第三十話 三方一両得
歓迎の宴を夜遅い時間まで楽しんだことと、9日ぶりの安全な寝床ということで大輝が目を覚ました頃にはすでに太陽は最高高度に近づこうとしていた。12時間近く寝ていたようだった。
「気を使ってくれたのかな。」
起こしに来られた記憶のない大輝は呟きと共に土間に降り、瓶に貯められた水で顔を洗い身支度を整える。
「大輝殿、起きておられますか?」
軽く扉をノックする音とともに小声が聞こえてくる。
「あ、はい。今起きたところです。」
起きていてさえ僅かに聞こえる程の声に大輝は何度も起床確認に来てくれていただろうことに気付き慌てて扉を開けに行く。
「すいません。完全に寝坊してしまいました。」
特に何時起床とは決められていないのだが、明らかに寝過ぎであった。しかし、それでも扉の外に佇む年若い女性は嫌な顔一つ見せずに大輝を迎え、ガイルからの伝言を伝える。
「おはようございます。よく眠れたようでなによりです。村長より昼食を一緒に如何かとの伝言を伝えに参りました。」
「わざわざありがとうございます。ご一緒させてもらいます。」
大輝にとっての朝食兼昼食は村長ガイルの自宅でご馳走になることになった。そのまま起こしに来た女性が先導役となって昨日も訪れたガイルの家へと入る大輝。
「お邪魔します。」
一声掛けて土間へと足を踏み入れた大輝の視界にはすでに盆のようなものにセットされた食事が6人分用意されていた。そして大輝の分と思われる一か所だけが空いている状態だった。慌てて席に着こうとする大輝。
「すいません。お待たせしてしまったようで。」
着席後すぐに謝罪をする大輝は寝坊で謝罪するなんていつ以来だろう、と妙な感慨に更けつつも頭を下げる。
「気にすることはない。1人での長旅で気が張っていたのじゃろう。それに、食事の準備が出来たのはついさっきじゃ。」
そうガイルが慰め、昨日はいなかった2人を紹介しはじめる。2人は当然の如く獣人であり、1人は30歳台後半の立派な体躯の男性で、もう1人はまだ10代と思われる少女だ。2人ともわずかに髪の間から見える獣耳で犬系であることがうかがわれる。
「大輝殿、こちらは山脈を越えたハンザ王国側の村との連絡および交易で来られた方々で、マイル殿とココ殿じゃ。この村とは毎月1日前後に交互に相手方の村へ情報交換と交易を兼ねて行き来しておる。出来れば大輝殿の口から昨日の話をもう一度してもらいたいと思って同席したもらったのじゃ。頼めるかの?」
今日は11月1日であることから、ちょうど定期訪問で訪れたマイルとココへ協力依頼をしたいのだと判断した大輝は快く了解する。もちろん、大輝が異世界人であることは極力内密にして欲しいと前置きした上で。
大輝の話を聞き終え、ガイルがいくつかの捕捉を加えたところでマイルは納得顔に、ココは目を丸くして驚いた顔になっていた。マイルの表情を疑問に思った大輝が視線を固定させているとマイル自身がそれに答えてくれた。
「我らの村を経つ直前に帝国側の砦の様子がおかしいとの情報が届いたのだ。出立直前だったために詳しい内容は聞けなかったが、国境警備が厳重になり、出国審査に時間が掛かっているということだけは聞いている。」
大輝はハルガダ帝国の迅速すぎる対応に驚いていた。大輝が失踪を演じたのが10日前の10月21日深夜だ。失踪地点から帝都までおよそ200キロ、帝都から国境砦であるマラウィー砦まで300キロ弱、計500キロもあるのだ。マイルがこの村へ来るのに1日半掛かる事などを考えれば実質失踪から1週間以内に帝国は国境警備を強化したことになる。監視者の迅速な報告と帝国首脳部の迅速な判断、替え馬を繰り返しながらの情報伝達、それら全てが揃わないとこれだけの短期間で体制を作り出すのは不可能だと思われた。
「それはオレへの対応なんですかね?」
そう。あくまで国境警備強化が大輝を目的としていれば、の話だ。すでに監視を撒く為に一芝居したことは話してあるため、ガイルとその側近、マイルとココの意見も聞いてみることにする大輝だが、ほぼ間違いないと思っている。
「断言は出来んが、そう思った方がいいじゃろうな。」
