第四十二話 剣と剣
Cランク冒険者アルド。彼の戦闘力はノルトの街ではかなり上位にある。大剣を得物としていることから力任せの一撃を放つパワータイプの剣士だと思われがちだが彼の強さの源は他にある。騎士たちが好んで学ぶ正統なる剣術を学び、それを多くの魔獣を屠って来た経験で補強し独自の剣術を作り上げて来たのだ。基本がしっかりしていた彼の剣の腕前はグングンと上がり、剣の腕前はノルト最強と言われるまでになっている。彼のことを噂を聞いた者が、大剣を持つ者が剣技?と訝しむことも多いが、彼は大剣を片手剣並のスピードで扱うことが出来る。鍛え上げた肉体と身体強化スキル、そして大剣の重さでさえも体重移動に使える体術が下地にあるからこそ出来るのである。
「最終戦始め!」
シハスの掛け声で大輝対アルドの対戦が開始されるもお互いにすぐには動かず、相手の出方をうかがっている。
大輝はアルドの構える大剣の柄には魔石が埋め込まれており魔法剣であることを知っている。魔法剣とは魔道具の一種であり、魔石に直接魔法陣を描き込みそれを剣と一体化させたもので、魔石に魔力を流し込むことで効果を発揮する。そして魔法剣には大きく2つの系統に分かれる。1つは剣自体に魔法効果を付与することだ。描いた魔法陣によって効果は異なるが、攻撃力の高い火系統の魔法効果を付与するケースが多く、刃に炎を纏わせ斬撃だけではなく火傷を負わせることを目的とする。2つ目は通常の魔法士と同じように魔法を放つことだが、魔石に魔力を流すだけで魔法陣が自動的に魔法を発動するため詠唱が不要になる。つまり、イメージを練ったり詠唱することが不要になるため、近接戦闘中に魔法攻撃を加えられるようになるのだ。
(魔法剣ってホントに厄介だよな。)
自身が魔法剣なしで同じことが出来るということを棚に上げて愚痴る大輝。1つ目の魔法効果付与については魔力の消費効率が非常に悪いことを除けば、好きな系統の魔法を付与することが出来る分大輝が有利だ。2つ目の魔法攻撃については無詠唱で発動できる魔法をいくつも持つ大輝が圧倒的に有利である。魔法剣は魔石に描いた魔法陣の効果しか発動出来ないのだから。
(確か、アルドの魔法剣は刃に炎を纏わせるタイプだったよな。)
最もオーソドックスな炎タイプの魔法剣だが、それでも低ランク冒険者には手が出ない金額が掛かる。ちょっと火傷する程度の魔法剣でも金貨数十枚はするのだ。それでも本能的に火を恐れる魔獣が多くいるため需要はあるのだが。
(アルドの魔法剣はどの程度か・・・)
強力な炎を纏う魔法剣だった場合、紙一重で躱すとそれだけで火傷を負う可能性が高いし、剣を受け止めた場合も同じだろうと警戒を強める大輝。なにしろ自身の双剣は刀身が短く、剣での攻撃を受け止めると必然的に身体の近くに相手の刀身が来ることになるからだ。
(まずは様子見っと。)
刀身を折られないようにかなり肉厚造られている左手の剣で受ける事を決めて構える大輝に対してアルドは正眼構えでじりじりと近寄ってくる。ここまでの4戦で大輝の機動力を見ているアルドは迂闊に飛び込むような戦いは選択しなかったのだ。
「ハァッ!」
大剣の攻撃範囲まで残り1メートルの地点でアルドが気合の声を上げる。自らを鼓舞するため、もしくは相手を委縮させるために大声を出すことがあるが、この時のアルドの気合の声は別の目的を持っていた。人間は呼吸を止めた時と息を吐く時が最も力を発揮すると言われているが、アルドはそれを応用して自分の力を最大限発揮できる身体の状態を作った上で身体強化を全身に掛けたのだ。アルドが自身の経験を元に最も効果的な身体強化スキルを求めた結果である。
それとは逆に大輝はスゥーッと息を吐き全身の力を抜いた時に身体強化スキルを発動する。戦闘中にはなかなかそのような機会はないが、大輝にとってはこちらの方が全身を強化するには効率が良いのだ。
対称的な2人だがどちらも間違っていない。それぞれの肉体と精神に合ったやり方が真逆だっただけだからだ。
「フンッ!」
互いの準備が整ったことを確認したアルドは大剣とは思えない速度で大輝に打ち掛かる。
(早い!)
