第三十四話 模擬戦
冒険者ギルドには訓練場が併設されている。普段は冒険者たちが新しい武器や武具の性能を確かめる為に模擬戦をやったり、自身の戦闘力向上の為の訓練を行うために利用されているが、本来の目的はギルドが冒険者たちの実力を計る為に作れらたものだった。時には昇格試験の一環として模擬戦開催という形で、時には訓練に訪れた者たちを隠れて観察する形で。そんな場所で今日は1対3という変則的な模擬戦が、しかも数的不利な方が素手という追加のハンデ付で行われようとしていた。
競泳用の50メートルプールを思わせる長方形の空間に大輝は立っていた。なぜかギルドの職員が先に訓練を行っていた冒険者たちを端に誘導して模擬戦の準備を手伝っている。
(普通、ギルド職員は争いを止めるものじゃないのかよ・・・)
ココが挑発の言葉を放った後、受付の中から年長と思われる男性職員が訓練場の使用を許可し、大輝の了承を得ることもなく話を進めていたのだ。ギルド職員が率先して男3人とのいざこざを拡大化させていることに不信感が募る。
(この模擬戦は避けられないとしても、ギルドの対応次第では冒険者やめればいいか。)
日本との違いをきっちり理解出来ていなかった落ち度があるため模擬戦を行うこと自体は受け入れざるを得ないと思っている大輝だが、争いを助長させる対応には不満で一杯だった。さらに言えば、ココの村で長期滞在した大輝は冒険者ギルドの報奨金以外に必要な金を稼ぐ手段を見い出していたため、冒険者ギルドが所属員である冒険者を守らないのであれば冒険者に固執する理由がない。
「これよりCランクパーティー『破砕の剣』所属の3名、Cランクミラー、Dランクビスト、Dランクゾル対Eランク大輝の模擬戦を開始する。立ち合いはギルドを代表してこのシハスが行う。」
訓練場の中央で率先してこの争いを拡大化している張本人が声を張り上げている。わざわざ口上を述べる辺りになにか意図的なものを感じた大輝はうんざりとした表情でそれを聞いているが、そんな大輝を正面から血走った顔の『破砕の剣』の3人が睨んでいる。大剣を持った男が2人と杖を持った魔法士の男の3人だ。
「ルールは決闘に準じるがあくまで模擬戦のため相手を殺すのはなしだ。両者ともいいな!」
決闘に準じる。つまり、訓練用の木剣を使うのではなく真剣を使うということだ。魔法の使用についても制限がない。相手を殺さない限りなんでもアリというとんでもないルールである。しかも大輝はココの挑発のせいで剣を使わないという制約付きであった。
(なんつうルールだよ・・・)
あまりのアホらしさにもはや言葉もない大輝。さっさと終わらせようと思うだけだった。
「いいから早く始めさせろ!」
ミラーと紹介されていた男が急かす。彼の頭の中には自分たちが言いがかりをつけたことなど記憶にない。あるのは大輝とココに恥をかかされたという屈辱のみであり、今は一刻も早くそれを晴らしたいという欲求のみであった。
ミラーの言葉に同意を示すのはビストとゾルだけではない。カフェで成り行きを見ていた者たち10人程が見学者として来ており、シハスによって訓練場の端に移動させられた冒険者10人程と一緒に野次馬として囃し立てている。
「降参、もしくは戦闘不能となった場合、それとオレが宣言した場合が決着だ。守れよ。」
一応立会人として念を押したシハスが数歩下がってから開始を宣言する。
「はじめ!」
宣言とともに飛び出したのは大剣を持つミラーとビスト。一応革の鎧を着ているとはいえ、無手の大輝など脅威に感じていないのだろう。一直線に斬りかかりに行く。10メートル程あった両者の距離がなくなるのに2秒と掛からなかった。
「死にやがれ!」
大輝から見て左からミラーが、右からビストが上段から斬りかかってくる。
「殺しちゃだめだろうに。」
小声でつぶやいた大輝の声は剣速が作り出す風を切る音に掻き消される。
「「 な! 」」
ミラーとビストの目には左右の肩口から胴に掛けて切り裂かれる大輝が一瞬見えたはずだが剣や腕に何かを切った感触はなかった。その違和感が彼らに同じ言葉を紡ぎ出させた。視線を前へ向けると開始が宣言された時と同じ姿勢のままの大輝が映る。まるで一歩も動いていないかのように5メートル先に。
「て、てめぇどうやった!」
