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レゾナンス   作者: AQUINAS
第二章 ハンザ王国~冒険者~
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第三十五話 コメと味噌と疑惑

 ギルドでの強制模擬戦を終えた大輝はすぐにでもココへの説教とシハスへの抗議をしたかったのだが、大輝の戦いぶりを見ていた観戦者たちが彼らにとって摩訶不思議な魔法の正体を知ろうと群がって来たために早々に冒険者ギルドを退散することにした。


「お、おい! ちょっと待ってくれ!」


「せめてあの魔法のヒントだけでもくれ!」


「うちのパーティーに入らないか?」


 そんな声には耳を貸さずに足早にギルドを抜け出した大輝たちは拠点となる宿屋へと向かう。案内役はシリアだ。ココたちの村から最も近いこの街には何度も情報収集を兼ねて訪れたことがあるらしく、今夜の宿もシリアの馴染みの店に宿泊する予定だ。


「さすがは大輝なの。」


 ようやくギルドの建物が見えなくなった頃にココが嬉しそうに話し出した。


「えぇ。これでちょっかいを出してくる者はいなくなるでしょう。」


 シリアまで満足そうな顔でしきりに頷いている。


「2人ともあとで説教だからな・・・」


 呆れる大輝。ココとシリアは大輝が異世界人であり、ハルガダ帝国内では3グループが監視としてついてきていたことも、それらを振り切って来ていることも知っている。なのになぜこのような目立つことをさせるのかしっかりと聞き出さないといけない。


(まあ、牽制の意味でも名前を売るという選択肢はあるんだけど。)


 各国の勧誘やら監視やら襲撃から身を守る方法はいくつか考えられた。変装して一生認証プレートを使わないで過ごすこと、どこかの国もしくは貴族に仕えること、冒険者として名を上げること、他にもあるがそれぞれ一長一短があり今の段階では大輝はどれも選択していないのだ。近いうちには決めなくてはならないとは思っているが、もう少し情報収集をしてからのつもりだった。


「ここです。」


 シリアが1つの建物を前にして指差す。どうやらここがノルトの街での拠点となる宿屋のようだ。


「ここがあの有名なササニシキなの?」


 ココが目を輝かせてシリアに尋ねる。涎が垂れているのはみなかったことにする。


「別名ではそう呼ばれていますね。」


 看板には「食道楽の郷」と出ている。それを見た大輝が目を見開いてシリアへ詰め寄る。


「シリアさん! もしかしてここって!」


「はい。大輝さんがコメを食したいと仰っていたので一番おいしいコメを食べさせてくれる宿を予約しました。」 


「シリアさん!大好きです!」


 思わず叫んでしまう大輝。周囲を歩く人々にとっては突然の路上での告白劇と映ったであろうことも気にせずに大輝がシリアの手を取って感動している。なにしろ修行期間も含めれば実質5年半ぶりのコメが食べられるのだ。大輝は興奮して周りの状況など目に入っていなかった。


「あ、ありがとうございます。と、とりあえず中に入りませんか?」


 そんな大輝に顔を赤らめたシリアがなんとか人の目を避けようと建物に入ろうと促し、ココが目を吊り上げながら大輝のお尻を蹴飛ばしつつようやく宿の扉を潜る一行だった。


「コメください!」


 宿のカウンターに人がいるのを確認した大輝の第一声がこれだった。もはや暴走状態だ。


「おぅ、いらっしゃいシリアちゃん!」


 そんな大輝を無視してカウンター内の男性がシリアに挨拶をする。


「お久しぶりです。ロブスさん。今日からまたお世話になります。」


「コ、コメはどこに・・・」


「このおかしな兄ちゃんが例の連れかい?」


「は、はい。どうやら私の思った以上にコメにご執心なようで・・・」


「純人だろ? 珍しいこともあるんだな。まあ、すぐに夕食の時間だから楽しみに待ってな!」 


 まもなく夕食でコメが食べられることがわかりようやく大輝が我に返る。


「す、すいません。ほんとに久々なので取り乱しました。お世話になります。」


「おぅ! 兄ちゃん気にすんなや。コメ好きはオレらの仲間の証だ!」


 大輝は1人部屋、ココとシリアは2人部屋に案内される前に大輝ははじめてコメが南部三カ国でだけ生産されている理由とその背景を知ることになった。当初大輝は気候的な条件で南部3か国でのみ生産されていると思っていたのだが、一番の理由はコメを食べる種族の違いとその種族の地位にあったことを知る。アメイジアでコメを最も好んで食べるのは獣人であり、亜人であるエルフやドワーフはたまに食べる程度、そして純人は全くと言っていい程食べることはない。そして獣人の地位は北部程低く自由がないために北部では作ることが出来ないのだ。それに対して南部は各国の国力が低いことから獣人を平等に扱いこそしないがコメの作付を自由に行わせているのだ。