通常、片手剣の重さは1.2kg程、両手剣で2kgほどだが、アルドの大剣は3kgはありそうな代物にもかかわらず初速と最大速度がほとんど変わらない剣速で大輝を追い込んでいく。剣を振りかぶるにせよ、振り下ろすにせよ、剣が重ければ重いほど動作は鈍くなり攻撃予測がしやすくなるのが一般的だがアルドにはそれがなかった。
(まるで短剣でも扱ってるみたいじゃないか!)
鍛え抜かれた肉体と高レベルの身体強化スキルがなければ出来ないであろう芸当を目の当たりにして大輝は驚く。決して防御が間に合わないということはないが、大剣が相手だけあって一撃一撃が非常に重く、いくら防御用に肉厚に造られているとはいえ左の小剣で受け止めると刀身が折られる危険性が高かったのだ。切れ味を優先させている右の小剣なら一撃で折られるであろうことは確実だった。
しかもアルドは大剣を振り切った反動を利用して理想的な体捌きを見せつつ連続攻撃を繰り出しており反撃の糸口さえ与えない。そしてそれを見ているミラーたちはまるで極上の剣舞を見ているかのように魅入られている。
「アルドめ。あんな剣も使えるのか・・・。」
シハスが感嘆の声を漏らす。
「アルドは正式な剣術も習っていたからな。それにあいつは剣を扱うことについてはいつも真剣だ。それ以外に興味を示さないのがあいつの悪いところでもあるのだが・・・。」
ユーゼンが当然とばかりに答えるが後半は小声になり苦笑いを浮かべる。
(剣技は十分見せてもらった。次はこっちが対応を見せる番だよな。)
大輝は受け流しと回避を続けながらアルドが敢えて剣技を見せていることに気付いていた。もし、本気で倒すつもりなら剣技にもっとフェイントを入れたり魔法剣の能力を発動させるはずなのだ。しかし今のアルドは純粋に技を繰り出すだけだった。大輝の実力を計っているかのようなのだ。
(それならこっちも魔法抜きで対応しないと失礼だよな。)
アルドが右の上段から剣を振り下ろそうとするタイミングに合わせて大輝は左の剣を掲げて半歩前に出る。ここまで受け流しに徹してきたが大剣を受け止める意志を示したのだ。それを見たアルドは僅かに口角を上げて笑ったように見える。受け止められるならばやってみせろと言っているかのようだった。
(真正面から大剣を小剣で受け止められるとは思わないよな。オレもそう思うよ。)
これまで同様に初速から風切音を伴って振り下ろされる大剣と迎え撃つ小剣。
カキンッ!
金属同士がぶつかる甲高い音がコロシアムに響く。
キンッ!
一瞬遅れてさらなる金属音が鳴る。
「なっ!」
「何が起きた?」
ビストとゾルには一瞬の攻防を目で追えなかったようで結果を見て動揺している。
「なんつうことしやがる・・・」
「どういう動体視力と反射神経してるんだよ・・・」
「狙ってやったとしたら化け物クラスだな。」
ミラーとユーゼン、そしてシハスはそれぞれの感想を漏らす。彼らの視線の先には金属製の胸当ての留め金部分を斬られて防具が地に落ち、大剣を振り切った姿勢のまま動かないアルドと、その右斜め後方に片膝立ちの大輝がいる。そして彼らは同時にゆっくりと互いを見合う。
「てっきり懐に入るのが目的だと思ったんだがな。」
「だから振り下ろす剣の軌道を変えたんでしょ?」
アルドと大輝が楽しそうに会話をしているのを見て訳の分からないビストとゾルが何が起きたのかミラーに尋ねるがそれに答えたのはシハスだった。
「アルドが大剣を振り下ろしたのはわかったろ?それを大輝が前に出ながら左の小剣で受け止める姿勢を取った。ただし、前に出ながら、かつ、剣を自分の頭より上に掲げながらだ。」
シハスはそう言ってユーゼンに斬りかかるフリをする。それに合わせてユーゼンが半歩前に出て左手を上に掲げながら解説を引き継ぐ。
「普通はこんな頭の上に剣を掲げて受け止めない。肘が伸び切った状態では力が入らないからな。ましてやアルドの大剣が相手だ。」
