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レゾナンス   作者: AQUINAS
第二章 ハンザ王国~冒険者~
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第五十二話 兵器と第四波

「全員防護柵の中へ入れ!」


「時間がない!急げ!」


「負傷者の手当て、予備の武器を配れ!」


 第三波のフォレストエイプ500を殲滅した各隊に次の指示が飛ぶ。まだ第四波が山を下りたとの知られせは届いていないが、第四波が到着するまでに仕掛けを施さなくてはならないため急いで全軍が防護柵の中へと入っていく。


「いいか!危ないから決して魔力を使うなよ。身体強化も絶対にするな。わかったら工作部隊準備に掛かれぃ!」


 シハスの号令に従い、高台からの遠距離攻撃の任を負っていた弓術士と魔法士の合計100名がこの時ばかりは工作部隊として罠の設置に駆り出される。慌ただしく高台から動き出す彼らの手には直径30センチ程の手桶が1つあった。深さ40センチ程のその手桶には黒い液体が満たされており、液体の底には麻袋が石のようなものが複数入れられて沈んでいる。そしてその麻袋からは紐がトグロを巻いて液体に浸かっているのが見えた。


「アレが例の魔道具かね?」


 アッシュ公が興味深そうに手桶を運ぶ工作隊を見ながら大輝に尋ねる。


(アッシュ公はオレが発案者だってことは知ってるのか。当然か、出資者の1人だもんな。)


 魔道具というのにはお粗末な外見だが、魔道具の定義である「魔力を流すことによって一定の効果を発揮する魔法陣を刻んだ物」という条件を満たしたれっきとした魔道具である。いささか常識外れではあるが。


「はい。アッシュ公はお聞きになっているかと思いますが、私はアース魔道具店に仮入門中です。まだ基本を習い始めたばかりですが、親方とも相談し実験も終えていますのでそれなりの戦果を上げてくれると思います。」


 大貴族であり、領主であり、出資者でもあるアッシュ公には説明する義務があると思い大輝は会話に応じた。


「実験の様子は城壁の上から見せてもらったから効果に疑念はない。だが、出来れば仕組みを教えてもらいたい。」


「はい。ただ、お願いがあります。他言しないことと悪用しないことをお約束いただけませんか?」 

  

 一介の冒険者が大貴族に向かって言うようなことではないが言わなければならないのだ。また、『山崩し』発生まで時間がなかったことから、それなりの人数に制作協力を仰いでおり完全に製法を秘匿できないであろうことは大輝も知っているが、それでも念を押す大輝。


「リューベックの名に誓って約束しよう。懸念していることについては理解しているつもりだからな。」


 懸念していて当然である。『兵器』なのだから。戦争や暗殺にも簡単に流用されかねないのだ。だからこそ協力者たちには分業のみ任せ、全体像をぼやかしている。全てを知っているのは発案者である大輝と相談を受けたアース魔道具店のカイゼル、指揮官であるシハスとスレインだけだ。そこにアッシュ公が加わる。


「私はあの手桶を魔石爆弾と呼んでいます。」


「魔石爆弾?」


「はい。簡単に言いますと、魔石に含まれている魔力を暴走させて爆発を起こします。」


 正しくは魔石とは魔力の結晶体であることから、魔石自体が爆薬となっている。


「アッシュ公はご存知でしょうが、魔石に刻んだ魔法陣が正しく描かれていない場合、魔力を流すと爆発することがあります。それを意図的に起こしているのです。」


 大輝がこの魔石爆弾を思いついたきっかけはアース魔道具店でナイルから初日に学んだ魔道具の歴史講義だ。最も身近な魔道具である街灯でさえ爆発事故の危険性を持っているという内容だ。


「今回は、手桶の中にDランク以上の魔獣から採取された大き目の魔石に魔法陣を刻んでいます。刻んだ内容は、魔力を流したら即時に魔石内の魔力を全開放すること、です。つまり爆発します。」


 濃縮された魔力が一気に解放されたら衝撃波となって周囲に大きな被害をもたらす。爆発と言っていいほどの。


「そして、魔法陣を刻んだ大き目の魔石を囲むようにEランク以下の魔石を10個程配置して麻袋に入れてあります。これらの小さ目の魔石には魔法陣は刻んでいません。時間があれば刻んだ方が効果的なのでしょうが、今回はそこまで出来ませんでした。しかし、大き目の魔石の爆発によって誘爆することは確認しています。」


