第三十六話 謝罪と予兆
ノルトの街での最初の夜が明け、「食道楽の郷」での朝食を終えた大輝とココの前には2人の男女が土下座している。
「で、どういうことなんでしょうか?」
大輝の声にも中々顔を上げない2人の内の1人。透き通るような銀髪と白い肌を持ち、170センチ程の身長を飾る整った目鼻と豊かな胸、くびれた腰に長い手足を持つ女、狐族のシリア20歳に再度声を掛ける。
「説明をお願いします。」
短く告げた大輝の視線はシリアの隣で平伏している男に向かう。濃い茶の豊かな髪を無造作に後ろで紐を使って纏めている男。40歳程に見えるその男の身体は鍛えられた歴戦の戦士のものと思われる。昨日冒険者ギルドで模擬戦の立会人を務めたシハスだ。
昨夜の夕食の後から今まで姿を見せなかったシリアがようやく顔を上げる。
「大輝さん、まずはご紹介致します。こちらは冒険者ギルドノルト出張所の幹部職員シハスさんです。シハスさんは私たちの村出身で現在は冒険者ギルドの2人の幹部のうちの1人です。戦闘系の統括者になります。」
立場的には上位と思っていたが、統括者であることに大輝は少し驚いていた。冒険者ギルドはその組織上各支部、出張所には長となるギルドマスターの他に数人の幹部職員がいる。所在地の規模の応じて2~5人程度の幹部職員が存在するが戦闘系の統括者ということは最低でもBランク以上の元冒険者であったことになるからだ。そして今、その人間が土下座しているのだ。
「シハスです。昨日は申し訳ありませんでした。」
それだけ言って平伏の姿勢を崩さないシハスに困惑しながらも大輝は説明を受けないと意味が分からない。仕方なくココとシリアの部屋であることを気にしながらも床に土下座している彼らを動かす。
「とりあえずこの状態じゃ話が出来ないので顔を上げてください。イスの数が足りないのでそちらおベットにでも腰かけてもらえませんか?」
大輝とココは2脚あるイスに腰を下ろし、シリアとシハスにベットへ座るように指示する大輝。ようやく頭を上げた2人が話の出来る格好になる。
「わかるように説明をしていただけますか?」
「まず、私についてお話します。」
「いや、敬語とかいいので普段の口調に戻してもらえませんか?」
昨日の模擬戦の口上とあまりにも違う口調に調子の狂う大輝がシハスに願い出る。謝罪する側としては困る申し出だったが、大輝の表情を見て口調を戻すシハス。
「わ、わかった。さっきシリアが言ったがオレはあの村出身だ。つまり獣人であり種族的には狼族にあたる。外見上は殆ど純人と見分けはつかないがな。で、成人した後冒険者になってこの街を拠点に活動している。12年前の本来の意味での『山崩し』で功績が認められてBランク冒険者になった。」
最も最近の『山崩し』が発生したのが12年前。この時はノルト砦の守備兵と冒険者たちが一丸となって防がなければならない規模の魔獣がノルトの街へ向けて下りて来たが、辛くも撃退に成功したと聞いていた。その時の功労者が目の前にいるシハスだったらしい。
「で、現在は有事の際の指揮官となる戦闘統括者としてこの街のギルドで働いているのと同時に村への情報提供者でもある。まあ、ギルドの規約もあるからなんでも教えるわけにはいかないが出来る範囲で恩返しを行っていると思ってほしい。」
ここまで聞いてなんとなくシハスがギルドで行った違和感のある対応の理由が見えてくる大輝。
「もちろんシリアとは馴染みの顔だし、ココ様も小さい頃に会ったこともある。」
「私もあったことあるの?」
「あぁ。里帰りの時だからまだよちよち歩きの頃だけどな。」
やはりココには様付けなんだな、と思いながら聞いている大輝。村においてはアイドルというか、一種の崇拝対象者であるココの威光はすでに村を出て20年経つシハスにも影響を与えているようだった。