「素人ならともかくCランク剣士のミラーを破った男がそんな受け方をするわけがない。だからアルドは大輝の思惑が剣を受け止めるのではなく懐に入ろうとしてると考えた。大剣対小剣なら普通はそうするからな。だから大輝が掲げた左の小剣は一瞬の時間稼ぎのためだろうと判断して振り出した大剣を小剣に叩きつけるのではなくスピード重視で振り切り、懐からの攻撃に備えることを選択した。」
シハスが言葉通りに大きく弧を描いくように振り下ろしはじめた剣の軌道を脇を絞めて小回りへと移行する。
「当然スピード重視に切り替えたために威力は落ちる。さらに、大輝は剣の振り下ろしに合わせて前へ進み、かつ肘を伸ばしてまで左の剣を突き出していたためにアルドの大剣の根本に剣を合わせて威力を殺した。剣先よりも根本の方が圧力が低いからな。それに加えてアルドの大剣に合わせて徐々に肘や膝を曲げて威力をさらに吸収していく。」
肘と膝を曲げつつ前方に身体を傾けながら実演をするユーゼンはすでにシハスの懐深くまで侵入している。
「コンマ数秒の中でこれだけの動きをするのも普通は無理だが、ここからの大輝の動きがさらにありえない。」
苦笑いのシハスがミラーにユーゼンの身体を支えるように指示するとそれに従いすでに倒れる寸前のユーゼンの身体をサポートするミラー。
「アルドの剣の衝撃を吸収しながらおそらく自分から右斜め前へと飛んだのだろう。アルドの剣に巻き込まれるようにして右前方へと飛んだ大輝がアルドの胸当ての留め金、つまりアルドの背中だな。そこに右の小剣で突きを入れたんだよ。オレたちが見学していた場所的にはっきり見えたわけではないが、大輝はそこを狙って突いたんだろう。自分の身体が宙に浮きながらな。」
「えっと・・・普通アルドさんの右上段からの攻撃を受けたら膝をつくなり横に吹き飛ばされますよね?それをアルドさんの斜め後ろに吹き飛ばされるようにワザと至近距離で受け止めたってことですか?」
「しかも、反撃するために衝撃を和らげつつ飛ばされる方向とスピードを調整した?その上飛ばされる方向とは真逆の方向への突きで正確に留め金を狙ったってことですか?」
シハスたちの解説を聞いても実演を見てもイマイチ現実感のないビストとゾルは確かめるように疑問を口に出す。そこにアルドが口を出す。
「そういうことだろうな。オレは魔獣かっての!」
アルドの言う通り、膂力のある魔獣が相手の場合に相手の力を利用した回避や攻撃を行うことがあるが大輝が取った行動はそれに近い。しかも恐ろしく繊細な動きを要する。
「まぁ。今のは出来過ぎだということは自分でもわかってるよ。」
確かに狙い通り上手く行ったのだが、アルドが純粋に剣技のみで様子見していたことと、それを大輝も知っていたからこそ成功したのだ。これが生死を賭けた戦いであれば大輝はこんな作戦は立てないし、アルドも魔法剣を使うなりして対応しただろう。だからあくまでこれは互いの剣術と体術を見せ合ったにすぎないと両者は思っている。そして互いに相手の力量に満足するとともに敬意を表する気持ちすら湧いて来ていた。
「じゃあ、そろそろ本気をみせてもらおうか。」
アルドが大剣を正眼に構え魔石に魔力を流し込む。流し込まれた魔力は魔石に刻まれた魔法陣を通して刀身に炎として顕現する。現れた赤橙色の炎は刃渡り1メートル程の刀身を丸ごと包み込んでおり触れれば大火傷を負うことは間違いない。火系統の魔法剣の中でも上位に位置する一品であることを大輝に感じさせるには十分な火力だった。
それに対して大輝は双剣を構え、やはり魔法を刀身に顕現させる。選んだのは風系統の魔法だ。刀身を渦の中心に見立てて旋風を纏った魔法剣を2本作り上げる。大輝の小剣は魔法剣ではなく自力で魔法を剣に付与している状態のため魔力消費は激しいが、予想以上の炎を纏っている大剣に対抗するためには必要なことだと判断したのだ。
「決着をつけようか。」
本気モードに移行した2人を前に見守るメンバーは一瞬たりとも攻防を見逃さないように集中し始める。そこに突如コロシアムの入口に駆け込んでくる者がいた。
「失礼します!シハスさん!幹部会の緊急招集です!」
 