 魔石に含まれる魔力量は魔獣ランクに比例する。だから上位ランク魔獣の魔石に優先的に魔法陣を刻んだのだ。


「そして、手桶に満たされている黒い液体は魔法陣用のインクです。このインクの効果は効率的な魔力伝達です。これによって爆発をより大きなモノへとすると同時に、遠隔起爆を可能とします。黒い液体に浸かっている紐が見えたと思いますが、これは麻袋に直結しています。そして液体に浸かった紐を通して魔力を流す予定です。」


 そう言って手桶を所定の場所に設置している工作部隊を指さす大輝。手桶を設置した者は中から絡まらないように慎重に紐を取り出し、高台へと戻って来る。


「あそこに置いた手桶からこの高台まで液体を含んだ紐で魔力を流す道を確保します。」


 直接魔石に魔力を流すと自爆攻撃になってしまう。それを魔力伝達効果を持つ液体を使って紐を配線代わりに使って防ぐのだ。


「なるほど。この司令部の好きなタイミングで爆発を起こせるという訳か。」


「はい。そうしないと危険すぎて使えませんから。」


 仕組みを全てを語ったように見えるが、大輝はいくつかの重要な要素は語っていなかった。アッシュ公だけではなく、シハスにもスレインにも。まだそこまでの信頼関係はないからだ。それでも十分に納得のいく説明だったため、アッシュ公は素直に感心する。


「よくこの短期間に思いついたのう。まだ入門して間もないだろうに。」


「すでに知られている事実を組み合わせただけです。魔石は魔力の結晶体であること、魔法陣が正しくなければ爆発すること、魔法陣用のインクには魔力伝達効果があること、それらは全て既知の事実ですから。」


「そうだとしてもそれらを組み立てて新たな魔道具を作ったこともまた事実だ。それは十分に称賛に値すると私は思うよ。」


「ありがとうございます。どうやら設置が終わったようですね。」


 アッシュ公と話をしている間に工作部隊は高台に戻ってきており、手桶の設置場所ごとに紐の先端を並べる作業に移っていた。そしてそこに狼煙が上がる。第三波までと違い、2本の狼煙が。


「やはり混成部隊で来るか・・・」


 2本の狼煙の意味するところは2種類の魔獣が山を下りたということだ。事前偵察ではDランク魔獣であるロックボア400とロックアイベックス600のはずだ。


 両者とも岩石地帯を住処とすることからロックと名付けられているが、名は体を表すとばかりに体表も硬化されているDランク魔獣である。両者ともに硬い身体を用いた直線的な突進を武器としているが、ロックアイベックスの方が厄介度でいえば上である。理由は頭部に立派な角を持っているからだ。岩石並の強度を誇るその角は突進が終わっても頭部を振り回すことで対峙する者を吹き飛ばすのだ。


「大輝の魔道具でそれなりの数を減らさないと押し切られる可能性があるな。」


 第四波下山の知らせを聞いて司令部中枢に戻って来たシハスが大輝に話し掛けるが、実験に立ち会っていたシハスの表情は余裕を失っていなかった。


「第四波が来る前に魔道具の設置が完了したことは大きいな。」


「はい。統率者がすぐに第四波を送り出して来ることを心配していましたが、なんとか間に合いました。」


「真相はわからないが、第五波予定だったロックアイベックスを第四波のロックボアに合流させた分だけ時間が掛かったやもしれんな。」


「その可能性は高いですね。陣地の利用や各隊の奮戦で殲滅速度が速かったお蔭かと思います。」


「統率者の予想を上回れたわけだな。で、魔道具ではどの程度の打撃を与えられる予定だ?」


「向こうが固まって来てくれれば2割から3割くらいは行動不能にさせることが出来るかと思います。」


 アッシュ公の問いにシハスが予測を述べる。


「Dランク魔獣7,800が相手になるのか。それでも正直厳しいな。」


「はい。最終波と我々がぶつかった直後のタイミングで騎士団500が後方へ回って攻撃を仕掛ける予定ですが、回り込むのに10分前後かかると思われます。その間は防護柵を使って耐えることにしています。」


