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レゾナンス   作者: AQUINAS
第二章 ハンザ王国~冒険者~
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第三十七話 アース魔道具店

「搗き餅まで食べられるとは思わなかったや。」


 非常に満足そうな声を漏らすのは勿論黒崎大輝だ。醤油があると聞いて食べに行った団子屋で出てきたのが、粒状の米を蒸して杵で搗いたものをゴルフボール大の団子にして串刺しにした餅であり、それに醤油タレを付けて食べるものだったのだ。故郷の味に餓えていた大輝にしてみれば極上の食事であった。


「大輝は食いしん坊さんなの。」


 ココが言うのも間違いない。軽食として認知されている団子屋で3回も追加注文していたのは大輝くらいのものだ。ここで緑茶があればさらに追加注文していただろうことは大輝も口に出さない。


「味は若干違うけど、故郷を感じられる味だったからね。」


「わかってはいましたが、大輝さんは異世界人なんですよね。」


 大輝の感慨深そうな表情をシリアが優しい瞳で見つめる。2度と戻れない故郷の味を懐かしむ大輝を見て母性本能がそうさせているのかもしれない。


「大輝は『魔職の匠』の仲間たちに感謝するの。」 


 ココはシリアと違う指摘をする。


「それはコメや味噌、醤油を最初に作ったのが『魔職の匠』だからってこと?」


「正確には違うの。」


「そうですね。大輝さんの故郷の味を再現したのは別の方です。」


「他にも異世界人が居たってことですか?」


「はい。伝え聞いているだけなので確実とはいえませんが、『亜人の王』と呼ばれた方のお仲間が中心となって食文化の再現を行ったと聞いています。そしてその食文化を当時同盟関係にあった獣人が気に入って『魔職の匠』のグループと共に発展させたようです。」


 どうやら『魔職の匠』や『救国の魔女』の他にも同時代に複数の異世界人が召喚されていたらしい。そのあたりのことは大輝も知らないことのため大きく興味を持つ大輝。


「そうなんだ。今のオレたちと同じように結構たくさんの異世界人がいたんですね。」


「数百年前のことなので詳しいことはわかりませんが・・・」


「できればもっと詳しく知りたいところですけど。」


「魔道具店の店長に聞いてみるといいの。『魔職の匠』が開いたお店で修行して今のお店を任されてる人らしいの。」


「ココ様の仰る通りです。聞いてみたらいかがでしょうか?」


 目下特別な行動指針のない大輝は過去の異世界人たちがどのような活動を行っていたのか知りたいと思った。それぞれに大層な2つ名を持つ者たちが何を思ってどんな行動をとったのか。そして他にも故郷を感じさせるものがアメイジアに残されているのではないかとも期待する。


「ではそのお店への案内をお願いします。」





 大輝、ココ、シリアが目的の店へ到着したのはちょうどお昼時を僅かに過ぎた頃だった。目の前の店は冒険者で賑わう北門から少し離れたノルトの街のほぼ中央にあった。石造2階建てのその建物は長い年月その場に居続けたことを思わせながらどこか風格のある建物だ。入口の上部に小さく「アース魔道具店ノルト支店」とだけ書かれている。


「ここが我々が懇意にしている魔道具店です。遥か昔に『魔職の匠』が開いた店が本店としてハンザ王国の王都アルトナにあります。」


 シリアが簡単に紹介するが、大輝の目には店舗らしくない外見から商売っ気がないとしか思えなかった。それを察したシリアが補足する。


「店舗ではありますが、ほとんど工房だと思ってください。ここで作成される魔道具のほとんどが受注生産、つまりオーダーメイドなんです。もちろん定型道具も作成していますが、そちらはお弟子さんが担当して店頭販売しているそうです。」


 量販店ではなく一品ものを作る職人の店であることを理解した大輝はシリアを先頭にして店の扉を潜る。


「こんにちは~。山麓の村のシリアです。」


 店のカウンター内に人がいないのは折込済のようで最初から大声で店の者へ呼び掛けるシリア。しばらくすると20代後半と思われる男性がツナギ姿で店の奥から姿を現す。


「あ!シリアさんいらっしゃい!カイゼル店長に御用ですよね?奥でお待ちいただけますか?」


 シリアが店頭の魔道具ではなく店長に用がある事を察した男性は店の奥の扉を示してからすぐに引っ込む。シリアも慣れた様子で応接室と思われる部屋へと大輝とココを連れて進んでいく。


