第三十九話 和解の仕方
ハンザ王国ノルトの街にある冒険者ギルドノルト出張所第2訓練場は通称コロシアムと呼ばれている。昔の冒険者たちは揉め事があるごとに決闘で決着を付ける傾向が強かったため、通常の訓練場とは別に直径30メートルの円形闘技場が用意されていることがある。そしてこのノルトの街も昔から国境の街として存在するために歴史は古くギルドにコロシアムがあるのだ。現在は主にギルドランクの昇格試験やギルド専属冒険者になるためのテストに使われているが、今日は大輝の希望でシハスによって貸切として貸し出されている。円形の闘技場の中に立っているのは大輝とシハスの他に『破砕の剣』の全メンバー、リーダーのCランクアルド、Cランクミラー、Dランクビスト、Dランクゾルと初対面のCランクユーゼンがいる。ココとシリアは20席用意されている観覧席に座っており闘技場への立ち入りは禁止されていた。
「気が進まないが仕方ない。」
ユーゼンというパーティーの中では最年長と思われる男がシハスに向かって確認を取る。ユーゼンは大剣遣いのアルド、ミラー、ビストは勿論のこと、魔法士であるゾルよりも小柄であり戦闘者とは思えない身体つきをしているが、その眼は一般人とは違い鋭く光っている。
「悪いが付き合ってもらうぞ。」
答えるシハスの口調からユーゼンとは旧知の間柄であることがわかる。
「オレは戦闘向きじゃないんだがな。」
「何を言う。お前が戦闘者じゃないなら冒険者の大半が失格者になっちまうさ。」
「ま、いいさ。あの男にはオレも興味が湧いたからな。」
一瞬大輝に向けて視線を送るユーゼンをシハスは楽しそうに眺めて言う。
「自分の目で確かめな。」
アルドの訪問を受けた大輝は和解案という名の『破砕の剣』側の要求を保留した。冒険者ギルドからは3日以内に和解を済ませ報告するように言われてるということを聞き出した大輝が得意の話術で結論を引き延ばしたのだ。
「アルドさんたちの言い分はわかりました。3日以内に和解したことをギルドに示さないとアルドさんたちだけじゃなくオレもギルドに悪い印象を与える事になるわけですね。」
実際は大輝側に非がないことはシハスが知っているため、和解が成立しなくとも大輝がギルドに睨まれることはない。騒ぎを起こした発端は『破砕の剣』側の横暴だし、それを煽ったのが冒険者ギルドの幹部職員のシハスでありその件についてはすでに非を認めて謝罪しているのだから当然である。それにもかかわらずに大輝が己も不味い立場になるだろうと話す理由は簡単だ。
「そういうことだ。猶予は今日を除いて3日しかない。さっさと認めちまいな。」
「和解が成ったということをギルドに示すためには『破砕の剣』全員とオレが揃ってギルドに行くべきでしょうね。そうしないと本当に和解したか示せないでしょうから。明日、明後日はこちらの都合がつかないので、どうでしょう、3日後の9時にギルドでお会いしませんか?」
なんとしても和解をしないと今後の冒険者活動に悪影響が出る。それを双方が避けたいと思っている。そういう流れに持っていく大輝。もちろんアルドたちの要求を受け入れるなどとは一言も言わないが、次に会うのをギルドが指定した期限日に設定することでこれで話はついたと誤解するアルド。
「いいだろう。依頼を受けてるところ無理やり明日引っ張って行くなんてことはしねえから安心しな。」
アルドが勝手に大輝の都合を依頼のためと解釈するがそこを下手に修正などしない大輝。
「では3日後にギルドで。」
大輝とのやり取りに満足したアルドは悠々と『食道楽の郷』を後にする。もちろん食堂で飲んだ分の代金など払わずに・・・。
(あとで請求しようっと。それよりもシリアの意識改革が先だなぁ。)
アルドが去ってほっとしている危機感不足のシリアを見て教育方法を考え始める大輝だった。
