第三十三話 ノルトの街
当初の予定を大幅に超えてココたちの村での日々を過ごした大輝は、日本風に言うならば弟子だけではなく師匠も走り回るほど忙しいと言われる師走の月に入ろうかという頃になってようやくハンザ王国の対ハルガダ帝国国境砦であるノルト砦へと隣接するノルトの街の入口に立っていた。2人の獣人を連れて。
(まあ、1か月だけだけどな。)
「ここがノルトの街なの。」
1人はハンザ王国北部の名もなき獣人の村を治める村長の一人娘で狐族のココ。ハルガダ帝国から国境を越える際に一緒になった14歳の少女だ。彼女は狐族の因子を濃く受け継いでおり、その影響で村人たち曰く『直感』が非常に優れているため、彼女の判断には一目置いている。その彼女が大輝について行くと言い出した結果が今の状況の原因だった。大輝はガイルの村で初めて会った時からやたらと視線を感じていたし、ココの村で魔力操作や魔法の訓練を付けている時も必ず隣に居たため、興味を持たれていることには気づいていた。そしてその興味の理由も聞いていたために同行を拒否しなかったのだ。ココ本人が語らないのと、大輝自身もあまり話したくない内容ということもあってそれを確かめてはいないのだが。
「着きましたね。それにしてもホントに身体強化効率が上がっているのに驚きです。まだまだ走れそうですよ。」
もう1人はココの姉貴分兼護衛のシリアだ。ノルトの街との連絡役を務めている班の1人でココが生まれた時からの姉代わりも務めている女性だ。ココと同じく狐族で透き通るような銀髪と白い肌はココそっくりだが、小柄なココとは違い出るところは出ているどこか色気漂う20歳だ。一応、名目上はシリアが大輝の案内係でココはその同行者となっている。理由は、ココの村の掟で未成年(15歳未満)は村外での行動を禁じられているからだ。ガイルの村への派遣同様にココの言葉があったからこそ許されている例外的措置であった。そして1か月以内に村へ戻ることを約束させられている。
「認証プレートを出してくれ。」
2つある街への入口の1つである南門へ並んでいた大輝たちへ守衛が身元確認の為のプレート提示を求める。大輝に取って緊張の瞬間だ。ココの村で聞いた情報では異世界人召喚が数百年ぶりに行われたことは公になっていないと聞いているがそれでも緊張はする。
「はい。お願いします。」
名前と年齢、所属先だけが相手にも見えるようにしてプレートを差し出す大輝。
「冒険者か。国境側の魔獣が目当てなら丁度いい時に来たぞ。今年もそろそろ『山崩し』の時期だからな。」
そう言って大輝を不審の目で見ることなく入街の許可を出す守衛。続いてココとシリアがプレートを提示するも問題なく許可が下りる。ただし、この2人は冒険者ではないため税金として銀貨5枚を徴収された。
「やっぱり大輝のことは知られてないの。」
「そうですね。一応下調べはしておきましたので大丈夫だとは思っていましたが。」
「だね。安心したよ。じゃあ、まずは2人の冒険者登録をしに行こうか。」
無事に街へ入れたことを喜びながらノルトの街中へと歩き出す3人。毎回入街税を取られるのも困りものなので冒険者登録をすることになっているのだ。3人が入ったのはノルトの街の南門だが冒険者ギルドは多くの冒険者が出入りする北門付近にある。この街で冒険者が活動するのは北に存在するエレベ山脈側だからだ。
「あまり街を知らないんだけど、なんか殺伐としてるね。」
大輝が知っている街といえば、帝都ハルディアと宿場町マサラだけであるが、このノルトの街はそれらと比べてあまり活気がないように見えた。
「私も他の街を良く知りませんが、ノルトの街はそれほど栄えているわけではありません。人口こそ3万人を超えていますが、緊張状態にあるハルガダ帝国との国境であることと、エレベ山脈に住む魔獣の影響もあって一般市民は少ないですね。砦と魔獣に用のある商人の出入りは多いですが、国境の街によくある交易目的の商人はほとんどいません。ですから戦闘関連の人間の比率が最も高い街と言えると思います。」
シリアの説明でこの殺伐とした空気の理由がよくわかった大輝だが、ココを見て心配になる。守衛の対応を見る限り種族差別は感じられなかったが、それを除いてもココは小柄な少女なのだ。いくら獣人の身体能力が高いと言っても心配にはなってしまう。
