第二十九話 違和感の正体
(あれ!? オレなんかミスった?)
村長のガイルの家へ場所を移してすぐに問われた質問、というよりは確認の言葉に大輝は激しく動揺していた。交渉事では必須のポーカーフェイスを得意としていたはずの大輝だが、一切ミスをした覚えはないし、写真や映像を記録するものはアメイジアにはないはずなので顔で即座に大輝を特定するのは難しいはずなのだが、それにもかかわらず確信を抱いている様子のガイルに対して驚くなというのは無理だった。
(まさか、未知の魔道具で人物特定が出来るとか?)
広場で魔道具という言葉に反応を示していたガイルを思い出すが、今は沈黙している場合ではない。最悪を予想していつでも動けるように体勢を整えようとしたときにガイルが言葉を続けた。
「警戒させてしまったようで申し訳ない。我らに大輝殿を害すつもりはない。」
大輝の様子を見てガイルが申し訳なさそうに敵意がないことを伝える。
「どういうことでしょうか。」
完全には警戒を解かないまでも、今は話を聞かなければならないと大輝が会話に応じる。
「まず、なぜ大輝殿が異世界人であると考えているかを話そう。」
異世界人であることを否定せず、とりあえずは話を聞こうとする大輝を見てガイルが事情を説明し始めた。
「大輝殿が先ほど言った内容、つまり魔法を人並みに使える、という事が事実である以上はこの村へは入れないはずなんじゃよ。異世界人以外はな。」
「な!?」
「大輝殿が魔法を使えることはさっき本人の口から聞いたし、イースたちが曳いてきたソリを作るときに魔法を使ったということも確認している。そして、この村は一定以上の魔力を持つものは入れないように魔除けの魔道具によって守られているのじゃ。つまり、この村へ出入りが出来るのは、魔力量の少ない獣人か、魔除けの魔道具を作成した者と同じ異世界人だけなのじゃよ。村へ近づいた時に違和感を感じんかったか? それが魔除けの結界に近づいた証拠じゃ。」
「・・・・・・。それでは否定しようがないですね。」
イースたちを発見する前に感じた違和感を思い出し、ガイルの話が嘘ではないことを確信した大輝は認めざるを得なかった。
(それにしてもそんな魔導具があるとはな。)
あらためて魔道具というものに感嘆とも畏怖とも取れる感情を抱く大輝。
「どういう事情でこの地へ降り立ったのかはわからんが、イースたちを助けてくれたことから害意があるわけではないと判断しているがそう思って構わんかの?」
あくまで確認だ、という表情で尋ねるガイルに大輝も警戒度を引き下げて応じる。
「えぇ。悪意も害意も全く持ってません。広場でも話しましたが、イース君たちに会ったのもこの村に来たのも偶然です。この後も平穏に旅を続けられることだけを願ってます。」
監視の目が有ったことから全くの平穏は難しいだろうと思いながらも希望を込めて口に出す大輝。その言葉から異世界人であることを余り知られたくないのだろうことを感じ取ったガイルが互いの為に提案をする。
「大輝殿もお気づきかもしれんが、我々は獣人だけの平穏な村を望んで魔除けの結界の中におる。互いの存在については他言しないというのはどうじゃろうか?」
「それはオレにとってもありがたい提案ですね。」
ガイルは大輝が異世界人であることを認めた事、害意がない事、自分の提案を即座に了承した事などからある程度の信頼関係が築けると判断し村の事を話すことにした。
「この村はの、純人が支配する国で迫害を受けた獣人とその末裔で構成されておる。とは言え、村の中だけで一生を終えるものは少ない。我ら獣人は仲間を大切にすると同時に自由を求める気質を持つからのぉ。だから、ここは獣人たちの一時的な保護区のようなものだと考えてもらいたい。」
ガイルの言葉から、駆け込み寺やⅮⅤシェルターを連想する大輝だったが概ね間違いはなかった。
「希望者は外の世界で生きていけると判断されれば村を離れるし、その際は外の世界で困っている獣人にここを紹介する役目が与えられる。このような村はアメイジア各地にあるし、エルフも似たようなことをやっていると聞く。とはいえ、魔除けの魔道具の数は少ないからせいぜい各国に2,3か所だがな。」
