第六話 一触即発
彼らは葛藤していた。
認証プレートで皇帝の言葉が真実を示していることは立証された。自分たちは力を持っている。所謂チートにも当てはまるだろう。それは素直に嬉しい。でも、力を貸すということは、どういうことだろうか。剣や魔法を使うこと。それは敵を倒すこと。倒す? 殺すの間違いじゃないのか? 魔獣ならまだいい。きっと魔獣は言葉を話さないだろうから。でも人間は?
一郎や二郎にしても相手を脅したり素手で殴ったことはあった。それこそ数え切れないくらいに。でも、人を殺したことはない。法治国家である日本でそんな経験を持った者はほとんどいないのだから。
そんな葛藤を抱いている彼らを、皇帝や皇女、貴族、騎士たちはどう思っただろうか。少なくとも彼らと同じ感覚は持っていなかった。皇帝は生活の保障や富や名誉を求めていると思った。そしてそれを餌にこの謁見の最終目的に絡めた提案をすることにした。そしてその意思は視線を通して愛娘であるアンナに正確に伝わった。元々、この謁見の間の最前列にいる貴族、騎士たちには賛同を得ている。賛同を得られなかった者は理由をつけて事前に退出させていた。それが己の血縁者であっても。
「皆さま。ご不安になられるのもわかります。」
アンナが一歩前に出て、大輝たちと向かい合わせに立つ。
「まだこのアメイジア大陸に来てわずか数時間。力を貸して欲しいと言われても、魔獣の種類も強さもわからない。今日の宿も食事もどうなるかわからない。異世界とアメイジアで常識も違うかもしれない。ですが、皆さまは英雄となられる素養をお持ちです。そんな皆様を、私はもちろんハルガダ帝国の全力を上げて皆さまを支えさせていただきたいと存じます。」
大輝に言わせれば、自分たちの都合で拉致しておいて何を言っているんだ? という演説だが、若い者を中心になにやら期待の眼差しでアンナを見ている。
人の心は弱いという。将来の不安よりも一国の全力のバックアップの方に目が向いてしまうのも仕方ないのかもしれないが。
「英雄の素質を持っているとしても、まだ蕾。宮殿に滞在いただき、アメイジアを、剣術を、魔法を学んでいただければと思います。お部屋は宮殿内にご用意させていただきますし、お食事もすべてこちらでご用意させていただきます。また、他にも必要なものがございましたら、できる限りのお力添えをお約束いたします。」
至れり尽くせりを匂わすアンナ。そしてそれを追認する形で皇帝が続く。
「余の名においてアンナの言葉に嘘はないと宣言する。いかがだろうか異世界のお客人方?」
日本に戻る術がわからない中、至れり尽くせりの提案が出た。6人はそう判断した。確かに、釈然としない気持ちはある。大いにあった。けど・・・結局頷いていた。
大輝にしても、最低1か月、できれば3か月の時間をまずは稼ぎたかったので特に反対しなかった。また、帝国に属するという言質を取られなかったことにも安堵していた。他にも、師匠から聞き出した情報となにやら齟齬があるようなので、情報の収集のためにも宮殿内に滞在できるのは都合がよかったのだ。
これでとりあえずの話が纏まったと思って一安心していた大輝だったが、アンナの指示で巨大な扉が開いて8人の男が入ってきた時、脳内に警報がけたたましく鳴り響いた。
7人の男たちはアンナの「宮殿で自由に動くための必要な措置」という理由で謁見の間にいる大輝たちの前に一人ずつ立った。脳内の警報に従って彼らを解析した大輝は、
(おいおい・・・これはまさか。いや間違いない。まずいまずいまずい。こいつらふざけやがって!)
大輝は盛大に焦り、怒り、そして大急ぎで思考を切り替えてこの状況を脱する糸口を探る。
「では、これより宮殿内で皆様が過ごすための手続きを行います。」
アンナの声に促されるように、大輝の前に立っていた男が説明を始める。
「では皆さま、認証プレートを手に持って魔力を通してください。準備ができましたら認証プレートを持ったまま正面の担当者に向けてください。」
(まずい!! もう時間がない! どうする? 解析スキル持ってるのを隠すのを諦めるか? それともイチかバチかでハッタリぶちかますか?)