「あまり柄のよくない街みたいだからココも気を付けてね。」
「大輝がガツンとやってくれればいいの。」
「はぁ。そんな他人任せな・・・」
「大丈夫なの。私もそんなに弱くないの。それにシリアもいるの。」
「はい。お任せ下さい。」
「いや、シリアさんももうちょっとココに自覚持たせる努力をしてくださいよ。」
「大輝はそれよりも自分の思うままに行動するの。いつもいつも色々考えすぎなの。」
「うぐ・・・。」
14歳の少女に気にしていることを指摘されて黙る大輝。この1か月よく言われるセリフをいまだにきちんと迎撃できたことのない大輝だった。
(まあ、考えることは悪くないと思うんだけど自分に制約加えてるのは確かなんだろうな。)
すでに未来視というものが発動しなくなってからかなりの時間が経っているにもかかわらずその影響から脱し切れていないことを自覚している大輝にはやや厳しいセリフだったのだ。
(できるだけ感情に委ねる努力をしよう。)
なんとかそれだけを決めて歩みを進める。南門から北門の冒険者ギルドまではおよそ30分と守衛に聞いている。そろそろ着くはずだった。
冒険者ギルドノルト出張所周辺は南門とは比較にならない程賑わっていた。昼時ということもあるのだろうが、冒険者の他にも武器や防具等の冒険者向きの店が数多く存在し、酒場や賭博場などが昼間から営業しており呼び込みの声が絶えない。
「随分雰囲気が違うの。」
目を丸くしながら辺りを見渡すココ。大輝もその変わり様にちょっと困惑気味だ。
「戦闘関連の方が多いとこんな雰囲気の区画があるものです。」
シリアは当然といった顔でココに説明しているが、大輝はなんとなく面倒事の予感をもってしまった。それを振り払うかのように気にかかっていたことをシリアに尋ねる大輝。
「そういえば、守衛の言っていた『山崩し』と魔獣って何か関係あるんですか?」
「大輝さんの想像している『山崩し』とは違うと思います。エレベ山脈の麓特有の言い回しらしいのですが、本来の意味は、山脈を住処とする魔獣たちが数百以上一斉に餌を求めて山を下りてくることを指します。数十年に一度くらいの割合で起こるらしいのですが、その様子がまるで山が崩落したかのような勢いであったことからそう呼ばれているのです。ただ、最近では集団で下りてこない場合でも『山崩し』と言っているようですね。」
「なるほど。その時期が本格的な冬になる今なんですね。」
「はい。本来の『山崩し』ではなくとも餌を求めて山を下りてくる魔獣の数が増えます。山まで狩りに行って街まで素材を運び込むのは困難ですが、向こうから来てくれるのであれば冒険者にとっては実入りのいい時期になるんです。」
大輝は納得していた。大輝自身は虚空があるので苦労しないが、普通の冒険者は山脈で倒した魔獣の素材を回収するのが困難なのだ。それが平地に下りて来てくれれば荷車を用意しておけば丸々獲物を売却できることになる。
「そりゃ冒険者や運び屋が集まるわな。」
シリアの情報を聞きながらようやく目的地に到着した大輝が目の前の冒険者ギルドの建物を見る。冒険者ギルドノルト出張所はマサラの街と比べるとやや大きいくらいだったが、出入りする人数は昼間の割にはかなり多いと感じられた。冬に入っているにもかかわらず開け放たれた扉を潜ると20人程の冒険者たちが目に入る。ギルドはどこも似たような構造のようで、正面に受付カウンターがあり、左手には依頼書が張られている掲示板が並んでいる。右手はやはりカフェのようにテーブルが並べられており多くの冒険者が飲み物片手に情報交換しているのが見えた。
「まずは登録しよう。」
カウンターには並んでいる者がいなかったため、すぐにココとシリアの登録が始まる。2人とも文字の読み書きができるのでスムーズに手続きが終わると思い、大輝はどんな依頼があるのかを確かめに左手の掲示板を確認しに行く。ここで女性2人から離れたのが失敗だったと気づいたのは10分後だった。
せっかくココとシリアが冒険者に登録するのだからと低ランクでもできそうな依頼を探していた大輝の名を呼ぶ声がする。
「大輝以外と組む気はないの。」
「お断りします。」
もちろんこの場での知り合いはココとシリアしかいない。