 大輝は少し店内に置かれている魔道具を見たいと思ったのだが、シリアに促されて応接室へと足を進める。中に入ると応接室は広さは10畳程、正面には店長用と思われる1人掛けの椅子が一脚、それを囲うように3人掛けの革張りのソファーが2つ対面する形で配置されており、その中央にはローテーブルがある。他には左右の壁際に書棚が並んでいるが花や絵などの装飾品の類は一切ない簡素な部屋であった。


「この部屋は商談用の部屋です。店長はもうすぐ来ますので少しお待ちください。」


 部屋の扉から見て右側のソファーへ奥からシリア、大輝、ココの順で座ったところで男性が紅茶を運んできて告げる。そして彼が客である3人と店長用の紅茶をローテーブルに置き終えたところでまるで50メートル先にいる者へ話しかけたかと思う程の声量が響く。


「おぅ!シリア!携帯型魔除けならまだ研究中だぞ!」


 現れた男の身長は150センチ程ながら体重は100キロを超えるのではないかという程横に太い。正に樽と表現するのがぴったりな体型をしていた。それでも肥満体型だと思わないのはぴっちりとしたシャツや5分丈のズボン越しに見えるのが脂肪ではなく筋肉の塊であることが見て取れるからだ。


「カイゼルさんお久しぶりです。今日は別件でご相談がありまして。」


「そうか!例の研究も儂がくたばる前にはなんとかしてみせるつもりだから安心せい!」


 豪快な口調のカイゼルは真っ直ぐに1人用の椅子へ向かい、ドガッ!と音を立てながら座る。


「まずはそっちの御仁を紹介してもらう前に儂が先に名乗ろうか。」


 大輝とココを見ながらカイゼルが笑顔を浮かべる。


「儂はアース魔道具店のノルト支店店長兼工房長のカイゼル。見て分かる通りドワーフじゃ。好きなものは酒と研究。嫌いなものは嘘と曲がった根性じゃ。」


(カイゼルという名前の割にカイゼル髭じゃないんだな・・・口髭はたっぷりあるけど。)


 カイゼルの自己紹介を聞きながらそんなことを頭に浮かべていた大輝だったが、次は大輝たちが名乗る番だ。


「大輝といいます。魔道具について習いたくてシリアさんにこちらへ連れて来て頂きました。」


「ココなの。山麓の村からシリアと一緒に来てるの。」


 2人とも大輝がココの村へ滞在していたことはまだ言わない。魔除けの魔道具のことを知っている人間なら純人である大輝が村へ入れたことを知れば異世界人の可能性に行きつくことは容易だからだ。


「大輝といったか?お前さんは魔道具職人になりたいわけじゃないんだろ?」


「魔道具に興味はありますが、職人を目指したいわけではありません。」


「だろうな。お前さんは道具を使う側の人間のようだ。もちろん興味があるというのも嘘じゃないだろうがな。」


 最初の笑顔から一転して大輝を探るかのような視線を向けているカイゼルに対して、大輝も瞬きすらせずに視線を受け止めつつ話を続ける。


「はい。確かにオレはこれまで道具とは使う物だという認識でただ使ってきました。何かを作り出した経験もありません。でも『魔職の匠』が編み出したという魔道具作成技術には大きな興味を持っています。その仕組みを知りたいとも思っています。」  


 パソコンや携帯を始めとした電子機器やシャーペンや食器といった日用品まで数々の道具に囲まれた生活をしてきた大輝。確かに技術を利用した特許を数多く所有していたために物作りに一切かかわっていないとは言えないかもしれないが、大輝の心情としては便利なものをその仕組みを知らずにただ利用してきただけだと思っている。


「別に仕組みなんざ知らなくても使えればいいと思うのが普通だと思うが?」


 カイゼルが自分を棚に上げて大輝に問いかける。


「そうですね。そういうのが一般的だと思います。でも、オレは・・・」


 大輝が魔道具について詳しく知りたいと思うにはたくさんの理由がある。戦闘で敵に未知の魔道具を使用されるリスク軽減、科学の代わりにこの世界の生活に密接な関係がある魔道具への純粋な興味、同じ異世界人であろう『魔職の匠』の足跡を知る手掛かりという面もある。しかし、