「オレはこの街では冒険者や獣人たちの顔役でもあり、村との繋ぎ役でもある。そして大輝の話も聞いている。もちろん他言はしていないがな。それで余計なちょっかいを掛ける奴がいないように見張りに徹するつもりだったんだが・・・。」
段々と声が小さくなるシハス。自分で説明しつつも己の役目を外れた行動を恥じているのだろう。そして大輝も全てを理解した。
「大輝が相当な剣の使い手であり、獣人を凌駕する体捌きを持ち、かつ魔法も凄いと聞いていたから、ついな・・・。しかもココ様がああ仰られれたものだから・・・。すまなかった。」
シハスは大輝の実力を自分の目で見たかったという思いも強かったのだろうが、村で神聖視されるココの言葉がトドメとなってそれを実現させてしまったのだろう。つまり、ココの最後の挑発がなければ決闘もどきの模擬戦には至らなかったということだ。
「大輝、ごめんなの。」
それに気づいたココが昨夜に続いて反省モードに入る。
「はぁぁぁ。」
大輝を除く3人が頭を垂れる中、大輝の長い溜息だけが部屋に流れている。シハスは大輝とココを前に暴走してしまったということだ。昨日大輝がコメを前にして暴走してしまったのと同じように。結局大輝はそう考えることにして水に流すことにした。
「理由はわかりましたが、今後このようなことのないようにして下さいね。ギルド外であれば構いませんが、冒険者ギルドではオレはもちろんココとシリアも一冒険者としてきちんと扱って下さい。」
「了解した。今は村出身のシハスとして話をして構わないか?」
「えぇ、幹部職員としてのシハスさんからの謝罪は受け取りましたので結構ですよ。」
「助かる。気になる事が2点ある。1つは魔石関連だ。普段ギルドに持ち込まれた魔石の販売は決められた相手にのみ販売している。許可を得た商人や魔道具関連の工房にな。だが、最近は行商人がギルドや販売された先へ魔石を売ってくれと持ち掛けてくるケースが報告されている。魔道具自体も行商人が買っていく量が増えているらしい。」
「帝国側の人間かな。少しずつ戦争準備を始めているのかもしれませんね。」
「村とのやり取りでその辺は聞いている。その可能性もあると思って探らせてはいるがなにぶん極秘扱いだからしばらく時間が掛かると思う。で、もう1つが『山崩し』の予兆がある。」
「本来の『山崩し』ってことですよね?」
「そうだ。『山崩し』が起こるのは12月頭から3週目くらいと言われているが正確には違う。エレベ山脈の特定の山に雪が積もり始めた日から3週間というのが正解だ。そして今年はすでに観測地点では冠雪が確認されている。それにもかかわらず山を下りてくる魔獣の数が極端に少ないのだ。」
「異変が起きていると?」
「異変というより、12年前と同じなのだよ。冠雪の時期が早いこと、街へ向かって下りてくる魔獣の数が少ないこと。この2点が重なっているのだ。」
「調査隊は山へ出しているんですか?」
「すでに一昨日指名依頼を出した。Bランクパーティーが2組山に入っている。数日後には報告があるはずだ。」
「とりあえずしばらくは様子見ですね。確認ですが、本来の『山崩し』が発生した場合、強制召集が掛かりますよね? その場合はEランク以上が対象と思っていいですか?」
「あぁ。Eランク以上が対象になる。だからココ様とシリアのGランクは対象外だ。できれば魔獣狩りをしてEランクに上がるのは避けて欲しいというのがオレの考えだ。2人がEランク以上の実力があるのはわかっているが、経験不足の状態で『山崩し』に挑むのは危険すぎる。」
「同感ですね。その経験を積むための前段階である研修というのが今回のココ同伴の主目的ですから。」
間違ってもココが経験を積むために参加するなどと言わせない言い方をする大輝。ココの性格なら直感を根拠に言いかねないからだ。しかしココはそれを察したわけでもなく自分からその可能性を否定する。
「今の私じゃ無理は言えないの。大人しくしてるの。」
