第五話 皇帝の熱弁
大輝たちはアンナを先頭に高さ3メートルはあろうかという巨大かつ豪奢で真っ赤な両開きの扉の前に待機していた。扉には竜を模した彫りが刻まれており、その複雑かつ繊細な造形に芸術に疎い一行であっても目を奪われていた。
「アンナ皇女殿下並びに異世界からのお客人のご到着!」
扉の外を守護していた騎士の1人が声を張り上げた。その声を合図に扉がゆっくりと開き始める。開いていく巨大な扉に目を向けると、金属と思しき縦3メートル、横2メートル、厚み30センチの2枚の扉が誰の手に触れることもなく静かに開いていく。自動ドアを見慣れている7人にとってはそれほどの驚きはないはずなのだが、大輝は目を見張っていた。
(風の魔法かな? いや、竜の彫刻の中に魔法陣らしき円環陣がある。動力は竜の目を模した魔石か。)
師匠との修行の一端で魔道具作成にも触れていた大輝はその扉が魔道具であることを見抜いていた。それも、今の自分では再現することは出来ないばかりか解析すら出来ないであろうレベルの一品であると。
(まずいな。聞いてたより技術レベルが高すぎる。これは装備によっては騎士たちも聞いていたよりも戦闘力が高いかもしれないな。もし話が拗れたら強行突破して逃げようと思ってたけど自分のスキル把握すらほとんど出来てない今じゃ危険すぎる・・・)
大輝は自分の考えが甘かったと感じていた。そして、時間稼ぎに徹することを決めた。具体的には最低1か月、できれば3か月。
(フィールドでの修行の成果が魂に刻まれるまでがおよそ1か月、その後それを把握して少しでも使えるようにならないと。)
大輝が自分に必要な時間を計算している間に扉は完全に開ききり、アンナの先導で部屋に入って行く。
謁見の間と呼ばれるその部屋は広かった。小学校の体育館程の広さと高さがあり、その中央には赤い絨毯がひかれている。扉から一直線に進むその絨毯は最奥で2段の階段を上っていた。その階段の上には真っ赤なマントを羽織った壮年の男性がこれまた真っ赤な椅子に座ってこちらを見ている。絨毯の右手側には10名ほどのいかにも貴族といった風体の者たちが一直線に並び、その後方に騎士が20名ほど護衛のように立っている。左手側にはこれまでに見た騎士に比べて意匠をこらした鎧を着た10名の騎士が並び、やはりその後ろには20名ほどの騎士がいる。
檀上にいる男性が皇帝だろう。40歳前後だろうか?豊かな金色の髪を肩口まで流し、整った顔にある2つの蒼い瞳は7人を順に観察している。その表情からは7人を見た感想は窺い知れない。
皇帝まで10メートル程の位置でアンナが立ち止まり、その後ろについていた7人の歩みも自然と止まる。7人の後方には同じように入室してきた7人の騎士が素早く跪く。
「アンナ・ハルガダ只今帰還致しました。」
アンナが真っ赤なマントの男性に報告の声を上げて頭を下げる。
「ご苦労だった。」
娘に掛ける声色ではなく、部下に掛けるような無機質な一言だった。その言葉を聞いたアンナは再度一礼し大輝たちの横に移動した。
「余がハルガダ帝国皇帝バラク・ハルガダである。」
大輝たちに視線を合わせて自己紹介を始める皇帝に対し、大輝が軽く会釈を返す。それにつられたのか他の面々も会釈する。宮廷儀礼なんてものを知らない7人に出来る精一杯であった。
「アンナより多少は話を聞いているやもしれぬが、余の口よりお客人方にあらためて話をさせてもらいたいが、その前にまずお客人の名前をお聞かせ頂きたい。」
そう切り出す皇帝に一瞬戸惑う一同だったが、皇帝に視線を向けられた侑斗から順に名乗り始める。
「ゆ、湯浅 侑斗です。」
「後藤 拓海です。」
「坂崎 志帆です。」
「く、椚 七海といいます。」
「漣 一郎。」
「同じく漣 二郎。」
「黒崎 大輝と申します。」
一人一人に視線を合わせ、真摯な態度でぶっきらぼうな名乗りを聞き終えた皇帝は突然頭を下げた。
