るしかありません!」


 自身の失態を認識しているムトスが声を上げるが、すぐにアーガスに否定される。


「多少はロックアイベックスの数を減らしたかもしれないが、フォレストベアー10頭とプレーリーレオ3頭へ全くと言っていいほど打撃を与えていない以上それは恥の上塗りにしかなりません。」


 1対1ならフォレストベアーとも渡り合える隊長たちだったが、周囲にロックアイベックスやロックイーグルがいる状況では防戦一方で全くダメージを与えられなかったのだ。そしてそのことは予備隊自身が知っているし、仮に緘口令を敷いたとしても、駆けつけてくれたサロン部隊長や冒険者たちの反感を買い、より大きなダメージとなって返って来るだろう。


「5日後の論功行賞で恥を掻くしかないか・・・」


 グラート王子が力なく呟く。予備隊の指揮官として『山崩し』戦に参加したグラート王子を始め、バイエル兄妹、ムトス部隊長、マインツ副団長、サロン部隊長はアッシュ公の館で開かれるパーティーに出席しなければならなのだ。何某かの理由をつけて王都アルトナに帰ることも出来なくはないが、それでは逃げたという印象を与えるだけである。グラート王子は堂々と出席して非を受け入れるつもりであった。


「グラート王子。打てる手は打っておきましょう。」


 アリスが進言する。アリス自身も自分が予備隊の出撃を王子に進言したことを悔いていたのだ。それ以上にムトスの無能っぷりに憤慨していたが。


「なにをするつもりだ?」


「我々が失態を犯したことは間違いありません。しかし、少しでもダメージを軽くしなくては威信に係わります。」


「具体的に申せ。」


「遊撃隊の主要パーティーを勧誘します。遊撃隊の隊長を務めたBランク冒険者ルビー率いる『紅玉の輝き』、同じく副隊長を務めたBランク冒険者リル率いる『瑠璃の彼方』、参謀を務めたソロでEランク冒険者の大輝。彼らをお抱え冒険者として契約を結びます。ただし、契約書の日付は我々がノルト砦に到着した昨日とします。」


 お抱え冒険者。ギルド支部や貴族、大商人たちが自分たち専属の冒険者を雇った場合の呼称である。ギルドとしては管轄エリアの統制や討伐依頼の指揮を任せることを主眼とし、貴族は己の領地での私兵代わりにしたり領内治安維持に派遣したりする。大商人たちは商隊の護衛や店の用心棒として雇う。


「今回の『山崩し』の功労者はグラート王子子飼いの冒険者ということにするわけか。」


 アーガスが関心を示す。ノルト砦に到着した王子が『山崩し』を憂慮し、到着当日に疲れを押して有力な冒険者を発掘したことにしようというのだ。


「しかし、Bランクの2組はノルトの街を拠点にしているパーティーだと聞いたぞ?」


 グラート王子は直前の会議にも予備隊指揮官として参加しており、ルビーとリルの経歴は聞いている。


「はい。しかし重要なのは統率者討伐時に誰の旗下にいたか、ということです。」

 

 アリスがしれっと答え、それにアーガスが乗る。双子のコンビプレーだ。


「論功行賞の場で彼女たちに一言添えてもらえばよいのです。王子の街を思う気持ちに応えられたことを誇りに思います、と。彼女たちと交渉する際は特に他の条件は付けずこのまま自由に活動してもらうことにしましょう。その条件であれば多少の金銭で纏まるはずです。」   


「うむ・・・」


 グラート王子はすぐには良い返事をしなかった。受けるダメージを軽減したい気持ちはあるが、民を騙すようなことをしたくなかったのだ。しかしバイエル兄妹は続ける。


「万が一交渉が決裂した場合はムトス部隊長に出てもらいます。論功行賞の場にて戦闘力の差を体感してもらいましょう。個人の力量で言えばBランク冒険者以上と言われるムトス部隊長の本当の実力を集まっている方々に見てもらうことで王子旗下の者たちが舐められないようにするのです。」


「それは良いアイディアだと思います。今回は乱戦になってしまって本当の力を発揮できなかった騎士団ですが、力量を見せつける事は必要だと思います。ですが、念の為、ムトス隊長は怪我明けになりますので相手はEランク冒険者のほうにしておきましょう。名目は、活躍した低ランク冒険者へ王都で名高い部隊長が稽古をつけるということでいけるでしょう。」


 バイエル兄妹は今回の予備隊の失態を魔獣との集団戦に慣れていなかったためだと思っている。実際にそれは理由の1つではある。だからムトス部隊長の指揮官としての才能は低く評価しながらも個人の武勇については別であった。王都で魔獣キラーとして名を上げ、今回もプレーリーレオ2頭を相手にしながら生還していることを考えると武勇を低く見る事は出来なかったのだ。


「グラート王子。清廉でありたいとするお気持ちは大事ですが、それは王位に就くまで抑えてください。」


「力なき者に世を総べることはできません。王子の理想とする国を作る為にはまず力をつけるべきですが、このまま何もせずにいれば力を落とすだけです。」


「「 ご決断を。 」」




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