まるで幻影でも見たかのようなミラーの口振りだがなんのことはない。大輝は2人が上段に振りかぶった瞬間に身体強化で膝から下を強化して軽く後方に飛び去っただけだ。開始前から冷静でなかった2人が大輝の動きを見切れなかっただけなのだ。もっとも、20人の見学者のうち半数以上が遠目にもかかわらず2人と同様に見えていなかったようだが。
「避けただけだけど?」
たった一動作で2人の大剣使いの力量がわかった大輝は素直に答えたつもりだが、当然彼らは馬鹿にされたと思ってさらに逆上する。
「ふざけやがって!」
冷静でないながらもさすがはパーティーを組んでいるだけあるのか、ミラーとビストは同時に攻撃を仕掛ける。もっとも大剣を持ち、間接や胸などを金属鎧で補強している彼らの動きはそれほど速くはなく、身体強化も大輝と比べれば大きく劣るのだから回避に専念した大輝に当たることはなかった。左右から連続して斬りかかるミラーとビストの剣は、10回、20回と振るわれるも虚しく空を切る剣から紡ぎ出されるブン!という音を訓練場に響かせるだけだった。
「くそが!ゾル!お前も参加しろ!」
2人の剣をまるで舞うように後方へ、左右へ、時にはあざ笑うかのように前へと避ける大輝に業を煮やしたミラーが一旦距離を取って仲間の参加を促す。もちろん模擬戦に参加している魔法士ゾルがなにもせずに見守っていたわけではない。魔力を練り、イメージを作り上げて魔法発動のチャンスを待っていたのだ。ただ、これまではミラーとビストが接近戦を仕掛けていたために放つチャンスがなかっただけだ。
「炎舞炎闘!」
ゾルの魔法発動キーであろう言葉が紡がれる。準備万端とばかりに放たれるのは初歩的な火の玉ではなく、松明の灯を思わせるユラユラと生き物のように揺れる炎が2つ。ゾルが両手で抱える杖の先端に埋め込まれた魔石から生まれた炎2つは曲線を描くように大輝へと向かって行く。
(避けてもいいけど・・・)
Cランクのミラーを軽くあしらえる程の敏捷性があれば魔法を避けることも十分可能だ。ただ、初歩的な火の玉と違って炎は着弾と同時に爆発を生む。ぎりぎりで避けただけではダメージを負う可能性もあるのだ。もっとも、あの程度の炎の爆発であれば魔力を体表に纏わせれば無傷でやり過ごすことも可能だと大輝は判断していた。
(でもここは迎撃だな。)
『破砕の剣』の3人はもはや会話のできる相手ではないと判断していた大輝。殺すつもりで剣を振るった剣士と致死性の高い炎の魔法を選択した魔法士。アメイジアに来て初めて魔獣以外に殺意を向けられた大輝はもう容赦するつもりはなかった。
「旋風!」
ココの村へ滞在している時に考えた魔法を放つことにした大輝がキーとなる言葉を発する。大輝の知識にある某国民的RPGの魔法なら無詠唱で使えるがそれ以外はイメージに合ったキーとなる文言が必要だからだった。
ゾルが放った揺らめく炎の塊2つへ向けて大輝の両手からつむじ風が生み出される。しかし、この2筋の風は炎にぶつかるのではなくまるで優しく包むように全体を覆っていく。そして覆われる面積が増えるに従ってその速度を落とし、大輝の元へと届いた時には完全に停止してしまった。しかも2つの炎の塊はその姿を消すことなくまるで大輝が生み出した炎かのように大輝の周囲を旋回し始めている。
「な、なにが起こってる?」
「ありえない!」
『破砕の剣』のメンバーだけではなく見学者たち、立合人のシハスですら茫然とその様子を見ている。シリアは当然といった表情で頷いているし、ココは顔を綻ばせて喜んでいる。大輝のこの魔法を知っているシリアとココ以外の者が驚くのは当然だ。魔法は放ってしまえば徐々に威力が落ちて最後には消えてしまうのが常識である。それがゾルの放った炎の魔法がいつまでも消えずに大輝の周囲を旋回しているのだから。もちろん大輝が何かしらの魔法を使ったのは理解していたがなぜそのようなことが出来るのかは全くわからないのだから唖然としてしまっているのだ。
「そろそろこっちから行くよ。」
当然解説してあげるほど大輝は優しくない。まるで見せつけるかのようにゾルの放った炎を操っているのも簡単ではないのだ。炎を霧散させないために大輝も相応の魔力を消費し続けているからだ。それに殺意を向けてきた相手を圧倒するためにわざと常識外の事を見せて硬直させるのが大輝の目的だからだ。
「行け!」
わざとこれから攻撃することを宣言する大輝とそれに従ってゾルへ向かって飛んでいく炎の塊。完全に硬直しているゾルはそれを避けようともしないが、直撃させてはゾルの命が危ないために足元に着弾させる大輝。
ドドゴーン!