「以前、オレは未知の力の使い方を間違ったことがあります。」


 大輝の心に引っ掛かっているものがある。


「もちろん全ての未知なるものを解明したり理解できるとは思っていませんが、それでもそれとかかわる以上はある程度知っておかないといけないと思っています。」


 何一つ具体的なことを言葉で表現できないのだが何故か自分にとって知る必要があると感じていることをたどたどしく話す大輝とそれを真剣に聞くカイゼルたち。大輝本人も自覚していないが、『未来視』という未知なる力の使い方を間違ったと思っている大輝は自分の知り得ないモノを使うことを無意識に忌避していた。魔法や虚空(アーカーシャ)もその括りに入るのだが、魔法については己の魔力と想像力という自分で作り出しているという意識がそれを和らげ、虚空(アーカーシャ)については師匠からの贈り物という意識が強いために例外とされている。


「色々と思うところがあるようだな。」


 大輝の口調から魔道具への怖れと探求心、トラウマ等を感じ取ったカイゼルが呟く。


「まあ、いいだろう。本来、道具ってのは使ってなんぼだ。だが、それをより上手く使うに仕組みや歴史を知るのはいいことだとオレも思ってる。実際、アース魔道具店の弟子には魔道具の歴史から教えるっていう決まりがあるくらいだからな。」


「では合格ですか?」


 カイゼルの言葉にシリアが問う。どうやら弟子入り前の面接試験という側面があったらしいことに気付く大輝。


「あぁ。とはいえ、魔法陣関連の秘伝書はダメだぞ。あれは弟子を卒業しないと見れない決まりだからな。あくまでここで教えられるのは魔道具の歴史と出回っている道具の種類と簡単な作り方だけだ。大輝は時間のある時はここへ通え。来た時の店番担当の奴が毎回相手をしてやる。」


「ありがとうございます。」


 カイゼルの決定に感謝を述べながら頭を下げる大輝とシリア。完全に置いてきぼりのココ。


「で、そっちのお嬢さんが例の娘だろ?」


 大輝の話は終わったとばかりにココへ視線を移すカイゼルとそれに頷くシリア。どうやら村のアイドルココ嬢のことは話に聞いていたようだ。


「お嬢さんも大輝と一緒に通うか?1人も2人も変わらんから好きにすればいいぞ。」


「大輝と一緒がいいの。お世話になりますなの。」


 どうやらココは推薦入学もしくは裏口入学扱いらしい。そのあたりに少々思うところがないわけではない大輝だったが、元々シリアの紹介で魔道具店の元祖であるアース魔道具店への出入りが認められたことを思い出して何も言わないことにする。


「構わんぞ!今日はこれから仕事が残ってるからここまでだ。」


 カイゼルは納期が迫っている仕事があるようで弟子を呼びつけてすぐに退席する。大輝としては『魔職の匠』をはじめとした過去の異世界人たちについても知っていることがあれば聞きたいところだったが、仕事の邪魔をしては悪いと思い自粛した。


 その後、応接室に集まって来た3人のツナギ姿の弟子たちに挨拶をする。


「大輝といいます。お手間を取らせて申し訳ありませんがしばらくお世話になります。」


「店長から簡単に聞いたよ。オレたちが独立したときに弟子を取る練習だと思って入門時に受けた教育を再現しておけって言われてる。だからオレたち自身のためにもなるし気にしないでくれ。」


 そう言ってくれたのは弟子の中でも最年長と思われるドワーフの男性だ。やはり樽体型に口髭を蓄えているため実際の年齢はわからないのだが、やや後方に純人と思われる20代後半の男性が2人頷いているところを見ると年長なのだろう。


「よろしくお願いします。」


「オレが店長の1番弟子のグゼル、こっちの2人が純人の兄弟でナイルとザイル。こちらこそよろしく。」


「「よろしく!」」


「毎日交代で店番してるんだけど、基本的に店番はヒマだからこの部屋で店番担当の者が相手することになる。今日も時間があるならこのままナイルが歴史から教えるけどどうする?」


 グゼルが早速今日からの入門講座開始を提案する。特に冒険者ギルドの依頼を受けていない大輝たちには異論はなくお願いすることにするが、シリアだけは別行動だ。彼女には街での情報収集という役目もあるからだ。


「ナイルさんよろしくなの!」


 こうして歴史ある魔道具店アースの期間限定入門者となった。













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