「これだけ凄い魔道具だと数は少ないのでしょうね。」
召喚されて日の浅い大輝には迫害の歴史についてはほとんど知識がなかったが、それでもある程度の予想はついた。どこの世界でも同じようなことは起こっているのだ。だが敢えてそのことには触れずに魔除けの魔道具に言及した。異世界人と獣人たちしか無効化できない結界のような効果をもたらす魔道具は、この村の安全を保障するに等しい希少アイテムと言える。
「『魔職の匠』にとっては失敗作だったらしいがの。伝えによれば、都市や村、街道に魔獣を近寄らせないための魔獣除けの魔道具の作成を目指したらしいが、完成しなかったそうじゃ。その研究過程で試作品として作られたのがこの村にある魔除けの魔道具というわけじゃ。あくまで試作品ということで数が少ないが、それでも数百年に渡ってその効力を発揮しておるのは流石は『魔職の匠』じゃがな。」
「認証プレートといい、魔除けの魔道具といい、『魔職の匠』というのは凄いですね。オレには絶対無理ですよ。」
もし、地球とアメイジアの時間の流れが一緒なら、戦国時代あたりから召喚されたかもしいれない人物が現代日本を上回る性能を持つ道具を多数作成していることに素直に感心する大輝だった。
その後、大輝は帝国に召喚されたが国に属さず自由を得て旅を始めたばかりであることを話すことにした。ガイル同様に大輝も相手を信用する気になったからだ。大輝が助けたイース少年たちやこの村の一大事に繫がる恐れのある情報を大輝が持っているからという理由もある。
「ガイルさん。今ハルガダ帝国にはオレ以外に6人の異世界人がいます。」
この村の生命線である魔除けの魔道具の効力が及ばない異世界人が6人帝国に属しているのだ。彼らが亜人や獣人をどのように考えているかはわからないが、帝国は表立っては攻撃してこなくても使役する意図もしくは搾取する意図を持っているのはガイルの言葉から理解していた。警戒を促しておかなければならない。
「4カ月ほど前にオレを含めて7人がハルガダ帝国に召喚されました。召喚陣が破損したことから今後人数が増える可能性は低いですが、オレを除いて6人が帝国軍に属しています。一応注意をしておいてください。」
左右で沈黙を保っていた男女が顔を青くするのが目に入るが、ガイルは落ち着いていた。
「情報感謝する。大輝殿、帝国は戦争を始めるつもりだと思うかな?」
「残念ながら。召喚されてすぐに契約魔法で縛られそうになりました。彼らの言動から戦奴隷にする意図が感じられましたし、帝国の現状と帝国上層部の意向から考えてまずは北の自治領奪還から始めるものと思われます。そのあとは想像したくないですね。」
さすがに表情が硬くなるガイル。戦争ともなれば多くの獣人が民兵として駆り出されるのだ。獣人の身体能力が高いことは周知の事実だし、立場の弱い彼らを招集するだろうことは目に見えている。
「多くのものが戦場に行くことになるかもしれんな。」
鎮痛な面持ちのガイルたちへ大輝が尋ねる。
「今すぐには始まらないと思います。確かに6人はかなりのスキルを持っているようですが、育成に数年掛ける方針のようですからまだ猶予があります。戦争に行きたくない獣人たちをこの村へ招くことは出来ないのですか?」
「そうか。だが、この村にも限界がある。魔除けの魔道具の数の問題でそれほど広い範囲はカバーできないのだ。あと100名も迎えればそれで限界じゃ。」
魔除けの魔道具によって守られてるのは村の広場の周囲3キロ強。帝国内に数万人はいると思われる獣人全てを受け入れるのは到底困難だった。
「村長、よろしいでしょうか?」
ここまで沈黙を守っていた男女が意見を述べる。
「連絡の取れる村へ状況を知らせるべきかと。」
「受け入れ可能枠を広げる為にも耕作面積を増やすべきではないでしょうか。」