「ガイル村長と同じ意見だな。その監視は帝国側だけじゃなかったのだろう? なら、帝国が他国の手引きを疑って警戒を強めるのは当然だと思う。」
ガイルに続いてマイルも狙いが大輝であることを肯定する。それに溜息を吐く大輝。実はそこまでは考えていなかったのだ。3グループが互いに牽制している状態で接触して来る者がいなかったため、どこかの勢力の手引きを疑い、大輝がどこぞに与したと判断されるとは思っていなかったのだ。
(やはり、オレは人の気持ちというのを理解出来ていないようだな。)
大輝は今回の帝国のように猜疑心であったり、または嫉妬であったり逆恨みだったりといった感情をイマイチ読めないでいたのだ。それが元で日本で失敗したのだから、わずか数か月で理解出来ないのも仕方ないのだが。
「ガイルさん。何かお力になれればと思ったのですが、私は早めにハンザ王国に行こうと思います。」
魔除けの魔道具に守られているとはいえ、大輝が長居することはこの村にとって良いことはないと判断した大輝が今日にでも村を出ると言い出す。帝国が大輝を脅威に感じていると村内に伝われば反大輝派のようなグループが出来て村が混乱する恐れもあるし、侑斗たち異世界人が帝国に居る以上は村に大輝がいることはリスクがあるからだ。
「元々ハンザ王国へ向かうことは聞いているし、無理に引き留めることはせん。じゃが、1週間程待たぬか? なに、その方がお互いにメリットがあるからじゃよ。それにはマイル殿とココ殿の同意が必要じゃがの。」
ガイルが提案を続ける。
「大輝殿がこの村を気遣ってくれていることは承知しておる。この村に滞在し続けることが危険であることもの。だが、すぐにどうなるものではないと思ってもおる。実は昨日の大輝殿を見た若い者たちが大輝殿の身体強化方法を学びたいと大勢押し掛けてきてな。今後のことも考えて儂からもお願いしたいのじゃ。村の力になりたいという大輝殿の意向にも合っていると思うがの? それとな、1週間後にハンザ王国側へ戻るマイル殿たちに同行して国境を越える方が遥かに安全じゃ。魔除けの魔道具を持って移動する彼らに同行すれば国境警備に発見されるリスクはかなり小さくなるはずじゃ。どうかな?」
ガイルの話を聞いた大輝は確かにメリットだらけだと思った。あとは初対面のマイルとココがこの提案を受けるかどうかだが、彼らにはメリットがないとも思っていた。大輝と一緒にいるデメリットしかないのだ。案の定、マイルは黙り込んでいたが、ここまで発言がなかったココが口を開いた。
「私はそれでいいと思うの。」
彼女の視線は終始大輝から逸らされていなかった。大輝はもちろん気付いていた。ガイルの家へと入った時からずっと固定されているその視線に。その視線の意味までは感じ取れなかったが、彼女に対してなぜか湧く親近感というか安心感といった類の感情を抱く自分に少し戸惑っていたのは確かだった。
「ココ様?」
大輝以上に戸惑ったのはマイルだった。ココがそう言った以上はマイルに拒否するという選択肢はないのだが、警備の強化された国境を越えるのは決して安全の保障された道程ではないのだ。魔除けの魔道具は確かに一定以上の魔力を保有する生物を近寄らせない効果を持つが、あくまで近寄りたくない、という意識を刷り込んで徐々に遠ざけるだけなのだ。だがら魔除けの魔道具を持っている側が移動している場合は鉢合わせしてしまう可能性が存在するのだ。
「この村が大輝から何を学ぼうとしているかにも興味があるし、有用ならうちの村でも同じことをしてもらえると言う条件で受ければ問題ないと思うの。」
マイルに対して答えているのは言葉から明らかなのだが、やはり視線は大輝に固定されている。
「ココ様がそうおっしゃるなら。」
マイルにとってココの言葉は絶対ではないが、尊重すべきものであった。マイルだけではなく彼らの村全体がそうであったように。
大輝はマイルの言葉を不思議そうに聞いていた。威厳ある壮年の男性に見えるマイルが敬意を払っているように見えたからだ。まだ成年に達していないように見える少女に対して。
(村長とか有力者の娘さんなのかな?)