3日後の午前9時。冒険者ギルドの受付のある1階で待っていたシハスに連れられた一行はコロシアムへと入る。てっきり決闘もどきの立会人であるシハスへギルド2階の会議室で和解報告をすると思っていたアルドたちは不審に思いながらも黙ってついて来ている。ギルドの幹部職員であり戦闘系の統括者であるシハスに対して不遜な態度は取れないのだ。
「アルド、お前にはこの間の騒動についてうちの職員がきちんと説明したはずだが。」
コロシアムの中央に到着したシハスがアルドへ問いかける。
「あ、ああ。聞いている。うちのミラーたちがあっちの娘たちを仕事に誘ったが断われれてトラブルになったと。」
「それだけか?」
「こいつがそれを咎めて決闘になった。で、その決闘でミラーたちが怪我を負った。もちろんこの通り治療魔法のお蔭で完治してるが。」
「で、お前はどういう和解案を大輝に提示した?」
「そ、それは・・・。」
大輝を横目に見るアルド。おそらく自分でも横暴な要求をしている自覚があったのだろう。大輝に対してお前が説明してその内容で了承したことを言え、と目が語っているが当然大輝は無視した。仕方なくアルドが表現を和らげてシハスの問いに応える。
「ミラーたちの治療費と完治まで仕事が出来なかった分の補償を求めた。」
「迷惑料とやらはいいのか? まあ、いい。もうわかった。オレがもう一度ちゃんと説明しよう。その上で自分がどんな要求を大輝に突きつけたかもう一度考える時間をやる。」
シハスは呆れと怒りを押し殺して切々とアルドに事実を突き付ける。おそらくは顛末をアルドに説明した職員と同じ内容を。『破砕の剣』側が新人冒険者に対してランクを盾にして仕事を強要しようとしたこと。『破砕の剣』側が訓練場に大輝を呼び出したこと。『破砕の剣』側が決闘に負けたこと。
「いいか。依頼行動中はランク上位者に指揮権があるがそれ以外は一切関係ない。お前たちはギルドの決まり事を堂々とギルド内で破ったことを自覚しろ。つぎに、決闘はそもそもミラーたちが大輝に戦闘を仕掛けたんだよ。別に3対1が不公平だとは言わないさ。だからオレは決闘を認めたんだからな。そしてオレが認めた決闘でミラーたちは負けたんだよ。お前も冒険者ならわかるだろうが。決闘で負けたら全て勝者に従うのが決まりだ。」
シハスは自分が決闘に誘導したことは認めないし、大輝が決闘に同意していなかったことにも触れない。確かにこの流れで言う必要はないのだが、大輝は苦い表情を隠すことで精一杯気を使うことになる。
「それらを理解した上でもう一度考えろ。お前は大輝に何か要求する立場にあるのか?」
シハスはここで戦闘統括者としての威圧を加える。一部の説明に抜け落ちているが点はあるが結論は間違っていない。それでもアルドは必至になって考える。
「そ、それでも和解の内容は当事者が納得すれば問題ないはずだ。決闘の前になんの約定もなかったのだから!」
このアルドの言葉は正論だった。和解内容はあくまで当事者が決めるものだし、立会人にあたる冒険者ギルドは『破砕の剣』に対して和解するように指示しているため、そのリーダーであるアルドも当事者に含まれる。そして決闘では事前に立会人がそれぞれの勝った場合の要求を宣言するのが決まり事であり、敗者はそれを履行する義務が生じるというのが揉め事解決の手段である決闘のルールだ。今回はそれがなされていない点をアルドは突く。
「あぁ。その通りだ。」
シハスはアルドの主張を認める。明らかにシハスの不手際だからだ。
「前回の勝負については立会人であるオレの不手際だ。それは認めよう。だから治療費についてはギルドが負担するからあとで請求を回してくれ。その日のうちに完治していたことはわかってるから補償は出さないがな。また、負けたミラーたちには出さんが、勝者である大輝には迷惑料を払うことで許してもらいたい。」