「そんな社会的背景があるわけか・・・北部に行く気がなくなるな。」


 コメが食べられないだけではなく、その差別的な政策が気に入らない大輝は思わずつ呟いてしまう。地球の現在においてもよく耳にする差別や格差。それぞれに主張はあるのだろうが大輝はそういった考えが嫌いだったのだ。そんな悶々としたその心を溶かしたのはシリアの声だった。


「大輝さん、夕食の準備が出来たようですよ。行きましょうか。」





 今、大輝の目の前に山盛りの白米があった。5年半ぶりに見る白い粒たちから湯気が立っており、仄かに甘い匂いが鼻腔をくすぐっている。


「おぉぉぉ! コメだぁ~!」


 炊き立てなのがわかるコメがどんぶりに盛られている姿に感動している大輝を尻目に次々とテーブルに食事が運ばれてくる。山菜に魔獣の肉と思われるステーキ等の最後に運ばれてきたのは味噌汁だった。


「本来はステーキにはスープなんだが、コメにはやっぱり味噌汁だろ? どうだ?」


 受付にいた男が大輝に向かって歯を剥き出しにして笑いかける。コメが好きならわかるだろ? という笑みだった。


「最高です!」


 満面の笑みを浮かべた大輝が男の手を両手で握りしめる。しかし、その視線はコメと味噌汁に釘づけだし、鼻はその香ばしい匂いを逃すものかとヒクヒクと動いている。その様子を見た男は満足そうに頷いてから一言。


「食道楽自慢の飯だ、喰いな!」


「「「 いただきます! 」」」


 大輝、ココ、シリアが声を揃えて食前の言葉を発して食べ始める。


「本物のコメだ・・・」


 品種改良を重ねられた日本のコメに比べれば甘みは少なく、非常にあっさりしたものであったが、これまでに食べたどのコメよりも美味しく感じられた。味噌汁は大輝に子供時代を思い出させていた。幼い頃に母と妹たちと一緒に味噌作りをやっていたからだ。大豆をすり潰すところから始まり、最後に空気が間に入らないようにバケツのような大きなタッパーに団子状にした大豆の塊を投げ入れるのだが、その最後の投げ入れる作業が楽しかったのを思い出す。そんな思い出を脳裏に浮かべながら黙々と食事を続ける大輝。そんな様子を横目に見ながら普段は喧しいくらいに大輝に話し掛けるココも大人しく料理を平らげることに集中している。ココの直感が大輝をそっとしておいてやれと言っていたかのようだ。


「ふぅ・・・。美味しかった。」


 たっぷり時間を掛けてから大輝が呟く。結局どんぶりで3杯をおかわりした大輝は非常に満足そうな表情だ。


「いい食べっぷりだったの。」


「久しぶりに食べたからね。無言でごめんな。」


「いいの。大輝の幸せそうな顔が見れて良かったの。」


 食後の紅茶を飲みながらノルトで食べられる他の食べ物の話をしながらくつろぐ3人。一息ついた3人の次の話題は今後の予定だ。


「大輝さんには魔道具店の店主をご紹介する予定ですが、明日早速行かれますか? それとも冒険者としての活動を先にしますか?」


 大輝たちがノルトの街に来た目的は2つだ。1つは大輝が魔道具についての知識を得たいということからココの村とも懇意にしている魔道具店を紹介してもらい、そこの商品について説明を受けること。もう1つは大輝の冒険者活動にココがついて行き、社会勉強をするというものだ。


「それなんだけどさ。しばらくはギルドに行かないことにしようと思う。」


 その言葉を聞いてココとシリアが何故?という目で大輝を見る。今回ノルトの街へ来たのは大輝を魔道具店を紹介することと引き換えに冒険者活動をココに体験させるという目的があるからだ。大輝が約束を違える人間であるとは思っていないが、それを否定する発言にはびっくりしている。


「簡単に言うとさ。昼間の模擬戦の件でギルドの対応に不信感を持ってる。」


(そういえば、ココへの説教がまだだったな・・・コメに夢中ですっかり忘れてた。) 


