第三話 チートは努力次第
「行ったか。」
自称神の遣いが溜息を吐きながら呟く。砂時計の上部の砂はすでに最初の3割程しか残っていなかった。
結局、最初に男が一人で扉を潜った後、他の人間は自称神の遣いへ質問なのか罵声なのかわからない声を浴びせた後に入って行った。
残り50分・・・黒髪短髪の20代後半の男が1人で。
残り42分・・・強面の男2人組が2人揃って。
残り37分・・・高校生の少年が2人揃って。
残り37分・・・高校生の少女が2人揃って。
「彼らは召喚後すぐに訪れる悪意に耐え、凌ぎ、あるいは躱す術を身に着けられるだろうか。」
苦渋に満ちた顔で呟くその姿は自責の念の塊であった。
黒崎大輝は今、葛藤していた。
ウルティマフィールドと呼ばれた空間に入るとすぐに分身家庭教師から2時間以上に渡って説明を受け、その説明の最後にフィールド特典として一つだけ願いを叶えると言われたのだ。もちろん、地球に返してくれ、とか、アメイジア最強の力をくれ、等という大それたことは無理の一言で片づけられたのだが。そして、最初期のチュートリアルは終了とばかりにそれ以降一切の言葉を発しない分身家庭教師。どうやら、最初の説明以外にはこちらから話を振らない限りは余計な言葉は発しないようにするのが本体というか神の遣いの方針らしい。
(さて、どうしたものかな。ここで最初の選択を間違うとまずい気がする・・・)
大輝は分身家庭教師の説明を思い返しながら考える。きっとこの説明の中にヒントがあるはずだと考えて。
(もう一度要点を整理しよう。いつも通り持ってる情報から最善を選択して決断しよう。)
深呼吸を繰り返し心を落ち着ける。そして、アメイジア関連の要点を箇条書きにして頭の中に浮かべる。
・アメイジアを地球に置き換えると、文化レベルは中世並、ただし、過去の召喚者によってところどころ 近代もしくは現代レベル。
・主な生物区分は、人種、魔獣、獣。人種には純人、亜人、獣人がいる。地域によっては差別もある。
魔獣はいわゆる害獣であり、通常の獣が魔力を暴走させて変化したもの。
・魔法が存在する。生物は皆少なからず魔力を持ち、それを使って様々な現象を引き起こす。
・スキルが存在する。剣術や槍術といった戦闘系、料理や算術といった生活系、火魔法、水魔法といった 魔法系、等、様々なスキルがあるようだが、多くはもともと生物が持ってる能力を強化するといった方 向で使われるものであるらしい。才能、鍛錬等で習得できる。
・アメイジアは数百年に渡って戦乱期が続いている。対他国、対魔獣と戦闘の機会には事欠かない。
・今回召喚したのは、ハルガダ帝国。アメイジア唯一の大陸であり、オーストラリア大陸程の大きさであ るアメイジア大陸における3大大国の一つ。ここ数十年で大きく勢力を伸ばしているらしい。戦争で。
「アメイジア世界はオレの知ってるゲームの世界とそんなに違わないと思っていいのかな?」
これから放り込まれる世界についての感想を口にする。
「問題はこのフィールド関連と特典だよな。」
・フィールド内では、精神体扱いとなるため、食事、睡眠、排泄等は不要となり死すらない。
・フィールド内では、鍛錬等の行動によってスキルが習得できる。また通常のアメイジア世界に比べ5~20倍の鍛錬効果が見込める。
・フィールド内ではあくまで精神体としての修行の場であり、得たスキルは召喚後すぐには肉体に反映さ れない。魂に刻まれた才能という形で召喚後に徐々に反映される。また、きちんと定着されるまでに時 間がかかるため、召喚直後にはあまり力を振るわない方がよい。
「うん。ここまでは問題ないな。まあ、最初の項目は場合によっては発狂ものだから、複数人での参加推奨は助け合えって意図なんだろうけど、あのメンバーで助けになりそうな人はいないし、オレ以外は知り合いが一緒にいるんだからそっちでなんとかするよな。」