あっさり自分の主張が受け入れられ、治療費の負担まで確約するシハスに対して訝しむアルドと異論はないと頷く大輝に対してシハスが立会人として宣言する。
「そのかわり、両者には再勝負を行ってもらう。」
「シハスさんちょっと待ってくれ!」
「そ、それは・・・。」
シハスの言葉に慌てたのはビストとゾルだった。4日前、3対1だったにもかかわらず完敗した相手との再勝負に対する拒否反応は当然のことだろう。特に自らが放った魔法を乗っ取られたゾルの顔は青く、額には大粒の汗が浮かんでいる。残りのミラーはCランク冒険者だけあって2人のような醜態は晒さないものの浮かべる表情は厳しい。
「ガタガタ騒ぐな、みっともねえ!」
アルドが仲間を一喝して黙らせる。そして続けて唯一取り乱さなかったミラーへ問う。
「ミラー、お前らが負けた理由をもう一回ここで言ってみろ。」
「相手の回避力が高くこちらの剣が掠りもしなかったことと、よくわからない奇術でゾルの魔法を支配したことに対する動揺が敗因だったと思う。」
「それだけじゃねえだろ。まあ、オレもお前らのことを馬鹿にできねえがこの大輝って奴がEランクだからって舐めてただろ?油断が最大の敗因だ。」
「・・・確かにアルドの言う通りだ。」
舐めてかかっていた。頭が沸騰したように冷静じゃなかった。剣が当たらなくて焦りが生まれた。そこに奇術としかいいようのない魔法支配を見せられて完全に動きが止まってしまったところを仕留められた。それを苦い顔で思い出すミラーたち。
「ユーゼンはどう思う?」
再戦を前にミラーたちの動揺を鎮め、かつ反省を促すアルドの姿はパーティーのリーダーに相応しかった。アルドは自身が生粋の戦闘者であるという自負がある。そしてそれと同じ位自分には知性が欠けており感情的になりやすいことにも自信があった。だからこそユーゼンを頼る。直接の戦闘関連はアルドが率い、作戦立案や対人交渉等はユーゼンが担当するというのがこのパーティーの役割分担なのだ。だから本来は大輝との和解交渉もユーゼンに任せるのだが、『山崩し』関連の依頼で彼が不在だったから仕方なく出向いていたのだ。
「体術を習得した魔法士ってだけじゃないな。剣も使うのが本来のスタイルだろう。」
両腰に下げている双剣とコロシアムまでの大輝の動きを見て剣が主武装であることを感じていたユーゼンが答える。
「それに加えて奇術か。・・・厳しいな。交渉は任せる。」
アルドも10年以上冒険者として活動しているベテランである。自身と相手の力量差をある程度正確に把握できなければ生き残れない世界の住人であるため、その外見で多少舐めていたことは認めるが大輝が手強いことは『食道楽の郷』で対面したときからわかっていた。それでも威圧的な交渉をしたのはそれ以外にやり方を知らなかったからだった。普段はユーゼンが担当する役割であったからだ。そしてこの場にユーゼンがいるのであれば彼に任せるのが『破砕の剣』の決まり事だ。
「シハス。再勝負の方法は?」
一任されたユーゼンがシハスの正面に出て交渉を開始する。
「こちらから2案提示する。1つは前回と同じ3対1の不殺ルールだ。大輝の武器使用制限もそのままとする。2つ目は不殺なのは同じだが、双方装備自由の勝ち抜き戦だな。大輝がアルドとユーゼンを加えた5人抜きが出来るか出来ないかで勝敗を決める。付け加えるが、闘技場から落下しても負けだからその点だけが前回と違うものとする。」