「後方との挟撃が成った瞬間に打って出る訳だな。」


「はい。それでも優勢にならなければグラート王子の予備隊に出動をお願いします。」


「前後の挟撃に左翼からの横撃か。出来ればハルガダ帝国に弱みを見せないためにも我々だけで対処したいところだがその場合は仕方ない。」


「仰る通りです。街に被害が出る事が最大の弱みに成りかねませんので、必要とあらばすぐに援軍要請を行うつもりです。」


「タイミングはシハス指揮官に一任する。私の許可を得ずとも王子へと連絡を送ってくれ。」


「ありがとうございます。ではもう数分で第四波が到着しますので私はこれで失礼します。」


「頼む。」


 シハスに合わせてアッシュ公の元を去った大輝の目には前方に砂埃が舞っているのが見えた。これまでの倍に当たる1,000の魔獣に引き起こされているのは間違いない。




「全員聞いてくれ!」


 防護柵の中に退避している者たちに向けてシハスの声が響く。高台の中に設けられた物見櫓の上に立ったシハスは魔法士による風魔法の支援を受けて全員に聞こえるように話を始める。


「ここまでの戦いぶりは見事だ!すでに魔獣1,500を屠っている諸君らの活躍は十分に称賛に値する。そしてどうやら敵もそれに危機感を抱いたようで次は一気に1,000近い魔獣が攻め寄せて来るようだが私は心配していない。」


 敢えて笑って見せるシハス。


「今一度確認しよう。次に襲来するのはロックボアとロックアイベックスだ。奴らを防護柵の手前まで引き込んでから魔道具発祥の国の神髄を見せる。先ほど工作部隊が罠を設置しているのを見ただろう。それらを使って大打撃を与えてやるつもりだ。轟音がするから耳を塞ぐのを忘れるなよ。間違って聴覚強化なんてしたら一生耳が聞こえなくなるぞ!」


 笑っている者も多数いるが、本当に聴覚強化をしていたら大変なことになる。


「ロックボアとロックアイベックスの突進は2つの塹壕と魔道具の力で半減しているはずだ。そして最初の10分は防護柵の中から魔法と弓、投槍を中心にして防御を固めてくれ。騎士団が後方から攻撃を開始したと同時に攻撃命令を出すからその時まで前衛職の者は力を蓄えて置いてもらいたい。」


 最後の戦いが近づいていることもあり、全員が真剣に聞いている。迫って来る砂埃を睨みつけながら。


「おそらく同時にCランク魔獣と上空にロックイーグルも出て来るだろうが奴らは出来る限り無視してくれ。そして統率者には絶対に手を出すな!以上だ!」


 シハスの演説が終わり、いよいよ魔獣の混成部隊が視界に入って来る。


「起爆部隊配置に着け!」


 高台からの魔法攻撃の任についていた魔法士50人が両手に黒い液体に染まった紐をそれぞれ握っている。魔力操作に長けた魔法士が起爆部隊となっているのだ。そして彼らの視線はそれぞれの担当する爆破エリアに注がれる。


 大輝命名の魔石爆弾は工作部隊によって第一塹壕の手前から第二塹壕に掛けて100個設置されている。東西500メートル、南北50メートルの中に地雷が100個あるようなものであった。そしてまさしく地雷のごとく地表すれすれに手桶は埋められている。魔獣の突進によって蹴り飛ばされないための措置である。同じ理由で魔石爆弾と起爆部隊を繋ぐ黒く染まった紐も地中に埋められている。


「もう一度自分の番号を確認しておけよ。」


 シハスの緊張した声が起爆部隊に伝えられる。 


 魔石爆弾100個は同時爆破する予定ではない。最も効果を発揮させるために番号を振ってあり、シハスが起爆タイミングを番号で指示することになっている。第一塹壕付近の西端を1番、東端を20番、第二塹壕付近の西端を81番、東端を100番というように割り振ってある。


「魔獣の先頭が第一塹壕の手前100メートルに到達!」


「目視で確認出来る限りCランク魔獣の姿はありません。」


「ロックボア400、ロックアイベックス400の合計800と思われます。」


 次々と報告が上がって来る。


「1,000ではないのか・・・」


「統率者と高ランク魔獣の護衛に残している?」


「いくつか魔石爆弾を温存しますか?」


 想定より少ない数の襲来に様々な声が上がるがシハスとスレイン、アッシュ公の3人の意見は一致していた。


「設置済みの魔石爆弾は800を相手に全て使用する。騎士団と挟撃もしくは防護柵から打って出たら爆発は起こせないからな。」


 味方をも一緒に吹き飛ばすことは出来ないのだから当然の判断である。だが、最終波と同時に出て来るはずの統率者と高ランク魔獣がいないことは気がかりであった。しかし動向がわからない以上打てる手は少ない。