大輝のクセの一つ。人柄を判断するまでは丁寧な口調と思考をし、人となりが分かった後はその相手によって口調も思考もその相手に合わせたものに変化する。家族や仲間には愛情を持って接するし、無関係の者にはかかわらない。敵対者は叩き潰す。その判断をするまではできる限り公平に接する。20年近くをこの方針の元で過ごして来た彼にとって、一緒に召喚された6名については無関係に近いカテゴリーに入っていた。最も、数人には良い印象を持てないでいるが。
「で、考えなくちゃいけないのは次の2点か。」
・電車内で白光に包まれてから召喚によってアメイジアの地に降り立つまでの間の記憶は失われる。
・フィールド特典として何をもらうか。
自称神の遣いに会ったことや、フィールドの存在については知られたくないらしい。とはいえ、ここで得た知識は貴重であり重要だと大輝は考える。しかも、このフィールドで得た鍛錬成果も定着まで時間がかかることから、それを忘れてスタートさせられるのは避けたい。
「家庭教師さん。フィールド特典ってどの程度のものまでお願いできるんでしょうか?」
あまり話さないという方針を聞いていたが、なにかしらの問題解決のヒントがもらえないかと話しかける大輝。
「先ほどお話しましたように、地球への帰還や、無限の魔力、永遠の命といったようなものは私たちの力ではどうにもなりません。私たちに出来るのは、このフィールドの特性を活かして大輝さんご自身の能力を強化することです。例えば、身体能力の向上、魔力増大、スキル適正向上といったものですが、おおよそ3割程度の能力アップになると思います。あくまで、元々お持ちの能力向上限定なので、ご自身が得意だと思われるものを伸ばす方向でお考えになられた方がよい結果になると思われます。」
意外にも饒舌に、かつ、さらっと大切なことを話出した家庭教師に驚きながら大輝は考えをあらためる。
(これは色々話を聞いて情報を集めた方がいいな。召喚完成時に記憶が失われるならあまり談笑せずにスキル訓練だけに専念すればいいかと思ってたけど。)
そして、家庭教師の言葉を思い返してやや困惑の表情を浮かべる大輝。
理由は簡単だ。もらえる特典は自身の持ってる能力を3割程度向上させること。つまり長所を伸ばす方が得られる効果は高い。ただ、アメイジアは魔法やスキルのある世界だ。おそらく、持っている者とそうでない者の差は大きいだろう。しかしながら、地球に暮らす人間にとっては、魔法やらスキルとはゲームや小説の中の話だ。もちろん、〇〇流剣術とか☓☓検定☓級とかスキルと言えそうなものはある。大輝も必要に迫られて護身系は一応修めている。しかし、魔法には心惹かれるものがあるのだ。できれば魔法関係の特典が欲しいと思ってしまう。能力の有無が全くわからないが。そこで
「私って魔法関係の能力ってありますか?」
とりあえず情報収集も兼ねて家庭教師と話をしてみることにした。
結果、大輝は魔法関係の特典をもらわなかった。
「おりゃぁ!」
「甘い甘い!」
爽やかイケメン風の少年、湯浅侑斗が振るう剣を大柄な少年、後藤拓海が盾で受け止め力任せに弾き飛ばす。追撃とばかりに拓海が侑斗に向かって接近したところを侑斗が口角を歪め、剣先を拓海に向けて呟く。
「行け! 火球」
侑斗の言葉を受け、剣先に直径5センチ程の火の玉が形成され拓海の足元に向かって放たれる。ちょうど踏み出した足に向けて放たれた火球に慌てた拓海が衝撃と炎に耐えようとしたところに侑斗自身が剣を上段に構えたまま飛び込む。火球と自身の一人時間差攻撃を仕掛けたのだ。
「げっ!」
「1本でいいよな?」
悔しそうな表情を浮かべる拓海の瞳の目の前には寸止めされた侑斗の剣がある。
「これで先に100勝目だな。まあ、97敗してるけど。」