シハスの提案を聞いたユーゼンは考える。第1案は『破砕の剣』側に不利なことは明白だ。油断があったとはいえ完膚なきまで叩きのめされた3人の勝機は薄い。アルドの言葉で多少は取り除けただろうが、大輝に対する苦手意識は消えていないだろうから。第2案も厳しいと言わざるを得ない。ミラーたちは武器を持った大輝には歯が立たないだろう。素手でさえ3人まとめて倒されたのだから。ではアルドと自分はどうかと考える。アルドは強い。戦闘力だけならBランクに匹敵するだろうことは誰もが認めることだ。自分だって全盛期に比べれば肉体的に衰えたとはいえミラーに比べれば上位に位置する。
(それでも厳しいか・・・。)
20年を超えるベテランの目にはそう映った。アルドの剣が互角以上に戦えたとしても戦略で負けるだろうというのがユーゼンの予想だ。ミラーたちとの戦闘状況を聞き、目の前で大輝を見て確信に近いものを持つユーゼン。
(とはいえ、別の案を出すことは出来んな。)
前回の決闘での敗戦が実質無効となったとはいえ、新人冒険者へ同行を強制しようとしたことも戦闘を持ち掛けたのもミラーたちだ。そしてすでに和解交渉にリーダーであるアルドが出張って威圧的交渉をしてしまった以上、非は『破砕の剣』側にある。非のある側から条件を変えることはしない方がいい。冒険者として街の外に出る以上は命の危険があり、身を守るためには自分と仲間の力だけでは足りない事が多いのだ。対魔獣の戦闘時にせよ野営時にせよ冒険者同士が助け合わないといけない機会が多いのだから。自らの非を認めないパーティーなど信頼してもらえないことは明白であり、長い冒険者生活ではそれが原因で死んでいった者も多いのだ。それを知るベテランは受け入れることを決める。ここできちんと清算しておかなければならない。
「第2案を希望する。」
「大輝もそれでいいな?」
黙って頷く大輝は『破砕の剣』に対する認識を改めていた。ミラーたちはもちろん、アルドに対する評価はかなり低かったのだが、コロシアムでのやり取りで上方修正したのだ。
初対面のユーゼンはともかく、アルドたちは話が通じない相手だと思っていたのだが、シハスの事実確認に対する反応を見る限りアルドとミラーは状況をきちんと認識できているし、自分たちに非があると恥じていることを表情が物語っている。ビストとゾルにしてもバツの悪い顔をしている。それに加え、アルドにはユーゼンという参謀がついており、自身の足りないところを彼に頼るという大輝にはこれまで出来なかったことを受け入れている。そしてユーゼンはシハスや大輝の思惑を理解している節がある。言葉が少ないのではっきりとは断定できないが、視線と表情でなんとなくそんな気がしていた。
(思ったより悪い人たちじゃなかったってことか。オレの過剰反応だな。)
そんな反省をしながら決闘の約定、すなわち対戦方法の他に相手への要求を確認する。
「一連の出来事に関する謝罪と今後シリアとココとオレの不利益となる行動をしないことの宣誓を求めます。」
「『破砕の剣』からは今回の件を全て水に流してもらいたいということを要望しよう。」
大輝とユーゼンがそれぞれの要求を述べるが、大輝はともかくユーゼンの要望はかなり控え目だった。
「お前ら、それでいいのか?」
シハスがアルドたちに確認を取る。交渉権がユーゼンにあることはわかっているのだが、あまりにもアルドの和解案からグレードダウンしていたために思わず聞いてしまう。
「あぁ。ユーゼンが交渉人だ。全て任せているからオレたちに異論はない。付け加えるなら、オレたちに非がある事については勝った場合でも謝罪するつもりだ。お前たちもいいな。」
「ああ。構わない。」
「「 はい。 」」
どうやらアルド以外のメンバーも冷静に考えることが出来たようだった。このままなら勝ち抜き戦で勝敗を付けなくてもまとまりそうな雰囲気だったためシハスが大輝に視線で止めていいかを聞くが、大輝はそれに軽く首を振って拒否する。そしてアルドに向かって決闘開始を促す。
「じゃあ、早速始めましょうか。順番はそちらで自由に決めてください。」