「登録したばかりの新人だろ?オレらが面倒みてやるって。」
「ちょうど狩りに出るところだったんだよ。一緒に行こうぜ。」
「オレらが一緒なら安全だって。」
登録を終えて大輝の姿を探していたところにカフェにいた若い男3人がココとシリアを誘っているようだった。あまりスマートな誘い方ではないようだったが。いずれにせよ放置しておくわけにはいかないので声を掛ける。
「あ~。悪いけどオレの連れなんでその辺で引いてくれませんかね。」
大輝の姿を確認したココは素早く男たちを躱して大輝の後ろに隠れる。シリアもそれに倣って大輝の隣に並んでココを隠すような立ち位置を取る。これまで獣人だけで構成された村を出る機会など数える程しかなかったココは若干及び腰であり、それを庇うかのような態度だ。
「っち。男連れかよ。」
小声で舌打ちするがばっちりと大輝には聞こえていた。このセリフから先ほどの誘いが善意での新人への手助けではないことがわかってしまう。ココは小柄ながらも美少女であることは間違いないし、シリアの容姿が男を惹きつけるのは否定できないため大輝は気持ちはわかるけど、と内心溜息をついてしまう。
「そういうわけでオレたちはこのあと用があるので失礼しますね。」
さっさと立ち去ってしまおうと相手の返事も待たずに踵を返す大輝だが男たちが待ったをかける。
「しゃあねえ。お前もどうせ新人だろ。ポーターとして雇ってやるからついて来い。」
3人組のリーダーと思われるいかにも前衛職といった大剣を担いでいる男が大輝までも勧誘する。あくまでポーターとしてだが。見た目が未成年に見える細身の男である大輝程度どうにでもなる、といった視線が男たちの間で交わされるが、当然それに気付かない大輝たちではないし彼らこそどうとでも出来るので振り返りもせずに告げる。
「その気はないので。」
たったそれだけ返してココの背中を押して出口へと向かう。いいの?とでも言いたそうなココへ軽く首を振って応える大輝。論理的な会話が出来そうにない相手に時間を使うつもりはなかったのだ。それを理解したココも大人しく大輝に押されたままの体勢で歩き始める。
「新人がふざけた態度とってんじゃねぇよ!」
大剣を担いだ男が声を荒げる。その声はフロア全体に轟きカフェで寛いでいた者や受付嬢たちの注目を集める。さすがにこれだけ注目を集めては大輝も足を止めざるを得ず、振り返って男へ投げかける。
「用があるので失礼しますと言ったはずですが?」
「てめえの話なんざ聞いてねぇ!」
「ならこっちも聞く必要ないですね。では。」
話にならないとばかりに肩を竦める大輝。普段の大輝なら取らない態度だが、少しばかり感情の赴くままに行動してみただけだった。端的に言うと横暴な男に腹を立てていたし、ココやシリアを見る目がムカついただけだ。
「待てやこら!新人は黙って格上の言う通りにしとけや!」
大輝の態度にイラついた男の顔は真っ赤だった。どんどんと理不尽さが増していく。これでは埒が明かないと周りを巻き込むことにする大輝はフロア全員に問いかけるように声を張り上げる。
「自由を標榜する冒険者にその必要はないと思ってますが、ここノルトの街ではそれが決まりなんですか?」
大輝は視線を真っ赤な顔の男から順にカフェで注目している冒険者、カウンターに座る受付嬢と順番に巡らす。そして最後に視線を受けた受付嬢が気圧されたように答える。
「いえ、そのような決まりはありません。」
「であれば、彼らの命令に従う理由はありませんね?」
敢えて命令という単語で彼らの理不尽さを示す大輝に受付嬢はコクコクと頷く。
「て、てめぇ・・訓練場に来やがれ!しっかりと上下関係を刻んでやる!」
ついには大剣を背中から外して柄に手を掛ける男。それを見て残り2人の男もそれぞれの得物をいつでも抜けるように戦闘態勢に入る。それに対して大輝は・・・
(あら、ちょっとやりすぎた?)
呑気な事を考えていた。日本に居た頃であればこの程度のやりとりで武器を取り出すなどありえない。武器の携帯すらありえないのだから当然だが、ここはアメイジアであり命の価値が日本と全然違うことを失念していたのだ。そこにどう収めようかと考え始めた大輝を煽る声が聞こえた。
「こいつら程度なら大輝は素手で勝てるの。」
 