最早猶予は1分もないと悟った時、光明が見えた。いや、正確には認証プレートを落とした七海に視線が向いた時、七海の正面にいた男の顔を見たのだった。
(これを突破口にすればなんとか・・・あとは他のメンツが暴走しないようにしないと・・・)
「これから我々が契約魔法を使いますので、プレートが光りましたら皇帝陛下を思い浮かべて『我、バラク・ハルガダを主と認む。』と発声ねが」
「お待ちください!」
大輝が正面の男の声を遮って認証プレートを男から遠ざけて魔力を通すのを止める。
「ん? なにかな?」
正面の男が怪訝そうに大輝を見、アンナが眉をピクリと一瞬吊り上げる。
「確認したいことがありますがよろしいでしょうか?」
正面の男ではなく、はじめにアンナに視線を向け、次に皇帝に視線を向ける大輝。そして了承を得る前に続ける。余計な言い訳は聞かないとばかりに。言い訳の機会はこの後あげるから、との思いをのせて。
「まさかそのようなことはないと思っておりますが、私は日本、皆さまから見ると異世界ということになりますが、そちらにいた頃から心配性でして、確認させていただきます。先ほどの『主と認む』と発声するように言われたことと、そちらの、ええ、あなたです。あなたが旧壁にほど近い大通りにあったある商店の中にいたことを思い出しまして、万が一、ということがあっては取り返しがつかないと思って声を上げさせていただきました。」
奴隷契約という言葉を使わず、言葉を濁して奴隷商店で見たとも言わない。それでも、今まさに行われようとしていたのが奴隷契約であることを理解している謁見の間にいる者は顔を青ざめ、背中をひんやりとした汗が流れるのを知覚する。
危険だという声は勿論あった。いくら召喚直後だとはいえ、一騎当千と言われた異世界人が7人も同時に謁見の間に入るのだ。反対の声が出るのは当然だった。だがしかし、アンナからの早馬での異世界人に関しての報告、八方塞がりな帝国の状況、騎士団長たちの後押しなどもあり、結局全員を同時に招いた。そして、騙し討ちで奴隷契約をさせようとしたことがバレた。認証プレートを起動させた時、火魔法3や剣術4という声が聞こえた。スキルレベル3は初級を収めた程度、4は中級だ。騎士団長たちの中には剣術スキルレベル7の超一流の者も2人いる。魔法についても筆頭魔法士は火魔法7だ。他にもスキルレベル5(上級)6(一流)もいる。人数もこちらの方が多い。だが、この場で戦闘になれば皇帝、皇女、貴族にも危険が及ぶのだ。
70名以上がいる空間とは思えない程の静寂。それを破ったのはやはり大輝だった。
「あ。勘違いしないでください。」
冷や汗をかいているハルガダ帝国側にとっては拍子抜けするような明るい声だった。
「私が心配性なだけですから。でも、ちょっと口を挟ませていただくと、先ほど皇女様がおっしゃったように、アメイジアと我々の住んでいた国である日本とでは常識がだいぶ違うようなんですよ。」
ここでようやく大輝以外の6人が何か自分たちの理解できないところで何かが進んでいることに気付くが、それを気にせず続ける大輝。今先に逃げ道を用意してあげなければ交渉が決裂し、最悪戦闘にまで発展しかねないからだ。
「我々日本人はルールを尊び、自由意思を大切にしています。」
言外にそれを阻害しようとすることは許さないと告げる。
「それとは別に、私たちはこの宮殿が帝国の心臓部である事を理解していますし、部外者が勝手に入ってよい場所だとも思っていません。ですので、皇帝陛下をはじめ重鎮の皆さまの安全や、情報管理の観点から見ても我々異世界から来た人間に制限を掛けたいということも理解できます。」
「先ほどの契約魔法というものも、あくまで保険として掛けておこうとしただけと思っていますが違いますか?」
単なる文化の違いですよね?わかってますよ?という表情を作る大輝。