妥当な考えが浮かぶが、何故かそれでは説明がつかないような雰囲気があった。それでもこれで話は決着した。1週間後にハルガダ帝国を脱出してハンザ王国に向かう。ようやくコメや味噌、醤油にありつけるという感情が湧き出てくる。そろそろ恋しさも全開だったのだ。
「では、そういうことで決まりですな。大輝殿、食事の後広場へ行ってもらえますかな? そこへ希望者を集めておくようにするのでな。滞在中の寝床は昨日と同じ。食事は儂とともにこの家ということでよろしいですかな?」
「わかりました。よろしくお願いします。」
食事が終わり、今後の方針も決まった大輝は早速入門希望者の元へと向かう。実際に体験したいというマイルとココも一緒だ。
「あ!兄ちゃんが来たぞぉ!」
イースの大声が広場に響き渡る。どうやら大輝がフォレストボアから助けた5人組の少年少女も入門希望者のようだ。他にも昨夜の宴会でフォレストボア役だった男性や槍を持って広場で警戒していた者など30名程が待っていた。本当は希望者が村民の4分の1に当たる50名以上に上るのだが、日々の仕事を放棄するわけにも行かず、交代での参加になっていた。
「イース君こんにちは。」
周囲に大輝の到着を告げたイースが真っ先に大輝の元へ駆けつける。
「オレたちも強くなりたいんだ!兄ちゃん頼むぜ!」
「身体強化はオレら獣人の最大かつ唯一の武器だからな。学べるなら学ばないとな。」
「昨日の大輝殿の動きには正直驚いたからな。」
「わ、私たちもよろしくお願いします!」
これだけの人数が集まっているのは、昨晩の救出劇再現が理由ではなかった。喝采を浴びて乗せられた大輝が身体強化のコツを調子に乗って語りだしたのが主な原因だ。緊張感を持って1人旅を続けた反動で気が緩んだせいで饒舌になっていたのだ。エルフはもとより純人に比べても圧倒的に保有魔力が少ないのが獣人という種族である。無から有を生み出す魔法は着火がせいぜいであり、常に存在する風を利用してさえ攻撃魔法としては実用性に乏しい程度にしか使えない。そんな彼らにとって身体強化こそが最大の武器になるのだから喰い付くのも当然だった。
「では、身体強化の効率的な使い方と、魔力温存の方法の授業を始めます!」
すでにマサラの街でエリスたちを相手に訓練を付けた経験のある大輝はノリノリで授業をはじめていた。
純人と比べると獣人の身体能力はおよそ5割増しと言われている。その基本能力に身体強化を施せばそれだけ差が開いていく。だが、大きな欠点がある。エリスたちがそうであったように、全力で身体強化を掛けられる時間は短いのが通常だからだ。特に保有魔力の少ない獣人はそれが顕著であり継戦能力が低いのだ。大輝はまずこれを改善すべく授業を進める。ただ、エリスたちとは若干伝える内容を変えていた。
「そうそう。できるだけ体内に循環させることに集中して!外に漏らすとあっとう言う間に魔力不足になっちゃいますからね!」
獣人が魔法攻撃に対して抵抗力が低いことから、対魔法については回避特化とした指導を行ったのだ。大輝や侑斗たち異世界人やカレン等の特殊事例を除けば、アメイジアの魔法士の詠唱は長い。事前に魔法が飛んでくることさえわかれば獣人たちの身体能力で回避できると踏んでの回避特化推奨である。
「すげ~!いつもなら倦怠感で動けなくなるはずなのにまだ行けるよ!」
「オレなんかこんなに跳べるぞ!」
授業開始わずか3時間程で効果を体感できた者が現れはじめる。これには大輝も舌を巻いていた。
「獣人の人たちは飲み込み早いですね。」
イースたちのような年若い者はまだ苦戦していたが、年配の者たちほど成果を感じていた。長年身体強化一本でやってきた者たちほどその扱いに長けているのは当然の結果である。他にも大輝は気付かなかったが、獣人という気配に敏感な種族だからこそ魔力の変化にも敏感であったという側面もある。
「これは大発見なの。」
「ココ様の言う通りガイル村長の提案を受けて正解でしたね、これは。」
昨晩の宴の時間には山脈の中で野営しており、イースたちの救出劇再現を見ておらず、その後の大輝の長い語りを聞いていなかったマイルとココは受講者たちの声を聞き、そしてその実演を見て目を丸くしながら言葉を交わしていた。
「労働も効率的にできるし、戦闘でも生き残れる可能性がグッと上がるの。」
「はい。自分もそう思います。」
ココ自身はまだ13歳と幼く、身体強化に長けているわけではなかったために実感するところまではいっていなかったが、自身の天賦の才である『直感』が外れていないことを確信していた。マイルは自身の身体強化が進化しつつあることを実感し、ココの判断に従った自分は間違っていなかったと安堵していた。
「皆さんいい感じですね!魔力の操作はこの訓練をやればやるほどスムーズに出来るようになりますので、安全な場所にいるときは毎日やった方がいいですからね。」
日が傾きはじめた頃、キリのいいところまで教え終えた大輝が授業の終了を宣言する。
「「「 ありがとうございました! 」」」
実直な獣人たちが一斉に頭を下げる。どの顔も嬉しそうでなにより、と大輝も満足そうだった。