「異世界からのお客人方。今回の我々の勝手な行い、真に申し訳ない。」
皇帝。一国の頂点に立つ者の突然の謝罪に呆気にとられる一同。
「本来なら床に膝をついて頭を下げるのが当然であるが、余は戦場での傷により足が悪い。段上からの謝罪で申し訳ないがそれも合わせて謝罪させていただきたい。」
頭を下げたまま動かない皇帝。皇帝の言う「勝手な行い」が意味するものが自分たちをこの世界に召喚したことであることに気付いた6人は一瞬怒りを覚えていたのだが、いつまで経っても頭を上げない皇帝に言葉が出ないのだ。年上の男性の真摯な謝罪、一国の主である皇帝の謝罪に毒気を抜かれたのかもしれない。そんな中、大輝は周囲に気取られないように皇帝以外の人間に視線を向けていた。
(最前列にいる文官風貴族と隊長クラスの騎士の面々の表情は変わらないけど、護衛っぽい騎士は驚いてるな。どう解釈していいやら・・・)
たっぷり30秒は経っただろうか。誰一人動かないため大輝は仕方なく声を掛けた。
「頭を上げてください。まずはお話を聞かせていただけませんか?」
大輝の言葉を受けてようやく頭を上げる皇帝。
「すまない。まずはお客人方をお呼びした経緯から話そう。」
姿勢を正し、皇帝から異世界人たちへの語りがはじまった。
「まず、このハルガダ帝国だが、異世界人が作った都市が始まりであり、その都市こそが帝都ハルディアである。そして、余やアンナはその異世界人の血を引いた末裔である。」
(し、師匠。聞いてないっす。)
「400年も前であるが、当時小さな村でしかなかったこの地に異世界人が流れ着き、現在旧壁と呼ばれる頑健な防壁を築いて魔物の侵攻を防ぎ、産業を興したという。それがハルディアの始まりだと言われている。実際、旧壁は一度たりとも魔物の侵攻を許さなかったのだ。そしてこの地は港湾都市と内陸の都市との交易で栄え、結果300年前にハルディアを中心にハルガダ帝国として建国に至っている。」
(時系列からいって、異世界人本人が建国したのではなく、その子孫が国を作ったっぽいな)
「しかし我が帝国はアメイジア大陸西部の雄として3大大国の1つに数えられるまでになったものの、現在は苦境に立たされている。北部の雄ロゼッタ公国を後ろ盾にして我がハルガダ帝国北端に位置するクレイ地方、サナン地方がそれぞれ自治領という名の独立を宣言し我が領土を脅かしているのだ。」
皇帝は苦々し気な表情を隠そうともせずに話を続ける。
「北部に兵を向けようにも、帝国北東部でロゼッタ公国と接する地域では魔獣の動きが活発であり、対ロゼッタ、対魔獣の備えを疎かにするわけにはいかん。さらに南部のハンザ王国と接する地域でも同様の状態であり、さらには本来なら警戒する必要のない南西部の空白地帯である中央盆地方面からも山を越えて魔獣が押し寄せる始末で八方塞がりな状況なのだ。」
どうにもならない現状を口に出したことで押し留めていた感情が爆発したのか、自身の膝を己の拳で叩く皇帝。周囲の貴族、騎士たちも悔しそうな表情を浮かべている。
(う~ん、どうも本音っぽいな。師匠の情報だと、帝国が好戦的でアメイジア統一を目論んでるってことだったけど、情報が間違っているのか古い可能性もあるなぁ。)
「この状況ではロゼッタ公国と自治領の連合に攻め込まれた場合、我々は滅びる可能性が高い。そこで最後の頼みとして、建国の祖ともいえる異世界の方のお力添えを願いたく失われし秘儀である召喚魔術を行使させてもらったのだ。異世界の方々、どうか帝国民140万の命を救う手伝いをお願いできないだろうか!」
後半感情を爆発させたかのような熱の篭った言葉を異世界の客人に向かって投げかけ、不自由なはずの右足を引きずり不器用に2段の段差を降りて跪いてしまった。
流石にこの光景を目の前にして大輝を含めた7人は否定の言葉を出せなかった。