「う、うむ。そうなのだ。」
咄嗟にその言葉だけを絞り出した皇帝に、いまいち理解の追いつかない侑斗が割り込む。
「黒崎、わかるように言えよ。」
どうやら見た目が同年代に見えるようになったせいで同格もしくは格下に見てるかのような物言いだ。いや、見た目云々の前に元から礼儀はなってなかったか。
「今やろうとしてた契約魔法ってやつだけど、主と認む、っていう契約にしちゃうと、オレたち全員皇帝陛下の部下みたいな感じになると思ったからストップ掛けたんだよ。」
暴走されたら困ると思い、できるだけオブラートに包む大輝だったが、そうはいかなかった。
「黒崎さん、じゃあ私の正面に居る方がどうの、っていうのは?」
ここまでほとんど発言していなかった七海から今最も聞かれたくない質問が飛んできた。
(絶対こいつら暴走するから言いたくないんだけど、ストレートな質問されたからには仕方ない。暴れたら力尽くでもこいつら止めよう。これ以上目立ちたくないのに・・・)
「契約魔法が使えるから呼ばれたんだと思いますが、大通りの奴隷商店内にいるのを見て顔を覚えてたんですよ。」
クッションを入れた返答にしたつもりだったが、やはりダメだった。無駄だった。
「「 奴隷だとっ! 」」
(さすが兄弟、声が揃ってますね。)
「「 ど、どういうことだよ。 」」
「奴隷にされるところだったって言うの?」
「え、ええ~」
(侑斗と拓海、志帆に七海。お前ら危機感無さすぎだよ)
一郎、二郎を筆頭にして、7人の契約魔法の使い手を呼び寄せた張本人であり最も近くに居たアンナに詰め寄り喚きはじめた。焦るアンナと最早戦闘止む無しと喚く集団に走り寄ろうとする騎士。ついに拳を握って振りかざそうとする一郎&二郎。
「ストーーーップ!!!」
大輝の謁見の間に似つかわしくない大声が響き渡る。声に合わせてちょっとだけ魔力を乗せる。どうやら上手く注意を引きつけるくらいに調整できたようだった。
「ちょっと整理するよ? 聞いてもらえるかな?」
声と視線は同じ日本人に向けながらも大輝の意識は皇帝と皇女に向いている。
「まず、全員がこの宮殿にお世話になることに同意したよね?でも、ここは宮殿と呼ばれるだけあって、国の中枢なんだよ。日本で言えば官邸、アメリカならホワイトハウスに相当するんだと思う。つまり普通は入れない所なんだよね。そうなれば機密保持と要人の安全の確保は当然必要だと思うよね?」
「で、ここは異世界で日本とは常識そのものが違う可能性が高い。そしてここにはさっきの契約魔法のように魔法がある。であれば魔法を使ってそれを確保しようと思うのは帝国の人たちから見れば常識なのかもしれないよね?」
そんな常識なんて糞喰らえだと思いながらも口を動かす大輝に援護が来た。
「で、でも奴隷契約だなんて受け入れられません!」
(七海さんナイスです!)
「うん。同感。帝国のみなさんがどう思うかはわかりませんが、我々はそのやり方を受け入れることは絶対にできません。」
6人の同意を背景に帝国側に釘を刺す。その上で、
「これはあくまでお互いの常識が異なっているからだと思ってます。勿論、先ほど皇帝陛下があくまで機密保持と要人安全確保のための保険であることを認めてくださっていることから、本来の奴隷使役の為の契約魔法ではないと理解してはいます。この点はみんなもいいよね?あれだけ真摯に窮状を訴えて協力を願った皇帝陛下がそんなことするとは思えないでしょ?」
自分で言ってて白々しいとは思う大輝。契約魔法をストップさせた時の帝国側の人間の表情を見れば考えていたことは明白だ。それでも、今後のことや同時に召喚された人間のことを考えると今はこうするしかないと自身を諌める。
「そこで皆さんに提案します。」
侑斗たち、それから皇女、貴族、騎士と順に身体ごと動かして視線を合わせ、最後に皇帝に向けた。