そう言って笑う侑斗はサッカー部で毎日練習に明け暮れていた頃と同じ、いやそれ以上の充実感を感じていた。それはアメフト部で汗を流していた拓海にしても同様なようで、日々自分が力をつけているという実感から満足そうな顔をしている。しかし、ある程度の基本的な鍛錬を終えた日以降、日課としている1本勝負が決着し、二人して大の字に寝っ転がり首だけを回して辺りを見渡すと
「いい加減飽きたよな。」
「だよな。ほんとに何にもないんだもんな。」
「志帆と七海は大丈夫かな?」
「志帆はともかく、七海は心配だな。」
食事も睡眠も不要。テレビやゲームは勿論、娯楽といったものは一切ない。辺り一面真っ白な床と空。見事に何もないのだ。2人についてきている分身家庭教師に頼めば、修行に必要なものは用意してもらえる。今彼らが装備している剣、盾、鎧等は分身家庭教師に出してもらったものだ。しかしながら修行に無関係なものは用意してもらえないらしいのだ。
「今のオレらってアメイジアの中でどの位の強さなんだろうな?」
拓海の呟きにも等しい言葉を聞いた分身家庭教師がそれを質問と捉えたのか回答を口にする。
「今のお2人なら、兵士相手なら圧勝、騎士相手でも互角以上、騎士団長相手でも善戦できるでしょう。」
この言葉を聞いて2人が顔を見合わせる。
「うお! それって凄くない?」
「だよな! いい加減この環境もキツイし、騎士団長相手に勝てるレベルになったらさっさと出ようぜ!」
彼らに与えられた時間は18か月半、しかし、最大が18か月半でありいつでもフィールドを出ることは出来るのだ。そして、魔法や剣といった地球にいた頃には触れる機会のなかった環境には心躍りながらも、修行以外に何もない空間によって精神的にかなり損耗していた彼らは早く解放されたがっていたのだ。そして、騎士団長に勝てる強さを手に入れてすぐにフィールドを去る事を決める。
彼らがもっと思慮深ければ先ほどの会話のすれ違いと、これから訪れる現実と自分たちの認識が大きくずれていることに気付けたはずなのに。
大輝は今、密林の中で息を潜めていた。右手には刃渡り80センチほどの片手剣、左手には刃渡り60センチ程の小剣を手に前方200メートルほどを睨んで。その視線の先には体長1メートル程の狼のような魔物が4匹いる。
(大丈夫だ。行ける。)
自身に言い聞かせ、4匹以外に周囲に魔物がいないことを確認してから魔物に向かって飛び出した。結果、5分足らずで4匹の魔物はその活動を停止した。2匹は右手の片手剣で、1匹は左手の小剣で、1匹は氷の魔法によって。
フィールドに入って28か月と10日。今日が森林戦闘訓練の10日目だった。
大輝は最初の24か月でアメイジアについて貨幣価値、身分制度、歴史といった知識を吸収し、剣の型を学び、分身家庭教師との立ち合いも数え切れない程行った。魔法や魔術については数え切れないくらいの質問を浴びせた。そして、25か月目からは実戦を想定した訓練を始めたのだ。
自称神の遣いが言っていた通り、修行のためであればたいていの物を用意してくれる。それは武器や防具に限らず、山や森といった環境、1対多のための対戦相手、アメイジアに生息する魔物や獣まで・・・。
「どういう原理かわからないけど、便利で助かるな。」
大輝はそう呟きながら今日の森林戦闘訓練を終え、石で造られた小さな家に帰る。土魔法の練習とアメイジアでの生活水準を知る為、という修行目的で作ったマイホームである。もちろん、分身家庭教師にアメイジアの大地に似せて作ってもらった環境で、である。
「師匠ただいま!」
「遅いぞ! 弟子よ! さっさと夕飯にハンバーグを作らんか!」
「またハンバーグ希望ですか? もう3日連続じゃないですか。」
大輝の修行場ならば師匠が必要!との説得に負け、指導担当として渋々師匠の役割を演じている満面の笑みを浮かべた元分身家庭教師がいた。