誘拐。拉致。帰還不能。糾弾したいキーワードを、皇帝が紡いだ言葉と態度によって喚起された感情が押し流す。特に、まだ若く、正義感の強い少年にとってそれは抗いがたいものだった。
「ま、待ってください! 困っている方をお手伝いしたいとは思いますが、僕らに何かできるとは・・・」
侑斗が戸惑いながらも発し、隣にいる拓海が頷く。彼らの根は純真そのものである。困っている人がいれば助ける。それが当たり前であり、助けを乞われれば対価など求めることなく全力で助ける。二つ返事で了承するのが普段の二人なのだが、国家規模の要請に応える術を思いつかなかったのでこのような返答になったのだ。すでに召喚された被害者という感情はなかった。
「すまん。つい感情的になってしまった。肝心なことをまだ話していなかった。」
皇帝は側に控えていた騎士の肩を借りて真っ赤な椅子に戻る。
「まず我々アメイジアに住まう者と異世界に住まう者との違いを話さねばならない。余が異世界人の血を引いていると言ったように、人種という観点では同じであるが、決定的に違うものがある。その違いは人によって言い方は違うが、余はその違いを『才能』だと考えている。」
(う~ん、ちょっと違うかな~)
大輝は白き世界とウルティマフィールドでの経験から違いの本質をほぼ正確に理解していた。
確かに住まう世界が違うことで元々の能力に差はあるだろうが、ウルティマフィールドで成長促進効果を与えられたこと。さらに死すらない、しかも最適な修行環境を設定してもらった中で行う修行の結果が差を生み出していると思っている。
(成長促進と環境提供というチート+自己鍛錬、これが正解かな。)
常人であれば考えられない鍛錬の上でこの地に降りた大輝は、ただ単に才能という言葉で評して貰いたくなかったのだった。簡潔に言うとちょっと拗ねていたのだった。
「異世界人は、召喚直後に騎士を凌駕する身体能力を持っていたり、これまで武術や魔法の心得がなかったものでもそれに関連するスキルを持っていることが多いという。さらに、鍛錬や経験による成長スピードが異常に早いとも言われているのだ。」
異世界人は所謂チート持ちだと言っている皇帝の話を聞き、高校生組ほど真剣に話を聞いていなかった一郎、二郎兄弟も関心を持ったようだ。
「論より証拠の方がよかろう。認証プレートをここへ。」
事前に用意してあったのだろう、すぐに7枚の半透明のプレートが持ち込まれ、アンナが7人に配っていく。
「皆さま、1枚ずつ行き渡りましたか?」
「うお! なんか磁石に引き寄せれるみたいな感じがする!」
「ほ、ほんとだ。なんか気持ち悪い。」
拓海と志帆が気味悪そうにプレートを掲げる。
「心配ありませんわ。魔力登録されていない真っ新なプレートは触れると魔力を欲するものなのですわ。引き寄せられる感覚に逆らわずにプレートを手の一部だと思って持ってみてご覧なさい。」
アンナの言葉に従ってプレートに意識を集中していく7人。
「あ!」
真っ先に声を上げたのは七海だった。
「文字が浮かび上がってきましたか?」
「は、はい。」
「お! オレも出来た!」
7人は次々とプレートに魔力を通して活性化させることに成功した。
認証プレートに記載されているのは、名前、年齢、所属、スキルの4つ。各人が物珍しそうに認証プレートを眺めていると皇帝から声が掛かる。
「どうだろうか? 余が言ったように、お客人の経験とは無関係のスキルが表示されているのではないかな?」
「わ、私、火魔法3なんてのがある!」
「オレも剣術4だって! 剣なんて体育でやった剣道の竹刀しか持ったことないのに!」
「信じてもらえただろうか?」
まるでおもちゃを手に入れて騒ぐ子供たちのような状態の侑斗たちをみて嬉しそうな声が掛かる。もちろん大輝は切り札になるであろうスキルを開示する気は毛頭ないのでだんまりだ。
「わかってもらえたところで、あらためてお願いする。諸君らには大きな力が秘められている。どうかその力を貸して欲しい。」