第四十話 教育指導
『破砕の剣』のリーダーであるアルドが『食道楽の郷』まで和解交渉に来た翌日に冒険者ギルドへ出向きシハスに相談しに行った大輝は、二段構えで『破砕の剣』がココ、シリア、大輝に今後手出しできないようにするつもりだった。一段目が冒険者ギルドによる締め付けだ。コロシアムに入ってすぐにシハスが改めて『破砕の剣』側に非があると糾弾し、ギルドが睨みをきかせていることを念押ししたことがそれに当たる。二段目は大輝による武力行使だ。シハスによるお墨付きで提案された2案のどちらをアルドたちが選択しても大輝が全力で叩き潰すことになっている。とはいっても殺傷が目的ではない。シハスが把握している『破砕の剣』の性格からして実力上位の者には敬意を払うであろうという予測と圧倒的に敗北したという事実が手出しを控えることになるだろうという予測から精神的にダメージを与えることこそが目的だった。
そして今回の件はシハス側にも負い目があり、ココの安全のためということでシハスは大輝の話に乗ったのだが、大輝にお願いという形で依頼を出していた。
「確かに最近のあいつらの行動は問題になってるんだ。若手有望株ってもてはやされたのがいけなかったんだろうが、根は悪い奴らじゃないんだよ。参謀役のユーゼンとは昔組んでたことがあるが、あいつが見捨ててないなら見どころがあるはずなんだ。だから・・・お前がもう一度見て最終判断をしてくれないか?」
いきなり潰しに掛かるのではなく、シハスの糾弾を真摯に受け止めた場合は『破砕の剣』の意識改革を手伝って欲しいという依頼である。
(シハスさんとの約束もあるし、見どころがあるならココたちの安全のためにも遠ざけるよりも味方になってくれた方がありがたいよな。)
冒険者たちは魔獣討伐に盗賊討伐といった荒事に関係する者がほとんどであり、その分粗暴な者が多い。もちろん、そういった者たちのほとんどは幾ら戦闘力が高くとも貴族や国、大商人たちから指名依頼を受けるBランク冒険者以上にはなれないのだが、『破砕の剣』はその中でもマシな方だと思ったのだ。確かにミラー、ビスト、ゾルはまだまだ未熟だが、アルドはユーゼンの補佐がある限りランクアップの可能性があるとシハスも見ていたし、大輝もその判断に納得したのだ。
(ミラーたちもさっきの表情を見れば善悪の区別はついてるみたいだし。)
そのため、ミラー、ビスト、ゾルの3人を瞬殺するのをやめることにする大輝。ユーゼンはともかくアルドはかなり実力がありそうなので元々対人戦の練習相手として考えていたがそれも撤回する。
「順番が決まった。ゾル、ビスト、ミラー、ユーゼン、オレの順で行かせてもらう。」
アルドが大輝とシハスに相談が終わったことを告げに来るがその表情は決闘前とは思えない程明るい。一瞬疑問に思ったがユーゼンが何か話をしたのだろうと大輝もシハスも確認はしない。
「では始めようか。」
シハスが第一試合のゾルと大輝以外に闘技場から下りるように促す。そして下り際に大輝の側を通ったユーゼンから小声で声が掛かる。
「シハスから聞いている。揉んでやってくれ。」
たった一言だったがそれで大輝は理解した。
「わかった。」
ユーゼンも危惧していたのだろう。パーティー内の若手であるミラーたちが増長していることを。パーティー名の通り、剣を持つリーダーであるアルドの性格からして若手の教育は対魔獣の戦闘のみでそればかりが上達してランクが上がり他の冒険者と軋轢が生まれていることをユーゼンは心配しているのだ。そしてユーゼンはパーティーの参謀兼斥候役のため表立って諌める事が出来ず、この機会に学んで欲しいのであろうということを大輝は感じ取ったのだ。そしておそらくアルドにもそのことを話したのだろうとも思った。だからアルドの表情は明るいのだ。自分同様に戦闘力だけが高い冒険者になっていく弟分たちが心配だったのだ。だからユーゼンの説得に応じた。ただ、ユーゼンがアルドにも対人関係を学んで欲しいと思っていることにまでは気付かなかったようだが。
「ではこれより第一試合大輝対ゾルを始める。両者とも準備はいいな。では、始め!」
ゾルにとっては勝てる確率が1%も無い戦いであるが腹を括ったのだろう、開始直後に大きく後方へ飛び去りながら魔法発動の準備にかかる。前回の魔法を乗っ取られた記憶は大きく残っているのだが、魔法士である彼には接近戦など出来ないのだからこれしか戦い方を知らないのだ。