 ココへ説教をすること思い出しつつも大輝は先にギルドについての話を続ける。


「冒険者ギルドは冒険者同士の争いには依頼絡みでない限り不介入主義なはずなんだよ。それなのに率先して介入して当事者であるオレに有無を言わせず危険な決闘もどきを行わせた。オレが異世界人であることを知っているかどうかはわからない。知っていてやらせたならもちろん信用できないし、知らなかったとしてもああいう対応をする人物は信用できないんだよ。シハスさんだっけ? 彼がノルト出張所でそれなりの立場だということはあの場に居た受付嬢や他の冒険者の態度でわかったけど、上の立場の人間がああいう人だとこのギルドの管轄内で活動することは危険があると思うんだ。だから、魔道具店で早めに用事を済ませて他の街へ行ってからココの冒険者活動をサポートしようと思う。」


 それを聞いてココは自分の挑発が原因で事態が重くなったことを反省していた。ある意味では早めに問題点が浮き彫りになったともいえるし、模擬戦の相手が大輝より格下であり危険が少なかったことも事実だが、大輝の意に添わないことを強いたことは確かだった。大輝の発言は今後の方針とともにココへの説教にもなっていた。


 一方、シリアは顔を青くしていた。大輝の言葉が予想外だったようだ。


「まあ、他の街でも似たような感じだった場合、悪いけどオレはもちろんココたちにも危険が及ぶ可能性があるから、魔獣討伐や野営の仕方を実地で教えるだけになると思うけどそれでいいかな?」


「ちょ、ちょっとお待ちください。この街に来る直前まで大輝さんの情報がギルドに回っていない事は確認しています。私たちにも情報網はありますし、それは確実ですのでギルドに他意はないと思います。」


 慌てた様子でシリアが口を挟む。


「それならシハスさん個人の判断ってことなんだろうけど、上の立場の人があんな感じだと近いうちに今日みたいなトラブルはまた起こる。これ以上目立つと監視してた人間に嗅ぎ付けられる可能性が上がると思うんだよね。」


 大輝は模擬戦で2つの考えを天秤に掛けた上でアメイジアの一般常識とは異なる魔法を使ったのだ。1つは目立つことで監視者たちの注意を引いてしまうこと。もう1つは騒動の原因であるココとシリアの安全を確保すること。そして大輝は後者に重きを置いた対応を取ったのだ。同行者である大輝の力をある程度見せることで手を出せばこうなるぞ、という圧力を掛けたのだ。素手でC、Ⅾランクの3人を圧倒し、常識外の魔法を行使することで。


「確かにそうですが、少し時間をいただけませんか?とりあえず明日は魔道具店をご紹介しますので。」


「そうですね、とりあえず明日はそうしましょう。すぐにどうこうってことはないと思いますから。」


 何かを言い淀んでいるシリアを見て大輝は語気を和らげてとりあえず明日の予定だけを決定する。大輝としても出来れば魔道具というものをきちんと理解したかったのだ。冒険者で居る限りは攻撃手段にも便利道具にもなりうる魔道具は知っておいた方がいいし、同じ異世界人であったであろう『魔職の匠』が作り出した魔道具というもの自体にも興味があったからだ。


「はい。知り合いの魔道具店には昼頃ご案内します。その頃には客足も減っているでしょうから。それから、私は情報収集に出掛けてきます。」


「今からですか? もう夜ですよ?」


「はい。色々と気になる事もありますので。」


 シリアの視線が大輝から外れて泳いでいた。そしてその言葉もごにょごにょと歯切れが悪い。


(う~ん。嘘を吐けない人だな・・・まあ、悪意はなさそうだからもうちょい待ってみるかな。)


 大輝の目には明らかにシリアの様子がおかしく思われたがとりあえず流すことにする。対するココはどこか不思議そうな目で見ながらも無言で大輝とシリアのやり取りを聞いている。正確に言えば、ノルトの街までの行軍と満腹感ですでに眠くて仕方ないという状態なのだったが。


「じゃあ、気を付けて出かけてくださいね。オレとココはもう寝ますので。」


 ココの状態に気付いた大輝が話を切り上げる。近いうちにシリアからなんらかの話があるだろうと思いながら。こうして大輝は久々のコメと味噌を堪能した食堂を出ることにするが、ココはすでに立ち上がるのも面倒そうにテーブルに突っ伏す。


「ココ、部屋へ戻ってから寝ろよ。」


「もうここでいいから寝るの。」


「大輝さん、お手数ですが・・・」


 シリアはココを大輝に押し付けて早く外に出たそうな素振りである。


(シリア・・・君はココの護衛じゃないのかよ・・・)


 結局大輝がココをお姫様抱っこで2階にあるココとシリアの部屋へ連れて行くことになる。ベットにココを寝かせた後は鍵を閉めてから1階のカウンターまで戻って鍵を預け、自分の部屋まで戻る大輝。


(オレも一応オトコなんだけどな・・・)


 護衛対象の女の子をベットまで男に連れて行かせるシリアに文句の1つも言いたい大輝だった。







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