出来ることがあれば手伝ってあげたいと思う大輝。無理やり召喚されて契約魔法を掛けられそうになった帝国へは良い感情など持っていないし、窮地に立つ者たちへは助勢したいという感情もある。ただ、まずはガイルたちの考えが重要だとも思う。大輝に何ができるかはわからなかったが、彼らが何らかの助力を求めるならばそれに応えたいと思った。そこまで考えて大輝は一旦席を外そうとしたのだが、ガイルの家の外から声が掛かる。
「村長、準備が整いました。」
「わかった。すぐに行く。」
一旦話を止めてガイルが答える。何の準備が整ったのかと疑問顔の大輝を見てガイルが立ち上がって告げる。
「この件は食事の後にする。まずはお客人である大輝殿の歓迎会じゃ。」
広場で側近が大輝をお客人と表現したときに歓迎の宴の準備が始められていたのだ。純人の村への侵入という村に取って初の事態を除けば、大輝はイースたちを助けた恩人であり、結界の外でしか獲れないフォレストボア2頭を手土産として持ってきてくれた客人なのだ。大輝はガイルに促されるままに再び村の広場へと向かった。
「まずは皆に紹介する。この村を守護する魔除けの魔道具の製作者と同じ異世界人である大輝殿じゃ。」
いきなり異世界人であることを200人余りの村人に暴露するガイル。と思ったが、当然魔除け魔道具の効力を熟知している村人にとっては予想通りであり、小さな子供たちを除いて騒めきすらない。大輝もそのことを予想していたため特段の反応を見せない。
「ただ、大輝殿が異世界人であることは魔除けの魔道具と同じく外部の者には他言無用じゃ。大輝殿も魔除けの魔道具のことは漏らさぬと約束してくれておる。」
村の最重要機密と同等に扱うことを宣言するガイル。大輝も大きく頷いて同意を示していた。
「前置きはここまでじゃ。今夜はイースたちを救い、フォレストボア2頭をもたらしてくれた大輝殿の歓迎の宴じゃ。皆で楽しんでくれ! では、乾杯!」
「「「「「 乾杯! 」」」」」
ガイルの挨拶で始まった宴はまるでキャンプファイヤーのようだった。広場の中央に組み上げられた櫓のような焚き火が煌々輝く火花を夜空に撒き散らしている。その周囲ではフォレストボアや野菜が鉄板で次々と焼き上げられて配られている。酒は樽ごと持ち込まれているらしく、自由気儘に柄杓で注がれた盃を空けていく獣人たち。
ガイルの隣に席を用意されていた大輝はそんな楽しそうな獣人たちを見ている。見ているだけでは人間と変わらない者もいれば、酔って脱ぎ出してしまい小さな尻尾を振り回している者もいる。昼間の剣呑な雰囲気が嘘のような楽しいげな気配が漂う。大輝の元にも何人もの獣人が声を掛けに来ていた。
まず初めに来たのは、イース少年たちとその両親たちだ。側近であるイース少年の両親までも大輝にあらためて礼を告げる。どうやらイース少年たちは村の規則破りの常習犯らしい。それでも村人たちには愛されているらしく、村人たちが次々と救出の礼と広場での非礼を詫びては去っていく。
そのうちに満腹になった獣人たちは身体能力を活かした舞を踊ったり、唄を歌いだしたりと宴は続く。お酒の力もあり、大輝も誘われるままにその輪へと加わり楽しい時間を過ごした。最後にはイースたちが救出劇を本人たちで再現することになり当然のように大輝も主役として駆り出される。
(フォレストボア役の獣人さん、本物よりスピードあるんですけど・・・)
フォレストボア役の突進を躱して剣戟を見舞う大輝を見て獣人たちから喝采が上がる。
「凄いな!ホントに純人か? いや、異世界人か。」
「オレたち獣人より身体能力高くないか?」
そんな声があちこちから上がっている。そこから身体能力自慢の獣人が称賛される大輝を見て勝負を挑み始めるのに時間は掛からなかった。腕相撲に始まり重量挙げもどきに反復横跳びと次々と競い始める。お酒がまわったせいか、それとも生来の負けず嫌いか、身体強化全開で対応した大輝の総合優勝が決まったところで宴は終了した。時間にして4時間以上は宴が続いていたことになるが、誰もが満足そうな顔で後始末を終えてそれぞれの家へと帰っていく。大輝も今夜は空いている一軒家で泊まることになっており、久々に全力で楽しんだ心地よさを抱いて眠りに落ちるのだった。