「我が意に従い炎よ顕現せよ。炎球!」
直径30メートルの闘技場の奥まで下がったゾルが詠唱とともに準備した魔力を開放する。そして両手にそれぞれ炎の塊を出現させ時間差で大輝に向かって射出する。開始の合図から一歩も動いていなかった大輝に2つの炎が吸い込まれるように向かって行くが今回は真っ向から迎え撃つ大輝。
「・・・。」
無言の大輝の前に現れたのはゾルの射出した炎と同じくらいの直径30センチ程の炎の塊が4つ。そのうち2つが迎撃へと向かい、残りの2つがゾルに向かって突き進む。
「魔法を放ったらすぐに動け!狙い打たれて終わりだぞ!」
大輝が叫んだすぐあとに炎同士がぶつかり合い双方の炎球が消滅する。そして魔力を伴った炎同士がぶつかった衝撃で周囲には爆発音が響き渡りその声はすぐに掻き消される。
「くそっ!」
大輝によって放たれた炎球を辛くも避けたゾルの悪態が聞こえてくる。魔法こそ乗っ取られなかったが瞬時に同威力の炎球を倍の数無詠唱で撃ってくる相手に何をすればいいのか考え付かないゾル。
「正面からぶつかるだけが戦いじゃないぞ!」
ゾルへのアドバイスを送りながら自ら実践する大輝。
「ミスト!」
大輝が使ったのはミリアへも伝授した霧による目隠しである。霧が発生する過程には様々な種類があるが、大輝が使ったのは放射霧と呼ばれる種類のものである。放射霧とは寒い冬の晴れた日に起こりやすい現象で、冷やされた地面がそこに接している水蒸気を多く含んだ空気を冷やすことで発生するものを指すが、これを選んだ理由は今の環境に最も適しているからだ。冬間近の山の麓であるノルトはすでに気温が低いことからそれを利用するのが最も効率的だからだ。ミリアにはこのほかにも蒸気霧の原理も教えてあるがこの状況には適さない。
「な、なんだこれは?」
突然自分と大輝の間に霧が発生して戸惑うゾル。エレベ山脈へ入ることも多いゾルは霧など何度も見ているが魔法によって作り出されたことに動揺してしまう。
「戦闘中の、しかも霧の中で声を出したら位置が丸わかりだぞ!」
もはや試合というより指導というべき対応を取る大輝は自らが作り出した霧をゾルの右手から抜けて双剣を手に接近していく。大輝の声で迫ってくる方向を察知したゾルが慌てて得意の火魔法を練る。
「顕現せよ、火球!」
ゾルが最も短時間で発動できる直径10センチ程の火球を大輝に向けて放つが、わざと声を発して場所を知らせた大輝はすでにバックステップで再度霧の中に姿を隠していた。的が定かでない火球は当然のように大輝には当たらずに後方の壁にぶつかって消えてしまう。
「っち!」
さすがに今度は小さな舌打ちだけで声は出さないゾル。そして次なる大輝の手が打たれる。
「風旋!」
大輝のキー詠唱が聞こえてすぐに円形闘技場の中央にのみ存在した霧がゾルに向かって流れ込んでくる。攻撃魔法以外に風を操る魔法が某国民的RPGになかったために詠唱せざる得なかった大輝だが、ココの村で散々に試したためにすでに風の流れをコントロールすることを覚えていた。
「今度はなんだ?!」
霧自体に攻撃力はないはずだが、次々に未知の魔法を使う大輝が相手だけについ腰が引けてしまうゾル。
「なぜ霧を火魔法で霧散させようとしない?・・・エレベ山で霧は知ってるだろう?・・・まあ、風魔法が一番有効なんだが火でも対策は取れるはずだぞ?」
行間の間に霧の中を移動している大輝。当然ながら自らの位置情報を相手に漏らさないための行動だ。さっき自分で言ったように声で位置を特定されて魔法を叩きこまれないためには必須の行動である。
「考えろ!自分が何をすればいいのか。どうすれば切り抜けられるのか。冷静に考えるんだ!」
大輝の声だけがコロシアムに響く。
「我が意に従い炎よ大地を焦がせ。炎獄!」
たっぷり1分掛かってようやく足元が凍りかけていることに気付いたゾルが霧の中心目掛けて火魔法を放つ。ゾルもDランクの魔法士であり、火魔法についてはスキルレベルも高いため応用力もある。そこで普段は魔獣1体を焼き尽くすために使う炎獄を薄く広範囲に行き渡らせるようにアレンジして使用する。大輝が空気中に水魔法で水分を増やし、さらに水の上位に当たる氷を用いて地面の温度を下げたことに気付いたゾルが火魔法で地面を熱することで霧の阻止に成功した瞬間だった。
「やれば出来るじゃないかっ!」
大輝は完全に上から目線で話しかける。今のゾルたちにはそれが必要だと思うから。