2つの炎の塊がゾルの足元に着弾すると同時に凄まじい音が訓練場内に響き渡る。ゾルの炎と大輝の風が生み出した爆発力は凄まじく、訓練場の固められた土が飛び散り小さなクレーターを2つ作る。その爆発によってゾルは背後の壁に叩きつけられ肺に残っていた空気が吐き出されて一時的に呼吸困難に陥る。
「グ、グフッ」
壁に叩きつけられてそのまま崩れ落ちたゾルに目向きもせずに大輝が次の行動に移る。硬直から脱する前に残り2人の剣士を叩きのめす為の行動だった。まずは後方の爆発で身体が前に押し出されたビストへ正面から腹に向けて拳を叩きつける。金属の胸当ての上からお構いなしに叩きつけられた拳は甲高い音を発しながらもめり込んでいく。
「グハッ!」
十分に内部へ衝撃が伝わったことを示す声がビストから漏れる。それを確認した大輝は半歩左へずれて今度は右足を強化して中段蹴りをお見舞いする。今度は衝撃を体内に伝えるのではなく蹴り飛ばすことに主眼を置いた蹴りだ。
グギャン!
金属の胸当てと大輝の足首までを覆った鉄板を仕込んである靴がぶつかりあう音が響いたかと思うとビストがゾルの叩きつけられた壁際まで吹き飛んでいく。しかし大輝はビストの吹き飛ぶ様を確認することなく次の獲物へと向かう。当然残りの1人であるミラーだ。
「あ!」
ようやく我に返ったミラーだが身体の反応が鈍い。常識外の出来事と一瞬で吹き飛ばされたビストを見て大輝に対する恐怖が意志に反して身体の動きを止めてしまっていた。そこへビスト同様に腹を狙った大輝の一撃が振るわれる。しかし、ここで不幸が訪れた。ビストと違って意識を取り戻していたミラーは大輝のボディブローを回避しようと身体を捩ってしまったのだ。だが反応の鈍い身体でボディブローを完全に避けることは不可能であり、その結果本来金属の胸当て越しに受けるはずの攻撃を無防備な脇腹で受けてしまった。
「グバッ!」
まるで内臓が破裂したかのような衝撃を受けたミラーはその場に前のめりに倒れそうになるが大輝の次の攻撃でそれは叶わなかった。ビスト同様に流れるような動きで半歩ずれた大輝の蹴りをまともに受けて吹き飛ぶ。当然その行き先は大輝の計算通りゾルとビストの倒れ伏す場所だった。
倒れそうになったところに蹴りを喰らったミラーは地を転がるように吹き飛ばされてゾルにぶつかってようやくその身体が止まった。
「トドメが必要なら言ってくれ。」
たっぷり1分が経っても誰一人声を発しない訓練場に大輝の言葉が響く。その大輝は倒れ伏す『破砕の剣』の3人の近くまで来て見下ろしている。息も絶え絶えの3人に対して無傷の大輝はその背に6つの火球を出現させていつでもトドメをさせる態勢で立会人の決着のコールを待っている。
「そ、そこまで!勝者大輝!」
ようやく自分の役割を思い出したシハスが決着が着いたことを宣言する。
「「おぉ!圧倒的じゃねえか!」」
「素手でCランク相手に無双かよ・・」
「てかあの魔法なんだよ!」
シハスの声で我に返った見学者たちから様々な声が上がっているが大輝の注意は地に伏す3人へ向かったままだ。きちんと後始末は付けないといけないからだった。
「おい。お前ら。」
普段の大輝からは想像もつかない低く冷たい声だった。すでに背後の火球は消滅していたがその分の魔力を声に乗せている。威圧を発動しているのだ。話の通じない相手にはこれが一番効果的だと知っていたからだ。
「「ひっ」」
ビストとゾルが怯えた声を出したが、ミラーはまだ声を出すことさえできなかった。
「随分ふざけた事してくれたな。」
まだこれで終わりでないことを匂わしながら声を掛ける大輝に視線を下に向けるしかない3人。
「安心しろ。オレは殺そうなんて思ってないさ。」
言葉を区切りながら彼らの心の深くまで残るように語り掛ける大輝。
「ただな、オレらに対してはもちろん、誰かにふざけた真似してるところを見たら次はオレから喧嘩売るからそのつもりでいろよ?」
目を細めて3人を見下ろす大輝はわざわざ水魔法の氷結を発動する準備までして脅す。3人は大輝の冷徹な眼差しの他に冷たい殺気を感じたことだろう。身を震わせながらもコクコクと頷く男たち。それを見た大輝は満足したのか威圧と氷結を解いて踵を返す。次はココのお仕置きをしなければならないからだった。
(あと、ギルドのおかしな対応も見極めないとな・・・)
 