「決定だな。とりあえず山の状態が確認できるまでは街の中での用事を済ませよう。シリアさんもそれでいいですね?」
「はい、それでお願いします。」
その後いくつかの情報を交換した大輝とシハスたち。その中には模擬戦で大輝が使った魔法についての解説が含まれていた。シハスは冒険者ギルドの者だけあって戦闘力に直結するスキルについては大輝に尋ねるような真似をしなかったのだが、大輝の方から話をしたのだ。ココの村ではすでに披露していたということもあったが、シハスが信用に値するか試す目的もあった。話をした感触では信用できそうであったが、念のためである。
「魔力は体外に出すと霧散するのは皆さんが知っていることだと思いますが、具体的に言うと、空気に溶けているんですよ。」
「空気に溶けている?」
「えぇ。水滴が時間が経つと消えるのと同じだと思ってください。」
概念的な理解はアメイジアの人々にとっては難しいと思い、身近な物事に例えることに慣れてきた大輝がシハスに理解しやすいように解説する。正確でなくとも理解の一助となればそれでいいのだ。
「で、ゾルさんでしたっけあの魔法士? 彼の炎の魔法をオレがコントロールするのと維持するのを同時に行うために風の魔法を用いました。シハスさんも見たと思いますが、オレはゾルさんの炎を風の渦で迎え討ちましたよね?」
「あぁ。オレは風の力で炎を分解するつもりだと思ったんだが・・・」
「アレ実は直接炎にぶつけないで炎を包み込んだんですよ。」
「包み込む?」
「はい。外側に空気が流れるように調節した風の渦を炎を包み込むように撃ったんです。もちろん繊細なコントロールが必要なので誰でも出来るわけではないですが。で、風の渦の中には魔力が溶ける空気が殆ど存在しないので、炎をそのまま閉じ込めたんです。」
「そんなことが出来るのか・・・」
呆気に取られるシハス。それを微笑みを浮かべた顔で見るココとシリア。まるで1月前の自分たちをみているようだからだ。
「えぇ。可能です。そして風の渦は私の支配下にありますので、あとはそれを相手に向かって飛ばすだけですね。ただ、魔力の消費効率は非常に悪いので実戦には殆ど向かないですよ。相手の放った魔法を優しく包み込むだけの魔力コントロールが必要ですし、体外で具現化した魔法を操るために魔力を放出し続けないといけませんからね。」
「な、なるほど。連発はできないし、その間動きが限定されてしまうだろうな。」
「その通りです。あの場でしか披露できない技と言ってもいいかもしれません。」
「例えそうでもすごい技術であることに変わりはない。」
「ありがとうございます。でも内緒にしてくださいね。一応オレの手札の1つですから。」
「もちろんだ。冒険者としても幹部職員としても他言するようなことはない。」
シハスは当然といった顔で内密にすることを約束する。冒険者が己の手札を明かすのは仲間内と決まっている。もちろん、戦闘の場で仲間以外の者に知られる機会は山ほどあるが、それを大っぴらに話すことはタブーとされている。そのような口の軽い者が信用されないのは当然だろう。もっとも、Bランク冒険者の昇格条件となっているような功績を上げた者について酒場等で語られる場合は例外とされていたが。
必要な情報を交換し終えたシハスはギルドの仕事に戻ることになったが、最後に改めて大輝に頭を下げていった。ギルドでの最初の印象とは違い、本来は律儀な人間のようだ。大輝の印象も大きく改善されていたのは間違いない。
「結構長く話しちゃったみたいだね。早めにどこかでお昼食べてから魔道具店に行くことにしようか。」
ギルドやシハス、シリアへの疑念が消えた大輝が明るい声でココとシリアに声を掛ける。大輝の声が明るいのはそれだけが理由ではない。コメと味噌の他に醤油もこの街に存在すると聞いて昼はそこで食べようと決めていたからだ。
こうして3人は醤油を使った団子屋で軽い食事を取り目当ての魔道具屋へ向かうことにした。