「でもさ。気付くまでに1分もかかるようじゃとっくに死んでるよね。これが試合じゃなかったら。」
大輝が目を細めて事実を突き付ける。ゾルには反論できなかった。霧に驚いて声を上げた瞬間に魔法なり剣なりで攻撃されていれば対処できなかっただろう。それに、霧を発生させた大輝がそれを解除できないはずがない。自分だけが視界を確保する術を持っていただろうことは容易に想像できる。つまり、霧を即座に解除するか、もしくは利用する手段を考えつかなかったゾルの負けは確実だったのだ。
「確かに冒険者の基本は対魔獣だよ。だから魔法を乗っ取ったり、さっき見せた霧を発生させる魔法みたいに何かを応用するなんてことは君たちが普段相手をするCランク以下の魔獣の知能ではありえないだろうけど・・・。君たちが今相手にしてるのは魔獣?」
大輝が何を言いたいのかがわからないゾルはただ黙って聞いている。自分は敗者なのだから。
「違うよね。人間だよね。人間は怖いよ?魔獣程の身体能力はないけど、知能は高いから。だから魔獣にも対抗できてるんだけどね。でさ、君たちはその人間を相手に喧嘩を売ったんだよ。まあ、それを結果的に買ったオレが言うのもおかしいんだけど言わせてもらうよ。」
売られた喧嘩を煽ったのはココだし、お膳立てしたのもシハスなのだが、ここではそれを言わない大輝。
「考えてごらんよ。喧嘩を売ったはいいけど、そのリスクをどう考えてる?例えば今、冒険者ランクがEにすぎないオレに歯が立たないでしょ?今回はシハスさんが立ち会ってくれてるから大した怪我もないけど、下手したら君は死んでたかもしれないよ?」
ゾッとするゾル。今だけではない。最初の決闘もどきも手加減されていたことには気づいているのだ。
「まあ、普通は街中でそんなことしたらこっちも街の警備に捕まるからそこまではしないけどさ。街の外ならわからないよね。例えば依頼中や魔獣を狩りに山に入った時に襲われたりさ。格下相手でも奇襲を喰らったら負けることだってあるだろうからオレに限った話じゃないことはわかるよね。」
今回はたまたま自分たちより強い相手だったから、という言い訳をさせないために話を大きくする大輝はまだ止まらない。
「それだけじゃないよ。戦闘力を持たない一般人に喧嘩を売ったとしよう。そんな横暴な事をする冒険者パーティーを信用してくれる人がいると思うかい?オレなら信用どころか喜んで潰しに行くけど、まあ、そこまでしなくても、君たちがピンチになった時に助けてくれる人はいなくなるんじゃないかな。」
俯いて聞いているのはゾルだけではない。ミラーにビスト、アルドまで下を向いている。
「冒険者ってさ。街の外へ出る機会が多くて危険な仕事でしょ。だから『破砕の剣』っていうパーティーを組んでリスクを下げてるんじゃないの?でもさ、実際はもっと色々とリスクを下げてくれてる要素があるんだよ。例えば冒険者ギルド。ギルドから依頼を受けるときに情報の提供を貰えなくなったらどうなる?例えば他の冒険者たち。護衛依頼で一緒になることもあればエレベ山脈内で共闘することもある。魔獣の情報を共有することもあるよね。魔獣相手に苦戦したときに助けられたり、回復薬を分けてもらったりといった経験はない?」
当然それらの経験は冒険者として長く活動していればあるはずのものだ。まだ若手のゾルたちだって全く経験が無いということはありえない。
「でもさ、助けるっていうのパーティーメンバーや大事な人を優先するんだよね。オレでいえば、あそこにいるココやシリアは優先して助けるけど、今は喧嘩を売って来た君たちを助けようとは思わないよ。それと同じように、あちこちに喧嘩を売って信用を無くしたら誰も助けてくれなくなると思わないかい?」
4日前が初対面であったゾルたちが最近増長しているというのはシハスから聞いただけだったが、どうやら彼らにも自覚はあったようだった。大輝に2度完敗を喫したゾルはもちろん、ミラーにビスト、アルドまでが真剣に大輝の言葉に耳を傾けている。
「もちろん冒険者だから戦闘力がある方が信用も得られる。魔獣を倒すには力が必要だからね。でもそれは下位ランクの冒険者を虐げることでは得られないと思うよ。逆に信用を無くすだろうね。ちょっと考えればわかることだよね。」
ここまで一気にしゃべってまだ1人目の試合の途中であることを思い出した大輝はゾルに向かって言う。
「長々としゃべりすぎて悪かったね。さあ、続きをやろうか。」