「遊撃隊は高ランク魔獣が出て来るまで待機だ。」


 それだけ言ってシハスは起爆タイミングに集中する。


「ロックボアの先陣が第一塹壕を飛び越えます。ロックアイベックスは集団の後方に固まっています。」


 報告を聞いてシハスはすぐさま決断する。より厄介なロックアイベックスへ60発、ロックボアへ40発をお見舞いすることを。そして出来る限り集団を分離するように爆破させようとする。


「41番から60番起爆用意!」


 第一塹壕と第二塹壕の丁度中間に並べられた魔石爆弾の起爆準備を指示する。そしてロックボアの先頭が第二塹壕へと差し掛かった頃に起爆を命じた。


「爆破!」


 シハスの指示で一斉に魔力が黒く染まった紐へと流される。そして2秒弱でそれは地中に埋められた魔法陣の刻まれている魔石に到達した。


ドドドドーン!ドドッドーン!


 わずかなタイミングのずれは有ったものの、20個の魔石爆弾が轟音とともに爆発した。連続した轟音が響いたのは小さ目の魔石が誘爆したためだろう。目論み通りに連続した爆発が発生していた。


 爆発地点から75メートル離れた防護柵の中にいた者たちは目の前の光景が信じられなかった。轟音と共に地表が爆発しロックボアが空中を舞う姿があまりにも現実離れしていたからだ。


 高台に居た者たちはもっと信じられなかった。土埃が風に流され、爆破地点が視界に入ったからだ。防護柵の中に居た者たちは先頭のロックボアの影で見えないだろうが、上から見下ろす彼らには20個の小さなクレーターが出来ているのが見えたのだ。


「「「 み、耳がぁ~! 」」」


「「「 なんだこりゃ! 」」」

   

 轟音に耳を塞ぐ者と目の前の光景に唖然とする者たちが声を揃える。そしてそれは魔獣たちも同じだった。統率者によって突撃を命じられているにもかかわらず一瞬足を止めてしまう魔獣たち。爆発地点に近い魔獣ほど進軍速度が遅くなり、後続が追いついて来て密集状態となる。


「シハスさん!今のうちに第二撃を!」


 爆破を指示したシハス本人までもが威力に見惚れていたため、大輝が声を掛ける。魔獣たちが密集した今こそが爆破のチャンスなのだ。そしてそれを聞いたシハスがすぐに起爆部隊に指示を出す。予定を変更して一気に爆破させるのだ。


「1番から40番一気に行くぞ!準備・・・3,2,1、爆破!」


 ドドドドッドーン!


 密集状態になっている後方の40発が一気に炸裂する。ロックアイベックスの半数はまだ第一塹壕を越えていないため無傷だったが、かなりの数を減らしたことは間違いなかった。シハスは2割から3割を行動不能に出来ればいいと言っていたが、60発の魔石爆弾ですでにそれ以上の数を屠っていた。


「「「「「 おお! 」」」」」


 2度目の爆破であるため、多少冷静に状況を見れるようになった者たちから歓声が上がる。そしてその歓声を聞いて魔獣たちが意識を取り戻した。仲間たちの屍とクレーターを乗り越えて防護柵へと殺到する。人間であれば恐怖を感じて退却を選択するような状況でも魔獣は前へ前へと進んで来る。そしてそれがさらに被害を拡大させる。


「防護柵内からの遠距離攻撃開始!防護柵に取り付いた魔獣は槍で突き刺せ!」


「61番から100番準備。3,2,1、爆破!」


 先頭のロックボアの迎撃を指示するとともに、後方にいたロックアイベックスへ向けて爆破を指示するシハス。


ドドドドーン!


 3度目となる起爆は綺麗に揃っていた。そしてロックアイベックスが数十頭束になって上空へと吹き飛ばされる。


「「「 っしゃぁ! 」」」


「「「 行けるぞ! 」」」


 目の前に迫って来るロックボアの後ろで吹き飛ぶロックアイベックスを見て防護柵内の部隊の士気はこれでもかと言う程上がっていた。普通はⅮランク魔獣800の突撃によって恐慌状態に陥るはずが恐ろしくテンションが上がっている。それを見て大輝は反省していた。シハス立会の元で魔石爆弾の実験をした時からさらなる改良を加えていたのだが、威力を上げ過ぎたのだ。


(やばい・・・やりすぎた。)





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